アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

署名押印できない理由〜極めて特殊な法ヲタの1分野

通勤大学法律コース 署名・捺印―知らなかったではすまされないビジネスのルール (通勤大学文庫)

通勤大学法律コース 署名・捺印―知らなかったではすまされないビジネスのルール (通勤大学文庫)

1.同人誌「大嘘判例八百選」
昨年末のコミケで出展された同人誌のうち、法律系で最も注目に値するものは、サイ太先生(@uwaaaa、ゴ3ネタ[ゴ3])の「大嘘判例八百選」であろう*1


目次は、

1 日本昔話嘘判例百選
2 アニメ・ゲーム嘘判例百選 
3 大江戸嘘判例百選 
4 西洋嘘判例百選
5 楽曲嘘判例百選
6 豊胸判例百選
7「裁判官○○は○○のため署名押印できない」判例百選 
8 判例の射程判例百選 
付録:弁護士死亡カルタ

ということで、主に「嘘判例」をまとめた楽しい内容となっている。


ところで、実は個人的に極めて注目したのが「裁判官○○は○○のため署名押印できない」判例百選である。



そもそも、法律ヲタクには、◯◯法という、法律そのものが好きな人と、裁判・司法が好きな人に二分される。後者のうち、有力なのは、傍聴マニアであり、有名傍聴人が多数いらっしゃるように、非常に有力なグループである*2。その他、裁判官マニアも居て、「全裁判官経歴総覧」を肌身離さない*3。また、事件番号(東京地方裁判所平成25年(ワ)第1号等)のマニアもおり、1番をゲットするため、12月31日の深夜に裁判所の夜間受付に並ぶ強者等がいる。少しマニアックなところでは、書記官マニアもおり、書記官よりも、高裁で事件番号の読み上げをする廷吏(事務官)が可愛いことが多い等、いろいろな未確認情報が出回っている。



さて、これらは比較的メジャーなものである。私がこよなく愛するものの、同好の士をこれまで見つけることさえできなかった、超マニアックな分野がある。これが、署名押印できない理由である。新年早々極めてマニアックで申し訳ないが、今回は、署名押印できない理由への「愛」について語ってみたい。



2.法的根拠
判決には、裁判官の署名押印が必要である。裁判官が責任を持ってこの判断を下したという意味であり、筆ペン等で水茎の跡も鮮やかに書かれる方や、ペンでやや角張った文字を書かれる方等、裁判官の個性が出る、これ自体とても素晴らしいものである。


ところが、裁判官、特に合議体の3人の裁判官の中に、様々な理由から署名押印できない裁判官が出てくることがある。
その場合のため、刑事訴訟法民事訴訟法は、対応手段を用意している。

刑事訴訟規則55条  裁判書には、裁判をした裁判官が、署名押印しなければならない。裁判長が署名押印することができないときは、他の裁判官の一人が、その事由を附記して署名押印し、他の裁判官が署名押印することができないときは、裁判長が、その事由を附記して署名押印しなければならない。
民事訴訟規則157条 判決書には、判決をした裁判官が署名押印しなければならない。
2 合議体の裁判官が判決書に署名押印することに支障があるときは、他の裁判官が判決書にその事由を付記して署名押印しなければならない。

その結果、「裁判官◯◯は、××のため(につき、により)署名押印できない」という記載がなされた判決が多数存在する。


3.「レア物」をコレクトする喜び
実は、署名押印できない理由のうち、メジャーなものは、「退官」「転任(転勤)」*4、そして「填補」である。裁判官が定年で退官してしまう場合もあるし、自主的に退官して弁護士等になることも多い。また、転勤が多い裁判官は、別の裁判所に転勤していなくなることも多い。更に、支部等に別の裁判所から裁判官が通ってくる填補制度により、裁判官がいなくなることもある*5


ところが、これら以外にも、マイナーな理由で署名押印ができない場合、つまり、コレクター的にいうと、「レア物」が存在するのである。


例えば、出張(長期出張、海外出張)のためといった理由があり、裁判官の作成した報告と照らし合わせると、この時期にこういう出張をしてこういう報告をまとめたのでは等と想像が膨らむ。この類の珍しいものとしては、在外研究*6や、国内特別研究*7がある。


また、研修というのもあり、その中でも珍しいものとして新任判事補研鑽*8がある。



更に、配置換*9、産休*10等、公刊事例が1つしかない*11ものは、特にマニア心をくすぐる。


これらの理由は、裁判官の生活における場面場面を物語っており、「知られざる裁判官の日常を(間接的に)垣間みることができる」という楽しみがある。


4.裁判官死亡事件
ところで、残念ながら比較的多い理由が「死亡」である。裁判官の激務のため、在官中におなくなりになられる裁判官もいらっしゃる。


ここで、(通常署名押印ができないと書かれる合議事件ではない)単独事件について、裁判官が死亡した事案がある。もちろん、普通は裁判官を交代させれば良いのだが、裁判官が判決を言い渡した後、判決書を作成し終わる前*12に死亡し、書記官が、草稿をタイプした上で「裁判官◯◯は、死亡につき、署名押印できない。」と書いたという事案が公刊事例だけでなんと5件*13もある。


例えば、東京高等判昭和37年5月10日高等裁判所刑事判例集15巻5号331頁では、村松稲作判事が昭和36年7月13日の公判期日に判決を下したものの、判事がおなくなりになったため、判決書の草稿をタイプしたものに、立会い書記官が「裁判官村松稲作は死亡につき署名押印できない」と附記して署名押印したものが編綴されているという事案につき、

以上の事実に徴すれば、右裁判官は判決書の草稿によつて前記判決の宣告をなしたうえ判決書をタイプライターで印刷させるため草稿を係員に交付したが、その印刷ができ上らないうちに死亡したためこれに署名押印することができなかつた、と推認されるのである。思うに判決の宣告は判決書の完成を待たずにその草稿によつてこれをなし得るものではあるが、判決をした場合、調書判決書を以つて判決書に代えることができる場合(刑事訴訟規則第二百十九条)の外は、判決をした裁判官が判決書を作成しなければならないのであつて(同規則第五十三条第五十四条)この判決書を作成しないときは訴訟手続上の法令違反となるものと解すべきであるところ、判決書には「裁判をした裁判官が署名押印しなければならない。裁判長が署名押印することができないときは他の裁判官の一人がその事由を附記して署名押印し、他の裁判官が署名押印することができないときは裁判長がその事由を附記して署名押印しなければならない」(同規則第五十五条)のであつて、この手続の完了を待つて初めて判決書が裁判官の作成した判決書として成立するものと言うべきであり、合議制裁判所の裁判官全員或は単独制裁判官が判決書に署名押印することができない場合には、その措置につき何等の規定がなく、従つて判決書が裁判官の作成した判決書として成立するに由ないものと解さざるを得ないのであり、たとえ判決をした裁判官が判決書の草稿を作成しその草稿によつて浄書又は印書された文書ができたとしても、更にまたこのような文書に判決宣告期日の公判に立会つた裁判書記官が裁判官が署名押印することができない事由を附記してその文書が宣告された判決の判決書であることを認証したとしても、これを以つて裁判官の作成した裁判書或はこれに代る効力を有するものとなすことはできないのであるから、結局本件につき原審は法令によつて要求されている判決書の作成をしなかつたものとして訴訟手続に法令の違反があると言わざるを得ないのである。


として、署名押印がないことは違法であるとしている。

署名押印1つをとっても、このようなエピソードが豊富にあるのである。


5.興ざめな「差し支え」
ところで、このような観点からは、興ざめな理由が「差し支え」である。これは、昔もあったのだが、最近特に目につく。実務上は、「差し支え」と書いても署名押印できない事由の付記として適法と解されている(大判大正8年5月3日民録25輯814頁)。しかし、法律の元々の趣旨に遡って考えてみる必要があるのではないだろうか。署名押印ができないということは、その裁判官が署名押印をすることに差し支えているのは当然であり、法が理由の付記を要求したのは、ただ「差し支え」というだけではなく、具体的な理由を書けという趣旨でなかろうか。


こういう法律的なことをさておいても、真の理由が書かれないことは、非常に残念である。私も1件、絶対に真の理由が産休*14なのに、「差し支え」と書かれた事案を知っており、「産休と書けばいいのに」と思った経験がある。


裁判官の皆様には、ぜひ、「差し支え」だけではなく、具体的な署名押印できない理由をお書き頂きたいものである。

まとめ
非常に人口が少ない、極めてマイナーな趣味に、「署名押印ができない理由」マニアというものがある。
サイ太先生が、同人誌において、このような、普段日が当たらない、「署名押印ができない理由」を取り上げてくださったことを、1人の「署名押印ができない理由」マニアとして、深く感謝申し上げる。


1/4付記:フォロワーの@62nd様から、ツイッターで本記事に関し、コメントを頂戴しました。これを受け、修正させて頂いております。大変有益なコメント、感謝しております。

1/4付記:サイ太先生のゴ3ネタにご紹介頂きました。ありがとうございます。
2013-01-04 - ゴ3ネタ[ゴ3]
ご指摘を踏まえて加筆させて頂きました。ありがとうございます。
なお、「転官」は官職を転じることなので、検察官になる場合だけに限られないと思います。実際は大部分が検事になっていますが、法務事務官(まあ、訟務「検事」ですが)になる方等法務省の民事畑に転じる方も「転官」とされることが多いようです。

*1:ブースの装飾にまでリーガルチェックを欠かさない、素晴らしいプロフェッショナリズムである。

*2:「裁判傍聴」本串刺しレビュー - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*3:真面目な研究書に、西川伸一「裁判官幹部人事の研究 「経歴的資源」を手がかりとして」があります。

裁判官幹部人事の研究 「経歴的資源」を手がかりとして

裁判官幹部人事の研究 「経歴的資源」を手がかりとして

*4:これを「異動」と称するのは、東京地判平成20年5月14日 判例時報2012号151頁等少数。

*5:なお、検察官や官庁の職員等、他の官職に転じる「転官」という場合もある。なお、「転補」は他の官職へ転じる、ないし転任させることであり、意味としては転官又は転任と同じ。

*6:例えば、那覇地沖縄支決平成18年8月31日労働判例945号33頁

*7:例えば、東京地判平成4年4月27日判例タイムズ793号251頁

*8:神戸地判昭和53年12月25日判時935号137頁及び福岡地判昭和53年3月28日判時898号75頁

*9:東京地判昭和52年4月26日判例時報862号108頁

*10:東京地判平成10年12月21日判例タイムズ1045号194頁

*11:公刊されていないものを含めば、実際にはもう少しあるのだと思いますが。

*12:民事訴訟法252条があるので、原本に基づき言い渡しをしなければならない民事訴訟と異なり、刑事ではこのタイムラグがあり得る。

*13:仙台高秋田支判昭和27年4月22日高等裁判所刑事判例集5巻4号623頁、名古屋高判昭和31年2月20日 高等裁判所刑事判例集9巻4号352頁、東京高判昭和37年5月1日下級裁判所刑事裁判例集4巻5〜6号351頁、東京高等判昭和37年5月10日高等裁判所刑事判例集15巻5号331頁、大阪高等判昭和46年11月29日 判例時報673号94頁

*14:お腹が大きかった

お礼

メイキングオブキヨミズ(6) 法学入門・・・ハードルが高い・・・ - 木村草太の力戦憲法において、
分かりやすい具体例で法学のフレームワークを身につけよう!〜「キヨミズ准教授の法学入門」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常をご紹介頂きました。ご丁寧にありがとうございます。
木村先生の「メイキングオブキヨミズ」シリーズは、どのように新進気鋭の法学者の先生に一般書の依頼が舞い込んで、編集者と学者の先生の認識の間にどういうギャップがあって、それをどうやって解決しているのかというのが臨場感をもって記録されているので、非常に面白いです。

有価証券報告書を利用したブラック企業かの見分け方

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない


1.はじめに
就職活動が解禁され、法学部の3年生の皆様は、説明会等のイベントで忙しい時期ではないかと推察される。さて、多くの方は「ブラック企業には勤めたくない」と思ってらっしゃるだろう。問題は、「どう見分けるか」である。


様々な文献・サイトが様々な切り口からこの点を検討しているところ、
http://www.toyokeizai.net/spc/shushoku/2012/12/black/
が、四季報で分かるブラック企業の見分け方」という切り口を紹介されていた。
私は四季報といえばいわゆる『会社四季報』のことだと思っていたので、会社四季報掲載の投資家用のデータからどうブラックかを読み解くのかなぁと興味を持ってサイトを訪れた。


しかし、ここでいう「四季報」は「就職四季報」であって、(説明会等で質問せよという部分もあるが)基本的には「就職四季報」に掲載されているアンケート調査の結果(NA/無回答あり)に基づく分析のようである。


2.有価証券報告書からのブラック企業かの見分け方
そこで、私が「きっとこういうことが書いているのではないか」と想像した、「有価証券報告書からのブラック企業かの見分け方」を簡単にご説明したい。


有価証券報告書は、金融商品取引法によって上場会社プラスαの会社に提出が法律上義務付けられている書類である*1。その目的は、情報開示であり、正しい情報を一定のフォーマットに従って提出することが義務付けられており、およそ上場企業であれば、全社が(無回答はなく)情報を提供している*2


まず、有価証券報告書はどこにあるか。
EDINET
EDINETにアップされている。


有価証券報告書等」をクリックし、「提出者名称」に会社の名前を入れると出てくる。
ただし、有価証券報告書だけではなく、その他の法定の開示書類も出てくるので、有価証券報告書(有報)」に焦点を絞ろう。なお、同じ有報でも「訂正」報告書は*3使えない。


さて、目当ての会社の有報を見つけたら「従業員の状況」を見る。平均年齢、平均勤続年数、年間平均給与が記載されている。


例えば、トヨタ自動車株式会社の108期(今年3月まで)の有報では

従業員数 平均年齢 平均勤続年数 平均年間給与
69,148*4 38.3 15.0 7,400,369

となっている。


簡単に分かるのは、平均年齢、平均勤続年数と平均年間給与である。
すぐに辞める人が多い会社は、一般には勤続年数が短い傾向にある。「普通は3年で辞める」会社なら、平均勤続年数も短いという形で有報に現れる。平均年間給与については、「給与は高いけど、そのほとんどが残業代」等のトラップもあるものの、トヨタの従業員を平均してみると、38歳で、今まで15年働いてきて、年間740万円もらっている」というイメージを持つことができるだろう*5


 なお、有報にある情報だけではなく、ニュース等を検索して、情報を付加してみよう。平成24年の年間一時金が「178万円」で、平成23年より5万円少ないというニュースがある。そうすると、約200万円がボーナス、約500万円が給与という「大雑把な」概算を得ることができる。


更に、少しだけ計算をしてみると、平均年齢から、平均勤続年数を引くと、平均入社年齢が出る。トヨタ自動車の場合38−15の約23歳の時に入社するのが平均的と言える*6
この数字から、当該会社が新卒一括採用がメインか、中途採用を多く採っているかも分かる。小さな会社等では、必然的に中途を採らざるを得ないことも多く、中途が多いからブラックとは限らないが、どんどん辞めていくので「止血」のために中途採用を大量に採るブラック企業も多い。平均入社年齢から「怪しい」と疑うきっかけを得ることができるかもしれない。


実は、この他に退職引当金等の数値も有報に掲載されているが、本エントリでは、そういう会計的な所に深入りするのではなく、比較の視点を紹介したい。


 まずは、「業界内の比較」である。もちろん、業界全体がグレーという業界がないとは言わないが、同じ規模の会社なのに、平均勤続年齢が突出して低いといった場合には、注意が必要である。なお、同業界で比較する場合、単純に給与を比較するのではなく、平均年齢を加味すべきである。平均年齢が55歳のお年寄りばかりで平均給与が高いA会社というのは、給料が良さそうだが、最初の数十年はすごく薄給かもしれない。逆に平均給与が比較的安いが、平均年齢が30歳ちょっとのB社の方が、最初の給料がA社よりも多いかもしれないし、(平均年齢が若いから給料が安いだけで)その後もA社よりは良いかもしれない。


 次は、「過去の推移」である。要するに、昔と比べてどうなっているかである。平均年齢が高齢化していく会社、従業員が増えない割には勤続年数が短くなっている会社*7等はクエスチョンマークが付き易い傾向にあるだろう。


 このような数値分析に加え、当該会社のニュースを分析すると、「この年に一気に従業員が減ったのは、リストラがあったんだ」といった、数値の「裏」が分かり、重層的な深い理解につながる。こうやって、労働環境についての客観的データを把握した上で、疑問点をリサーチするという方法は、まさに「地に足の着いた」ブラック企業の判別方法になるだろう。

まとめ
有価証券報告書には、毎年従業員に関する数値が一定のフォーマットで掲載されています。
フォーマットが一定なので、過去にさかのぼって推移を見たり、他社と比較することも簡単です。
数値だけでブラックかを即断はできませんが、ニュース等の他のソースによるリサーチと併せて重層的に調査することで、ブラック企業を見分けることができます。

*1:そのプラスアルファの範囲を語りだすとそれだけで1つのエントリになってしまう。

*2:つまり、比較がやりやすい

*3:これから説明する部分が訂正されている場合には有用だが、普通は

*4:平均臨時従業員は9,139

*5:あくまでもこれは「イメージ」であり、具体的なそういう38歳の人がいるという意味ではないことは留意が必要である。

*6:高校等の卒業者もいるだろうが、かなり新卒一括採用が多いと言えよう。

*7:なお、従業員を増やしてそれによって勤続年数が減ること自体は当然だが、急に増やしすぎることのデメリットも考える必要があるだろう

取り上げて頂きありがとうざいます

この中に1人いる妹と結婚できる!?ー法律的血縁説万歳!? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
http://www6.ocn.ne.jp/~katoyuu/様に取り上げて頂きました。ありがとうございます。