アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

「労働事件審理ノート」を要件事実の応用的勉強に使う

労働事件審理ノート

労働事件審理ノート

Kaffeepause様が購入されていたことに影響を受け、「労働事件審理ノート」を購入した。

 この本の特徴は、事件類型ごとに「要件事実」「争点」「早期に確定すべき事実関係と提出すべき書証」「訴訟運営のポイント」等がわかりやすく説明されていることである。例えば「16歳なのに18歳と偽ったせいで解雇されたよどうしよう!」という場合には、懲戒解雇の問題になるが、第1章の地位確認等請求事件では、この類型について、どういうことを原告・被告双方が主張立証すべきかの「要件事実」を指摘し、さらに、典型的争点として、「解雇事由の存否」がよくあるよと指摘し、早期に「解雇の意思表示、解雇の理由」等を確定すべきだよと指摘し、訴訟運営上、例えば解雇期間中の賃金支払請求がある場合どうすればいいのか等について言及している。このため、本書は、労働事件の専門家の間においては、旧版の段階から非常に人口に膾炙していたということである。

 さらに、新版では、労働審判に対応したのみならず、要件事実の基礎的な話しまでかかれている。これは、単なる労働法の専門家だけではなく、ロースクール生等にもわかるようにという趣旨なのだろう。


 この本を読んでいて思ったのは、条文から要件事実を導く練習に使えるということである。第一回新司法試験の民事系第2問設問1*1等からわかるように、要件事実の問題が新司法試験では出題される。しかも、典型的な売買とか消費貸借ではない。すると、要件事実マニュアルを暗記して、全ての類型に対応する勉強が必要かとも思えるが、そんなことをしていたら、他の勉強の時間がなくなってしまう。だからこそ、未知の条文から、要件事実を導く練習が必要である。通説は法律要件分類説であり、「本文ならその効果を求める者が主張すべき、但し書きや附款は反対当事者が主張すべき」というのが基本なのだから、条文さえ見れば要件事実を導けるはずである。とはいえ、学説等が要件を加重したりすることもあるので、少し訓練が必要になる。その訓練の教材として適している

 本書には、各類型毎の要件事実のみならず、ブロック・ダイアグラムもついている*2。各類型について、労働法の条文(学説がわからなければ教科書も)を読みながら、考えられる請求原因・抗弁・再抗弁を組んでみて、それを本書に照らしてあっているかを確かめてみよう。これが、未知の条文から要件事実を導く訓練として適しているだろう。

 「労働事件審理ノート」は、労働法の本としても優れているが、要件事実の練習としても優れている。労働法選択者はもちろん、要件事実関係を強化したい人にとっておすすめである。

*1:各事実が債権譲渡担保の請求原因事実として必要か否か

*2:全てではない

ハヤテのごとく! と労働法

ハヤテのごとく! 1 (少年サンデーコミックス)

ハヤテのごとく! 1 (少年サンデーコミックス)

ハヤテのごとく!」のあらすじは以下の通りである。

高校1年生のハヤテは、年齢を偽って自転車便のバイトをしていた。両親が無職で、お金があれば馬券とパチスロに消えていくから、自分でかせぐしかなかったのである。ところが、年末のある日、ハヤテは解雇を告げられる。親がやってきて、年齢を偽っていたことがバレたのだ。しかも、親が給料を受け取ってしまい、これをパチスロですってしまった。

どうやって年を越すんだ。絶望にうちひしがれるハヤテが見たのは、クリスマスプレゼントと書いている1枚の封筒。その中に入っていたのは、156,804,000円の借用書。博打ですった金をハヤテの臓器を売ることで返済することにしたのでした。

弱ったハヤテは、身代金を取ろうと、少女を誘拐しようとします。ところが、失敗。罪滅ぼしとばかりに、チンピラに誘拐された少女を救おうとするが、車にはねられて死亡...。したはずが、奇跡的に生き延びて、その少女に使える執事として活躍することに。

 さて、この「ハヤテのごとく!」には明白な労働法違反が多数見受けられる。

  • 解雇の正当性

 まず、彼は16歳なのに、年齢を偽るという、経歴詐称をし、その結果解雇されている。学説においては、経歴詐称は労働関係に入る前(契約時)の問題だから、懲戒処分という、労働契約締結後の職場規律違反を問題とする処分の対象とはならない、要するに原則経歴を詐称により解雇できないという見解が有力である。もっとも、炭研精工事件のように、判例は、経歴詐称を理由とする懲戒解雇の可能性を認める。それは、学歴等は、労働者の提供する労働の性質・内容決定についての重要な要素であり、使用者がこれについて評価を誤らせ、企業秩序の維持に重大な影響を及ぼすからである。

 仮に判例の考えを採用するとしても、問題は、この、数年の年齢詐称が、懲戒解雇の程度の重大なものかである。
 安枝・西村「労働法」(有斐閣プリマ)によれば、懲戒処分が可能になるような経歴詐称は、その内容・程度において重大なものでなければならず、少なくともそれによって企業秩序に具体的な危険ないし重大な影響をもたらすものでなければ、懲戒権濫用法理が働くことになります。
 ここで、「重大な影響」を考える上で重要な法律は労働基準法56条である。

第56条 使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、これを使用してはならない

 確かに、14歳なのに、18と偽る場合には、労働基準法56条の最低年齢を下回る。つまり、企業が違法行為を行うことになる以上、企業秩序への具体的危険はあるであろう。しかし、彼は15歳以上ですから、56条1項に違反しない。そう、労働可能なのである。そこで、具体的危険はなく、せいぜい始末書提出位しかできない。この解雇は無効である。

  • 親への賃金支払い

 更なる問題は、「親に給料を渡した」という点である。「親に給料を渡すのは当たり前だろう!」と、会社の人は言っていますが、大嘘である。

 そもそも、親が借金返済、生活費、遊興費にあたるため使用者から前借金を受取り、未成年の子女を徒弟、女工として働かせる悪習があった。わが国では、使用者が賃金を未青年労働者に直接支払わずに、これを親に送金し、親がこれを勝手に費消することが少なくなかったのである。
 そこで、労働基準法59条が規定された。

第59条 未成年者は、独立して賃金を請求することができる。親権者又は後見人は、未成年者の賃金を代つて受け取つてはならない。

 勝手に親に渡すと、ハヤテの親みたいに、パチスロで使いこんで費消してしまうという親が、日本では伝統的にたくさんいたからこそ、59条が規定されているのです。
 そこで、給料を親に渡すことは違法である!

まとめ
「どこに、子どもの給料をパチスロで使い込む親がいるか!」
一見、もっともらしい発言も、法律を知っていると、もっともらしくないことがわかる。
ハヤテは、ナギお嬢様の執事をしている暇があったら、法律を勉強すべきであろう。