アホヲタ元法学部生の日常

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民訴ガール第8話 「みんそ部 初めての戦い」その2 平成21年その2

講義 民事訴訟 第3版

講義 民事訴訟 第3版



「では、後半戦を開始しましょう。」


千石の部長が宣言する。

2 第1訴訟のその後の審理において,Yは,Xの主張する建物買取請求権の行使の事実を援用す るとともに,本件建物の時価相当額である500万円の支払があるまでは本件建物の引渡しを拒 むと申し立てたことから,裁判所は,結局,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受け るのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずる旨の判決を言い渡し,その判 決は平成20年11月21日の経過により確定した。
Xは,平成21年1月ころ,親戚の集う新年会の席上,親戚Bから,「数年前にAと会った際, 本件土地をめぐってYとトラブルになっており,その件で,今は亡き兄Cと相談していると言っ ていた。」と聞いた。そこで,Xは,すぐにAの亡兄Cの家族を訪ねて事情を聞いたところ,確か に,数年前にAが書類を封筒に入れて持参し,Cと2人で相談していたことがあったとのことで あり,AがC方に持参した書類は,封筒に入れたまま保管しているとのことであった。そこで, Xは,Cの家族からその封筒を受け取って自宅に戻り,封筒内の書類を整理したところ,Aから Yにあてた平成18年4月3日付け内容証明郵便が見付かった。同内容証明郵便には,Aが,Y に賃料支払の催告を行い,2週間以内に未払賃料の支払がないときは本件賃貸借契約を解除する との意思表示を行った旨の記載があり,Yが同内容証明郵便を同月6日に受領したことを示す郵 便物配達証明書も同封されていた。
そこで,Xは,Yを被告として,平成21年4月13日,別紙の訴状をT地方裁判所に提出し て,新たな訴え(以下「第2訴訟」という。)を提起した。これに対し,Yは,弁護士に委任して 答弁書を裁判所に提出し,Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべき であると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,第1訴訟の確定判決の効力が及ぶ ので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると 主張した。この答弁書の送達を受けたXは不安になり,自分も弁護士に相談した方がよいと考え, 第2訴訟の第1回口頭弁論の期日の前に,D弁護士を訪れた。
以下は,Xから相談を受けたD弁護士と同弁護士の下で修習中の司法修習生との会話である。 弁護士:Xは,第1訴訟の判決確定後に新たな事実が判明したとの理由から,Yに対して第2の訴えを提起したのですね。
修習生:はい。第2訴訟は,賃料不払による賃貸借契約の解除の場合には建物買取請求権の行使ができないことを前提とする訴訟です。建物買取請求権は,誠実な借地人の保護のた めの規定ですので,借地人の債務不履行による賃貸借契約の解除の場合には,借地人に は建物買取請求権は認められないとする最高裁判所判例があります。
弁護士:よく勉強していますね。次に,第2訴訟の訴訟物について考えてみましょう。第2訴 訟において,Xは,Yに対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去と本件土地 の明渡しを求めていますが,土地所有者が,土地上に建物を所有してその土地を占有す る者に対して,所有権に基づき建物収去土地明渡しを請求する場合の訴訟物については, どのように考えられますか。
修習生:はい。この場合の訴訟物については,考え方が分かれていますが,一般的な考え方に よれば,この場合の訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権1個であり,判決主文に建物収去が加えられるのは,土地明渡しの債務名義だけでは別個の不 動産である地上建物の収去執行ができないという執行法上の制約から,執行方法を明示 するためであるにすぎないとされています。したがって,建物収去は,土地明渡しの手 段ないし履行態様であって,土地明渡しと別個の実体法上の請求権の発現ではないとい うことになります。
弁護士:その考え方に立つと,第2訴訟の訴訟物と第1訴訟の訴訟物とが同一かどうかについ ては,どのように考えるべきでしょうか。
修習生:第1訴訟の判決は,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換え に,本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずるものです。建物収去土地明渡訴 訟の訴訟物について先ほどお話しした一般的な考え方に立つとすれば,建物退去土地明 渡訴訟についても,訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権であり, 「建物退去」の点については「建物収去」の点と同様に,土地明渡しの手段ないし履行 態様にすぎないと考えることができますので,その訴訟物は同一であるといえるかと思 います。
弁護士:そうですね。ここでは,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は同一であるという考え方を前 提として考えてみましょう。ところで,Yは,第2訴訟において,どのような主張をし ていますか。
修習生:Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張す るとともに,第2訴訟におけるXの請求には,Yに対し,本件建物の代金500万円の 支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命じた第1訴訟 の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分に ついては棄却されるべきであると主張しています。
弁護士:Yの主張を理解するには,建物収去土地明渡請求と,建物代金の支払を受けるのと引 換えに建物退去土地明渡しを命ずる判決との関係をどのように考えるかが問題となりそ うですね。まず,Yのそれぞれの主張について,その論拠をまとめてみた方がよいかも しれません。その上で,それぞれの主張について,どのような反論をすべきか,検討し てください。
修習生:はい。わかりました。
〔設問2〕
(1) 前記会話を踏まえた上で,Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので,その訴えは却下されるべきであるとするYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
(2) 前記会話を踏まえた上で,第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであるとのYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
(3) 上記(1)及び(2)の論拠を踏まえた上で,第2訴訟におけるYの主張に対し,Xとしてはいかな る反論をすべきかについて論じなさい。


「まず、訴えの利益は認められるでしょうか。」


千石の副部長が問題を出す。



「訴えの利益とは、判決を下すことによって紛争を解決することが必要であり、かつ実効的であるかの問題ですが*1、給付の訴えにおいては、その給付請求権の内容として裁判上履行を求める権能が含まれているので、原則として訴えの利益が認められます*2。」


志保ちゃんが端的に指摘して、星海側の立論の口火を切る。


「だけど、既にある訴訟物について確定判決を得ていれば、同じ訴訟物について新たに判決を得る必要性はないとして、重ねて訴えを提起することは原則として許されなくなるわ*3。ここで、問題文にあるとおり、第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は同一という考え方*4を前提とすると、既に確定した建物退去明渡判決をもらっているXは、訴訟物が同じ建物収去明渡を更に請求することができないと主張することになりそうね。」



五月ちゃんが問題を整理する。


「本当にそれでいいんですか? 建物『収去』は、Yが自費で建物を取り壊して更地を明け渡す必要がありますが、建物『退去』だけだと、その建物は500万円を払ってXが買い取らないといけませんよ。」


千石の1年が果敢に攻める。


「あら、敵に塩を送ってくれるなんて、ありがたいわね。Xにとって建物が不要である場合には、建物退去判決では、買取費用と取り壊し費用という大きな負担を負うのであって、第1訴訟の建物退去判決を持っているXとしても、新たに建物収去判決を求める必要性があるというのがXの反論になりそうね。」


五月ちゃんが格上なところを見せる。


「それでは、小問2はどうですか。」


「Yの主張の根拠は、建物『退去』自体も判決主文に記載されていることから既判力が及び(民事訴訟法114条1項)、退去と矛盾する『収去』の主張は排斥されるべきということになります。ところで、民事訴訟法114条*5は、『確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。』としているところ、一般には、訴訟物、つまり、訴訟の対象となる実体法上の権利又は法律関係*6に既判力が及ぶと解されます*7。この理解を前提とすると、退去を命じる部分は例え主文に記載されるとしても、単なる執行方法の明示*8に過ぎず、既判力そのものは生じないものと思われます。」



とうとうと述べる志保ちゃん。


「主文に記載されている以上は、既判力に準ずる効力が生じているという議論はどのようにお考えですか。限定承認について最高裁はこのように考えているようですが*9。」


千石の部長が問いただす。


「『既判力がない』というのは『既判力に準ずる効力』を否定するものではないわ。建物収去土地明渡請求に対して、建物退去土地明渡を命じることは、一種の『一部認容』よね*10、例えば100万円を請求して90万円が認容された場合と同じよ。この場合、90万円の債権の存在と、10万円の債権の不存在について既判力が認められる訳だから*11、今回は、建物退去土地明渡義務の存在についての既判力と、建物収去義務の不存在についての『既判力に準じる効力が生じる』という議論は十分可能よね。」

五月ちゃんがフォローに回る。


「そうすると、既判力に反する主張ということになりますか?」

千石の副部長が畳み掛けて来る。


「その前に、時的限界について検討する必要があります。既判力の基準時は事実審の口頭弁論終結時です。本件では、いくら早くとも第4回弁論準備手続のあった平成20年5月28日(第7話参照)以降に事実審の口頭弁論が終結しているところ、Xの主張は、平成18年4月13日の解除を内容とするものであって、既判力に準じた効力に矛盾する主張となります。」


志保ちゃんが答える。

「既判力の趣旨って、適正手続とそれによる自己責任ですよね*12? 前訴においてその主張を提出することが期待できなかった事項については、既判力の適用を認めない、いわば期待可能性の不存在による既判力の縮小を認めてはいかがですか。」

千石の1年が突っかかる。

民事訴訟法338条1項5号は、前訴で提出できなかった攻撃防御方法の主張を再審で行うためには、刑事上罰すべき他人の行為が必要としていますよね。法的安定性という既判力制度の趣旨に鑑みれば、刑事上罰すべき他人の行為がある場合は別論、そうでなければ、既判力ないしはそれに準じる効力の縮小を認めるべきではないと思いますけど*13。」

五月ちゃんが応じる。


民事訴訟法117条は例えば毎月1万円の医療費の賠償を認める等の定期金の賠償について、事後的な判決の変更を認めます。この趣旨は、判決が確定し、『毎月1万円』の部分に既判力が生じているものの、判決の基礎となった事情に事後的に変更が生じた場合には、賠償額を減額させるのが合理的であることから、再審の手続によらずして既判力の拘束を解くというものです*14。本条の趣旨からは、実質的に基準時後の事由と同視できるものについては、再審の手続によらず、既判力の拘束を解いても良いと解すべきでしょう。」


千石の部長が返す。


「両校とも、熱戦をありがとう。どちらもよく頑張っていたけれども、立論でも、反論でも、タイミングよくクリティカルな議論を繰り返していたという意味で、千石が少し上回るかな。」


千石側の歓声が上がる。


「最後の問題だけど、何が正解というのはなくて、なかなか難しいところだね。個人的には、基準時前に提出できたことの期待可能性が無い場合に、再審の手続によらずその主張をする余地を一定範囲で認めるとしても、単にその事実を知らなかったことだけでは足りず、知らなかったことが無理もないという場合でなければいけないと解すべきという立場だけど *15、親戚B、Cって、原告X側の人間なんだよね。親が死んで、状況が分からないなら、親戚に尋ねるというのは当然であって、そういうX側の人間とのコミュニケーション不足を理由に、後訴でこれを主張するというのは難しい気がするかな。」


みんそ部のみんなは、初めての実戦で、実力校との戦いを経験した。これがいい糧になって、本戦までにみんながもう1皮も、2皮も剥ければいいな。そんなことを思いながら法学科研究室で「重点講義」を読むうちに、今夜も更けて行ったのであった。

*1:講義118頁

*2:伊藤171頁

*3:伊藤172頁

*4:たとえば要件事実マニュアル1・320頁参照

*5:沿革につき、坂原正夫『民事訴訟法における既判力の研究』180頁以下参照

*6:講義16頁

*7:判決主文は、原告が求めた訴訟物についてなされた法的判断の結論を述べているから。もちろん、主文だけだと原告の請求を棄却するとかだけで、訴訟物が何か特定できないかもしれないが、その場合は原告の請求(訴訟物)を参照すればいい(河野574頁)

*8:要件事実マニュアル1・321頁、講義361頁

*9:最判昭和49年4月26日民集28巻3号503頁参照

*10:伊藤210頁

*11:債務不存在確認の文脈だが伊藤211頁参照

*12:講義344頁参照。なお、判例は多元的な説明をしていることに注意。事例演習148頁参照

*13:リーガルクエスト420頁。

*14:リーガルクエスト424〜425頁

*15:重点講義上608頁以下参照

民訴ガール第7話 「みんそ部 初めての戦い」その1 平成21年その1

民事訴訟法から考える要件事実(第2版)

民事訴訟法から考える要件事実(第2版)


「もしかして、『ごきげんよう』とか言うんですか?」



少女達の園に、男性の声が響く。学園祭で志保ちゃんがミス星海の座を射止めた興奮も醒めやらぬうちに、みんそ部のはじめての対外試合は千石高校弁論部、行政法に強いことで有名な部活だ。千石高校は共学だから、男子生徒もいる。そこで、みんそ部みんなで校門のところに集まって、「お迎え」をする。好奇心を隠さない千石の1年男子には、


「うちはそこまでお嬢様じゃないからね。男子トイレは、新校舎の職員室の横の1つしかないので、行きたい人はいまのうちに行っておくこと。」



と、早速釘を刺しておいた。


「今日は、平成21年になります。設問1は星海が出題、設問2は、千石が出題となります。」緊張した面持ちの志保ちゃんが宣言する。

次の文章を読んで,以下の1と2の設問に答えよ(なお,本問における賃貸借契約については借地法(大正10年法律第49号)の規定が適用されることを前提とする。)。
1 Xは,父Aの唯一の子であったが,Aが平成19年2月に他界したため,Aの所有する土地(以 下「本件土地」という。)を単独で相続した。本件土地上にはAの知り合いであるYの所有する建 物(以下「本件建物」という。)が存在しているが,Yは,現在,家族とともに他県に居住してお り,2か月に一度程度,維持管理のため,本件建物を訪れている。Xは,以前,Aから,Yが不 法に本件土地を占拠していると聞いたことがあったため,Aの他界後,Yに対し,本件建物を取 り壊し,本件土地を明け渡すように求めた。すると,Yは,Aの相続人が明らかになったことか ら地代を支払いたいとして,30万円をX方に持参したが,Xは,本件土地をYに貸した覚えは ないとして,Yの持参した金銭の受領を拒絶した。
Yが本件土地の明渡しに応じなかったことから,Xは,同年12月25日,Yを被告として, T地方裁判所に建物収去土地明渡しを求める訴え(以下「第1訴訟」という。)を提起した。平成 20年1月29日に開かれた第1回口頭弁論の期日において,Xは訴状を陳述し,Xが本件土地 を現在所有していること,Yが本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることを 主張し,本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求めた。これに対し,Yは,同期日において, 答弁書を陳述し,Xの主張する事実はいずれも認めるが,Yは,昭和53年3月8日,Aとの間 において,本件土地につき,賃料を年額30万円,存続期間を30年とし,建物の所有を目的と する賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,本件賃貸借契約の効力はな お継続しているから,Xの請求には理由がないと反論した。
第1回口頭弁論の期日において,裁判所は,当事者の意見を聴いて,事件を弁論準備手続に付 した。平成20年2月26日に開かれた第1回弁論準備手続の期日において,Xは,YからAに 対し賃料の支払がされた形跡はなく,AがYとの間に本件賃貸借契約を締結したことはないと反 論した。これに対し,Yは,本件賃貸借契約の成立や賃料の支払に関する書証を提出し,その取 調べが行われた。
第1回弁論準備手続の期日の結果を踏まえ,Xは,本件賃貸借契約の成立を前提とする訴訟活 動を行うことも必要であると考えるに至り,同年3月28日に開かれた第2回弁論準備手続の期 日において,Yが主張する本件賃貸借契約の内容に基づき,仮に本件賃貸借契約の成立の事実が 認められる場合であっても,その契約は訴え提起後に30年の存続期間(昭和53年3月8日か ら平成20年3月7日まで)が満了したので終了したと主張した。また,Xは,同期日において, 平成20年3月1日にYから本件賃貸借契約の更新を請求されたが,その翌日,その更新を拒絶 したと主張した。
同年4月25日に開かれた第3回弁論準備手続の期日において,Xは,本件賃貸借契約の更新 を拒絶する正当事由として,Yは他県に自宅を構えて家族とともに居住しており,今後,本件土 地を使用する必要性に乏しいこと,他方,Xは,現在,築45年の木造賃貸アパートに居住して いるが,老朽化に伴う危険性から建て替え工事が必要であり,家主からも強く立ち退きを求めら れていることから,本件土地を使用する必要性が高いことなどを主張したが,Yは,正当事由の 存在を争った。
その後,同年5月28日に開かれた第4回弁論準備手続の期日において,Xは,以下の事実を 主張した。
「第3回弁論準備手続の期日の2日後である平成20年4月27日,Yから突然電話があり, 本件訴訟の件で話合いをしたいと言われたので,Xの自宅近くの喫茶店でYと会った。Yは,訴えを提起されている以上,Xの主張に対しては必要な反論をせざるを得ないが,Aの長男である Xと長期間にわたり訴訟で争うことは必ずしも自らの本意ではないと述べて,本件建物をその時 価である500万円で買い取ってほしいと依頼してきた。自分としては,弁護士から,建物買取 請求権という制度があるとの説明を受けたことがあり,知り合いの不動産鑑定士から,本件建物 の時価は500万円程度ではないかと聞いていたことから,本来は,Yの費用で本件建物を収去 してほしいところではあるが,Yが本件建物から早期に退去してくれるのであれば,500万円 で本件建物を買い取ることもやむを得ないと考えた。そこで,Yに対し,本件賃貸借契約が存続 期間の満了により終了したことを認めた上で,本件建物を500万円で買い取ることを請求する のですかと確認したところ,Yは,そのとおりであると回答した。このようにして,Yは,本件 建物の買取請求権の行使の意思表示を行った。」
以下は,第4回弁論準備手続の期日が終了した直後に,裁判長と傍聴を許された司法修習生と の間で交わされた会話である。
裁判長:本期日におけるXの主張についてはどのように理解すればよいでしょうか。
修習生:Xの主張は,Yが,Xに対し,平成20年4月27日,本件建物の買取請求権を行使する旨意思表示をしたという主張であると理解できます。
裁判長:そうですね。この主張は,本件訴訟の主張立証責任との関係ではどのような意味を有するのでしょうか。
修習生:本件訴訟において,Xは,所有権に基づく建物収去土地明渡しを請求しています。これに対し,Yは,本件土地の占有権原に関する主張として,建物の所有を目的とする本 件賃貸借契約をYとの間で締結し,それに基づき本件土地の引渡しを受けたと主張して いますが,Xは,更に本件賃貸借契約が存続期間の満了により終了し,その更新拒絶に ついて正当事由があると主張しています。Yによる建物買取請求権の行使は,本件賃貸 借契約の存続期間が満了し,契約の更新がないことを前提として,借地権者であるYが, 借地権設定者であるXに対し,本件建物を時価である500万円で買い取ることを請求 するものです。
裁判長:建物買取請求権の行使は,本件訴訟のように建物収去土地明渡請求がされている場合 には,いずれの当事者が主張すべきものですか。
修習生:建物買取請求権の行使の事実を主張するのは,本来,借地権者であるYのはずです・ ・・。しかし,本件訴訟ではXが主張しています。
裁判長:Xとしては,本件賃貸借契約が認められるのであれば,とにかくYに建物から早期に 退去してもらい,土地を明け渡してほしいと望むことも考えられますが,Yによる建物 買取請求権の行使の事実が認められると,本件建物の所有権は建物買取請求権の行使と 同時にXに移転することになりますから,少なくとも,XはYに対し建物収去を求める ことはできなくなりますね。ところで,仮に,裁判所が,Yに対し,本件建物の買取請 求権の行使について釈明を求めた場合,Yとしては,どのような対応をすることが考え られるでしょうか。
修習生:Yの対応としては,1Yが本件建物の買取請求権を行使したというXの主張する事実 を争う場合,2Xの主張する事実を自ら援用する場合,3裁判所が釈明を求めたにもか かわらず,Xの主張する事実を争うことを明らかにしない場合,の3通りが考えられる のではないでしょうか。
裁判長:そうですね。本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,Yが本件建物の買取 請求権を行使したというXの主張する事実を,証拠調べをすることなく,判決の基礎と することはできますか。あなたが考えた3通りの各場合について検討してください。
修習生:はい。わかりました。
〔設問1〕
前記会話を踏まえた上で,本件賃貸借契約の終了が認められる場合において,「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張する事実を, (i)Yが否認したとき,(ii)Yが援用したとき,(iii)Yが争うことを明らかにしなかったときについて,それぞれ,証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることができるかどうかについて 論じなさい。

「じゃあ、私から出題するわね。まずは、(i)Yが否認したときに証拠調べすることなく判決の基礎にできるか答えてもらうわ!」

五月ちゃんが宣言する。

「この事案では、借地法4条の『借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ時価ヲ以テ建物其ノ他借地権者カ権原ニ因リテ土地ニ附属セシメタル物ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得』が問題となります。借地上に賃借人が立てた建物については、契約終了時に地主に買い取ってもらえるということであり、『YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した』というのは、同条の建物買取請求権の行使を主張したと言えるでしょう。要件事実について、法律要件分類説を取るのであれば、裁判長と修習生の会話にあるように、権利の発生を基礎付ける事実として、建物買取請求の事実は、Yが主張すべき事実といえます。このことを前提に、(i)〜(iii)の各状況において、裁判所が証拠調べをせずに認定できるかという弁論主義についてのいい問題ね。」

すらりとした長身にショートカットの女性が、眼鏡をクイっと上げて、すらすらと述べる。



「今の、千石の弁論部長ですよ。カッコいいでしょ。」


律子ちゃんが耳元で囁く。



「(i)では、否認している訳ですね。弁論主義第1テーゼにより、裁判官は当事者間に争いがある事実については、きちんと証拠調べをしないといけません。主要事実について争いがある場合として、裁判官が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により判断します(民事訴訟法247条)。」

一年男子がしっかりとした立論をする。千石のレベルの高さを伺わせる。



「次は(ii) Yが援用したときになりますね。」


淡々と述べる志保ちゃん。


「これはいわゆる先行自白です。通常の自白は『先に自己に有利な主張をして相手方がこれを認める』という過程を経ます。しかし、本件では、『先に相手に有利な主張をして、相手がそれを援用する』という逆の順番になっています。しかし、Yが主張すべき主要事実について争いがないのでから、自白があったとして、裁判所は証拠調べなくして、判決の基礎にできる(民事訴訟法179条)、これが判例です*1。」


千石の副部長が茶色に染めた長髪をなでつけながら、滔々と語る。


「通説*2の理解からはそういう整理でいいと思うけれど、『どうして自分に不利なことを先行して自白してしまったのか』という点を考察してみないといけないんじゃないかしら? その主張の意味を良く理解せずに陳述してしまっている場合が多いんじゃないの。そのすると、相手が援用したら直ちに自白の効果があると考えるのは、不意打ちになってしまうのじゃないかしら。相手の援用後直ちに撤回すれば自白は成立しないと考えた方が実情に即しているんじゃないかしらね*3。」


五月ちゃんが挑発する。


「この見解に対しては、確かに、争点整理または口頭弁論の過程において、当事者の真意を確認しつつ手続を進めて行くことが重要であることは事実であるが、それは裁判官の訴訟指揮の問題であり、意味を理解していない当事者に対する裁判官の訴訟指揮上の当否の問題が生じることはともかく、先行自白を否定する論拠にならないと反論がされてますよ*4。」


千石の部長が即座に反撃を仕掛ける。


「ふ、深いですね。民事訴訟法学の世界。」


後ろで感嘆する沙奈ちゃん。


「最後は、(iii)Yが争うことを明らかにしなかったときですね。」


志保ちゃんは冷静さを保っている。


「Yは裁判官が釈明したのに、それでも争うことを明らかにしていないのよね。」


五月ちゃんが罠を仕掛ける。


擬制自白の問題(民事訴訟法159条)だって言わせようとしても、その手には乗りませんよ。民事訴訟法159条は、『当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす』としているところ、ここでいう、『相手方の主張した事実』とは、相手方に立証責任がある事実である必要があるところ、Yはが争う事を明らかにしていない事実は、XではなくYに立証責任があるんだから、民事訴訟法159条は適用されません。」


副部長が巧みに罠をかいくぐる。


民事訴訟法159条には『相手方に立証責任がある事実』とは書いていないのですが、どこからそれを読み込まれるのですか。」


志保ちゃんが疑問を投げかける。


民事訴訟法の条文の各文言には、その背景にある理論等から特別な意味が与えられていることがあります。民事訴訟法159条は、擬制であっても、『自白』の一種である以上、自白、つまり、『自分に不利な事実』についてこれを認めたものと擬制される場面であると解べきです。そこで、『相手方の主張した事実』は相手方(X)に立証責任がある主要事実である必要があり、自分(Y)に立証責任がある事実はこれに含まれないので、擬制自白は成立しません*5。」


千石の部長が、堂々と答える。


「例えば、僕が満員電車で女の人に手を掴まれて『あなた、痴漢したでしょ?』と言われた場合、僕が何も言わずにうつむいて黙っていれば、普通の人は、僕が痴漢を認めたと思いますよね*6。これは、不利な事実を指摘されて、それが事実と異なるのであれば、普通は否定するか反論するだろうという経験則によります。民事訴訟法159条がこの経験則に従っていると考えれば、『不利な事実』でなければ、それに対して沈黙しているからといって、自白を認めるべきではないでしょう。」


千石の一年、面白い事考えるなぁ。


擬制自白の趣旨については色々な考えがありますが、相手が明らかに争わない事実についてわざわざコストをかけて証拠調べをする必要はないという点を強調する見方もあります。この見解を取れば、不利益性があろうがなかろうが、相手方の主張を明らかに争っていなければ、裁判所が拘束されるかはともかく、少なくとも証拠調べを省略する位の効果を認めてもいいかもしれませんね *7。」


志保ちゃんがまとめて、攻守交代を迎える。

*1:大判昭和8年9月12日民集12巻2139頁

*2:重点講義上481頁

*3:重点講義上482頁。

*4:リーガルクエスト234頁

*5:新堂・鈴木・竹下「注釈民事訴訟法(3)」395頁参照

*6:なお、実際の痴漢冤罪の事案では、頭が真っ白になって何を言えばいいのか分からない等の場合もあることには注意が必要である。

*7:重点講義上490〜491頁

民訴ガール第6話「みんそ部がミスコンテスト出場?」その2 平成20年その2

要件事実マニュアル 第1巻(第4版)総論・民法1

要件事実マニュアル 第1巻(第4版)総論・民法1

学園祭本番。撮影したビデオを編集して特設サイトにアップしたところ、記録的なダウンロード数を記録し、みんそ部の4人が全員ミスコン最終候補の4名に残ってしまった。ビデオの撮影者ということで、ステージの眼の前に設置された関係者用の特等席で四人の激論を鑑賞することになった。


「エントリーナンバー1番、元気がとりえの律子です!みんな、よろしくねっ!」


白いスクール水着で舞台に駆け出す律子ちゃんに、会場から拍手が湧く。


「エントリーナンバー2番、沙奈です。よろしくお願いします!」


手を振りながら舞台に歩み寄る沙奈ちゃんは、ピンクのセパレートの水着にパレオを巻いている。


「エントリーナンバー3番、生徒会長兼みんそ部副部長の五月よ!」


白いビキニを自然に着こなすのが五月ちゃんらしいところ。


「エントリーナンバー4番です。みんそ部の部長をさせて頂いている、志保と申します。」


丁寧な口調で挨拶する志保ちゃんは、紺のスクール水着姿。五月ちゃんが、「せっかく大人っぽい身体をしているんだから、それを生かせる水着着たらって勧めたんだけど」とぼやいていたが、個人的にはこちらの方が…。


「それでは、予選を勝ち抜いた4名の皆様に、その美しさを競って頂き、最後に生徒の投票で最多得票を得た候補者がミス星海として本校の『顔』になります。生徒からは、プロモーションビデオの続きをという声が多く聞かれましたので、その後半を議論して頂きます。」


ミスコンテストは、学園祭最大のイベントという事で司会の放送部長も緊張気味だ。

III 以下の1から7までの文章は,前記Iの甲社に関するものである。
1. 前記IIの個人株主Jによる解任の訴えとは別に,甲社の個人株主であるKは,訴訟代理人に 依頼し,平成19年7月17日,甲社と取締役Bの双方を被告として,P地方裁判所に,取締 役Bの解任の訴えを提起した(Kは,会社法第854条第1項に規定する議決権又は株式の保 有の要件を満たしている。)。
同年8月24日に行われた第1回口頭弁論期日において,Kは,「取締役である被告Bは,銀 行から借り入れた30億円のほか,自己資金50億円を合わせた80億円全額が,約束に反し てハイリスク・ハイリターン型の商品に投資されており,しかも,この投資取引により平成 19年1月末ころには,多額の損失が生じていることを知った。ところが,被告Bは,この段 階でこのような投資取引を中止すれば,更なる損失を防止することができたのに,代表取締役 Aに取引を中止させるための措置を執らなかった。そのため,この投資取引による損失は拡大 し,同年2月中旬にAの指示により投資取引を終了した時点では,損失額が合計78億円にまで及んでしまった。したがって,被告Bには,法令又は定款に違反する重大な事実があり,解 任事由がある。」と主張した。
これに対し,被告らは,Kの主張を争い,「被告Bは,この投資取引が終了した後,平成19 年2月下旬になって初めて,Aからの報告で,この投資取引の具体的内容やこの投資取引により78億円の損失が生じたことを知らされたのであり,それ以前には,何も聞かされていなか った。」などと主張した。
裁判所は,争点及び証拠の整理をするため,本件を弁論準備手続に付した。
2. Kの訴訟代理人は,Kから訴訟委任を受けた後,本件について事実関係を調査していたが, その結果,Eが,平成19年1月末ころ,甲社にファクシミリを送信したこと,そのファクシ ミリ送信文は甲社代表取締役Aあてで,Eが投資した商品の銘柄,買付金額,時価等が一覧表 の形で記載されていたこと,その末尾には損失合計額として巨額の金額が記載されていたことなどの情報を得た。 また,Kの訴訟代理人は,この投資取引による損失が同年1月末ころには40億円程度になっていたことなどを,別の資料からつかんでいた。

3. 平成19年9月14日に開かれた第1回弁論準備手続期日において,Kの訴訟代理人は,この投資取引による損失の額が同年1月末ころ40億円程度になっていたことなどを示す投資取 引関係等の書証を提出した。
裁判所は,「本日の争点整理の結果,証拠関係からみると,平成19年1月末ころの時点で投 資取引による被告甲社の損失が40億円程度に達していたこと,これ以降も投資取引を継続す れば損失が更に拡大することがこの時点で予測可能であったこと,平成19年2月中旬に投資 取引が終了したが,その段階では78億円まで損失が拡大していたこと,投資取引が終了する までの間に,被告Bは,代表取締役Aに対し,投資取引を中止させるための措置を執らなかっ たことは,明らかにされたと思います。そうすると,被告Bが,平成19年1月末ころ,この 投資取引により被告甲社に40億円程度の損失が生じていたことを知っていたかどうかが実質 的な争点になりますね。」と述べた。
これを聞いて,Kの訴訟代理人は,甲社がEから受信し,Eが甲社のために投資した商品の 銘柄,買付金額,時価等が一覧表の形で記載され,その末尾に損失合計額として巨額の金額が 記載されていたファクシミリ文書(以下「本件文書」という。)が存在することを指摘し,「甲 社は本件文書を書証として提出すべきである。」と述べ,本件文書の提出に関し議論が交わされ たが,甲社の訴訟代理人は,「本件文書を任意に提出するつもりはない。」と述べた。
4. そこで,Kの訴訟代理人は,本件文書は,Bの解任事由に関して重要な事実を裏付けるもの になり得ると考え,第1回弁論準備手続期日終了後直ちに,本件文書について,次の内容を記 載した申立書を裁判所に提出して,文書提出命令を申し立てた。
(1) 文書の表示及び文書の趣旨 受信日として平成19年1月末ころの日付が印字されたE作成の甲社代表取締役Aあてファクシミリ文書であって,Eが甲社のために購入した投資商品の銘柄並びに買付金額, 時価及び利益・損失等が一覧表の形で記載され,かつ,末尾に損失合計額として40億円 程度の金額の記載があるもの
(2) 文書の所持者 被告甲社

(3) 証明すべき事実 Eの投資取引の失敗により,平成19年1月末ころ,甲社に40億円程度の損失が発生していたところ,

ア Aは,平成19年1月末ころ,この投資取引により,甲社に40億円程度の損失が発生している事実を知ったこと。

イ 被告Bも,Aを介するなどして,そのころその事実を知ったこと。
ウ 被告Bには,法令又は定款に違反する重大な事実があったこと。
(4) 文書の提出義務の原因 民事訴訟法220条3号又は4号
5. 平成19年10月5日に開かれた第2回弁論準備手続期日において,甲社の訴訟代理人は, 「本件文書は存在するが,民事訴訟法第220条第3号には当たらないし,同条第4号ハ又は ニに当たる文書であるので提出義務はない。また,任意に提出するつもりもない。」と述べた。
6. 平成19年10月12日,裁判所は,甲社に対し,文書提出命令を発し,この決定は,間も なく確定した。
7. 平成19年11月16日に開かれた第3回弁論準備手続期日において,甲社の訴訟代理人は, 「甲社は本件文書を所持しているが,提出するつもりはない。」と述べた。これに対し,Kの訴 訟代理人は,「甲社が文書提出命令に応じないのであれば,裁判所は,その制裁として,民事訴訟法第224条を適用すべきである。」と主張した。
〔設問4〕 以下は,第3回弁論準備手続期日が終了した後の,裁判長と傍聴を許された司法修習 生との会話である。
裁判長: 今日の弁論準備手続で,甲社は文書提出命令に従わないと陳述しましたね。
修習生: ええ,甲社はその理由について余り明確には述べませんでした。
裁判長: そうですね。これに対して,Kは,224条の適用を主張していましたね。そこで,せっかくの機会ですから,224条について勉強してみましょうか。どのように訴訟指揮をし,争点整理をしていくかを考える前提にもなりますね。
修習生: 本件では,224条1項と3項の適用が問題になると思いますが,これらの要件を満たすかどうかの判断は,なかなか難しい問題だと思います。
裁判長: そうですね。要件の問題も重要ですが,今日は224条3項が適用される場合の効 果に限って検討してみましょう。条文には「その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。」とありますね。これはどのような趣旨の規定だと思いますか。 修習生: 証明妨害の典型的な例を明文化したものであるということを読んだことがあります。 裁判長: そうですか。効果を考えるに当たっては,どのような点に着目したらよいでしょうか。まず,当事者が文書提出命令に従わないことで,申立人,相手方,裁判所にとっ て,どういう影響があるかを考えてみてはどうでしょう。それによって,証明妨害の 効果として主張されている考え方がここにも当てはまることが理解できると思います。
修習生: これまで,224条3項の効果との関係で考えたことはなかったのですが,証明妨害の法理を勉強したときに,証明妨害の効果として主張されている考え方としては, 証明責任が転換されるという考え方(転換説),証明度が軽減されるという考え方 (軽減説),真実が擬制されるという考え方(擬制説),裁判所の自由心証にゆだねられるという考え方(心証説)などがあったと記憶しています。
裁判長: そうですね。あなたが指摘するとおり,224条3項は証明妨害の典型的な例といわれていますので,その効果についても,これらの考え方が成り立ち得るでしょうね。証明妨害については,ほかにもいろいろな考え方がありますが,224条3項の効果として,少なくともあなたの整理した四つの代表的な考え方の妥当性について検討し ておく必要がありそうですね。それでは,これらの考え方の中では,どの考え方がより妥当だと考えますか。それぞれの考え方の違いは,命令に従わなかったことによっ て生じる不都合を解消するための方法の違いという位置付けもできそうですね。そう すると,その方法が問題の解消手段として適切かという点も,どの考え方が妥当かを考える上で重要ですね。いろいろ指摘しましたが,以上のような観点から224条3 項の効果について報告してください。これは,一般論としての報告で結構です。これが一つ目の課題です。
修習生: 分かりました。御指摘の観点から検討してみます。

裁判長: 更に別のことを尋ねますが,本件で,仮に,224条3項が適用されたとすると,本件文書の不提出により「真実と認めることができる」相手方の主張は何でしょうか。 文書提出命令の申立書に「証明すべき事実」として記載された主張すべてに及ぶのでしょうか。まずは,共同被告Bがいることは差し当たり度外視して,専ら甲社との関係だけを 念頭において,本件事例に即して具体的に検討してください。これが二つ目の課題で す。
次に,本件では,文書提出命令に従わなかったのは甲社ですが,共同被告Bがいま すね。甲社については224条3項を適用すべき場合であったとして,共同被告Bと の関係を含めて考えると,本件訴訟において,本件文書の不提出によりどのような効 果が認められるでしょうか。これが三つ目の課題です。
以上の課題について,報告してください。次回の弁論準備手続期日までさほど間がありませんので,速やかにお願いします。
修習生: 分かりました。後半で指摘された点は,考えたことがありませんでしたが,頑張っ て検討してみます。
あなたが上記の修習生であり,早速,裁判長から提示された三つの課題について報告をするも のとして,以下の各問いに答えなさい。
なお,取締役の解任の訴えにおける解任事由の存在については,解任を求める原告側に主張立 証責任があるものとして答えなさい。
(1) 当事者が文書提出命令に従わないときの民事訴訟法第224条第3項の効果をどのように 考えるべきか,上記の会話中に言及されている四つの説を比較検討した上で,論じなさい。 なお,解答に当たっては,各説を「転換説」,「軽減説」,「擬制説」,「心証説」と略記して差し支えない。

(2) 本件文書の不提出について,民事訴訟法第224条第3項の適用があると仮定した場合,甲社との関係で「真実と認めることができる」Kの主張は何か,(1)で採用した考え方を前提に論じなさい。

(3) 甲社について民事訴訟法第224条第3項を適用すべき場合であると仮定する。甲社とBが共同被告であることを考慮すると,本件訴訟において,甲社の本件文書の不提出について, どのような効果が認められるべきか,論じなさい。

「小問1については、みんなの意見がかなり違っているみたいね。それなら、先に小問2と小問3を議論して、それから小問1に入るってことでよろしいかしら。」


小問1は学説の理解を聞く問題なのに対し、小問2と3は、基本的な理論を事例に当てはめる問題と、大分趣が異なっている。これが、五月ちゃんの問題意識だろう。


「小問2は、民事訴訟法第224条第3項の適用を問うものであるところ、まずは、同項の背景から説明させて頂きたいと思います。民事訴訟では、弁論主義により、自己に有利な証拠は自分で収集するのが原則です。しかし、証拠の偏在、例えば会社を株主が訴える訴訟では、株主側に有利な証拠が会社側にばかり存在するといった事情が現実には存在します。そこで、当事者間の武器対等のためには、会社等相手方や第三者の持つ文書を証拠とする事が必要で、かつ、それが真実発見につながると考えられます*1。そこで、文書提出命令制度が設けられ、例外に該当しない限り、文書の提出を求めることができるようになりました*2。問題は、相手方が文書提出命令に応じない場合であり、この場合につき、民事訴訟法第224条第3項は『相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。』と定めています。小問2では、その意味を具体的な事案に即して明かにすることが求められています。」


志保ちゃんが問題の所在を明らかにする。


「民事粗相法224条3項の意味を明らかにするには、『比較』がいいわ。民事訴訟法224条1項は同じ文書不提出の場合について『当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。』としているから、224条の1項と3項を対比することで、3項の意味が明らかになりそうね。」



「どちらも、『真実と認めることができる』としているのだけれども、その内容は、1項は『当該文書の記載に関する相手方の主張』、3項は『文書により証明すべき事実』『に関する相手方の主張』ですよね。この2つがどう違うのかなぁ。」


沙奈ちゃんが頭を抱える。


「この場合、具体例で考えてみてはどうかしら。」


優しくアドバイスする五月ちゃん。


「はい、考えてみました! 1項ですけど、例えば、5000万円の貸金返還請求訴訟で、原告が、被告が借用書をもっているはずだとして、文書提出命令を申し立てたのであれば、5000万円の借用書が存在し、この作成者が被告*3であり、その文書には、原告を宛先としている、金額が5000万円である等原告が主張するとおりの記載があることを真実と認めることができるということです*4。これに対し、3項ですが、例えば、医療過誤訴訟において、被告医療機関が医療ミスと評価される治療行為をしたことが記載されているカルテを提出しないという場合、カルテの具体的内容について、上記の借用書のように原告側でこれを特定して主張するのが困難*5と言わざるを得ない場合があるでしょう。その場合には、ミスを犯したという要証事実そのものを真実と見なせるということです*6。」


律子ちゃんが、元気に発言する。


「律子さんの議論を前提に、224条3項を具体的に本件にあてはめてみましょうか。本件で、Kは「ア Aは,平成19年1月末ころ,この投資取引により,甲社に40億円程度の損失が発生している事実を知ったこと。」「
イ 被告Bも,Aを介するなどして,そのころその事実を知ったこと。」「ウ 被告Bには,法令又は定款に違反する重大な事実があったこと。」の3点を立証しようとしたと主張しているようです。しかし、このファックスの宛先はA宛てであると主張されており、要するに、Aに対して甲社に40億円程度の損失が発生している事実を伝達するファックスということですから、アをもってこのファックスの要証事実とみて、これについて真実と認める効果を肯定すべきでしょう。イやウは、Kの主観的な意図としては、これをこのファックスを通じて証明することを希望していますが、ファックスはB宛ではなく、『AとBが同じ取締役であることからAに伝わればBに伝わったはず』という別の推認過程を経るものであり、民事訴訟法224条3条に基づき直接真実と認めるべきではありません。むしろ、ファックスに関してはアだけを真実と認め、そこからイやウの事実までを認めるかは裁判官の自由心証(民事訴訟法247条)によるのが相当でしょう。」


さくっとまとめる志保ちゃん。


「それでは、次は、第3問です。これは、共同訴訟の類型の問題になります。」


「共同訴訟には、通常共同訴訟の他に、必要的共同訴訟があります。必要てき共同訴訟とは、共同訴訟人全部の請求について、判決内容の合一確定が要請される場合*7です。要するに、判決の結果が全員について同じでなければならないということですね。」


沙奈ちゃんも、民事訴訟法の勉強が進んでいる。


「通常共同訴訟では、共同訴訟人独立の原則があてはまるのに対し、必要的共同訴訟では、『その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生』じ(民事訴訟法40条1項)、『共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為は、全員に対してその効力を生ずる』(民事訴訟法40条2項)として、判決の結論が一緒になるようになっています。」


律子ちゃんも勉強の成果を披露する。


「甲社とBの間の訴訟は必要的共同訴訟(会社法854条1項柱書)だから、共同訴訟人一人である甲が、証拠を提出しない、つまり、民事訴訟法224条3項が適用されてしまうような不利益な行為をしているわね。共同訴訟の一人の行為は『全員の利益においてのみその効力を生ずる』から、この効果は働かないというのが1つの解釈だわ*8。しかし、そのような解釈をすると、224条3項の趣旨が没却されるということから、反対説も有力だわ*9。」


五月ちゃんが議論を整理する。


「他の共同訴訟人の利害を考えると、甲が不利な事をして、その結果がBにも及ぶのは許されないとして、224条3項は働かないという説に親和的な議論になります。これに対し、文書提出命令の実効性という点を考えれば、逆の議論になるでしょう。個人的には、この2つの間のバランスという考えから、224条3項の効果自体は働かないとした上で、不提出に対し過料の制裁が科せられる民事訴訟法225条の『第三者』とは、224条の制裁が使えない者を意味すると解釈して、甲社に過料の制裁を与えることがバランスが取れている*10と思うのですが、観客の皆様はどのようにお考えでしょうか?」


志保ちゃんが微笑むと、生徒から拍手がわき上がる。


「最後は、小問1ね。私から行きます。民事訴訟法224条3項の趣旨について、私は、軽減説、つまり、証明度が軽減されるという考え方を取るわ。224条3項の場合、文書の記載内容による心証も、他の証拠による心証も得られない以上、立証事項に関する申立人の主張を真実と認めることはできないというのが原則よね。でも、いわば、証明妨害の一種として、証明責任を軽減したのよ。これは、学説上有力*11であるばかりか、実務でも有力よ*12。」


五月ちゃんが最後の問題へと舵を切る。


「私は、真実と認めることができるというんですから、裁判所の心証によって真実と思えば真実と認める、真実と思わなければ真実と認めない、そういう自由心証を定めたものだと思います。だって、自分に有利な証拠なら、普通は自分から提出するじゃないですか。文書提出命令が出たのにそれを拒絶するっていうのは、不利な証拠、つまり、申立人が主張する事実が認定できてしまうような証拠だからということが強く推認されるのですから、裁判所はこの経験則に従い自由心証により認定すればいいのです。この考えは、証明妨害に関する従来の通説です*13。」


律子ちゃんが頑張って立論する。


「私は転換説です。ドイツの判例や学説における証明妨害の議論は、個別事件において、その事件限りの解釈として証明責任を転換するのと同様の効果を認めようとするものであり*14、224条もこのようなものとして考えるべきです。」


沙奈ちゃんは簡潔に述べる。



「私は擬制説、つまり、真実が擬制されるという見解をとります。224条3項のいう真実と『認める』というのは擬制の趣旨と解されます。」


志保ちゃんの立論は短い。


「じゃあ、反論も、私からいくわよ。まずは、沙奈ちゃんの転換説に対しては、立証責任は、既に法律要件により配分されているのであり、当事者の証明活動に関する事実から、証明責任転換の効果を導くのは困難という問題を指摘することができるわね*15。」


五月ちゃんが、まずは沙奈ちゃんを攻撃する。


「それはどうかなぁ。立証に必要な証拠が完全に破棄または隠匿された場合には、いくら証明度を軽減しても当事者は救済されないんじゃないかな*16。224条の役割をきちんと果たさせるべきだと思います。律子ちゃんの心証説に対しては、証明妨害が反対事実の存在を推認させることが前提となっているようだけど、常にそういう経験則があるとは限らないと批判できますよね*17。」



沙奈ちゃんも堂々たるもの。



「不提出が反対事実の存在を推認させないなら、224条によってそのような事実を認定する事の方が間違っているわよね。だから、心証説でいいんです。志保ちゃんの擬制説に対しては、文言が『できる』と言っているのと整合しないと批判できるわ。」


律子ちゃんも頑張る。



「私の擬制説は、通説*18ですが、224条3項の要件が満たされれば裁判官は必ず擬制『しなければならない』という趣旨ではありません。むしろ、不真実であるとの確証を裁判官が抱いた場合には真実擬制の効果を発生させないことが可能であり、それが『できる』の趣旨と解すべきでしょう*19擬制をこのような意味と解すれば、擬制説こそが、むしろ文言と一番整合する見解と言えるのではありませんか。」


「さあ、四人とも自分の見解を譲らない。後は、皆さんの投票で決めてもらいましょう!」



司会者が叫ぶ。


「「「「さあ、誰を選ぶの?」」」」


四人の声がエコーになって、真ん前の僕の席まで届く。手を伸ばせば、今すぐにでも4人に届きそうな距離感もあって、まるで僕に語りかけているような、錯覚に陥る。

*1:リーガルクエスト314頁参照

*2:民事訴訟法220条4号による文書提出義務の一般義務化

*3:双方という場合もあるが、例えば、某元都知事の件であれば被告だけであろう

*4:藤田272頁

*5:当該文書の記載に関して具体的な主張をすることが著しく困難

*6:重点講義下207〜208頁

*7:民事訴訟法40条1項、伊藤617頁

*8:重点広義下209頁

*9:民事訴訟マニュアル上271頁

*10:重点講義下209頁参照

*11:伊藤419頁、但し伊藤教授は弁論の全趣旨などによって立証事項を真実とみなすことが無理であると判断すれば、裁判所は、この規定を適用しなくてもよいとする。

*12:岡口基一民事訴訟マニュアル上」271頁

*13:河野正憲「民事訴訟法」(以下「河野」)481頁

*14:リーガルクエスト267頁

*15:伊藤359頁参照

*16:リーガルクエスト267頁

*17:リーガルクエスト269頁

*18:長谷部由起子『事例演習民事訴訟法』第2版145頁

*19:前同。なお、重点講義下208〜209頁は「裁量説」というが、あえて「擬制説」を選択肢から外しており、このような柔軟な擬制説と見解は近接するものと考えられる。

民訴ガール第5話 「ミスコンテストで民事訴訟法?」その1〜平成20年その1

民事訴訟法 (LEGAL QUEST)

民事訴訟法 (LEGAL QUEST)

1.会長の策略

「私の負けね。でも、私はそれでも学校代表になるわ。」


会長の目に、執念の炎が燃えていた。


「会長、負けたのですから、私たちは正々堂々と負けを認めるべきではないでしょうか。」


沙奈ちゃんが、会長をたしなめる。


「みんそ部はいま2人で、部としての存続要件を満たしていない、つまり、模擬裁判の大会に参加できないじゃない。生徒会長をしている五月(いつき)と申しますわ。みんそ部に入部させてくださいませ。


会長が、志保ちゃんに入部を申し出る。


「よろしいですわ。みんそ部の部長の志保です、ふつつかものですが、よろしくお願い致します。」


志保ちゃんに今日初めて笑顔が戻る。


「わ、私も入部します!」


あわてて入部を宣言する沙奈ちゃん。


こうして、みんそ部は部としての要件を満たした



2.会長の奇襲
「「「みんそ部全員でミスコンテストに参加する?」」」


法学科研究室に、3人の上ずった声がシンクロする。

「そうよ、これから模擬裁判の大会に出たら、交通費やら宿泊費やら、かなりのお金がかかるんだけど、生徒会長の権限でみんそ部にだけ予算を多く配分したら、これこそ権限濫用よね。だから、生徒全員に納得してもらう必要があるのよ。全校生徒に向けて、みんそ部を宣伝する上で、ミスコンなんて一番いい方法じゃない!」


なんだかわからない理屈だけど、なんだか説得されてしまう。そんな「勢い」みたいなものが、五月ちゃんの演説にはある。


「ミス星海は、どのように決まるのかな。」


律子ちゃんからのもっともな質問。


「学園祭前に内部予選があるから、特設サイト上に『外面と内面の美』を示す動画をアップして、上位4名が学園祭本戦に進出できるわ。学園祭本戦では、水着審査があって、その後に知性の審査をして、総合点でミスが決まるわ。」


「その予選動画はどうやって撮るのでしょうか? アイドルのイメージビデオのように、南の島で水着姿で撮影でもするのでしょうか?」


沙奈ちゃんも質問する。


「外面の美は、内面からにじみ出る美しさで大丈夫よ。四人で討論会を開催して、その姿を撮影した動画をアップすれば、それだけでみんそ部の宣伝にもなって、一石二鳥よ。」


「えっと、カメラマンは、まさかと思うけど…。」


会長が僕の方を向いている。



「先生、私たちの事、可愛く撮ってくださいね。」


突然、キャラを変えて、僕の目を見つめてお願いする五月ちゃんの奇襲作戦に、首を縦に振るしかなかった。



3.会長の号令
 法学科研究室に常備してあるビデオカメラを構える。えっと、弁護士は、例えば株主総会取消訴訟の提起が予想される総会の様子をビデオ撮影する、痴漢冤罪事件で再現動画を撮影する*1等、臨機応変にビデオを撮影できるよう、ビデオカメラを常に手元に置いておく必要なのである。け、決してやましい理由では…。といったことを考えていると、五月ちゃんが号令をかける。


「撮影開始よ!」


注:会社法の問題を読まなくても意味が通じるように適宜加筆している。
1. 甲社の個人株主であるJは,平成19年6月28日に行われた甲社の定時株主総会に出席し,同社が損失を出したこと等を理由として、取締役Aの解任議案に賛成票を投じたが、解任議案は否決された。Aの行動に憤りを覚えたJ は,法学部出身でもあり,役員の解任の訴えの制度を知っていたので,この際,訴えを提起し てAを解任しようと考えた(Jは,会社法第854条第1項に規定する議決権又は株式の保有 の要件を満たしている。)。そこで,Jは,弁護士を訴訟代理人に選任することなく,訴状を自ら作成し,同年7月9日,甲社の本店所在地を管轄するP地方裁判所に,Aだけを被告として取締役の解任の訴えを提起した。P地方裁判所は,直ちにこの訴状の副本をAに送達し,Aは同月13日にこれを受領した。

2. 会社法の解説書を読み直していたJは,会社法第855条を見落としていたことに気付いたので,同月17日,P地方裁判所に,被告として甲社を追加する旨の申立書を提出した。P地 方裁判所は,直ちに,訴状と申立書の双方の副本を甲社に,申立書の副本をAに,それぞれ送達し,甲社もAも同月20日にこれを受領した。
3. 同月30日,「原告Jの平成19年7月17日付けの申立ては主観的追加的併合の申立てに該当するところ,主観的追加的併合についてはこれを否定する最高裁判例があるから,甲社を被 告として追加する原告Jの申立ては許されない。」との記載のある甲社の答弁書がJのもとに送 られてきた。
(甲社が答弁書で引用した最高裁判所の判決)
「甲が,乙を被告として提起した訴訟(以下「旧訴訟」という。)の係属後に丙を被告とする請求を旧訴訟に追加して1個の判決を得ようとする場合は,甲は,丙に対する別訴(以下 「新訴」という。)を提起したうえで,法132条の規定による口頭弁論の併合を裁判所に促し,併合につき裁判所の判断を受けるべきであり,仮に新旧両訴訟の目的たる権利又は義務 につき法59条所定の共同訴訟の要件が具備する場合であつても,新訴が法132条の適用 をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできないというべきである。 けだし,かかる併合を認める明文の規定がないのみでなく,これを認めた場合でも,新訴に つき旧訴訟の訴訟状態を当然に利用することができるかどうかについては問題があり,必ず しも訴訟経済に適うものでもなく,かえつて訴訟を複雑化させるという弊害も予想され,ま た,軽率な提訴ないし濫訴が増えるおそれもあり,新訴の提起の時期いかんによつては訴訟 の遅延を招きやすいことなどを勘案すれば,所論のいう追加的併合を認めるのは相当ではな いからである。」(最高裁判所昭和62年7月17日第三小法廷判決・最高裁判所民事判例集第41巻第5号1402頁)

※ 引用文中の「法132条」,「法59条」は,それぞれ,現行民事訴訟法第152条,第38条に相当する旧民事訴訟法の規定である。

4. この甲社の答弁書を読んで驚いたJは,知人から紹介を受けた海野弁護士に相談をし,海野弁護士はJから訴訟委任を受けた。
〔設問3〕 海野弁護士は,Jの訴訟代理人として,甲社の主張に対して,どのように反論すべきか,論じなさい。


「質問です! 主観的追加的併合ってなんでしょうか?」


律子ちゃんが早速質問を投げかける。


民事訴訟法学において『主観的』というのは『既判力の主観的範囲』などというように、当事者に関することという意味です。主観的追加的併合は、二当事者間の訴訟係属を前提として、第三者に新たに共同訴訟人としての地位を取得させる手続のことをいいます(伊藤627頁)。」


さらりと答える志保ちゃん。


「要するに、訴えた時は原告一人、被告一人の単純な訴訟だったけれど、事後的に被告を追加する等して共同訴訟にするということね。」


五月ちゃんが分かりやすい言葉でフォローする*2


「要するに、原告は一人の被告を相手に訴訟を起こしたんだけど、被告をもう一人追加したくなったってことだよね。併合後に通常共同訴訟になる事案なら、別訴として第三者を訴えることもできるはず(第1話参照)。別訴を提起した後で、裁判所に弁論の併合(民事訴訟法152条)すれば、原告がやりたいことが実現できるのではないですか。当事者が全員揃っていることが必要な必要的共同訴訟なら、一度取り下げて再度提訴してもいいですし。」


沙奈ちゃんがある意味もっともな質問をする。


「資料として引用されている最高裁判例は、『別訴(以下 「新訴」という。)を提起したうえで,法132条(注:現行法152条)の規定による口頭弁論の併合を裁判所に促し,併合につき裁判所の判断を受けるべき』と判示していますが、その趣旨は、まさに今沙奈さんがおっしゃったとおりのことだと思われます。ただ、今回の原告について、再訴を提起できるのか、時系列表を書いて具体的に考えてみてはいかがでしょうか。」


志保ちゃんの優しく教え諭すような口調。


「えっと、こんな感じでしょうか。」


律子ちゃんが丸っこい字で黒板に時系列表を書く。

平成19年6月28日 総会
同年7月9日     Aを提訴
同月17日      甲社を提訴
同月30日      答弁書


「えっと、時系列表を見ても、全然わからないんですけど….。」


戸惑いを隠せない沙奈ちゃん。


実体法から考えてみたら? 問題文にある会社法855条や、その周りの条文は確認した?」


実体法と手続法が「違う」こともあるが、実体法の理解が手続法の問題を説くヒントになることもある。五月ちゃんの指摘は、まさに、実体法から手続法にアプローチするという後者のお誘いだ。


会社法855条って、役員解任の訴えを起こすなら、会社と役員双方を被告にせよということで、これは、固有必要的共同訴訟を定めている規定ですよね…。あ、ありました。854条で、提訴期間は30日です!



うれしそうな律子ちゃん。


答弁書が届いた時には既に30日の提訴期間は既に過ぎてたから、主観的追加的併合が認められないと、Jにとっては大変なことになるわね。」


五月ちゃんがまとめる。


「はい、はい、はい!! 固有必要的共同訴訟で被告が足りないことから、訴えは却下され、再訴をしようにも提訴期間の30日を過ぎているから却下されます!


沙奈ちゃんのツインテールが踊る。



「つまり、八方ふさがりですね。」



律子ちゃんが冷静につぶやく。



「クライアントが危機的な状況にあることは、良くわかりました。でも、もし、私たちがJの代理人なら、最高裁判決があるからといって諦めてしまうのでしょうか? 尻尾を巻いて逃げてしまうのでしょうか?


志保ちゃんの一言一言が重い。


「私、諦めません。」


律子ちゃんが力強く宣言する。


「私も、諦めません。」



沙奈ちゃんも応じる。


「じゃあ、諦めないとして具体的にどういう主張をするの?」


「まず、判例がおかしいといいます。結局、私と志保ちゃんのみんそ部に会長と沙奈ちゃんを迎え入れるようなものですよね。最高裁は、弊害があると指摘しますが、その弊害は、訴訟の複雑化の可能性、濫訴の可能性、訴訟の混乱といった抽象的なものにすぎません。もし、そのような弊害が現実に生じたのであれば、その段階で弁論の分離(民事訴訟法152条1項)をすれば良いのであって、一般に主観的追加的併合を禁止する理由にはなりません。」


律子ちゃんが、最高裁の判決文に即して反論する。


「学説は民事訴訟38条の要件が満たされる限りで、主観的追加的併合を許容していいとして昭和62年最判に対して一般に批判的だわ*3。第三者の利益は弁論の分離によって守ればいいという立場ね*4。」


「私は、この事案は判例にあてはまらないといいます。そもそも、最高裁が指摘する問題点って、本件と関係ないように思うんですよね。訴訟提起のタイミングが1週間遅れただけで、事実上何も始まっていないのだから、『旧訴訟の訴訟状態』は新訴訟の訴訟状態と事実上何も変わらないし、『訴訟の遅延』もないよね。しかも、この事案は、最高裁判決の事案と違って、固有必要的共同訴訟だから、誰が当事者となるべきかについて会社法が明確に決めている以上、後で適切な当事者になるよう追加したところで、軽率な提訴ないし濫訴が増えるとはいえないし、法が予定した状態になるよう是正するだけなのだから、訴訟の複雑化の問題もないんじゃないかな。」


沙奈ちゃんが畳み掛ける。


「二人とも、よくできているわ。少なくとも本件のような必要的共同訴訟については、追加的併合を認めることの必要性が弊害を上回ると議論されているわ*5。また、平成19年7月9日の申出書を会社に対する訴状とみて、別訴が提起されたが、これを裁判所は併合し、併合によって被告の選択に関する瑕疵は治癒されたものとみるべきという主張も可能かもしれないわね*6。」


「他にも、訴状の訂正という方法で瑕疵を治癒できないかといった発想もあり得ますが、既に送達が終わり、第1回口頭弁論で陳述してしまった後ですから、この段階で自由な訴状の訂正を認める議論をするのはやや難易度が高いのではないかと思われます。」


「この問題についてのみんそ部内での議論はこんな感じだけど、この影像をご覧の皆さんはどう思いますか? それでは、みんそ部の志保ちゃん、沙奈ちゃん、律子ちゃん、そして私、五月を、よろしくね〜。」


五月ちゃんが、アイドル風にキラッをしたところをアップに収めて、カメラはフェードアウトする。

*1:知り合いの先生は、奥様に協力して頂いて、依頼者の供述バージョンと、「被害者」の供述バージョンを完全に再現し、「被害者」の供述のとおりに痴漢行為をすることができないことを証明する動画を作成されていましたね。

*2:なお、文献によっては、共同訴訟参加(民事訴訟法52条)や承継人に対する訴訟引受(民事訴訟法50、51条)を含む広義の意味で「主観的追加的併合」という言葉を使うものもあるが、この問題では、『主観的追加的併合についてはこれを否定する最高裁判例がある』といっており、原告の意思で、明文もないのに訴訟係属後に第三者を当事者として引き込むことの可否を問題とするべきであろう。

*3:重点講義下417頁

*4:伊藤630頁

*5:重点講義下417頁

*6:伊藤629〜630頁の「固有必要的共同訴訟において欠落していた共同被告に対する請求を追加して併合審理を求める場合などが、原告の意思による主観的追加併合の例として考えられる(略)固有必要的共同訴訟の場合には、訴えの適法性を維持することについての原告の利益が第三者の利益に優越すると考えられるから、裁判所は弁論の併合を認めるべきである。」はこのような方向性を指向するものとも読める。

民訴ガール第4話「対決!弁論部」その2 平成19年その2

新民事訴訟法 第5版

新民事訴訟法 第5版

5.メロンが割れたら甘い夢
 後半は、判決によらない訴訟の終了の問題だ。

III 以下の問題は,前記IIの訴訟を前提としている。ただし,第2回口頭弁論期日が開かれる前であるものとして答えなさい。
Yは,第3回弁論準備手続期日が終了した後に,このまま訴訟を続けると業界の噂になって, 他の顧客との取引に支障が出かねないと考え,ある程度の譲歩をしてもよいので,何とか訴訟を終わらせてほしいと,K弁護士に相談した。そこで,K弁護士は,X側のJ弁護士に協議を申し 入れた。K弁護士は,J弁護士から,Xが「以前から欲しいと思っていたY所有の仏像乙を手に 入れることができるのであれば,訴訟にはこだわらない。」と述べているという話を聞かされたの で,そのことをYに伝えたところ,Yは「乙であれば手放してもよい。」とK弁護士に述べた。こ のことをJ弁護士に伝えると,J弁護士から,次のような提案があった。
「YがXの請求債権が存在することを認めた上で,乙を代物弁済としてXに譲渡するのであれ ば,訴訟については矛を収めることにする。その方法だが,(方法1)Yが1週間以内にXの自宅に乙を持参すれば,その場で訴えの取下げを合意する契約を結び,きちんとした契約書を作る。その方法が嫌であれば,(方法2)次回の口頭弁論期日にYが乙を持参して,法廷でXに手渡して くれれば,請求債権はそれで消滅したということで,その期日に請求の放棄の手続をとる。あるいは,(方法3)同じく法廷で乙を授受することを前提として,YがXの請求債権を認め,これが 代物弁済によって消滅したこと及びXとYの間に本件に関し一切の債権債務が存在しないことを 相互に確認する旨の訴訟上の和解をするということでも結構だ。」
〔設問3〕 K弁護士の立場で,1から3までのいずれの方法をXの側に求めるべきかにつき,訴訟法上の観点から論じなさい。ただし,訴訟費用の問題を論ずる必要はない。


「この問題を理解する上で必要な限りにおいて、判決によらない訴訟の終了について説明しておこう。民事訴訟は私権に関する紛争の公権的解決であり、私的自治が働くという話は、弁論主義のところでもしたよね。」


律子ちゃんにこっそり解説をする。


「弁論主義は、主張や証拠の収集、提出に関して当事者の意向を尊重するものでしたね。」


「そう。でも、そもそも、裁判をするかどうか、そしてどのような請求を立てるかという、いわゆる『訴訟物』のレベルでも私的自治を認めるべきであり、例えば当事者が訴訟を終了させたければ、わざわざ裁判所が判決を下す必要がない場合がある。これが、処分権主義で、この考えを踏まえて、請求の放棄・認諾、和解、訴えの取下げという制度ができているんだ。」


「それぞれの制度はどう違うんですか?」


「訴訟上の和解はわかりやすいんじゃないかな。実務上の利用例も多いし。訴訟上の和解は、訴訟の係属中に当事者が訴訟物に関するそれぞれの主張を譲歩した上で、期日において訴訟物に関する一定内容の実体法上の合意と、訴訟終了についての訴訟上の合意をなすことだね*1。お互いにこの条件であれば合意できるという点が見つかれば、もう訴訟を続ける意味がないよねということで、これは比較的分かりやすいんじゃないかな。ただ、訴訟外の和解(示談)と異なり、裁判所の関与を経ていることから、『確定判決と同一の効力』を持っている(民事訴訟法267条)ことに注意が必要だよ。」


「大きな裁判が和解で終了したというニュースが報道されることもありますね。」


「請求の放棄は原告が訴訟物たる権利関係の主張についてそれを維持する意思のないことを期日において裁判所に対して陳述する行為(民事訴訟法267条)、請求の認諾は被告が訴訟物たる権利関係に関する原告の主張を認める旨を期日において裁判所に対して陳述する行為(民事訴訟法267条)と定義されるね*2。簡単に言えば、請求の放棄は原告側の『敗訴宣言』、請求の認諾は被告側の『敗訴宣言』で、一方当事者が負けを認めているなら、判決を書く必要もなく、訴訟を終了させていいではないかという感じだね。条文上、『確定判決と同一の効力』があるとされている。」


「訴えの取下げはどうですか。」


「訴えの取下げ(民事訴訟法261条)は、請求についての審判要求を撤回する原告の意思表示*3であり、原告側のイニシアチブで訴訟を終了させる点では請求の放棄に似ているところがある。あくまでも、訴訟係属が遡及的に消滅するだけで、条文上『確定判決と同一の効力』はない。ただ、本案について終局判決がなされた後の取り下げには、再訴禁止効がある(262条2項)。」



「どうして、訴えの取下げと、請求の放棄という2つの制度があるんですか?」



律子ちゃんの鋭い質問。


「訴訟というのは、どんどん発展して展開していく訳だよね。最初に訴状が送達されると、訴訟係属といって、裁判所・原告・被告という三者の関係が形成される訳だけど、その段階では、被告の『この訴訟で紛争を解決したい』という利益はあまり高くない。この段階で、原告が『やっぱり訴状はなかったことにさせてください。てへぺろ☆』と言えば、被告としても訴訟をやめることができて嬉しいかもしれない。ところが、その後、反論の書面を出し、そのための証拠を収集・提出するという過程で、被告は相当の時間と費用を掛けることになるから、そういうコストをかけた後であれば、被告としては、原告に勝手に訴訟をやめられては困る訳で、この訴訟において紛争を解決したい。この、その訴訟における紛争解決に対する被告側の利益の保護の必要性の高さが訴訟の各段階で変わって来るという点が『確定判決と同一の効力』のある請求の放棄と、それがない訴えの取下げという2つの制度が存在する根拠だね。」


「そうすると、ある時点までは訴えの取下げを使い、その後は請求の認諾を使うということですか?」



「正確にいうと、被告が最初の準備書面を提出したり、弁論準備手続で申述したり、口頭弁論をするまでは、原告は被告の意向に関わらず単独で訴えの取下げができる。でも、それ以降は被告の同意が必要だ(民事訴訟法261条)。つまり、この段階以降は、原告が訴訟をやめたくなったら、訴えの取下げについて被告の同意を得る必要があり、被告が嫌だと言えば、訴訟を続けるか、和解ないし請求の放棄をするしかないということだね。おっと、戦いが始まるよ。」



6.今夜のお夢は苦い味
「弁護士として方法1をXの側に求めるべきかしら。」


会長が問いかける。


「訴えの取下げは、裁判所に対して行う訴訟行為です*4。方法1は、当事者間で、訴えの取下げについて合意しているところ、『訴えの取下げをすることの合意』は『訴えの取下げ』(民事訴訟法261条)とは異なります。合意に従い訴えが取り下げられれば通常わざわざこの『合意』の性質を論じる必要はありませんが、合意に反して訴えが取り下げられない場合に、この『合意』がどういう効果を持つかについて、学説は百花繚乱の様相を呈しており、大きく分けて8つあると言われています*5判例・通説は、この合意は、単なる私法上の契約にすぎないと考えるものの、両当事者がそのような合意をしていれば、訴訟を継続する必要がなく、訴えの利益なしとして訴え却下判決をするべきであると解しています*6。」



「そうすると、合意通り訴えが取り下げられても、訴えが取り下げられなくとも、訴えの取下げないし、訴え却下判決により、訴訟から解放されることから、K弁護士としてはこの方法を選択すべき、ということかしら?」


会長が挑発する。


「訴えが取下げられれば、訴訟係属は遡及的に消滅しますが、本案判決前の本件では再訴禁止効はありません。却下判決でも、本案についての既判力のある判断はなされません*7。訴訟判決ないしは訴えの取下による訴訟の終了という目的を達成することができるというメリットがあることは否定しませんが、既判力等はないというデメリットについて注意が必要と思われます。K弁護士としては、より紛争の終局的解決に資する方法を考えたいのではございませんか? 会長、方法2なんかいかがでしょうか。」志保ちゃんが攻勢に転じる。


7.お皿の上には猫の夢
「請求の放棄が調書に記載されると、『確定判決と同一の効果』(民事訴訟法267条)が生じるわ。この、『同一の効果』として、既判力が認められるか争いがあるけれど、現在有力な見解は、原則として既判力があるが、意思表示に無効事由があれば再審事由がなくとも既判力の排除を求めることができる(制限既判力説)という考えを取っているわ*8。この考えを取れば、方法2では、単に紛争を解決するだけではなく、その紛争についての蒸し返しを防ぐ効果があるとして、方法1よりも相対的に優れているということになるわね。」


「つまり、会長が弁護士Kの立場なら、この方法を勧めるってことでしょうか?」


「そこまでは言っていないわ。制限既判力説を取れば、もしも請求の放棄が錯誤に基づく等、意思表示の瑕疵があるものであれば、それを理由に既判力の排除を求めることができる。例えば、仏像である乙が偽物だったりとかすれば、錯誤無効の問題が生じて、完全な紛争の解決にはならないわよね。」


「制限既判力説一般に対する批判として、会長の指摘する点があるのは事実ですが、本件で何と何を比較しているのかという発想が薄いのではございませんか。そもそも方法1は訴えの取下げであって、『確定判決と同一の効果』がなく、方法2よりも紛争解決の点で劣ることは明らかであって、問題は方法3、つまり和解との比較です。ここで、請求の放棄では『主文』に当たるものが明確であるにも関わらず、和解の場合にはこれが不明確になる可能性があるという意味で、既判力を肯定しやすいのが請求の放棄、しにくいのが和解とも言えるでしょう。請求の放棄に和解以上の拘束力を認めることは難しく、和解と請求の放棄を比較する際に、『請求の放棄は制限既判力だから問題がある』という批判をすることが適当か疑問が残るところです。」


志保ちゃんが攻め込む。


「あ、あくまでも一般論ですわっ!」


口ごもる会長。


8.丸々太って召し上がれ
「最後は、方法3ね。訴訟上の和解は、調書に記載されることにより確定判決と同一の効力を有します(民事訴訟法267条)。その意味として、私は、制限既判力説を取ります。」


敵を追い込みすぎない。これが、鉄則だ。


「先ほど、和解では主文にあたる部分が不明確とか言っていたようだけど?」


会長が挑発する。



「これは和解調書の書き方の問題であって、主文に当たる部分が明確になるように調書を作成すべきというだけであって、本質的な問題ではないと解されます*9。」



「制限既判力説を取れば、和解でも、請求の放棄でもどちらも結果は同じということにはならない?」


会長が志保ちゃんを誘い込もうとする。


「その手には乗りませんわ。訴訟上の和解においては、訴訟物以外についても処分できる点にご注目下さいませ*10。今回は、『本件に関し一切の債権債務が存在しない』という条項が入ることで、訴訟物以外についても全ての債権債務を放棄し、争いを解決できるという点で、方法3は、方法2にないアドバンテージがあると言えるでしょう。」


「でも、『本件』って、問題となっている人形についての紛争だわ。人形に関する紛争は、和解でも、請求の放棄でも解決されたら、後はもう『本件に関』する紛争なんてないのではなくて。」


会長の最後の攻撃。


「例えば、アクリルケースの問題はいかがでしょうか。XがYに対してアクリルケースに関する後訴を起こした場合、アクリルケースの問題は前訴の訴訟物外の問題である以上、方法1はもちろん、方法2でも防げないというのが通常の理解となります。これに対し、方法3によって和解を行い、『本件に関し一切の債権債務が存在しない』という条項を入れておけば、直接の訴訟物ではないアクリルケースについても、その取引に付随する紛争として、『本件』に含まれると解され、後訴を封じることができるのです。」



さらりとかわす志保ちゃん。




「私の負けね。でも、私はそれでも学校代表になるわ。


会長の目に、執念の炎が燃えていた。

*1:伊藤455頁

*2:伊藤448頁

*3:伊藤440頁

*4:伊藤440頁

*5:重点講義下282頁以下の7つと「新堂説」。

*6:伊藤441頁

*7:なお、決定と既判力につき、リーガルクエスト418頁参照

*8:伊藤454〜455頁

*9:重点講義上787頁

*10:重点講義上777頁

民訴ガール第3話「対決!弁論部」その1 平成19年その1

民事訴訟法 第4版

民事訴訟法 第4版

1.ケーキ♪ケーキ♪


「模擬裁判大会に出るのは私たちよ。あなた方ではないわ。」


うららかな春の午後、民事訴訟法の勉強をしていたみんそ部のみんなの黄色い声が、一瞬でかき消される。


午後の授業が家庭科で、1年3組はケーキを焼いた。みんそ部では、紅茶を入れて、弁論主義についてのんびりと話しながら、ケーキを食べていた。


民事訴訟は、私権に関する紛争の公権的解決ですが、紛争の内容は私権に関するものです。そして、私権については私的自治が働きます。そこで、民事訴訟上も、請求を基礎付ける事実の主張、そしてその主張を基礎付ける証拠については、当事者に委ねようと考えられており、これを弁論主義と呼びます。弁論主義には次の3つの内容があります。」

第1テーゼ 裁判所は、当事者によって主張されていない主要事実を判決の基礎とすることができない
第2テーゼ 裁判所は、当事者間に争いのない主要事実については、当然に判決の基礎としなければならない
第3テーゼ 裁判所が調べることができる証拠は、当事者が申し出たものに限られる


「このテーゼっていうのは、どういう意味ですか?」


律子ちゃんが聞く。


「ドイツ語で『定立』とか『命題』って意味だけど、弁論主義にはこの3つの内容があるという程度だと理解すればいいんじゃないかな。」


僕も、補足をする。


「この中で特に重要なのは、第2テーゼで、自白の裁判所拘束力とも言います。例えば、貸金請求訴訟における主要事実は、金銭交付と返還約束になります*1が、原告も被告も、原告が被告に金銭を交付し、返還約束があったことに争いはなく、弁済だけが争点であれば、例えば裁判官が、『本当にお金が被告に渡ったのかな?』と疑問を抱いたとしても、その点については、金銭交付があったことを前提に判決をしなければいけないということになります。」



「この『主要事実』というのは何ですか?」


律子ちゃんが困るのも当然だ。法律学、特に民事訴訟法では、多くの概念が相互に結びついている。これを三角関数を習ったばかりで,微分を習う前に,『正弦(sin)と余弦(cos)の関係は,sinの導関数がcosです』と言ったり,連立方程式や2次正方行列を教えずにいきなりガウス消去法を教えたりするようなもの」と例えた方もいらっしゃる*2。だから、1つ1つの概念を解き明かさないといけない。



民事訴訟法において、事実は、主要事実、間接事実、補助事実の3つに分けられます。主要事実は法律関係の発生等に直接必要として法律が定める要件に該当する具体的事実、間接事実は、主要事実を推認させる働きを持つ事実、補助事実は証拠に関係する事実です。例えば、貸金返還請求なら、主要事実は金銭交付と返還合意で、『金銭交付が主張された日の直後に被告(債務者)の羽振りがよくなったこと』とか『金銭交付が主張された日の直前に原告(債権者)の口座から、貸金と同額の引き出しがされたこと』とかが間接事実になります。補助事実は、例えば、弁済に立ち会ったという証人が嘘つきである事に関する事実などがあげられます。」

主要事実:法律関係の発生等に直接必要として法律が定める要件に該当する具体的事実
間接事実:主要事実を推認させる働きを持つ事実
補助事実:証拠に関係する事実


「この3つの概念を立てることに、どういう意味があるんですか? なんで、主要事実についてしか、弁論主義が適用されないんですか?」


律子ちゃんは、まだ混乱している。


「中学校で勉強した民法では、あまり民事訴訟の場面を意識して説明はされていなかったんだと思うけど、民事訴訟では、裁判官が、『権利という目に見えないもの』(例えば貸金返還請求)の有無を判断しなければならない。目に見えない権利の有無は直接判断できないから、『事実という目に見えるもの』を元に、『この事実があるから権利がある』という方法で、権利の有無を判断することになる。そこで、どの事実があれば権利等の法律関係を発生させ、変更させ、消滅させるのかという点が民事訴訟においてはとても大事になる。例えば、先ほどいった、金銭が交付されていて、返還の約束があれば、貸金返還請求権が発生するというのは、この『事実から権利の有無を判断する』というプロセスの1つの例だよ。まさに、主要事実というのは、こういう事実のことで、これが原告と被告の訴訟活動(攻撃防御)の中心となる。これに対し、間接事実や補助事実というのは、あくまでも、その主要事実を推認させたり、その認定のための証拠に関する事実に過ぎないのだから、重要性は低くなるよね。」



「特に、第2テーゼとの関係で、なぜ主要事実についてしか自白が成立しないのかという問題を考える際には、弁論主義と自由心証主義の間の綱引きと考えると分かりやすいと思われます。先ほどの例では、金銭交付を、羽振りの良さや口座からの引き出しという事実から推認するということで、間接事実には、こういう証拠類似の機能があります。証拠を事実認定に使うか、使わないか、使うとしてどう評価するか、自由心証主義に基づいて裁判所が自由かつ合理的に判断すべきだという話は前にしましたよね。間接事実が証拠と類似する機能を持っているとすれば、弁論主義を適用してしまって、当事者が合意すると自白として裁判所を拘束するとしてしまえば、裁判官は、自由な心証に基づき判断することができなくなります。だから、主要事実についてのみ弁論主義が適用されるということになります*3。」


「あと、主要事実の他に『要件事実』という言葉もあって、実はこの2つの間に違いがあるという人もいるけど*4、原則として主要事実と要件事実を同じとして扱っても問題はないことが多いんじゃないかな*5


「先生、志保ちゃん、ありがとう!」


和やかに進む『少女たちのお茶会』。これが、こんなことになるとは、誰も想像していなかったのだ。



2.まーるいケーキはだあれ?
「模擬裁判大会に出るのは私たちよ。あなた方ではないわ。」


突然法学研究室にやってきたのは、ブロンドといってもいいような薄い茶色をしたふんわりとした巻き毛の女の子。


「せ、生徒会長。」


縮こまりながら驚きの声を上げる律子ちゃん。


「今日は生徒会長として来たのではないわ。弁論部長として、学校代表を決めに来たのよ。」


巻き髪を掻き上げる仕草をする会長。


「弁論部は姉がみんそ部を作ってから、もう15年は模擬裁判大会に出てないはずよ。今更模擬裁判大会に出たいなんて、」志保ちゃんが珍しく穏やかではない。



「みんなが弁論部に入部してめでたしめでたし、って訳には、いかないよね…」見ると、生徒会長の後ろには沙奈ちゃんが控えていた。


「えっと、みんな、状況が読めないんだけど、弁論部はみんそ部にどういう用事なんだい?」


「模擬裁判大会の参加資格は学校側が公式に認める『部』でなければいけないわ。星海学園高等部学則第3458条は第1項で『会員5名以上の同好会からの申請があった場合、生徒会は、部への昇格を許可することができる。』とし、第2項で『部員数が3名を下回った場合には、生徒会は、これを同好会へと降格させる。』としているわ。みんそ部は部員が2名だから、部としての要件を満たしていないわね。生徒会長として、今ここに、みんそ部を同好会に降格させることを宣言するわ。後で書記に理由を付記した処分通知を持ってこさせるわ。15年前にみんそ部に奪われた模擬裁判大会への参加資格を、今こそ取り返す時よ!」


会長は胸を張る。


「降格処分の意図が、会長自身の利益を図るための裁量権の濫用であるという点は別としても、会長は、あえて第3項を無視していらっしゃいます。『前項の規定は、仮入部期間中には適用しない』と記載されております。仮入部期間が終わるまでに、必ずあと一人見つけて、みんそ部を存続させます。みんそ部の伝統を私の代で途絶えさせる訳にはっ…。」


志保ちゃんが食い下がる。


「要するに、弁論部が学校代表になるか、みんそ部が学校代表になるかの問題だよね。それなら、どちらが代表に相応しいか、正々堂々と民事訴訟法の問題で決着をつけたらいいんじゃないのかなぁ。」


大人げなく、生徒間の争いに、ついつい口を出してしまう。


「公平な決定方法であれば、それに従います。」志保ちゃんが応じる。


「弁論部の実力、見せてあげるわ。」会長が不適な笑みを浮かべる。


「えっと、そしたら、平成19年の司法試験の問題を、みんそ部と弁論部それぞれ攻守を交代しながらということでいいかな。」

II 前記IのXY間の売買契約に関して,平成18年6月15日,XがYに対して訴えを提起した ところ,その訴訟は,次のように推移した。
1. Xは,Yに対して,甲の売買契約を解除したとして,原状回復として支払済みの売買代金相当額200万円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みまで年6分の割合による 利息,並びに債務不履行に基づく損害賠償として250万円及びこれに対する訴状送達の日の 翌日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めて,訴えを提起した。なお, 訴状は平成18年6月22日にYに送達されている。
2. Xの訴状には次のような記載があり,Xは第1回口頭弁論期日において訴状の内容を陳述し, また,同期日において甲4号証その他の書証を提出した。なお,甲4号証にはF名義の署名が あるだけで,捺印はされていない。
【訴状】<前略>

第1 請求の趣旨
1 Yは,Xに対し,200万円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みま で年6分の割合による金員を支払え
2 Yは,Xに対し,250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで 年6分の割合による金員を支払え
3 訴訟費用は被告の負担とする
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
第2 請求原因<中略>

5 平成17年12月12日,XはYに対して,「どれだけ遅くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。」と述べて,修理済みの甲の引渡しを催告すると同時に,平成18 年2月28日の経過をもって甲の売買契約を解除する旨の意思表示をした。<中略>

8 Xは,Xが甲を購入し美術展に出展する話を聞き付けた同好の美術品収集家Fから,
平成17年11月上旬ころから,美術展終了後に甲を譲り渡して欲しい旨の懇請を受け ていた。そして,同年11月28日,Xは,Fとの間で,美術展終了後の平成18年6 月10日を引渡し期日として,甲を850万円で転売する旨の契約を締結したが,Yが 甲を適時に引き渡さなかったために,購入代金600万円と転売代金850万円の差額 250万円を得ることができなかった。
<中略>
第3 証拠
<中略>
3 請求原因8の事実は,F名義の文書(甲4号証)で証明する。
<後略>
【F名義の文書(甲4号証)】
平成17年11月22日
X様
本日はお目にかかることができず,残念でした。
先日来お願いしておりますように,甲を是非ともお譲り下さい。来年の6月8日までに8 50万円を用意することができる予定ですので,同日以降に代金の決済と甲の引渡しを行う ということで,お願いできれば幸いです。改めて御連絡いたしますので,御検討のほどよろ しくお願いいたします。
F(署名)
3. Yは,第1回口頭弁論期日において,あらかじめ提出していた答弁書に従って,「Xの請求を いずれも棄却するとの判決を求める」との請求の趣旨に対する答弁をした上で,「旧知のFに甲 の購入の事実を問い合わせたところ,『覚えがない』とのことであったので,訴状記載の請求原 因8の事実は否認する」と述べた。そして,(陳述1)「『覚えがない』と言っているFがこのよ うな文書を作成したとは考えられないので,甲4号証の成立も否認する。」との陳述をした。
4. また,Yは,第1回口頭弁論期日において,訴状の請求原因5の記載について「『どれだけ遅 くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。』とのXの発言があったことは認める。」という陳述をした。第1回口頭弁論期日の後,弁論準備手続が開始され,同手続は計3回の期日をもって終 結した。
その後,Fの証人尋問並びにX及びYの当事者本人尋問を行うために,第2回口頭弁論期日 が開かれたが,この期日の冒頭の弁論準備手続の結果陳述に引き続いて,Yは(陳述2)「訴状 の請求原因5記載のXの発言のうち,『支払済みの200万円は返してもらう』旨の発言があったことは否認する。」との陳述をした。そして,(陳述3)「仮に訴状の請求原因5記載のとおり のXの発言があったとしても,それが解除の意思表示に該当することは争う。」との陳述もした。
なお,受訴裁判所は,弁論準備手続における両当事者との協議の結果,この第2回口頭弁論 期日をもって弁論を終結する予定にしている。
〔設問2〕 下線部のYの陳述1から3までに関する次の設問に答えなさい。なお,設問はXが訴 状で採用した実体法上の法律構成の当否を問うものではない。
(1) 陳述1の訴訟法上の効果を,Yが甲4号証の成立について認否をしなかった場合と比較し て,論じなさい。
(2) 陳述2と3の訴訟法上の効果(攻撃防御方法としての許容性を含む。)を論じなさい。

3.まーるいケーキは転がる

「私から行くわよ。甲4号証の成立について陳述1をした場合としなかった場合の訴訟上の効果は?」

会長が口火を切る。

「甲4号証は書証ですから、その実質的証拠価値を問題とする以前に形式的証拠力、つまり、成立の真正が必要となります。陳述1は成立の真正の否認と理解されます。」

志保ちゃんが、素早く反応する。

「そうすると、成立の真正についてYが否認すれば、これを証拠により認定しなければならず、認否を明らかにしなければ擬制自白が成立する、ということ?」

会長の、挑発。


「そのような単純な話ではありません。まず、成立の真正についてYが否認した場合でも、民事訴訟法228条4項は、本人の『署名』があるときは、真正に成立したものと推認するので、本条の適用を検討することになります。」


「二段の推定ってこと?」


会長が、嫌らしい質問をする。


「二段の推定は、印鑑が厳格に管理されているから、その人の印鑑が押されていれば、その印鑑はその人の意思に基づき押されたのだろうという経験則を背景としたもので、署名には適用されません。署名の場合には、『F』と書かれているだけで、Fの意思に基づく署名がされたという経験則はありません。そこで、228条4項の適用を求めるXとしては、例えば、筆跡鑑定によってF自身が署名したことを証明する必要があります*6。もちろん、228条4項を使う義務はありませんから、Fを証人尋問する等して、甲4号証全体がFの思想表明であることを直接立証することも可能です。」

難しいのにすらすら答える志保ちゃん。


「先生、『二段の推定』って何ですか?」

律子ちゃんが僕のワイシャツのスソを引っ張って耳元で囁く。


「結局、なんで書証が証拠として意味があるかといえば、その作成者とされる人の頭の中にあるもの(思想内容)が表出されているからだよね。例えば、偽造文書なら、証拠としての意味はない。だから、その書証、この場合はF名義の文書について、作成者とされるFの思想内容が表明されたものであるということを示す必要がある。これを専門用語で『形式的証拠力』があるとか、文書が『真正に成立した』というんだ。そして本人の印影がある場合には、普通印鑑は慎重に扱うから(経験則)、本人の意思によって押印されたと推定され(第1段の推定)、本人の意思によって押印されたならば、民事訴訟法228条4項によって当該文書が真正に成立したと推定される(第2段の推定)。民訴法228条4項は、本人の意思に基づく印影の場合だけではなく、本人の意思に基づく署名にも適用されるけど、そもそも、『本人の意思に基づく署名』があるかが本件では問題となるよね。」


こういいながら、黒板に簡単に図解する。

前提事実:本書に本人の印影あり
第一段の推定:経験則の適用による事実上の推定
推定事実:印影は本人の意思によって押印された
第二段の推定:民事訴訟法228条4項による推定(法定証拠法則*7
推定事実:当該文書が真正に成立した
クロスリファレンス209頁より


「それで、結局認否をしなかった場合はどうなるの?」


イライラを隠さない会長。

「問題は、擬制自白の成否ということになりますが、文書の成立の真否は、補助事実、つまり、証拠の信頼にかかわる事実*8に過ぎません。弁論主義は主要事実についてしか働かないことから、弁論主義を基礎とする自白を認めるべきではなく、むしろ、自由心証主義を害します*9判例も補助事実に関する自白を認めない立場です*10。」


「この判例には学説上批判が強く、そもそも、Xが証書真否確認の訴え(民事訴訟法134条)を提起すればYは認諾できるという考えから、自白の拘束力を肯定していいと有力に主張されている*11けど、まあいいわ。そうすると、何も効果は発生しないから、否認した場合と同じということね。」

熟練のテクニックを見せる会長に、ついついうなずきそうになる律子ちゃん。


「その手には乗りませんわ。もちろん、実務上は、争いのない場合には何ら認否をしておりませんし、その場合に、わざわざ真正を立証するなんてこともしておりません。つまり、仮に補助事実について擬制自白が成立しないという立場を取ったとしても、裁判所は弁論の全趣旨から真正と認める、ないしは、自由心証主義により文書の真正を認めるということになります*12。」



志保ちゃんが、会長のかけた罠をするりと抜け出す。


4.まーるいケーキは甘い罠
「そろそろ攻守交代でいいんじゃないかな。」

僕が二人に促す。

「陳述2と陳述3の訴訟法上の効果はどうなりますか。」


志保ちゃんが、丁寧に質問を始める。


「陳述2と陳述3の訴訟法上の効果を考えるためには、その前の第1回口頭弁論における、『「どれだけ遅 くても来年2月末までに,傷を修理した甲を持ってこなければ,支払済みの200万円は返してもらうし,損害賠償も払ってもらう。」とのXの発言があったことは認める。』との陳述の意義が問題となります。つまり、陳述2については、第1回口頭弁論の自白から否認に転換し、陳述3については沈黙から否認(ないし争う)に転換したと言えるでしょう。」


問題点を整理する会長。


履行遅滞に基づく契約解除の要件事実を説明しておこうか。要するにこの5つの事実を、解除を主張するXが立証しないといけないということだね。」

二人の高度な議論にちょっとついていっていない顔をしている律子ちゃんのために、また、こっそり黒板に要件事実を図示する。

1 当該債務の発生原因である契約の成立(履行期限がある場合はその経過)
2 反対債務の履行又はその提供(双務契約の場合)
3 催告
4 催告期限の経過(又は客観的相当期限の経過)
5 解除の意思表示
岡口基一要件事実マニュアル2」第4版25頁参照

「過失のような規範的要件について、過失を基礎付ける社会的な生の事実自体を主要事実と考える見解*13と、医療過誤訴訟における実務運用のように、過失を主要事実として、具体的な事実は間接事実と捉える見解があるようですけど、会長はどのようにお考えですか*14。」


志保ちゃんが質問する。


「規範要件を基礎付ける事実を主要事実と捉える通説でいいんじゃない。この立場からは、陳述2自体が主要事実であり、陳述3はXの発言の法的評価に関する主張ということになるわよね。陳述2は主要事実についての自白から否認への変更であり、いわゆる自白の撤回の問題よ。判例は、反真実と錯誤を要求し、反真実を証明すれば、錯誤は不要とするから、解除の意思表示がなかったことをYが証明すれば、自白を撤回して陳述2の主張をすることができるわね。これに対し、陳述3はあくまでも法的評価という裁判官の専権に関するものである以上、従前の主張に拘束されず、自由に新たな主張ができる。こんな感じかしらね。」


会長が余裕を見せる。


「会長の主張自体が、内在的に矛盾を孕んではおりませんか?」


志保ちゃんの指摘に、会長の目が点になる。


「そもそも、解除が規範的構成要件かという問題は置くとしても、『生の事実』が主要事実に該当するからこそ、その事実を認める陳述が不撤回効のある自白になります。ある法規範を前提に、何が主要事実であるかを考えるのは、裁判所の専権たる法解釈であり*15、当事者のした法律行為の解釈もまた法的評価になります*16。会長が、陳述3を『法的評価』だとおっしゃっていることの趣旨は、この『生の事実』が果たして本件において主要事実に該当するかどうかについては、更に裁判官の判断を仰がなければならず、その判断に資するために、Xが法的主張をしているという趣旨と解されます。すると、会長自身も、陳述3に関する議論において、陳述2が主要事実に該当しない可能性を暗に認めていらっしゃるのにも関わらず、陳述2が主要事実にあたることを当然の前提として自白の撤回の問題として処理すること自体が、論理的に一貫しないのではございませんか。」


「生の事実が主要事実に『相当』するところ、本件の具体的な生の事実が主要事実に『該当』することを前提に、自白の撤回として処理するという趣旨を言ったまでよ。」


相手が言い訳を始めた時が、話を切り上げるチャンスだ。


「それでは、次の論点に移りましょうか。」


志保ちゃんが議論をリードする。


「弁論終結予定の口頭弁論で、突然新たな主張をすれば、それが自白の撤回に当たるかどうかはともかく、訴訟の完結を遅延させる恐れがあるので、時機に後れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項)になる可能性があるわ。その要件は(1)時機に遅れたこと、(2)故意・重過失、(3)訴訟完結の遅延の3つね。本件では、弁論終結予定であることのみならず、弁論準備手続が既に3回行われて終結していることから、原則時機に遅れたとみなされるし*17、Yは理由説明義務(民事訴訟法174条、167条)を負い、これに対する説明がされていないことから、却下のための要件である故意・重過失があることが推認されるわ *18。最後は、訴訟遅延完結だけど、この期日で、XやYの本人尋問を行う予定よね。新たな証拠調べを要しない主張の追加等は訴訟遅延完結に該当しないと解されている*19ところ、XやYの本人尋問の中でこの点を尋ねることができることを考慮して、『訴訟の完結を遅延させる』かを判断すればいいんじゃない。」

さらりと述べる会長。


「理屈だけ言えばそうでしょうし、実務では、実際に却下する例はあまり多くないとも言われていますけれど、尋問事項書制度(民事訴訟規則127条、107条)については、裁判所における準備や相手方当事者の反対尋問の準備の上で、個別具体的記載をすべきという指摘があります*20。例え、当日本人尋問で質問できるとしても、解除の有無という反対尋問の準備ができていない、尋問事項外の新たな事項を質問するということが適切か、逆に、この事項について質問を認めるならば、反対当事者の利益を守るために、解除の有無の問題について次回期日に別途反対尋問をさせるべきではないか、それが訴訟の完結を遅延させないか等の考慮も必要のように思われます。」


志保ちゃんが果敢に反論して、議論も中盤。最後に勝利の女神が微笑むのは誰だ!?


(続く)

*1:実は、返還時期の問題がありますが、この点は、要件事実マニュアル2巻170頁以下参照。

*2:http://d.hatena.ne.jp/redips/20050929/1128001668

*3:藤田42頁以下。

*4:実務の観点から、機能の違いに着目する見解として岡口基一要件事実マニュアル1』第4版21頁以下参照

*5:田吉弘「民事訴訟法から考える要件事実」6頁参照。なお、民事訴訟法愛好家にとって、「和民」といったら、もちろんこの本のことですよね??

*6:京野哲也「クロスリファレンス民事実務講義」(以下「クロスリファレンス」)209頁

*7:文言上は『推定』とあるものの、推定対象が実体法上の要件事実ではない以上、推定事実についての証明責任とその転換を考える必要がなく、相手方は反証で足りる(伊藤362頁)。

*8:伊藤337頁

*9:伊藤337〜338頁

*10:最判昭和31年5月25日民集10巻5号577頁、最判昭和41年9月22日民集20巻7号1392頁等

*11:重点講義上495頁、497頁

*12:クロスリファレンス206頁。なお、弁論の全趣旨の補充性(伊藤349頁)にも注意。

*13:重点講義上425頁

*14:田吉弘「民事訴訟法から考える要件事実」86頁

*15:重点講義上425頁

*16:重点講義下683頁

*17:伊藤284頁

*18:伊藤285頁参照

*19:伊藤285頁

*20:伊藤381頁

民訴ガール第2話 みんなで法に触れてみよう! 〜平成18年その2

重点講義 民事訴訟法 下  第2版

重点講義 民事訴訟法 下 第2版


「みんなで法に触れてみよう!」


大きな文字で書かれた横断幕が体育館にたなびく。


ここは、星海学園中等部。みんそ部の初仕事は、「法教育」ということで、系列の中学校で、模擬裁判の実演をすることになった。つい先日衣替えを終えたばかりの淡い色の制服を身にまとった女子中学生が、広い体育館にずらっと並ぶ姿は壮観である。おっと、じろじろ見ていると、僕が法に触れてしまう*1


模擬裁判の事案は、保証人が債権者に対して求めた請求異議訴訟。保証人側を志保ちゃんが、債権者側を律子ちゃんが担当し、訴訟指揮は僕が行う。最後は、どちらの議論が説得的か、聴衆の中学生に判決を決めてもらうという筋書きだ。

1. Xは,Yに対して3600万円の保証債務の履行を求める訴えを提起した後,Bに対しても 売買代金合計3600万円の支払を求める訴えを提起した。なお,XB間の訴訟の口頭弁論は, XY間の訴訟の口頭弁論とは併合されなかった。
2. Yは,上記保証債務履行請求訴訟の訴状及び呼出状の送達を受けたが,この件は主債務者であるBが適切に処理してくれるものと信じて,答弁書を提出せず,また,口頭弁論期日にも出頭しなかった。その結果,この訴訟の口頭弁論は平成17年12月20日にY欠席のまま終結 し,平成18年1月10日,Y敗訴の判決書がYに送達され,2週間後にこの判決が確定した。Yはその後,Xやその代理人からは何らの通知や連絡も受けていない。
3. 平成18年5月中旬,Yは,Bから連絡を受けて,上記1のXB間の売買代金請求訴訟の口頭弁論が同年3月下旬に終結し,X敗訴の判決が同年5月10日に確定したことを知った。
4. XB間の訴訟の判決理由によれば,裁判所は,売買代金債権合計3600万円のうち,(1)第1回分の500万円については,Bが平成17年9月21日に当該債権の二重譲受人である Zに弁済したこと,(2)第4回分の400万円については,Bが同年10月19日に商品の瑕 疵を理由に売買契約を解除したこと,(3)第2回分の1200万円及び第3回分の1500万円については,Bが平成18年2月10日に商品の瑕疵を理由にそれぞれ各売買契約を解除したことを根拠として,Xの請求をすべて棄却していた。
5. L弁護士は,Yから,XB間の訴訟でBが勝訴したことを理由に,Xからの強制執行を免れる方法はないかと相談を受けた。L弁護士の事務所で実務修習中の司法修習生M(以下「M修習生」という。)は,この相談に立ち会った後,L弁護士と以下のような会話をした。
L弁護士: Mさん,さっき相談があった件で,Xからの強制執行を免れるためにはどのような手続を採ればよいですかね。

M修習生: Xに対して請求異議の訴えを提起する方法が考えられます。ただ,本件では異議の理由が立たないような気がします。

L弁護士: そんなに簡単にあきらめないで,いろいろな考え方があるのだから,本件で強制執行を免れることができるとする結論を導くための理由として,どのような考え方を根 拠とする主張が有り得るかについて検討してみてください。それから,請求異議訴訟でそのような主張をしたとき,Xはどのような考え方に基 づいて反論をしてくるかを予想し,これに対する再反論ができるかどうかを検討して報告してください。
〔設問4〕 あなたがM修習生であるとして,L弁護士が指示した前記事項について,検討の結果 を述べなさい。ただし,XY間及びXB間の各判決の適否や妥当性については,検討の対象としないこと。


「今日は、請求異議というちょっと特殊な手続についての模擬裁判を見て頂きます。簡単に言うと、債権者が保証人に勝訴したので、強制執行で取り立てようという事案です。でも、保証人は、納得がいっていません。それは、保証人が敗訴した後、債務者が債権者に勝訴したからです。みなさんは、民法保証債務の附従性というのを勉強しましたか?」


は〜い!


壇の下から、元気な声が返って来る。大成功を収めた司法改革によって、国民、特に若い世代の司法への理解は格段に向上している。


「保証債務の附従性により、主債務がなくなったら保証人も支払う必要がないはずであり、保証人としては、主債務がないのに、なぜ払わないといけないのかという不満を持っています。でも、『3600万円を払え』という判決書があることも事実です。そこで、法律上は任意的なのですが(民事執行法4条)口頭弁論が行われたということを想定して、高等部のみんそ部所属のお二人に、二人に熱い弁論を交わして頂きましょう。」



「みんそ部の志保です。今日は、保証人の立場で立論させていただきます。実体法上、保証債務は主債務に附従するところ、主債務者の勝訴判決により主債務が消滅したことが確定しているのですから、保証人であるYとの関係でも保証債務は存在しないはずです。」


 長身を生かして、本物の弁護士のように堂々と弁論する志保ちゃん。


「これは、当事者間に既判力の拘束のあることが、当事者と実体法上特殊な関係、すなわち従属関係ないし依存関係にある第三者に、反射的に有利または不利な影響を及ぼすという、いわゆる反射効の議論ですね*2。」


裁判官席から、志保ちゃんに確認する。


「そのとおりです。最判昭和51年10月21日民集30巻9号903頁は『一般に保証人が、債権者からの保証債務履行請求訴訟において、主債務者勝訴の確定判決を援用することにより保証人勝訴の判決を導きうると解せられるにしても』としています。」



「私は律子です。この判決は、反射効を認めるかのように読める部分を残しつつ、結論としては本件に近い事案における請求異議を棄却しています*3最高裁は、反射効がたとえ認められるとしても、既に存在する保証人と債務者の間の判決の方が優先するという立場といってよいでしょう*4。」


重点講義を熟読して準備を重ねただけあって、律子ちゃんも反論に余念がない。


「今の二人の議論について壇上から、一言解説しましょう。中学生のみなさんは、今、『実体法』である民法を学んでいます。でも、全ての事件が実体法どおりに解決されるとは限りません。例えば、民事訴訟では、証明責任といって、原告が請求を立てたならば、それを基礎付ける証拠を提出しないといけません。そこで、『実体法』上、権利があっても、証拠が不足しているために、『訴訟法』上は、権利が認められないということがありえます。附従性というのは実体法上の問題ですが、訴訟法上の結果は必ずしも実体法と同じになる必要はなく、訴訟追行の結果を反映して異なる結果になることを妨げるものではないとも言われています *5最高裁が、この事例と似た事案で保証人の主張を否定したのも、この、『実体法と手続法の乖離』という点の表れともいえるでしょう。」


「律子さんが指摘するように、昭和51年最判は、保証人の側から立論する上で、不利であることは事実です。私たち法律家にとって、不利な判例がある時は、その判決を批判することと、その判決の射程外であると主張するという2つの方法があります。この判例に対する批判をするとすれば、求償を考えた場合の座り心地の悪さでしょう*6。すなわち、実体法上、保証人が債権者に支払えば、保証人は債務者に対して求償する訳です(民法459条1項)。これに対し、債務者は債権者に対して不当利得返還請求でもするのでしょうか? まさに、求償の循環が生じるというところであり、大きな問題です。」


志保ちゃんの法律に取り組む姿勢は、実務家並みだ。


「ここは、実体法的に、求償の循環を否定する解釈を取ればいいのではないでしょうか*7。例えば、債務者が勝訴した段階で債務は既に消滅しており、保証人の行為は、民法459条1項にいう『主たる債務者に代わって』弁済したとは言えない等の解釈を取ればいいだけのことです。」


律子ちゃんも反射神経鋭く反論する。


「議論も煮詰まったところですから、次の議論に行きましょう。その前に一言、基準時の問題を解説しておきましょう。」


議論が一段落したところで、前提問題の解説に入る。


「一度裁判をして勝ち、それが確定した後になってから、『判決で認められた債務は実は存在しないことを確認して下さい!』といった訴訟を起こされて、また債権の存在について争わなくなるといけないのであれば、最初の裁判に費やした努力が全部無駄になってしまいますね。そこで、判決が確定すると、もはやその主文で判断された事項、今回であれば、保証人は3600万円を払わないといけないということですが、その点に既判力という効力が生じます。でも、この効力は、まさに、これまでお互い頑張って訴訟を行った結果なのだから、その結果に責任を負いなさい(手続保障と自己責任)ということで認められている訳です*8。問題は、どの範囲の事実について争えなくなるかという事ですね。例えば、その訴訟の後で起こった事柄はどうでしょうか? つまり、『基準時』といわれる、裁判で最後に事実についての主張と証拠を提出できる時点(事実審の口頭弁論終結時、民事執行法35条2項参照)以降の新たな事情については、前の裁判でそれを前提に判断を受けることができなかったのだから、次の裁判で争っていい、これが、いわゆる『基準時』の問題です。」


「少なくとも2700万円については、保証人と債権者の間の訴訟の口頭弁論終結後に行われた解除を理由として債務者が勝訴したのであって、口頭弁論終結後の新事由として、保証人は援用可能です。」


志保ちゃんが主張を始める。


「でも、商品の瑕疵という解除原因は口頭弁論終結前に、既に発生していました。通説は、基準時前にいつでも解除権行使ができた以上、解除の効果の主張は既判力により遮断されるとしています*9。」


律子ちゃんも強力な反論をする。


「解除権は買主である債務者のみが持っていることを軽視してはいけないのではないでしょうか。通説が解除の主張を既判力で遮断する理由は、自らが解除権者であるにもかかわらず、基準時前に解除をせずに、基準時後に解除することが信義に反するという趣旨と解されます。解除したくても自らは解除することができない保証人について、基準時後の解除を主張することを否定すべきではないでしょう。」


観衆の中学生から、どよめきの声が上がる。


「で、でも、仮にその議論が通るとしても、それは2700万円だけ、つまり、900万円については、弁済や解除は、基準時前だから、請求異議の理由はないはずです。」


律子ちゃんが、絞り出すような声を出す。


「3600万円全部について、別の『基準後の新事情』もあります。つまり、実体法学者の多数説は、主債務者の勝訴判決が確定すると主債務が自然債務になる、つまり、基準時後に債務の性質が変わると解しているのです。これもまた、基準時後の事情と言えます *10。」


「保証人側の勝利だと思う方は拍手!」


そう僕が言うと、会場から、拍手の渦が湧き上がる。一人、また一人と立ち上がり、スタンディングオベーションだ。


保証人の勝利!


本当の裁判官は使っていないが、小道具として持って来た、「木槌」を打ち鳴らして、志保ちゃんの勝利を宣告する。


「今回、保証人が最終的に勝ったとしても、大変な請求異議訴訟をしなければならなかったのは、訴状を受け取ったのに、『主債務者が適切にやってくれるだろう』と思って何もしなかったからです。みなさんも、訴状を受け取ったら、弁護士に相談しましょう!」


こう締めると、満場の中学生から、また拍手が起こった。少なくとも多くの中学生に「法に触れてもらう」という模擬裁判の目的は達成できたようだ。

*1:例えば、東京都迷惑防止条例5条1項3号が「人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること」を禁止しているところ、類似する北海道迷惑防止条例に関する最判平成20年11月10日は、「社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな動作」であればこれにあたるとして、ズボンの上から臀部を撮影することもこれにあたるとして処罰をしていることに留意が必要である。

*2:重点講義上748頁

*3:重点講義上764頁

*4:前同

*5:伊藤・加藤・山本「民事訴訟法の論争」(以下「論争」)89頁。ちなみに、同書に関する書評は、笠井先生のもの(http://www.yuhikaku.co.jp/review/detail/23)が有名だが、個人的にはこれ(http://ameblo.jp/tower-of-babel/entry-10054590587.html)が一番好きである。

*6:重点講義上765頁参照

*7:三木・笠井・垣内・菱田「民事訴訟法(リーガルクエスト)」(以下「リーガルクエスト」)454頁、なお、論争91頁も参照。

*8:リーガルクエスト412〜413頁

*9:伊藤512頁

*10:論争94〜95頁、なお、これは、『実体法』の学者の見解であり、『民事訴訟法学』においてこのような見解を取る学者は、山本和彦先生ほか一部に留まることには十分に留意が必要であろう。