アホヲタ元法学部生の日常

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条文の曖昧さをQ&Aで補うことの危険性〜治安維持法とカネボウ事件から〜

治安維持法小史 (岩波現代文庫)

治安維持法小史 (岩波現代文庫)

本エントリは、「条文の曖昧さをQ&Aで補うことの危険性」の一般論について研究するものであります。エントリ執筆者は未だ「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(青少年育成条例)改正案に関する十分な検討をできていないことをご理解・ご容赦いただければ幸いです。

1.「条文の曖昧さをQ&Aで補う」ことはできるのか?
 近年、立法機関・行政機関が詳細なQ&Aを公式に発表することが増えてきた。
 例えば、金融庁は、「株券等の大量保有報告に関するQ&A」「株券等の公開買付けに関するQ&A」等を出して、複雑怪奇な金商法の解釈について具体的に説明している。
 また、近時話題になったものとしては、青少年育成条例改正案について、都がFAQを公表し、「ドラえもん」のしずかちゃんの入浴シーンや「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイのヌードシーンなどは「対象ではない」などと説明している。


 ここで、根本的疑問がわいてくる。本来は、条文そのものを*1明確に記載すべきであり、条文の曖昧さをQ&Aで補うことはできないのではないか?という疑問である。
 この点について、治安維持法カネボウ事件という2つの事例をもとに検討したい。


2.治安維持法の立法過程と実際の運用
 まず、政府や地方公共団体は、前言を翻すことがある*2。この例を、治安維持法で見てみよう。


 治安維持法は、1925年4月22日に公布され、同年5月12日に施行された、戦前の日本の法律である。
 この法律は、政府・裁判所により、国に都合の悪い者を拘束して刑罰を下すという目的で利用されたため、戦後まもなく、GHQにより廃止された*3


 ところで、治安維持法は「法律」であることから、国会(帝国議会)の審議を経ている。その当時、ソビエト連邦という共産主義の国家と日本は国交を樹立させ*4たことから、国会では、主に「共産主義者無政府主義者が入ってきて、日本でもソビエトで起こったのと同様、共産主義革命が起こるのではないか。それを防ごう。」という観点から議論がなされた。


 つまり、立法者の説明は、無政府主義共産主義という特定の思想を目的とする結社等を処罰する法律を作ったというものだったのである。
 そもそも、無政府主義共産主義という特定の思想を目的とする結社等を処罰すること自体が現在の価値観からすれば全くおかしいというところはさておき、治安維持法の条文は、「そう読もうと思えば読めなくもない」ところがある。

治安維持法1条1項*5
 国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は10年以下の懲役又は禁錮に処す


 つまり、無政府主義者が政府を解体させる*6ことを目的とした結社や、共産主義者が日本における私有財産制度を否認する*7ことを目的として結社について、これを組織したり、知って加入してはいけないという風に、治安維持法を「読もうと思えば読めなくもない」のである。そこで、国会では「確かに、ソ連無政府主義者共産主義者がやってきて日本に革命が起こるのは嫌だな」と思った議員*8が賛成し、治安維持法は可決・成立した。


 しかし、この「国体」という言葉は非常に曖昧である。政府は、この曖昧さを利用して、国際主義、民主主義、あるいは特定の宗教をも「国体の変革」を目的とするものとして同法の適用範囲を拡張した*9


 治安維持法の事例は、曖昧な文言について政府や地方公共団体が「こういう趣旨ですから大丈夫です」という説明をしても、後になってその説明を翻して広範な規制をする可能性があることを示している。


3.カネボウ事件
 また、立法機関・行政機関には法律解釈の権限はない。FAQを出すのは立法機関・行政機関*10であるところ、政府や地方公共団体は責任をもったQ&Aを出せないのである。


 具体的に、カネボウ事件*11を見てみよう*12
 事案としては、カネボウの株式をあるファンドが購入したという事案である。ここで、カネボウは複数の種類の株式を発行していた。イメージとしては、「会社が解散して、残った財産を分ける時に優先して財産をもらえる株式(株式X)」と「会社が解散して、残った財産を分ける時に、株式Xよりも優先順位が低い株式(株式Y)」の2つがあったというイメージである*13
 当時カネボウは上場していたので、大量の買い付け等、一定の条件にあてはまる場合には、公開買付(TOB)が必要であった。しかし、公開買付には例外があり、少数の人しか持っていないような株式について、持っている人全員が「TOBでなくていいよ」と言えばTOBは不要とされていた。
 ここで、株式Xは上場しており、「多くの人」が持っていた。しかし、株式Yは上場しておらず、少数の人しかもっていなかった。つまり、株式Xと株式Yをバラバラに考えれば、株式Yについては公開買付の例外規定でTOBを免れられるが、株式Xと株式Yを一緒にして「カネボウの株」と考えてしまえば、カネボウの株は多くの人が持っているので、公開買付けをしなければならないということになる。


 金融庁は、当時、パブリックコメント等において明確に「同じ会社が発行した株式でも、種類が違えばこれはバラバラに考えるべきであり、少数の人しか持っていない種類株については公開買付の例外規定でTOBを免れられる」という考えを示していた*14
 ファンドは、この考えに従って、株式Xについては162円で公開買付を行ったが、株式Yを201円で取得した時には公開買付を行わなかった。


 ところが、株式Xの株主が「本来株式Yも公開買付を行うべきであり、201円で『カネボウ株』に対するTOBをすべきだった」*15として損害賠償を請求する訴訟を提起した。
 そして、東京高裁は、株式Xと株式Yを一緒にして「カネボウの株」と考え、カネボウの株は多くの人が持っているので、株式Xだけではなく、株式Yについても公開買付をしなければならないと判示した。
 つまり、金融庁が公式に示し、実務も従っていた見解を裁判所が覆したのである*16


 これは、裁判所が悪いのではない。そもそも、立法機関や行政機関には法律を解釈する権限はなく、司法は立法者の説明や、行政の取締基準を無視して、独自の判断で「正しい法解釈」を示すことができるのである。


追記:最判平成22年10月22日は、控訴審判決を破棄し、結果的にはガイドラインに沿った判断をした。しかし、これは「控訴審が行政のガイドラインに従うべきだった」としたのではない。裁判所の独自も判断の結果行き着いた結論が結果的にガイドラインと同じだったというだけである。

まとめ
 法律が曖昧な場合に、Q&Aで補うことは全くの誤りである。
 Q&Aを出した国や地方公共団体後に前言を翻して規制する可能性がある
 更に、Q&Aを出す政府や地方公共団体には法律や条例の解釈権限はないことから、後に司法が異なる解釈をする可能性がある。
 そもそも、法律の条文を、誰が見ても一義的にわかるよう、明確に定めることが筋であり、それをせずに「Q&Aを出したからいいでしょ」という態度自体が不当なのである*17

*1:FAQが不要になるように

*2:普天間問題とかもこのことの例に挙げられるかもしれません

*3:終戦直後に廃止されたのではなく、終戦直後も日本政府は維持を求めていたが、GHQが廃止を強く求めたという経緯は興味深いが、このエントリの本題ではないので割愛する。

*4:1925年1月、日ソ基本条約

*5:カタカナを平仮名に修正

*6:国体を変革し

*7:共産主義革命を起こす

*8:まだ普通選挙は実現していませんでしたが、一応「衆議院」もあった。

*9:この点は、http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/hr_case/2004.html日弁連の2005年2月2日付勧告の中で詳細な説明がされている。

*10:裁判所が法律についてFAQを出しているのを見たことがない。これは、司法権が「具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって、これを裁定する国家の作用」であって、具体的事件もないのにFAQを出すことは裁判所の職分ではないからだろう。

*11:東京高判平成20年7月9日金融商事判例1297号20頁

*12:この問題については太田洋「種類株式の買い付けを通じた上場企業の買収とTOB規制」金融法務事情1854号35頁が詳しい

*13:わかりやすくするためにかなり単純化しています。

*14:例えば、平成18年12月13日付パブコメ回答

*15:ファンドが違法に公開買付を行わないために、201円での売却機会を失った

*16:なお、最高裁に上告されていることから、その判断が待たれるところである。

*17:憲法でいうと「明確性の原則」。

マクロス事件について

 この4月から、マクロスFrontierが放映開始となる。
このFrontierを最新作とする、超時空要塞マクロスシリーズは、板野サーカスやミンメイvs未沙の戦い等、日本のテレビアニメ史に名を残す有名な作品である。


 さて、法律の世界でマクロス事件判決」というと、様々な分野の専門家が「あ、この判決か!」と思うが、その想定される判決が、いずれも違うものであるという特徴がある。


1.金融商品取引法の「マクロス事件判決」
 東京地判平成4年9月25日(判例時報1438号151頁)
(1)事件概要
 谷藤機械工業は東証二部上場企業であったが、臨時取締役会で社長が「実は売り上げが架空で、営業資金が不足してしまう。」という爆弾発言があった。取締役会でこの発言を聞いていた専務は、「これは大変だ!」と考え、公式発表前に持っていた自社の株式を売り抜けた。

(2)解説
 会社の内部情報を利用して、利益を上げた*1専務取締役が有罪となったのが、この「マクロス事件判決」である。
 もっとも、「なぜ、マクロス?」という疑問があるところだろう。その理由は簡単で、直後に同社が株式会社マクロスと社名変更したからであり、超時空あ要塞マクロスシリーズとはまったく関係がない。
 この事件は、初の正式裁判になったインサイダー取引事件として、金融商品取引法の中では非常に重要な判決である*2


2.著作権法の「マクロス事件判決」
 東京地判平成15年10月20日(判例時報1823号146頁)
(1)事件概要
 「映画の著作物」である「超時空要塞マクロス」の著作権は誰にあるのかが争われ、結局総監督(チーフディレクター)である石黒昇氏に著作権が認められた事件。

(2)解説
 映画の著作権は、映画の著作権は、「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」が持つとされている(著作権法16条*3)。普通は監督がそれにあたるが、「監督」という名前がついてればいい訳ではない*4。実質的な判断が必要であり、マクロスについては「シナリオの製作からアフレコ、フィルム編集にいたるまで、本件テレビアニメの現場での政策作業全般にかかわり、そのできばえについて最終的な責任を負い、実際にも(中略)フィルム編集等に関する最終的な決定を行っていた」として、石黒氏が「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」とされた。
 こちらが、本当のマクロスに関する事件。

3.不正競争防止法の「マクロス事件判決」
 知財高裁平成17年10月27日(コピライト542号14頁参照)
(1)事件概要
 超時空要塞マクロス製作に関与したタツノコプロが、タツノコの許可なく、他のマクロス関与会社が、「マクロス7」等の続編を作成することは、不正競争防止法2条1項1号、2号が禁止する「他人の商品の表示として広く知られているものと類似するものを使用する」不正競争行為であるとして提訴。

(2)解説
 これは、続編に関する事件であるが、主に2つの理由でタツノコの請求が棄却された。まず、「マクロス」という表示は,アニメを特定する題名として広く知られているが、「タツノコ」の商品等を表示するものとして周知になっているわけではない。また、「マクロス7」等における「マクロス」は、それらの続編を特定する題名として表示されているのであって、自社の商品を識別させる商標等*5として表示しているものではない。
 結局、続編については、放映等が認められることになった*6
注:本事件については、http://animeanime.jp/law/moe14.html様に詳しいので、ご参照あれ。

4.結論
 「マクロス事件」には、マクロスシリーズの権利関係から生じた事件と、ぜんぜん関係ない会社がインサイダー事件を起こした後「マクロス」に名前を変えたためにそんな名前になったという事件がある。それぞれ分野が異なるため、マクロス1事件、2事件*7といった呼び方はされず「マクロス事件」と呼ばれている*8

まとめ
 「マクロス」は、このように重要な判例を生んできているが、
 今回のマクロスFrontierには、トラブルなく進み、よい作品となってほしいものである。

*1:損を回避した

*2:法的論点としては、1号違反か4号違反か等の論点はあるのですが、カット。

*3:なお、著作権法29条により映画製作者に帰属するとされることが多いことに注意

*4:たとえば「超監督」という肩書きがついているからといって、ハルヒシリーズの著作権涼宮ハルヒにあるわけではない

*5:商品等表示

*6:そこで、現在も再放送等がされている

*7:痴漢事件だと、西武新宿線第1事件、第2事件...という名前になっています。

*8:なお、著作権の事件について、三山裕三「著作権法詳説判例で読む16章」136頁は「超時空要塞マクロス事件」と呼んでおり、金商法の事件との違いは明確になる。もっとも、不正競争防止法の事件も「超時空要塞マクロス」に関する事件であり、根本的な解決にはなっていない。

金商法上の自主規制とメディアの自主規制(試論)

こどものじかん 1 (アクションコミックス)

こどものじかん 1 (アクションコミックス)

1.自主規制が肯定的に論じられる文脈と否定的に論じられる文脈
 金融商品取引法上、自主規制というのは肯定的にとらえられ、金融商品取引所(証券取引所とか)の自主規制や、金融商品取引業等協会といった自主規制機関制度が強化されている。
 これに対し、メディア、特にテレビにおける自主規制は、一般に否定的なものととらえられることが多い。自主規制のために報道できなくなることで、報道の自由、知る権利が奪われる点が問題となっている。
 この違いはどこにあるのか

2.自主規制のメリット・デメリット
 自主規制の利点は、私人同士でルールを決めてそれを守る私的な規制であり、違反したからといって即座に刑罰・行政処分に直結するわけではないという点にある。このようなソフトな手段で規制目的が達成できるならば、わざわざ強硬な手段である刑罰を科す必要はなく、自主規制が機能すれば、国による干渉を避ける効果もある。また、国による規制では、適時のきめの細かな規制をすることが困難であるが、自主規制であれば、業界をよく知る人たちが規制を発動することから、適時のきめ細やかな規制が可能となる。

 これに対し、自主規制のデメリットとしては、他人の目等がないところでは、過度に緩やかな規制になりやすく(みんなで渡れば怖くない)、逆に他の人(国を含む)のチェックが入るところでは、過度に強烈な規制になりやすいことが挙げられるだろう。


3.試論ー金商法とメディアの違い
 私が今のところ考えている金商法とメディアで自主規制への評価が違う理由は「市場間競争」が働いているか否かである。

 金融商品取引法の自主規制の1つの例として、証券取引所の自主規制を例にとろう。
 A証券取引所はとっても自主規制がゆるく、倒産寸前といわれながら長らく上場を続け、「1円買いの2円売り」といった形でデイトレーダーのおもちゃになっていたような株もあった。
 B証券取引所はとても自主規制が厳しく、簡単には上場できず、上場後も、適時開示をきちんとしないといけない上、財務状態が悪化すると、すぐに上場廃止になってしまう。
 これは模式的に2つの証券取引所の自主規制をあらわしたものであるが、このようなバラバラな自主規制状態で問題はない。なぜかというと、上場を目指す企業にはA証券取引所とB証券取引所という選択肢があり、自主規制の内容をみながら自由に選択することができるからである。
 たとえば、B証券取引所の規制が厳しすぎると考える企業が多ければ、上場企業はA証券取引所の方に行ってしまい、B証券取引所が廃れるだろう。
 逆に、A証券取引所の規制がゆるすぎて、A証券取引所の上場企業ということでは信用が得られず、投資家からの資金を十分に得ることができないのであれば、企業はB証券取引所の方に行ってしまい、B証券取引所が廃れるだろう。
 このように、証券取引所間の競争が起こっているからこそ、自主規制の内容も適切なものになり、自主規制が肯定的に評価されるのだろう。
なお、この点は、投資家や上場企業等のステークホルダーにとって、どの証券取引所がどういう自主規制になっているかの情報が広く公開されていることが前提だろう。パターンAの取引所に上場していると思って信頼して投資したら粉飾決算等の問題が生じるという事態が頻発すれば、かかる競争の前提が崩れてしまう訳である。


 これに対し、メディア、特にテレビにおいては、競争がそこまで大きくない。「地上波」「衛星」「ケーブル」等と、チャンネルは広がってはいるが、そこまで多いわけではない*1し、確かに、「地上波よりケーブルの方が規制がゆるい」等の自主規制の違いはあるが、いずれにせよ総じて厳しく、公序良俗違反と表現の自由の限界にある作品を流せるテレビチャンネルは現実には存在しないといっても過言ではないだろう。その理由として、テレビ局の許可を取るのが総じて困難であり、一度限界を超える作品を流してしまい、許可取り消し等となれば、その損害が莫大となるという点が考えられる。
 これでは、「さまざまな自主規制を持つ市場間の競争により、適切な自主規制を達成する」ということが、不可能となってしまう*2

 このように、規制が緩やかな市場も厳しい市場もあり、その市場間で健全な競争が起こっている金融商品取引法の世界では、自主規制がよいものとして肯定的にとらえられているが、総じて規制が厳しく、市場間での競争が不十分なメディア、特にテレビの世界では、自主規制が過度のものとなったまま、引き下げの動力が働かない。その結果、自主規制が悪いものととらえられているのではないか

 まとめ
 自主規制が肯定的にとらえられるか否定的にとらえられるかの違いは、「市場間競争が働いているか」という観点から1つの説明ができるのではないか。
 本稿をもって、某ロースクール生の方の1ヶ月前の言及に対する回答とさせていただきたい。大変遅くなり、別の事案が問題となってしまう時期になってしまったことを深くお詫び申し上げる。

*1:証券取引所間の競争には、海外との競争も含まれていることに留意

*2:なお、「試写会をすればいいじゃないか」といった声もあるかもしれないが、試写会とテレビメディアを「同じ市場間競争をしている競争者」と捕らえるのは困難だろう。

書評「金融広告を読め」〜儲けのカラクリから読み解く金融商品のリスク

金融広告を読め どれが当たりで、どれがハズレか (光文社新書)

金融広告を読め どれが当たりで、どれがハズレか (光文社新書)

1.本書の位置づけ
 新聞、テレビ、インターネット等に、金融賞品の広告があふれている。「高金利」「元本保証」「バランス型運用」「リスク分散」「毎月分配」等々の「うまい話」にあふれるこれらの広告は、よく見ると落とし穴に満ちている。本書は、「この金融商品で銀行はどうやって儲けようとしているのか」「税金、手間等の見落としがちな対価を考えると損なのではないか」等の「落とし穴」を見つけるための視点を教えてくれる本である。
 また、前にレビューした「銀行の法律知識」の第二章「金融販売業務」に書かれている「本当に多い」*1規制がなんで必要となったのかが如実にわかる本でもある。

2.儲けのカラクリから分かる金融商品のリスク
 本書は実際にあった金融商品の広告をモデルとした「架空の広告」を作成し、それをもとにその金融商品のリスクを教えてくれる。対象とする金融商品は、外貨預金、セット商品(投資信託と一緒に始めると円定期の金利が高くなる等)、債権、REIT先物取引ヘッジファンド、未公開株等々のありとあらゆる商品である。
 そして、例えば、
・高金利で宣伝する外貨取引は、実際には為替手数料で儲けようとしているので、得しないことが多い。
・高金利の定期預金も、実は口座開設等を促進するための広告目的で、高金利「最初の1ヶ月」だけといったことも多い。表示されている年率を12で割ると手に入る額はすずめの涙かもしれない*2
・複数のファンドをセットにして投資している商品は、投資先のファンド自体で手数料をとられ、かつその商品でも手数料をとられるので、手数料が割高なことが多い。
・相当高金利だけど、相当期間(10年とか)と途中解約できない定期預金はインフレリスクを考えると損。*3延長オプションがついているものはもってのほか。
・高(?)金利で為替手数料もそんなに高くなく元本保証の外貨預金の場合、利率がその国の国債よりも低い場合が多い*4
・元本保証(or元本の90%を保証)だけど株等でハイリターンを目指すという商品は、実は資産の大部分は預金をしてとっておいて、残りで株をやっているという商品がほとんど。手数料を考えると、自分で預金と投資信託に振り分けた方がずっと得する可能性が高い。
・大々的な広告をして、たくさんの人が金融商品を買ったからといって、車等と違って「大量生産で安くなる」という効果はほとんどない。むしろ金融機関が儲けられる(=購入者の利益が少ない、ないし損をする)からこそ大々的に広告する場合が多い。
・賭けで常に儲けられるのが胴元。金融機関は、「有利な金融商品の提供」をしているように見せかけて、客を*5「賭け」の舞台に上がらせておいて、手数料というテラ銭で儲けようとしている可能性が十分ある。
 といった、「儲けのからくり」を公開することで、「どんな金融商品が危ないか」を自分で分析するための視点が分かるようになっている。

3.適合性原則との関係
 本書は、架空の広告を指摘しながら、「金融業界は水商売と同じだ」と指摘する。要するに、金融機関は「分かる人なら怪しいと分かる」広告を出すことによって、「この広告を信じたカモ」と「この広告を信じない賢い消費者」に顧客を分類し、前者からボッタクり、後者から適正利益を上げる*6という戦略をとっているのである。
 しかし、この商法は適合性原則に真っ向から反していることは明らかである。適合性原則とは利用者の知識、経験、財産力、投資目的に適合した形で勧誘(あるいは販売)を行わなければならない*7という原則である。「ボッタクリ広告を信じるようなカモ」は、*8まさにその知識経験等に照らしてそんなボッタクリ金融商品を買わせてはいけない人のはずであり、「広告を信じない賢い消費者」こそが*9そのような商品を売るのに適合している人なのである。
 「モラルが要求される」銀行業界で、このような「水商売商法」を行っているのだから、公正取引委員会等がこのようなボッタクリ広告に対して処分をするのも当然である。
 例えば、シティバンク新生銀行が本書p75以下にあるような「為替手数料をきちんと示さずに外貨預金の高金利をうたって宣伝した」ことで公正取引委員会から警告を受けており*10、最近でも今年の3月末に新生銀行が本書p307以下で紹介されているのに近い為替レートにより日本円か米ドルで払い戻される金融商品の広告について排除命令を受けている*11
 このような処分が繰り返されているにも関わらず、本書が指摘するような「ボッタクリ広告」は2007年現在もなくなっていない*12。事後的な法的対処等の困難性に鑑みれば、消費者である我々が学んで自己防衛するしかないのである。

4.金融商品を買う際の考慮要素
 同書から学んだ金融商品を買う際の考慮要素としては、比較的有名な価格変動リスク(株価等が上下するかも)、信用リスク(債務者が倒産するかも)の他に以下の6つがあげられるだろう。
 � インフレリスク
 10年スパンでは数%〜のインフレになる可能性は十分ある。「インフレになった10年後」には今の1万円は5000円の価値しかないかもしれないので、「元本保証」だからといって安心できない。インフレリスクを背負う商品(途中解約不可能な定期預金等)を買う場合には、そのリターンがリスクに見合うかをチェック*13! 
 � 手数料
 外貨預金の為替手数料、投資信託の販売手数料・信託報酬等の手数料を差し引くと、実際にはほとんど利益はないかも。複数の商品をセットすると手数料が1+1=2ではなく3にも4にもなることに注意。
 � 流動性リスク
 マニアックな債権(地方債、発展途上国債)等を買うと、多少利率は高いように見えても、市場が小さいので売ろうというときに売れない可能性が高い。個人には突然多額のお金がいるようになる事態が起こる可能性は比較的高いので、流動性のない(簡単に売れない)資産に投資することはそれなりの覚悟が必要。
� 基準となる利率との比較
 日本円で元本保証だといっても、実は国債よりも利率が低いかも。外貨で元本保証といっても、実はその国の国債よりも利率が低いかも。
� 金融機関倒産のリスク
 ステップアップ型保障付変額個人年金のような「投資者に有利」な商品が常に素晴らしい訳ではない。投資家に有利ということは金融機関に不利であり、金融機関の財政状況が悪化し、倒産するリスクもある。
� 知識情報リスク=広告から商品の特性・リスクを判別できない人は新しい金融商品を買わない
 広告から商品の特性・リスクを判断できない人は要するにボッタクリのカモ。自分がカモであることを自覚して、勉強する、ないし新しい商品に手を出さない。新しい商品は、「銀行はこの商品でどうやって利益を上げようとしているのか」を理解した上で、そのメリットデメリットを知った上で買う必要がある。

まとめ
 「金融広告を読め」は、公正取引委員会による度重なる警告・排除命令を受けながらも続く、日本の銀行の「水商売」的金融商品の売り方に対して、消費者として自衛する方法を教えてくれる。
 金融商品取引法がなぜできたのかを理解するのに非常に役立つため、金融法務を学ぶ法学部生・ロー生にとってお勧めできる一冊でもある。

*1:同書p76参照

*2:新規口座開設等が必要なことが多く、その労力に対して割に合うのかな?

*3:銀行側の

*4:銀行は国債を買って差益で稼ぐ

*5:日経平均が上がるか否か、為替相場が円安になるか円高になるかという広義の

*6:特にプライベートバンキングについては、ホストクラブを例に非常にわかりやすく例えているので、是非本書を参照されたい。

*7:階猛ら著「銀行の法律知識」p47参照

*8:多少オーバー気味に言えば金融商品の内容をきちんと理解できない「バカ」だからこそ興味を持っているのだから

*9:商品の性質をきちんと理解できるだけの知識経験等があるのだから

*10:http://www.jftc.go.jp/pressrelease/04.may/04052801.pdf、なお時期的にはこの本執筆中

*11:http://www.sankei.co.jp/keizai/kinyu/070324/kny070324000.htmhttp://www.jftc.go.jp/pressrelease/07.march/07032803.pdf

*12:それどころか増えているとも言える

*13:普通は見合わない。