アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

AKB48で労働法?! 〜おちゃらけてるけど深い「プレップ労働法」

プレップ労働法〈第3版〉 (弘文堂プレップシリーズ)

プレップ労働法〈第3版〉 (弘文堂プレップシリーズ)

1.おちゃらけた労働法!?
  プレップシリーズ。基本的には、「入門書」であり、取り上げる事項を絞る代わりに、当該法分野の鳥瞰図を薄いページ数で示すというものだ。
  このイメージの代表的なものとしては、米倉明先生の「プレップ民法」、戸松秀典先生の「プレップ憲法」等が挙げられる。

プレップ民法 (プレップシリーズ) 第4版増補版

プレップ民法 (プレップシリーズ) 第4版増補版

プレップ憲法 第3版 [弘文堂プレップ法学] (プレップシリーズ)

プレップ憲法 第3版 [弘文堂プレップ法学] (プレップシリーズ)

  大体200頁位で、1500円前後。薄く軽く安いが、これからその法分野を学ぶ上で頭に入れて置いた方が良いことを理解できる。これが勉強開始前に身についているのとないとでは大違いである*1


 しかし、森戸英幸先生の「プレップ労働法」は違う。330頁、2100円。
  例えば菅野和夫先生の「労働法」のようないわゆる「辞書*2」と比べると薄くて安いが、他のプレップシリーズに比べると厚いし高い*3
  

  なぜ普通より厚くて高いか。それは、この「プレップ労働法」は、ポイントを網羅し、おちゃらけた筆致で説明するという面白い試みをしているからである。


 ポイントを網羅しというのは、前書きをちょっと引用しよう。

なにしろ「さっと(ざっと)」把握するための本なので、そんなに細かいことまでは書いていない。取り上げた判例の数も多くないし、文献の引用も基本的にはしていない。断片的にサラットしか、いやそもそもまったく触れていない「論点」(なんかいかにも試験勉強チックでイヤな響きだ……)もいくつかある。そこはもっとちゃんとした、分厚い、面白くな……じゃない、マジメな本でカバーして欲しい。ただそう言いつつ、ぶっちゃけ新司法試験くらいならこの本(+ケースブック系の本を使ったロー・スクールでの講義)でも十分だと個人的には思っているのだが……
森戸英幸「プレップ労働法」v頁

 「新司法試験対応宣言」が出ている訳で、確かに単に労働契約*4だけではなく、集団的労働関係についても、「裁判所では『過去の後始末』を、労働委員会では『未来を見据えた手打ち』を」*5等と説明されている。


 おちゃらけた筆致というのは、まさに本書の最大の特徴である。
森戸英幸『プレップ労働法』: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)
様の書評でいくつか例が紹介されているので、ここにないものを2つ程。

「この転勤には応じられません。通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じます」
「そんなすごい不利益が……で、それはなにかね?」
「ハイ、熱烈な阪神ファンの私が甲子園に通えなくなります」
「アホか! ほなデーゲームも毎日通えるようにしたるわ!」
森戸英幸「プレップ労働法」73頁

 時間的には毎日通えても、そのチケット代の原資がなくなりますね。

3年目社員「さてと、お昼も食べたしー、トイレでこっそり一服もしたしー、午後の仕事の前には昼ドラ見ないとだわ。アタシ実は毎日これ見ないと生きていけないのよねー」
課長「オイ、なにをぼやぼやしているんだ、仕事だぞ!」
3年目「えっ?(>_<) でもまだあと15分あるんじゃあ……」
課長「なんだよ、こないだ就業規則変わっただろ! 昼休み15分ずれたんだよ!」
3年目「そんな……知らなかった……(あとで彼氏に電話! 寿退社!)
森戸英幸「プレップ労働法」127頁


  顔文字が出てくる教科書は初めて見た。


  こんな例で労働法を学べるのであれば、気楽に読めるし、理解も進むだろう。私が昔レビューをした「メイド喫茶で学ぶ労働法」も、森戸先生が先にネタにしておられたのだ*6
一部の人にとって最も「敷居の低い」労働法入門〜メイド喫茶でわかる労働基準法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


2.「実は?」深い内容
 こんなおちゃらけた文体だが、内容は深い。特に設けられているコラムは、「なるほど、こんな見方もあるのか」と、ハッと気づかされるものが多かった。
  定年制をなくし、年齢を問わず働ける社会を作ることが「年齢に関わりなく解雇される社会にならないか」*7とか、労働条件を一度決めたら変えられない上一度雇ったらもう解雇できないというのでは、30〜40年の継続が予想される雇用関係として「あまりにも硬直的」であり「解雇できないのだから、その代わりに、使用者に対してある程度労働条件を変更する権限を与えようーというのが労契法と最高裁の考えなのだ*8」と合理的就業規則の変更がなぜ労働者を縛るのかを説明していたりする。
  また、法的に正当化はできないとしても、なぜ昔の会社は結婚退職制度を設けていたのか*9等も興味深い。


中でも、

裁判長「判決を言い渡しますー解雇無効です。労働契約関係は存続してます」
労働者「…(勝ったのは嬉しいけど、あれだけ悪口言った会社に今さらどんな顔して戻ればいいんだよ!)」
森戸英幸「プレップ労働法」108頁

 は、労働法における最重要問題の1つを示唆すると言えよう*10


3.AKB48で労働法?
  プレップ労働法は、団体交渉のテーマという点に関して、AKB48の今後について、労使交渉を申し入れることができるのかを考察される。

組合「会社に対し、団体交渉を申し入れます」
会社「う〜ん、団体交渉権のある労働組合がそう言ってきたならばしょうがない、交渉のテーブルにつきましょう。で、議題は?」
組合「はい、AKB48は今後どうしていくべきか、です」
会社「なんだよそりゃ(^_^;) そんなの知るか! 賃金とか待遇の話だろ、フツーは!」
組合「でも社員の大半はヲタクでして、どうせ大して上がるはずもない賃金よりもAKBの今後の方に強い関心が……
森戸英幸「プレップ労働法」279頁

 この例を読むことができただけで、2100円の元は全てとった気もするが、面白いので、ちょいと考察してみよう。


  AKBの今後を変えるとすれば、「もっと人気が出てしかるべき子を『当社の推しメン』とし、CDを労使で協調して購入して、一丸となって当社の推しメンに投票する」といった方法がある*11
  例えば、パナソニックや日立等は従業員が30万人を超えている*12が、労働側が一人1枚、使用者側が労働側と同数購入すれば60万枚以上である。この莫大な数の投票券がただ一人の「当社の推しメン」に行く、まさに組織票である。トップ獲得は間違いない*13


  そう、AKBの今後を変える方法はある。森戸先生が労使で協議しても「AKBの運命は変わらない」*14とおっしゃっているのには、AKBの「総選挙制度」の実態に照らして疑問がある。


 もっとも、ここで最大の問題は、「じゃあ、誰を推すの?」ということである。バラバラに投票しても、「票の食い合い」になるだけである。
  ここで、公知の事実であるが、AKBヲタクには、誰でも大好き(DD)な人だけではなく、推しメンを持っている人が多い。逆に言えば、メンバー単位では、アンチも多い訳である。前敦推し、優子推し、ゆきりん推し……。それぞれが派閥を形成し、特に総選挙時には阿鼻叫喚が待っている。 法曹界でも、某四大事務所の弁護士が、給料を注ぎ込んでCDを買った*15等、その熱狂に身を投じる人は少なくない。


   そんな中で、どう決めるのか?  労働組合は内規にもよるが、民主的に一人一票で多数決が多いかもしれない。そうすると、ドロドロの予備選が行われてもおかしくない。使用者側の推しメンは、上意下達組織なので上位者、つまり社長の意向が重要になるが、金額が多く、取締役会決議事項となれば、専務派・常務派の対立もビックリの修羅場が繰り広げられるだろう*16



  やっとのことで決めた「労組の推しメン」「会社側の推しメン」が同じなら問題がないが、不幸にして違う場合には安保闘争もビックリの大乱闘になっておかしくない。労働側が伝家の宝刀であるストライキ権を行使してもおかしくないだろう。それは、この問題が単なる経済条件の問題ではなく、戦後しばらくの間の極めて極端な労使対立の原因となった問題と根が同じ、思想信条の問題だからである。


 このようにこの問題が思想信条の問題ということは、例えば労組側では「CD代を組合費から出していいのか」という問題が発生するだろう。アンチにとっては、そのアンチメンバのために自分のお金が使われるのは許し難い暴挙かもしれない*17
 また、使用者側がCDを買う場合、この資金源は究極的には株主の財産である。株主が「自分の財産がアンチに行くのは許し難い」と訴訟を起こすかもしれない*18


  私も、森戸先生の「AKB48の今後については労使交渉の対象とすべきでない」という結論については賛成である。しかし、その理由を労使が協調してもAKBの運命を変えられないからという森戸説には賛同できない。
  むしろ、AKB48の総選挙に労使が首を突っ込む場合には、先鋭的労使対立の激化を招き、使用者側も社内紛争を招き、労組内部でもセクト間での内ゲバ*19を招くため、その弊害がメリットよりも大きいと考えるからである*20

まとめ
  新司法試験レベルのポイントを気楽に学べて、実は深い説明もされている。こんな入門書である森戸英幸「プレップ労働法」は、私の中での「推しメン」である*21
森戸先生には、ぜひAKB48を本格的に研究していただき*22、第4版では本書の記述をより深いものとしていただきたい。
  森戸先生は馬がお好き*23なようですが、あれも勝馬「投票券」ですしね!

あ、私の推しメンですか?
法律界最萌えトーナメント! - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
をご参照下さい。

*1:まあ、民法は池田先生の「スタートアップ債権法」という素晴らしい本がある。レビューは私は池田先生が好きだ! - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常だが、今は第五版が出ている。

*2:性質上の凶器

*3:高いとかいいながら、今日もまた1万5000円の本を買ってしまいました…。

*4:単にというがめちゃくちゃ大事。森戸先生も「95パーセントの確率で労働契約に関連する問題が出るだろう」(森戸英幸「プレップ労働法」29頁。なお、同頁には残りの5パーセントに関する記載も。)とおっしゃっている。

*5:森戸英幸「プレップ労働法」304頁

*6:森戸英幸「プレップ労働法」80頁

*7:森戸英幸「プレップ労働法」118頁

*8:森戸英幸「プレップ労働法」131頁

*9:ただ単に「♩若いコがスキだから」ではないそうである。森戸英幸「プレップ労働法」170頁を読んでみてください。

*10:勝ち筋案件では労組側や労働弁護士にノウハウがあるようです。

*11:別に、今推されメンの人の地位を更に強固にするというのでもいいです。

*12:日本の会社で従業員数が一番多い会社は何人くらいいるのですか? - 日本の会社... - Yahoo!知恵袋

*13:第三回の結果からすれば、10万票を越えれば上位2名に入れるので、5人位を推してもいいかもしれない。

*14:森戸英幸「プレップ労働法」280頁

*15:噂レベルでしか聞いてないですが、多分実話です。

*16:株主総会の株主提案で「利益処分の半分はAKBのCDを買って◯◯に投票すること」とかが出てくる時代も近い? なお、会社側がこの修羅場を総会に持ち込みたくなければ、取締役会を利益処分決議機関にしとくのがお勧めです。

*17:詳細は労働組合法の本(プレップ労働法だと273頁)を読んでいただきたいのですが、多分組合費の一部が組合内のプロセスを適正に通った上で、「組合室のBGMのためのCD代に使われる」のは一般的には許容されると理解されていると思われますが、こと思想信条になると、政党への寄付のため徴収する臨時組合費について納入義務を否定した国労広島地本事件最判昭和50年11月28日民集29巻10号1698頁の問題になります。

*18:八幡製鉄所事件参照

*19:今の労組は実力には訴えないでしょうから、比喩ですが。

*20:なお、今のところ一人説

*21:菅野、水町等で「労働法テキスト総選挙」をやっている姿をイメージしてください。

*22:SKE48とかNMB48の研究を不要と言っている訳ではないです

*23:http://homepage3.nifty.com/mstable/参照

一部の人にとって最も「敷居の低い」労働法入門〜メイド喫茶でわかる労働基準法

メイド喫茶でわかる労働基準法

メイド喫茶でわかる労働基準法

1.労働者の基本法
 フルタイムで働いている人はもちろん、バイト・パートの人にとっても一番身近で大事な法律は労働法、特に労働基準法労基法)」である。
自由競争社会というものをイメージすると、労働条件は労働者と使用者(会社や会社経営者をイメージしてください)で、対等に交渉して労働条件を決めましょうということになるだろう。
しかし、労働者と使用者が対等な、ARIAカンパニーのような会社*1であればまだしも、普通の会社で「対等」な交渉をすると、その結果は労働者に一方的に不利なものになるというのは、歴史が証明するところである。
そこで、労働基準法が、「最低基準」を定め、*2合意された労働条件を労働基準法の定める条件以上とするようにしているのである(労基法13条)。
そこで、例えば、労働契約書*3解雇予告手当は払わない」といくら書いても、労働基準法上の例外(労基法21条)に該当しない限り、なお解雇予告手当を払わなければならない



2.分かりやすい労基法の入門書はないか?
 こんな大事な労基法は、実は結構複雑である。その理由は簡単。労働法の歴史は、使用者と労働者の対立の歴史であり、使用者による脱法行為を禁止するために規制が徐々に複雑になり、また、条文に書いていないが判例で定められている部分も多い*4のである。
 この複雑な労基法の分かりやすい入門書はないか、これが積年の悩みであった*5


 ここで、近時発売されたのが、メイド喫茶でわかる労働基準法である。
表紙絵から分かるように、メイド喫茶で働く主人公の緋沙が、労働法をかじった猫の宮野さんに労基法を教えてもらうというストーリーの中で、働いたら負けにならないための12の労働基準法のルールを教えてくれる。



3.難しい労基法の割には分かりやすい説明
 おおよそ、ストーリーでトピックスをつかみ、主人公(緋沙)と宮野さんの間の対話&解説文&解説図労基法の基本的な内容を教えてもらえるという構成であり、労働法初心者向けに噛み砕いている。
労基法が中心だが、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律*6雇用保険法*7等の他の重要な法律も説明されている。


 例えば、
「パートでも有給が取れる*8
「期間が決まっている契約社員でも、必ずしも期間満了時に会社側から一方的契約を解消できるとは限らない(雇い止め規制*9)」
「労働者がミスした時の損害賠償額(罰金)を事前に決めてはいけない*10

等は、法学部を出ていれば常識だろうが、そういうことを知らない経営者と労働者は多数いるだろう。
 実際にそれを活用する場合には、会社との関係等も考慮する必要があるので、専門家への相談をお勧めするが、こういう情報を知っているかどうかだけでも、強い労働者に一歩近づけるのではないか。


 説明の口調は、

前借金相殺の禁止
 会社は、前借金その他労働することを条件とする前貸しの債権と、支払われる賃金を相殺(打ち消し合うこと)してはなりません。お金を貸してあげるから、返済はうちで働いて返してねーといった契約は禁止されています。
 あくまで借金と給料の相殺がダメなのであって、給料の前借りなど前借金自体はすることができます。
緋沙 なんかそういう漫画があったような・・・・・・・。
宮野 帝愛グループの地下工場で強制労働させられるやつ?
緋沙 そうそれ! (なんでこの子が知ってるんだろう・・・)
宮野 念のために言っておくと、労働者の人権擁護のため、借金と給料を相殺する契約は禁止されているよ。
緋沙 じゃあ賃金をペリカで払うのも駄目?
宮野 そのとおり。賃金を私的な通貨で払うことは禁止されているよ。でも、労働協約で定めればドルやペソなど他国の公的な通貨で払うことは可能なんだ。

藤田遼「メイド喫茶でわかる労働基準法」138頁

という感じである。これを「面白い!」と感じられた方にはおすすめの本である。



4.注意点
 まあ、基本的にはおすすめできる良い本であるが、注意点がいくつか。


 まずは、本エントリを読んでくださっている読者の方には何ら問題がないと思われるが、本書はもちろん「一定領域」の人向けの本である。表紙の萌え絵で購買意欲が掻き立てられる人向けということである*11


 次に、分かりやすいといっても、法律が法律ということである。例えば、失業給付の支払い日数について、「特定受給資格者」と言われるカテゴリーの人は普通より多くなるのであるが、そのカテゴリーの人については、1頁以上延々と列挙が続く*12。しかも、同じようで違う「特定理由離職者」についてもまた1頁近く延々と列挙が続く*13
これは、本書が悪いのではなく、労基法(正確には雇用保険法)の規定が極めて複雑だからである。
法律にあまり詳しくない方が、本書を読まれる際は、全部が全部を知ろうとするのではなく、どういう制度があるのかの大枠を知るという感覚で読まれるのがよいと思う。



 更に、本書は社労士の藤田遼先生が著されている。資格をお持ちでいらっしゃるので、内容は「基礎を学ぶ」という意味では気にならない程度に正確であるが、細かいことを言うと気になる記載もいくつかある
例えば、内定辞退は働き始める日の2週間前に言えば良い*14といった記載には、正直どうなのだろうかと思う*15
学生からする採用内定の一方的破棄については、議論がされており、中町誠・中山慈夫編「Q&A労働法実務シリーズ(1)求人・採用」68頁では、「(内定をもらった)その後に学生等が他企業と労働契約を締結して、以前に労働契約を締結した企業に対してその労働契約を一方的に破棄すれば、労働契約違反として債務不履行としての損害賠償請求をされることになる」と論じられている。実際には、そのような会社から内定辞退者に損害賠償を請求する例は稀であるが、条理に反する時期の内定辞退では、損害賠償を請求される可能性も法律的にはあり得るのであり、「3月中旬までならいつでも内定辞退できる」という誤解を招くような記載は避けて欲しかった。
【注:この点については、追記が一番下にあります!】

また、全体的に紛争解決の側面の記載が薄いと思われる。例えば紛争解決における労働審判と裁判の使い分けもほとんど書かれていない*16。多くの場合、復職をあくまで求めるなら裁判、早期にお金をもらって解決するなら労働審判という選択がされていると聞いているが、こういう手続選択の部分についても触れて欲しかった。法曹三者、特に弁護士の感覚を導入すれば、「手帳や日記に退社時間をきちんと記録していると残業代支払いの強い証拠になる。でも、真新しい手帳に退社時間だけが書いているものが突然証拠提出されても信用されない可能性がある*17」等の紛争解決がらみの面白く実用に役立つエピソードも盛り込まれるだろ。
更に、具体的な法律の条文番号がないので、本書から次に進んでいく時の「手がかり」がないのも惜しい*18



 本書では、弁護士と社労士が手を組んで労働問題を解決するストーリー*19が描かれている。本書の改訂版では、弁護士に監修を依頼し、労働法の現場に近い社労士の藤田先生と、紛争解決が得意な弁護士の先生がタッグを組めば、もっと良い本になっていくと思う。

まとめ
 藤田遼先生の「メイド喫茶でわかる労働基準法」は、労働者にとって必須の労基法の知識を分かりやすく解説する入門書であり、ぜひ読むべきお薦めの本である。
 本書がたくさん売れることで、本書の改訂版が出され、より強化された最強の労働法入門になることを期待する!


追記(5/17)
なんと、著者の藤田先生のブログでコメントを頂戴しました。このようなマイナーブログのコメントにまで、一つ一つ誠意を持って回答いただける先生のご姿勢に感激いたしました。

http://roumublog.jp/2011/05/10/

要するに、「内定辞退者への法的責任が事実上追求されていないという実態に鑑み、読者の職業選択を後押ししようとあえてこのような表現をとった」*20というものであり、本書への好感度が更にアップしました。
そういう意味でもお薦めの一冊です*21

*1:ARIAで学ぶ会社法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常ARIAで考える労働法〜藍華と転職制限 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*2:労働者と会社の間のみならず、労働者の集団と会社を含め

*3:労基法15条違反は労働条件の明示を定めているが、DQN企業は労働条件を書面化しない...。

*4:その一部は労働契約法で成文法化された。

*5:各法律分野で同じことを言ってるような...?

*6:本書92頁

*7:本書210頁

*8:本書85頁

*9:本書135頁

*10:労基法16条、本書138頁、なお減給については別の議論があります。

*11:それ以外の人には逆に「敷居が高い」だろう。

*12:216頁

*13:217頁

*14:本書207頁

*15:書くなら書くで、注記をきちんと付して欲しいものである

*16:本書290頁

*17:昔聞いた実話

*18:大きなフォントではなくともいいので、どこかに書いておいて欲しかった。

*19:詳しくは本書を御覧ください

*20:要約に誤解があったら訂正します

*21:法学界の「最萌え」競争ではトップ集団にいること間違いなし!

なれる! SEと法律〜中小企業の法律理解が浮かび上がる

なれる!SE 2週間でわかる?SE入門 (電撃文庫)

なれる!SE 2週間でわかる?SE入門 (電撃文庫)

1.なれる!SEとは
なれる!SEとは、システム知識0で中小SIer*1のスルガシステムに就職してしまった桜坂工兵が、「この業界」によくあるデスマーチ、無茶振り、セクハラ・パワハラサービス残業等を経験しながら、一流のSE(システムエンジニア)に成長していく過程を描き出したものである。第三巻が最近刊行された


デフォルメが入っていることは入っているが、作者が元SEであることもあり、根幹は実体験に基づいているから共感できる
例えば、工兵の教育役の室見立華が、ネットワーク系については圧倒的技術を持ってるにも関わらず、大手ではなくこの中小ブラック企業のスルガシステムで働いている理由として、こう述べる*2

大手なんて別にいいもんじゃないわよ。何をするにも手順と申請ばかりで。権限もないのに責任ばかり押し付けられる。この会社の方がマシよ。無茶振りはしても、あとは好きなようにやらせてくれるから。
なれる!SE」第一巻239ページ


また、上長の藤崎は、大手携帯ゲーム会社が二次開発の大きな案件を一次開発を担当した大手ではなくスルガシステムに依頼した理由についてこう述べる。

大手のシステムベンダーでね。名前を言えば誰でも知っているような会社だけど。図体がでかい分レスポンスも悪くてね。お客さんの求めるスピード感についていけなかったんだ。
なれる!SE」第二巻195ページ


 思わず、「あるある」と共感してしまう記述である。 内部統制のためという名目で膨脹する業務手順と承認申請事項*3や、プロジェクトマネージャという肩書はあるから責任は負わなきゃいけないけど、細かいこともいちいち上長にかけあって承認を取らない状況*4等、大手SIerでまま見られる状況であろう*5
 これはあくまでも一例であるが*6、SE業界を知っている人にとっては、いろんなポイントで「あるある」「ないわ〜*7」とツッコミを入れて楽しめる作品である。
  

2.中小企業の法律理解
 興味深いのは、本書から、中小企業がどのように法律を理解しているかが浮かび上がるということである。


(1)年俸制でも残業代の回避は困難
  まず、工兵に休日労働を頼む際の藤崎さんの発言である。

「あ、ちなみにうちの会社年俸制なんで。今日の勤務に手当つかないけど、ごめんね」
なれる!SE」第一巻219ページ

 

実際、こういう会社が少なくないので紛争が絶えないのだが、年俸性の採用と割増賃金支払義務の間に直接の関係はなく、年俸性を取っても原則として割増賃金を払わないといけない*8
 もっとも、年俸性の場合に、当該年俸には割増賃金が含まれているとの主張がされる場合も多い。この点の先例として、創栄コンサルタント事件(大阪高判平成14年11月26日労働判例849号157頁)があり、年俸300万円の中に時間外労働割増賃金が含まれるとされたが、具体的にどの部分が基本給で、どこが割増賃金相当部分か明確に定まっていない事案であった。大阪高裁は、年俸に含まれる割増賃金部分が結果的に法定の割増賃金以上といえるなら、個別に割増賃金を支払わなくとも違法ではないが、本件では、どの部分が基本給で、どこが割増賃金相当部分かが明確に定まっていないので、結局年俸に含まれる割増賃金部分が結果的に法定の割増賃金以上とはいえず、割増賃金を支払うべきとした。
 スルガシステムでも、原則として割増賃金は支払わなくてはならない。年俸のうちの基本給と割増賃金相当額が区別され、更に工兵の長期間の超過労働、深夜労働、休日労働の割増分を加えた額が、当初の年俸内の割増賃金相当部分を下回るといった、奇跡的な場合以外は、休日労働についての割増賃金を支払わなければ違法ということになる*9。なお、割増賃金支払義務が免除される場合、例えば、管理監督者労基法41条)であれば、休日出勤でも、深夜業に渡らない限り*10割増賃金支払義務を回避できるが、明らかに工兵は管理監督者には該当しない*11


(2)二週間以内なら解雇は自由か?
 更に興味深いのは、立華の、

「確か二週間以内なら、試用期間中でも首にできるんですよね?」
なれる!SE」第一巻75ページ

という発言である。*12二週間で即戦力にならなかったら首という考え自体が労基法的の発想から解離しているが、インターネット界隈でそういう記述がまま見られる。

結論から言えば、2週間経過の前後を問わず、首にしたければ、解雇の合理的な理由が必要である
ただし、試用期間については、労働者の不適格性を確かめ、不適格な場合に解約をできるという特別の条件がついていると解されている(解約権留保付労働契約説)。そこで、通常は解雇できない場合であっても、試用期間中であれば、不適格性を理由とした解雇ができるという意味で、解雇がし易くなることは間違いない。もっとも、その時点で能力が不足していても今後の教育・指導で矯正可能であれば、解雇が許されない等、その時点で戦力になっていなくとも、「不適格」と言えるとは限らないことが重要である*13
 本件では、スルガシステムは、かもめさん作成の「未経験者でも大丈夫です」という広告を打った上で、面接により工兵がメールとインターネット、卒論用のワープロくらいしか使えない人と分かった上で、今後の教育指導を前提に採用したものと優に認められる*14。そこで、試用期間といっても専門知識やスキルがないことを理由に「不適格」として工兵を解雇することは許されない。
 なお、労基法21条は、「試用期間でかつ勤務開始後二週間以内なら、解雇予告したり、解雇予告手当を支給する必要はない。」と規定する(労基法21条第4号)。これは要するに、通常は解雇の理由があっても三十日の予告期間を置くか、予告手当を払う必要があるが、最初の二週間で解雇する理由が認められた場合に、更に三十日間も働かせる必要はないということに過ぎない。二週間経過前でも、解雇が認められるだけの理由(試用期間中は不適格性を含む)がなければ解雇できないのは同じなのである*15

まとめ
 「なれるSE」の面白さは、そのリアルさにある。
上記の藤崎さんや立華の発言も、いわゆる中小企業の労働法への理解度を示すという意味では逆にリアルとも言えよう。
 現役SEや就活生でIT系企業を志望している人はもちろん、法律家もぜひ読むべき文献である。

*1:第二巻末の「豆知識」の説明を使えば、「様々なハードウェアやサービス、パッケージをひとつに組み上げて一つのシステムに組み上げて提供する業者」

*2:「コミュニケーションスキルゼロの立華を雇ってくれるのはスルガシステムだけだったんでないの?」というツッコミは入れないでおきましょう

*3:そういう会社に限って客にはBPRによるシンプルな業務手順を提案してたりするという法則があったりなかったり…

*4:そういうとこでは、なぜかお互いに課長とか、部長代理とかの肩書きで呼び合うことが多いという法則があったりなかったり…

*5:あ、もちろん、個別の会社を想定した記述ではございません。

*6:大手でも、効率的に内部統制を利かせることで申請関係の縛りが最小限に抑えられ、振った仕事をかなり好きなようにやらせてくれる会社も全くない訳ではないだろう。

*7:「梢さんといちゃいちゃ、立華の仕草にドキドキなんてリア充のSEなんて1パーセントもおらんだろ」等

*8:峰隆之「賃金・賞与・退職金Q&A」労働行政132頁

*9:なお、割増賃金と通常労働時間対応分を区分していない場合において、外資投資銀行業界の慣行や、毎月183万という極めて高額の給与等に照らし、例外的に時間外賃金が基本給に含まれている等と判断したモルガン・スタンレー・ジャパン判決(東京地判平成17年10月19日判例タイムズ2000号196頁)はあるが、これは極めて例外的事案についてのもので、IT業界では通常あれはまらないだろう

*10:最判平成21年12月18日判例タイムズ1316号129頁、平成11年3月31日基発168号等参照。

*11:事例判断だが、一審二審ともプロジェクトリーダー職の原告が管理監督者に該当しないとした東京高判平成21年12月25日労働判例998号5頁、東京地判平成21年3月9日労働判例981号21頁

*12:新卒採用者について

*13:土田道夫「労働契約法」有斐閣198頁参照

*14:なれる!SE」第一巻15頁

*15:土田道夫「労働契約法」有斐閣197頁参照

黒執事と労働法〜「今年の新人はゆとりだからな」と思っているあなたへ

黒執事 8 (Gファンタジーコミックス)

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お約束ですが、本エントリは黒執事の1巻〜8巻*1のネタバレを含みますので、予めご承知おきください。

1.黒執事とは
時は19世紀後半。ヴィクトリア朝後期のイギリスはロンドン近郊に、一人の若き貴族シエルと、その執事セバスチャンがいた。
その二人の織りなす、一見華麗で、実は結構ダークな物語、それが、黒執事である。


さて、シエルの屋敷には、セバスチャン以外にも、使用人がいることになっている
家令(ハウス・スチュワード)のタナカ
庭師(ガードナー)のフィニアン
料理人(シェフ)のバルドロイ
家女中(ハウスメイド)のメイリン
の四人である。


もっとも、この四人、セバスチャンの下*2使用人としてのまともな仕事をしたことが一度もない*3


具体的には、

・中庭の草むしりを放棄*4してセバスチャンと拳法の達人の戦いに目を輝かせるフィニ
・シーツの洗濯なんか忘却の彼方*5。「流石私のセバスチャン」と言いそうになって顔を赤らめるメイリン
・晩餐の仕込みを中断して*6、目を細めるバルド
黒執事1巻8〜10頁

除草剤のフタが開いているのに気付かず芝生を除草したフィニ
台車にぶつかってティーセットを粉砕するメイリン
火炎放射器で生肉を黒焦げにしたバルド
にこやかに微笑んでお茶をすするタナカ
黒執事1巻16〜17頁

執事から夕食の準備を命じられながら、庭の木を使った割り箸づくりにかまけた三人
その頃竹とんぼで遊んでいたタナカ
黒執事1巻119〜120頁


1巻だけでも、こんな感じである。
セバスチャンも、

明らかにおかしいのは説明書ではなく自分の頭という事に何故気付けないんでしょうか?(中略)うっすら殺意すら覚えます
(中略)
料理を語るのは一度でいいから「料理」を作ってからにして頂きたいですね(中略)貴方も炭になればいいと思います
(中略)
馬鹿とハサミは使いようと言いますが、馬鹿にハサミを持たせるのも問題ですね。(中略)私も大分長い間生きていましたが、宇宙人に出会ったのは初めてです。
黒執事2巻12〜19頁*7

といった評価をしており、使用人達のフリガナが「役立たず達」になっている*8。そして、使用人が仕事をしようと思っても、セバスチャンが「結構です」と断ることも増えてしまった
こんな彼らは解雇されないのだろうか?


2.解雇制限についての厳しい判例法理
 判例は、解雇を極めて厳しく制限する

 典型的な事例を1つ挙げよう。

従業員が業務課でパソコンへの入力業務を担当していたが、ミスが著しく多い
あまりにもミスが多いので、短期間のうちに会社側が修正した入力ミスの数は89件
注意しても注意してもミスが直らず、ついにはその従業員のミスのせいで決算書の修正さえ余儀なくされた
これはかなわんと解雇をしたところ、従業員が解雇は不服と裁判所に訴えた
森下仁丹事件大阪地判平成14年3月22日労判832号76頁


さて、この職員の解雇は認められただろうか?
判例は、それでも解雇を認めず、この職員を継続して雇えと命じた*9


3.解雇ができる場合
 このような判例によれば、解雇ができるのは、その従業員の無能力さにより、企業経営に現に支障を与えているか重大な支障を与えるおそれがあり、かつ、今後の改善の見込みがない場合に限られる*10


 具体的には、故意の業務懈怠の場合が挙げられる。すなわち、ミスが従業員の過失によるものではなく、会社への不満等を背景にわざとミスをするといった場合には、このような従業員を解雇出来る場合が多い*11
 この点、黒執事に出てくる使用人は、こりゃ絶対故意だろと思う場面は多々ある*12が、本人達はいたって真面目である。故意による業務懈怠ではない。


 また、上司に対する反抗的態度も解雇を有効にする重要な要素とされている*13
 しかし、身体中を怪我しながら、大広間をバラで飾り付け、お菓子や丼を作って主人であるシエルの誕生日を祝う等、みんな上司に忠誠を誓っている*14


 すると、彼ら四人を解雇することは、判例法理に則ると、極めて難しいと言わざるを得ない。


4.解雇させないのが正解
 このような解雇を極めて制限的に解する判例の考え方には批判もあるが、最高裁も馬鹿ではない。このような考えの裏には、合理的な判断が潜んでいる。


 長期雇用システムにおいては、新卒採用以外はかなり採用の門が狭まる。そこで、会社は一度採用した以上は、その職員が仮にダメ社員であっても、会社には、適任の部署には移転する、改善のための教育を行う等して、なんとか最後まで会社員生活を全うできるよう努力する義務があり、このような努力をせずに無能力を理由に一方的に解雇することはできないというのが判例の基本的な考えである。


 ここで重要なのは、本当に、彼ら四人は、改善の見込みがないのだろうかという疑問である。改善の見込みがないというなら、改善のための機会を与える必要があろう*15


例えば、アグニが行ったように*16、バルトは「料理長!」とおだてて、玉ねぎのみじん切り等火力を使わせない料理をさせる、フィニにはその馬鹿力が間違った方向にいっても問題がないようなじゃがいもを潰す作業等をさせる、メイリンは、焦るからメガネの度が合わないのとあいまってミスをするのであり、ゆっくりじっくり仕事をさせる等、その人にあったやり方で改善をさせれば、十分に使える人材になる。


くしくも、アグニはこう説明している。

人にはそれぞれ生まれ持った才能があります
神が示してくださった道と使命があるのです
我ら人間(神の子)はそれに従って自然にゆっくりと出来ることをしていけば良いのです
黒執事第4巻98頁


セバスチャンは、自分がなまじっか「できる」ために、どうしても他の使用人にも、高レベルの仕事を期待してしまう。そこで、それができないとだめな奴と判断して、閑職に追いやってしまう。しかし、それは、労働者側も使用者側も不幸である。それぞれ生まれ持った才能を活かせるように、自然にゆっくりと出来ることをさせる、これが必要なのである。


最高裁が、解雇に厳しいのは、まさにこのことを実践させるためである。解雇を考えた使用者に、こう訴えかけるのである。この人は「本当に才能がない」のですか? それとも、「環境が悪い」のですか? 本当にその人の才能を生かせるように会社は努力していますか?と。
そして、最高裁は、このような会社側の改善の努力を通じて、労働者も会社側もハッピーになる帰結を期待しているのである。

 

まとめ
社会人の皆様の中には、今年の「ダメ新人」に悩まされている人もいるかもしれない。
ここで、「あいつらはゆとりだから」と切り捨て、有意義な仕事をさせなければ、それは、セバスチャンと同じことをしていることになる。これでは、新人はいつまでもお荷物のままである。
最高裁の示す判例法理の意義をもう一度見直して、アグニのような心で新人に接する、すると先輩も後輩も幸せになる可能性が出てくるのではないか。
黒執事は、このような労働法という観点からもとても面白い漫画であり、第9巻の発売が非常に楽しみである*17

*1:主にサーカス編の前までですが、若干サーカス編のネタバレっぽいものもない訳ではないです

*2:タナカはセバスチャンの上だというツッコミはなしということで

*3:「一般の」使用人としては想定されていないところで色々活躍はしているのですが...。

*4:草むしりなんかフィニにさせると危なっかしいというツッコミはやめておきましょう

*5:洗濯はメイリンにさせない方がみんなが幸せというツッコミもやめておきましょう。

*6:仕込みをしない方がみんなにとって幸せというツッコミはやめておきましょう

*7:なお、誰に対するコメントかはもはや書かない

*8:黒執事2巻28頁

*9:なお、判決は業務の内容が「慣れないもの」であったこと等を理由の1つとしており、判旨からは、「本当にこの人はできない人なの?それよりむしろ、会社側の配慮不足でないの?」というニュアンスがにじんでいる点を付言する。

*10:エース損保事件東京地決平成13年8月10日労働判例820号74頁

*11:例えば古川製作所事件東京地判平成9年6月9日労働判例720号61頁

*12:2,3日前に除草剤を芝生に撒いたばかりなのに、また同じことをする等

*13:例えば、山本香料事件大阪地判平成10年7月29日労働判例749号26頁

*14:バルドはよく「料理は芸術だ!」と怒鳴っているものの、これは芸術家としての心の叫びであり、反抗的態度ではないと思われる。

*15:例えば、複数の部署で仕事をさせるための配転をして、改善可能性がないことを示した事例で、解雇の有効性が認められた三井リース事業事件東京地決平成6年111月10日労経速報1550号23頁参照。

*16:黒執事第4巻92頁〜

*17:最後に、森崎博之・下野健著「解雇ー近時の判例から学ぶ 第1回無能力解雇」ビジネス法務2008年8月号70頁が非常に参考になった。ここに感謝の意を評する。

ストライクウィッチーズと労働法ーいらん子中隊、スオムス配属を拒絶する!?

*本エントリは、「小説版」ストライクウィッチーズ第一巻のネタばれを含みます。
1.問題の所在
 ストライクウィッチーズは、異形の軍「ネウロイ」と戦うため、魔力を持った少女が飛行脚(ストライカー)を装備し戦う物語である。メディアミックスのため、アニメと小説版で登場人物が違うが、今回は、いろいろな事情から、小説版を例にとりたい。
 小説版では、ブリタニアからはエリザベス・ビューリング、リベリオンからはキャサリン、カールスラントからはウルスラ、扶桑皇国からは、智子とハルカが、ネウロイの攻撃が予想される極北のスオムスへの配属を命じられている。
 不平不満たらたらの智子を除けば、大体スオムス行きに同意しているようだが、各国軍は、果たして彼女達に対し、スオムス配属を命じられるのだろうか?

2.一般的な転勤命令の可否に関する判断基準
 就業規則に転勤を命じることがある旨の条項(転勤条項、「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」等)があれば、原則として、会社に転勤命令を発令する権利がある。
 例外的に、会社との間に勤務場所を限定する契約(勤務地限定での採用等)があれば、その約束が優先される。
 また、この命令が権利濫用とされる場合もある。これには、大きく分けて(1)転勤命令の業務上の必要性と命令がもたらす労働者の職業上ないし生活上の不利益の比較衡量、(2)目的の不当性がある。
(1)転勤命令の業務上の必要性と命令がもたらす労働者の職業上ないし生活上の不利益の比較衡量
 転勤命令の業務上の必要性というのは、この人を転勤先に配転することが、会社の業務上必要ということである。ポイントは、「転勤をさせる必要性」に加え「その転勤者をその人にすること(人員選択)の合理性」の両者が問われているということである。
 この、転勤命令の必要性と対比されるのが、「労働者の不利益」であり、親族の介護看護、子供の世話等の必要性である。

 実際の裁判例を見ると、家族3人が病気中で、その従業員が面倒を見ながら支えているという状況下、東京から広島へ転勤を命じるのは「労働者の不利益」が大きいのに対し、人員選択の必要性がそれほどないとして、権利濫用と判断(転勤させられない)したものがある*1
 転勤を認めたものとしては、同居中の母や保母をしている妻を残して単身赴任をするという、不利益が「転勤に伴い通常甘受すべき程度」のものであり、その場合には、労働者の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発等のための業務上の必要性があれば転勤を命じられるとした最高裁判例もある*2
 総合職の職員については、判例は一般に転勤に寛容で、単身赴任の不利益程度であれば、転勤を認めるための業務上の必要性は低くてよい。もっとも、看護・介護等の必要性が高い場合には、転勤が認められるためには相当高度の業務上の必要性が必要になるといえる。

 (2)目的の不当性
 目的の不当性の典型は、労働者を退職させようとして行われた転勤命令*3や、会社批判の中心人物への転勤命令*4等である。こういう不当な目的が認定されれば、必要性vs弊害の吟味がなくとも、濫用とされる。

3.出向の場合の特殊性
 上記が、一般的な転勤命令の効力の概要であるが、出向の場合には異なる問題が起こる。出向と転籍という似て異なるものについて、まず解説しておくと、転籍は、所属先がA社→B社と変わる場合であり、出向は、所属はA社なのだが、労働力の供給先がA社→B社に変わるものをいう。今回は、元の自分の国の軍から、スオムス義勇独立飛行中隊へと労働力(兵力)の提供先が変わることから、一種の出向にあたるだろう。
 労働者は、ある特定の会社で仕事をする契約を結んでいるのであり、「会社が指定した先のどこ(の会社)でも働く」という契約を結んでいる訳ではない。そこで、就業規則上の根拠規定や、採用の際の同意等の明示の根拠がない限り出向を命令することはできない。また、仮に就業規則等に包括的規定があっても、出向をすることで、キャリア的不利益があったり、労働条件賃金等の不利益があることから、そのような包括的規定による出向命令は、密接な関連会社間の日常的出向であり、出向先の賃金・労働条件、出向期間等が労働者の利益に配慮してきちんと規定され、当該職場において労働者が通常の人事異動の手段として受容できるものである必要がある。
 この点に加え、転勤と同様の権利濫用の問題があり、出向の場合には、労務提供の相手方が変更することから、この点において著しい不利益を生じないかについても権利濫用の判断上考慮される*5

4.あてはめ
 まず、そもそも、「出向の許諾」があるかは、詳細が分からないことから不明である*6が、友軍に軍隊を貸すといったことも十分ありえることから、何らかの出向の許諾がある可能性が高いので、一応あることを前提としよう*7

 次に、問題は、「必要性」と「不利益」の均衡であろう。
 必要性は、友軍であるスオムスに、敵が来る可能性があるため、同盟を組んでいる国で、援軍を出す必要があるというものであろう。
 これに対し、不利益は、[1]極寒の国スオムスで「パンツはいてない状態で勤務しなければならず、従来より著しく勤務上の負担が増加する、[2]自分の家族・友達のいる国から離れて勤務しなければならない辺りであろうか。
 不利益が比較的少ないのは、彼女達は独身・若年であり、家族の養育・介護・看護等の必要性があまりないという点であろう。この結果、なかなかスオムス行きが濫用というのは難しいところがある。また、軍隊勤務である以上、環境が厳しい外国での勤務も(一応)予想されていたものといえる。
 そうすると、基本的には*8スオムス行きを命令でき、彼女達は拒絶できないということになる。
 
6.ウルスラの特殊性
 ただ、ウルスラには特殊性がある。カールスラントは、現在進行形でネウロイの侵攻にあっている状態で、兵力が不足していることから、扶桑皇国等からの援軍を呼んでいる。こんな「猫の手も借りたい」状況では、いくら、友軍からの派兵依頼でも、「こちらがスオムスからの援軍を依頼したい位の状態であり、援軍はできない」と言って拒絶しても、スオムスから恨まれることはないだろう。
 このように、スオムス行きの必要性が特に低いウルスラについては、不利益が相当少なくない限り、「濫用」というべきであり、上記の負担でも、「濫用」と評し得るのではないか。その場合には、ウルスラに対する出向命令は違法であり、スオムス行きを拒めるということになる*9

まとめ
 転勤を命じるには、根拠規定の他、必要性と不利益の均衡上濫用と評されない場合であることが必要である。
 出向については、よりハードルが高くなる。
 もっとも、軍規等上同意がある場合には、独身・若年の彼女達については濫用というのはなかなか難しい。
 とはいえ、ウルスラについては、濫用と評される可能性がある。出向を命じる時には必要性について吟味しなければ、コンプライアンス上の問題が生じる可能性があるのである。

*1:東京地判昭和43年8月31日

*2:最判昭和61年7月14日

*3:東京地決平成7年3月31日等

*4:東京地決平成4年6月23日等

*5:大阪地決昭和62年11月30日等

*6:軍の規則等が分かれば、その内容による

*7:なお、上記のとおり、その許諾が包括的なものに過ぎないのであれば、上記のように「日常的な友軍間の援軍派兵」等の要件を満たす必要があることは当然である。

*8:特段の不当な目的がない限り

*9:本人としては、好きなだけ本を読める環境を望んで異議を唱えない可能性はあるが、それは別の問題である。

ARIAで考える労働法〜藍華と転職制限

ARIA(12) (BLADE COMICS)

ARIA(12) (BLADE COMICS)

1.ARIAとは
 ARIAとは、火星(アクア)で見習い水先案内人(ウンディーネ)をやっている灯里が、同じ見習いの藍華やアリスとともに日々の生活の中にあるときめきを発見していく中で、ウンディーネとして成長していく物語である。
 ARIAの最大の特徴は、その癒し効果であり、日常生活を楽しみ、非日常的イベントも楽しみ、他人を巻き込んで楽しませてしまう灯里の姿は、多くの人の心に潤いを与えている。

2.藍華のARIAカンパニーへの転職(?)
 藍華は、大手ゴンドラ運送会社「姫屋」の跡取り娘。先輩の晃さんが、厳しくビシビシ指導している。あまりの指導の厳しさに、ある日姫屋を抜け出して、灯里のいるARIAカンパニーに逃げ込んでしまった(第3巻108頁)。
 実際のお話では、途中でまた姫屋に戻っているが、このままARIAカンパニーに就職してしまった*1場合、姫屋側は何か言えないか? 法的に分析してみたい。

3.「競業はだめ」といえる?
 ARIAカンパニーは、ゴンドラ運送会社であり、姫屋と同業である。同業他社に移って、同種の仕事を行う(競合する業務を行う、競業する)ことは、労働法上禁止されているのか?
 競業は原則として問題がないとされている*2。例えば、予備校に不満を持った一部の講師が、独立して別の予備校を設立した事案において、講師は違法性がなく、元いた予備校に対して損害賠償を払う必要はないとした判例がある*3
 もっとも、同種の仕事を行う中で、なんらかの「違法」な行為をした場合には、その競業が違法と評価されることがある。例えば、営業妨害、元の会社の営業秘密の利用等の違法な行為が行われれてはじめて競業がだめといえる*4
 なお、社員は、秘密保持義務を負うことから、その秘密保持義務の効果として競業が禁止されるといえないかという議論はある。しかし、少数の裁判例はこれに近い議論を取っている*5が、学説は強く批判している*6
 そこで、原則として、藍華はARIAカンパニーで働ける。

4.秘密漏洩?
 では、例外として藍華のARIAカンパニーへの就労が違法になるのはどのような場合か。一番よく考えられるのは、秘密漏洩である。
秘密漏えいは、民法上も不法行為になりえるが、不正競争防止法が、秘密漏えいを定義し、これに該当する場合には、差し止め請求を認め(3条)、損害賠償の推定規定(4条、5条3号)を設けている。
 不正競争防止法2条1項7号では、従業員等が会社から開示を受けた秘密を、他社に漏らし、利用することを禁じている。同工8号は、7号違反の秘密を他社*7が利用することを禁止している。
 ここでいう、「営業秘密」とは、秘密として管理されていて、有用であり、それが公然と知られていないものである(2条6項)。一番わかりやすいのは「秘密の判子が押されて鍵つきの金庫に保管されている顧客名簿」である。こういう外形上も秘密とわかり、かつ関係ない人がアクセスできないようになっていることが、秘密として管理されているという要件である。
 藍華は、姫屋の跡取り娘として、いろんな帝王学を学んできたものと思われる。その中で、例えば顧客情報や、競業他社の情報(オレンジプラネットとかの情報)を聞いてきている。この中で、上記の営業秘密の要件にあたるものをARIAカンパニーで利用すれば、秘密漏えいになる。
 もっとも、「オレンジプラネットにすごいウンディーヌがいるらしい」といった情報はみんなに知られているので、「公然と知られていないもの」という要件を欠く。
 また、顧客についても、従前の顧客とつきあえば、それだけで顧客情報漏えいかというと、そうではなく、公私にわたるつきあいの中で、あなたのゴンドラに乗りたい!という指名を受ける場合には、顧客情報漏えいに当たる可能性は低いだろう*8

 その意味で、藍華の行為が不正競争防止法違反になる可能性もあまり高くない。

5.違法な引き抜き
 なお、転職にいたる過程で、違法な引き抜きがあれば、引き抜かれた人および引き抜いた会社が責任を負う可能性がある。
 例えば、幹部職員として社運をかけた英会話事業を任されていながら、セールスマン等をごっそり引き抜いたため、売り上げが8割減少した事案で、損害賠償を認めた*9判例がある。
 このように、上下関係を利用して無理やり引き抜くとか、ごっそり引き抜いた結果、引き抜かれた会社が営業できなくなるといった場合が、引き抜きが「違法」と評価される場面である。
 しかし、アリシアさんは「あらあら」「うふふ」と言って微笑んでいるだけで、特に積極的に藍華を引き抜く行為はしていないのは明らかである*10
 また、灯里も、藍華とは対等な立場の友達であり、無理やり引き抜いた訳ではなく、単に逃げてきて、行くところのない愛華に軒を貸してあげただけであるから、無理やりの引き抜きといった話にはならないだろう。

まとめ
 このように、藍華がARIAカンパニーに移籍しても、姫屋はほとんど何もいえないが、
それは、労働者の転職の自由が、労働者にとって大事な権利だからであり、会社がこれを尊重すべきだからである*11
 ともあれ、晃さんの厳しさと裏腹の優しさを考えると、藍華が姫屋にいる方が幸せな気もしなくもない。

*1:なお、片手袋は一人ではお客さんを乗せられないため、2人シングルがいると、アリシアさんの負担が相当なものであり、この意味でもあまり現実的ではないが、仮定として考えてみたい。

*2:齋藤大「労働者の退職後の競業避止義務」判例タイムズ1014号13頁

*3:東京地判平成元年12月5日判タ746号181頁

*4:なお、競業を禁止する契約を締結すれば、その契約の効果として競業が制限されることがあるが、その適法性については学説・判例は厳しく、地位職務、必要性、期間、代償措置等の観点から合理性を吟味している。姫屋の跡取りとはいえ、まだまだシングルの見習いウンディーネである藍華は「この人を引き抜かれて、他社で仕事をされると大変な損害」という訳ではないだろうから、相当の代償措置(給料を上げる、三大ウンディーネからのマンツーマン指導等)がない限り、無効だろう。なお、ARIAカンパニーが、アリシアさんと競業禁止契約を結んだら、期間にもよるが、その契約が有効になる可能性は高いだろう。実質的にアリシアさんがいなければ会社はやっていけない状態であり、合理性が認められ易い。

*5:例えば、東京地決平成7年10月16日判タ894号73頁「東京リーガルマインド事件」

*6:前出の齋藤論文14頁参照

*7:但し、7号違反と知っているか、知らないことに重大な過失がある場合のみ

*8:灯里の場合であれば、仮に他社に移っても、郵便屋さんとか、暁さんのお兄さんとかから指名される場合には、基本的には漏洩にあたらないだろう

*9:東京地判平成3年2月25日判タ766号247頁「ラクソン事件」

*10:数えたわけではないが、アリシアさんの発言の半分以上は「あらあら」のような気がするのは気のせいだろうか?

*11:なお、姫屋ができる主張として、「ARIAカンパニーの取締役社長は猫であるところ、猫は取締役になれない(欠格事由、会社法331条参照)ので、社長を解任せよ!」といった主張も考えられるが、解任しても、後任はやっぱり猫になるだろうから、解任→就任が永遠に続くだけで、あんまり効果はないだろう。ARIAカンパニーと取引した皆さんは、会社法908条2項により保護されるので実際上問題はない。

彩雲国物語と労働法〜冗官一斉解雇の適法性

彩雲国物語―白虹は天をめざす (角川ビーンズ文庫)

彩雲国物語―白虹は天をめざす (角川ビーンズ文庫)

1.事案の概要

 BS2でアニメ第二クールが放送中の「彩雲国物語」は、中国王朝風の架空王国「彩雲国」を舞台に、初の女性官吏となった紅秀麗が、逆境の連続にもめげずに、夢を追いかける物語である*1

 さて、彩雲国物語「緑風は刃のごとく」*2において、冗官一斉解雇が行われた。

彩雲国においては、長年にわたる蔭位制、売官等により、無能な官吏が多量に冗官(ヒラ)として蓄積され、国家財政を圧迫していた。そこで、ほぼすべての冗官を一斉に1ヶ月後に解雇することを決定した。その上で、1ヶ月に以内各官庁が能力を見出し登用した冗官のみにつき、雇用を継続することにした。

この冗官一斉解雇は、労働法的に違法なのか、合法なのか?


2.解雇権濫用法理
 民法上、解雇はいつでもできる*3ことになっているのだが、正社員について自由に解雇を認めてしまえば、終身雇用を期待している労働者の利益を大きく損なう
 そこで、判例は、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」*4として、解雇を制限し、平成15年改正により、労働基準法18条の2において「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と明文化された。
 問題はどんな解雇が不合理な解雇権濫用であり、どんな解雇が合理的な解雇かである。


3.普通解雇vs整理解雇
 ここで、普通解雇*5と整理解雇*6では、考え方が違う。
 普通解雇は、その人の「成績・態度」が不良だとか、「規律違反*7がある」といった場合に合理性が認められる。そこで、(1)勤務成績、勤務態度等が不良で職務を行う能力や適格性を欠いている場合であるか、(2)規律違反行為があるかが問題となる*8
 これに対し、整理解雇においては、労働者側に落ち度がなくとも、財政再建等のために解雇がされるので、より雇用者側の事情が問題となる。そこで、(1)人員整理の必要性、(2)解雇回避努力、(3)人選の合理性、(4)手続きの相当性が判断要素とされる*9
 さて、今回の解雇は普通解雇か、整理解雇か。本件では、

「全冗官が無能ではないはずです。期間をくぎって査定をし、取捨選択して使える者はのこしてからのほうがよろしいかと存じます。」
(中略)
「当然ですな。冗官の中でも特になんの役にも立たぬものをえりすぐり、切り捨てるべきです。」
「緑風は刃のごとく」p10

という言及が、整理解雇とした上での(3)人選の合理性・(4)手続きの相当性の問題なのか、(1)勤務成績不良の無能冗官の普通解雇なのか非常にあいまいである。

 これについては、野田・中窪「労働法ロールプレイング」*10によると、整理解雇かそれ以外の解雇かが明確でない場合、労働者としては整理解雇と主張することが多いとされる。整理解雇は、労働者に過失がないのに一方的に労働契約を終了させるものであるから、当事者の合理的意思として、一般にできるだけ解雇を回避する義務があると考えられる。そのために、上述のような4基準が設けられているからである。
 そして本件では、旺季が「無駄な官の廃止ー確かに、もっともですな。無駄な食い扶持が減れば、戸部の財政も浮きます」と述べていること等を考えると、(財政的な面を主とした)人員整理が本件解雇の基本だといえ、整理解雇だが、その人選として能力のない者を選んだと考えるのが相当であろう*11


4.整理解雇として合理的か
 では、本件の解雇は、整理解雇として合理的か。
 まず、(1)人員整理の必要性が問題となるが、この点はなんとか必要性を肯定できるのではないか。
彩雲国の財政状況については、確かに赤信号点灯状態ではない。しかし、王位争いで庶民が「鼠も蜘蛛も、動いているものなら皆血眼で追いかけた」という壊滅的状態から8年、徴税機構・国有財産を維持したのは黄奇人らの能吏の活躍の賜物というしかなく、高官の紅邵可の給料が*12減っていく状況や、「鄭君十箇条」の第7「税金による道寺や離宮など無駄な造営をしないこと」等に鑑みると、なんとか必要性は肯定できる。
 とはいえ、必要性がそこまで高いといえないことから、それ以外の3要件については、相当高度のものが必要だろう。

 次に、(3)人選の合理性は、まさに合理的というしかない
  何しろ、秀麗曰く、

「普通ないわよこんな職場! チンタラチンタラ何もしないで養ってくれるところなんてねぇ、親か役所くらいなもんよ!! 働いてないのに給料までくれるなんて、ありえないわ!! まさにゴクツブシじゃないの! クビ切られたって当然ってもんよ!!」
「緑風は刃のごとく」p26

である。まあ、蔭位の制等で官僚になり、働かないで毎月の禄をもらっている人たちであり、吏部・戸部等にいる「超激務をこなす能吏」とゴクツブシでは、「ゴクツブシ」の冗官を真っ先に解雇するのは合理的以外の何者でもない。

 とはいえ、問題は(4)手続きの相当性である。
 解雇をする場合、30日前に「解雇する」と予告する、もしくは30日分の給料を払わなければならない(解雇予告・解雇予告手当*13)。
 秀麗は、

本当に上が頭にきてるなら、即日クビ、今日クビ、ハイお兄ちゃん明日っからこなくていーよぉ迷惑かけてくれたねぇホント、で即日解雇されるもんなのよ!
「緑風は刃のごとく」p23

と述べているが、原則としてこのような即時解雇は許されない*14

そして、今回のポイントは、解雇予告が条件付という点がある。「本当であれば即刻解雇されてもしょうがないようなダメダメ冗官に最後のチャンスを与えてやってるんだから、解雇予告が条件付で何が悪いのか」という向きもあるだろう。しかし、通達*15によれば、解雇予告は条件付ではいけない。その理由は、解雇予告制度の趣旨である。労働者にとっては、突然解雇されれば、新しい職場を見つけるまでの間、食い扶持に困ってしまう。そこで、30日前に予告することで、その間に職を探す等する機会を与える、もしくは予告手当てという形でお金を払うことにより、求職期間に生活できるようにさせてる、これが解雇予告制度なわけである。条件付解雇予告がされた本件では「よ〜し、頑張ってどこかの官庁で使ってもらうぞ!」と思って努力をし、求職活動をしなかったが、結局官庁で使ってもらえなかったので解雇されたという場合、次の仕事を見つけるまでの食い扶持に困る。これでは、解雇予告制度の趣旨が達成できないのである。

 そう、この解雇には手続き上の違法があり、解雇は無効と言わざるを得ないのである*16

まとめ
 冗官一斉解雇がなされたことで、宮廷(とくに秀麗の周囲)はてんやわんやになっていたが、労働法を知っていれば、この解雇が違法で許されないものであることがわかる。
 彩雲国の官吏にとっても、労働法を勉強することは大切といえるだろう。

*1:いつもどおりの適当要約ですみません。

*2:アニメ版でいうと20日放映の第23話「泣き面に蜂」

*3:民法672条1項本文

*4:日本食塩製造事件

*5:懲戒解雇でもないし、人員整理いわゆる、リストラのための整理解雇でもない場合

*6:人員整理のための解雇、下井隆史「整理解雇の法律問題」日本労働法学会誌55号23頁によると「使用者が経営不振などのために従業員数を縮減する必要に迫られたという理由により一定数の労働者を余剰人員として解雇する場合」

*7:それが懲戒解雇に当たらない場合でも

*8:山口幸雄等編「労働事件審理ノート」p14参照

*9:なお、これは判例(東洋酸素事件判決等)を4要素説として読んだ場合の議論。学説上手続きの相当性は要件ではないという説もある。

*10:同書p184

*11:なお、「仕事をしない」ことを理由とする懲戒解雇とも思えるが、「仕事をしない状態を長年黙認してきた」こと、および仕事をしていた人も含めて一斉に解雇している点、懲戒解雇と見るのは困難ではないか。

*12:いくら存在感がない、自分から是正を求めないといえ

*13:菅野和夫「労働法」p454

*14:なお、懲戒解雇の場合においても、当該労働者が予告期間をおかずに即時に解雇されてもやむをえないと認められるほどに重大な服務規律違反または背信行為をした場合に行政官庁の認定を受けた場合にはじめて即時無予告手当て解雇ができることに注意、菅野前掲書p454。

*15:昭和27年法務府法意1発第29号。まあ、有権的解釈機関ではないといえばそうなのですが。

*16:ちなみに、普通は解雇予告の要件は満たしているので、手続き相当性としては「労働者団体と協議をしたか」等が問題となることが多い。