アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

約因法理とチョコレート工場の秘密

チョコレート工場の秘密 - Charlie and the ChocolateFactory【講談社英語文庫】

チョコレート工場の秘密 - Charlie and the ChocolateFactory【講談社英語文庫】

 チャーリーとチョコレート工場という映画を見た。展開は先が読める*1が、なかなかおもしろい。Wonkaがチャーリーと一緒に家に帰るシーンでは、おもわず涙腺が熱くなった。まあ、出てきた少女がそろいもそろって萌えなかったのは問題だが...。
 ストップストップ。このサイトは、法律書評はするが、マンガ・アニメ・映画レビューサイトではない。*2話を元に戻そう。ここで、気になったのは、黄金チケットの契約内容である。以下に引用しよう。

"Greetings to you, the lucky finder of this Golden Ticket, from Mr Willy Wonka! I shake you warmly by the hand! Tremendous things are in store for you! Many wonderful surprises await you! For now, I do invite you to come to my factory and be my guest for one whole day - you and all others who are lucky enough to find my Golden Tickets. I, Willy Wonka, will conduct you around the factory myself showing you everything that there is to see, and afterwards, when it is time to leave, you will be escorted home by a procession of large trucks. These trucks, I can promise you, will be loaded with enough delicious eatables to last you and your entire household for many years. If, at any time thereafter, you should run out of supplies, you have only to come back to the factory and show this Golden Ticket, and I shall be happy to refill your cupboard with whatever you want."

引用元:「チャーリーとチョコレート工場
 日本語に訳そう。

やあ、こんにちは、幸運にもゴールデン・チケットを発見した君。君にWilly Wonkaからご挨拶申し上げます。あなたに暖かい握手の手を差し伸べましょう。君のためにものすごいものが待ってます! 多くの素晴らしい驚きが、あなたを待っています! 差し当たり、あなたを私の工場にご案内し、まる1日私のゲストとして処遇いたします。招待者は、あなた及びゴールデン・チケットを発見できた幸運な他のみなさんです。私、Willy Wonkaがみなさまを自ら工場中をご案内いたしまして、そこにある見物を全てご覧いただきます。そしてその後、お帰りの際には、みなさんは、大きなトラックの長い列にエスコートされてお帰りいただくことになります。私は、このトラックに、あなたとあなたのご家族が何年もかかってやっと食べきれるほどのおいしいお菓子が積むことをお約束いたします。もし、その後、もしもそのお菓子の山を食べ尽くしてしまったら、あなたのすべきことは、工場にやってきてゴールデン・チケットを見せることです。そうすれば、私はいつでもあなたの戸棚をお菓子で埋め尽すことをお約束いたします*3

 この内容が気になった理由は、特別賞レースで脱落した4人の後を1台のトラックもついていかなかったことである。これは、債務不履行なのではないか? 楽しい映画の最中に、こういうことを考えるのが法学部生である*4

 さて、民法529条以下が懸賞広告である。これは、司法試験に出ない超マイナー分野である。

(懸賞広告)
第529条 ある行為をした者に一定の報酬を与える旨を広告した者(以下この款において「懸賞広告者」という。)は、その行為をした者に対してその報酬を与える義務を負う。
(懸賞広告の撤回)
第530条 前条の場合において、懸賞広告者は、その指定した行為を完了する者がない間は、前の広告と同一の方法によってその広告を撤回することができる。ただし、その広告中に撤回をしない旨を表示したときは、この限りでない。
2 前項本文に規定する方法によって撤回をすることができない場合には、他の方法によって撤回をすることができる。この場合において、その撤回は、これを知った者に対してのみ、その効力を有する。
3 懸賞広告者がその指定した行為をする期間を定めたときは、その撤回をする権利を放棄したものと推定する。
(懸賞広告の報酬を受ける権利)
第531条 広告に定めた行為をした者が数人あるときは、最初にその行為をした者のみが報酬を受ける権利を有する。
2 数人が同時に前項の行為をした場合には、各自が等しい割合で報酬を受ける権利を有する。ただし、報酬がその性質上分割に適しないとき、又は広告において一人のみがこれを受けるものとしたときは、抽選でこれを受ける者を定める。
3 前2項の規定は、広告中にこれと異なる意思を表示したときは、適用しない。

 この条文にあわせて考えるとどうなるか。Willy Wonkaは、「5枚のゴールデン・チケット」を発見した人(「ある行為をした者」、529条)に、上記チケットにあるような「トラック一杯のお菓子」を与える旨広告している。そして、チャーリー以外の4人も、この条件を満たしている以上、その行為をした者に対し報酬を与える義務を負う(529条)。そこで、この報酬の履行をしていないWonkaは債務不履行であり、4人はその履行(英米法では特定履行という)を請求でき、または損害賠償(415条)等を請求できる。

 これに対し、Wonkaからは「撤回する」という抗弁が出る可能性があるが、530条により、撤回は「広告と同一の方法」によらなければいけない。そこで、街角の電柱に「撤回します」という広告を貼って撤回をすることで、はじめて撤回の抗弁が認められる。Wonkaはこれをしていないので、この抗弁は認められないだろう。

 唯一考えられる抗弁は、「彼らは、工場見学のルールを破った。工場見学のルールを破ったので、工場見学を遂行できなかった。工場見学遂行者へお土産を渡すというルールだった以上、見学を遂行できなかった4人にお土産が渡されないのは当然」という抗弁だろう。これが通るかは、問題がある*5が、これ以外の主張は考えられないのではないか。

 ところが、どうも*6アメリカで契約が行われているらしい。そこで、適用される法令は、アメリカ契約法であり*7、これに従って考えなければならない。

 さて、どうなるのか? 
 これを考えるために、1冊の本を書棚から取り出した。

アメリカ契約法 (アメリカ法ベーシックス)

アメリカ契約法 (アメリカ法ベーシックス)

アメリカ契約法は、不思議である。アメリカ契約法において贈与は契約ではない。その理由については、多分どこかのエントリに後日書くだろうから省略する。
 ともあれ、アメリカにおいては、約因(consideration)がない限り、契約として保護されないのである。
約因とは何か。教科書を読もう。

約因とは、交換取引の存在を裏付けるものである。契約を構成する約束がなされるについて、それに対する対価となったものを指す。
引用元;アメリカ契約法p82

これを読んでピンとくるであろうか? 来ないだろう。
 具体的には、約因は2つである。「反対約束」と「履行」である。これについて具体例を見て考えよう。

事例1:Xが「1000円もらえるなら、私がYに時計をあげよう」といい、Yが「Xに時計の対価として1000円を払おう」といって、合意が成立した。

事例1の合意は約因があり、契約として尊重される。

事例2:甲が「私が乙に時計をあげよう」といい、乙が「ありがとう」といって、合意が成立した。

事例2の合意は約因がなく、契約ではない。

 この2つの違いは、「反対約束」の存否である。事例1の合意においては、「時計をあげる」という約束の対価として「1000円を払う」という反対約束がなされている。Xを中心に考えれば、「1000円払う」という反対約束は、Yによって「時計をあげる」という約束との交換として求められている。逆に、Yを中心に考えれば「時計をあげる」という約束は、Xによって「1000円を払う」という反対約束との交換として求められている。これこそまさに交換取引である。そして、理由については詳述しないが、英米法は交換取引(のみ)を保護するので、このXY間の約束は保護される。交換取引として保護される要件が約因(consideration)である。
これに対し、事例2のの取引では一方が約束をしているが、他方は何もしない。ただ、その利益を享受するだけである。これは交換取引ではないので、約因はなく、保護されないのである。
 以上が「反対約束」を約因とした場合の説明である。

 さて、約因はもう1つある。「履行」である。これは分かりにくい。

事例3:Xが「迷子になった犬を探した人に100ドルあげる」という懸賞広告を出したとしよう。この場合にYが犬を探してXに差し出したところ、急に100ドルが惜しくなったXがお金を出し渋った。

さて、事例3においてYは保護されるか。この場合、結論としてはYは保護される。しかし、それは反対約束が約因だからではない。別にYが「では、迷子になった犬を探したら100ドルくださいね」と約束した訳ではないからである。
 それなのに、約因が認められるのは、この「履行」、「犬を捜し出すこと」が約因だからである。この100ドルは贈与と異なりYが100ドルの対価に当る行為をなしとげた結果得られるべきものだからである。
 とはいえ、この契約においては条件達成前には「ある条件達成のもとで100ドルをあげる」という約束のみが存在する。この場合、Yが犬を探すまで契約は成立しない。その時点までは「履行」という約因がない。そして、犬を探し出す行為そのものが約因であり、それがあってはじめて100ドルを引き渡すXの約束に拘束力が生じる。このような契約を一方的約束による契約(unilateral contract)という。


 そして、「チャーリーとチョコレート工場」における約束はまさに、この一方的約束による契約である。そして、一方的約束による契約においては、撤回が原則として自由である。
 つまり、一方的約束による契約においては履行により始めて約因が産まれるのであり、履行前に約因は存在しない。そこで、履行前には、相手の期待は法の保護に値せず、原則として撤回は自由なのだ。そこで、Wonkaは、訴訟を起こされれば、撤回の抗弁を出すだろう。もちろん、日本法と同様履行前かどうかの議論*8や、撤回制限の議論*9がある。そこで、結論は日本法と変わらない可能性は高いが、原則が撤回自由か、原則が同じ方法で撤回しないかぎり撤回はできないかの違いは興味深い。

 もう1つ興味深いのは、救済の方法である。日本法では、前に述べた通り、履行強制、つまり、トラック一杯のチョコレートを渡せという判決が出せるのが原則である。ところが、英米法においては、原則は損害賠償であり、例外的に「売買の目的物が独特のものであるか、またはその他適切な場合」のみこのような履行強制(特定履行)が可能とされる。
 それは、英米法では契約を破る自由が認められるからである。これは面白い。なんと、契約を結ぶというのは契約を履行するか、損害賠償を支払って履行をやめるかの選択権を持つことを意味するに過ぎないというのである。これは、我々の通常の感覚からは理解できないだろう。契約を破るなんてのは、許されないことであり、そんなことを法が正面から認めていいわけない! これが日本における常識だろう。
しかし、アメリカでは、契約を破る自由を認めるのが合理性があるとされている。
 例えば、XがYに「90万ドルで椅子を9万個作ってくれ(1個10ドル)」とお願いする。Yは72万ドルのコストがかかるので、18万ドル利益が出るなと思って承諾する。ところが、ZがYに「160万ドルでテーブルをつくってくれ」とお願いする。椅子は誰でも作れるが、テーブルはYのみしか作ることができず、利益は35万ドルである。ところが、Yがテーブルを作ると椅子をつくれず、椅子を作るとテーブルをつくれない。この時に、契約を破る自由を認めないというのは、Yに椅子を作ることを強制することであり、認めるというのは、Xに損害賠償*10を払ってテーブルを作らせるということである。このどちらが社会にとって利益になるか? 資源の有効利用という観点から妥当か?
 
英米法学者の答えは後者という。限られた資源たる家具製造工場の利用法として、先に結んだ契約の強制履行を原則とするならば、Y家具工場が非効率的に利用されることになる。XはW家具工場から椅子を調達できるが、ZはYからしかテーブルを調達できないのである。このような、資源有効利用という観点から、英米法では、契約を破る自由が認められ、そのために、損害賠償が原則なのである。

まとめ
日本とアメリカの契約法の大きな違いは

  • 申込撤回可能が原則(アメリカ)か、不可能が原則(日本)か
  • 損害賠償が原則(アメリカ)か、履行強制が原則(日本)か

であり、それぞれの国においては、自国の制度は合理的だと思っている*11

*1:リスがナッツを叩いて調た時点で、あの我侭女の運命が分かった人は多いだろう。

*2:注:2007年現在多少レビューもやっていますが...。

*3:なお、特別賞はこのエントリに無関係なので、省略した。

*4:だから、法学部生を彼氏にする時は覚悟すべきである...って、こういうことを普通の女性は既に知っているから彼女ができないんでつね...。

*5:Wonkaがこういう試練(?)を与えたのは、特別賞を選ぶためである。要するに、最初っからWonkaは、4人を脱落させて、残った最後の一人に特別賞を与えるつもりだった。しかし、ゴールデン・チケットに、特別賞とは無関係に(for now)これらのお土産を渡すと書いていた以上、特別賞レースに破れただけでお土産がなくなるということは「Wonkaは最初っから、お土産を渡す気がなかった」ということになり、むしろWonkaのやっていることは詐欺だということになりかねない。そこで、この抗弁が通るかは疑問がある。

*6:10ドル札とか、硬貨を見るかぎり

*7:一人ドイツ人がいますが、豚なので、当事者能力はない

*8:チケットをもって工場に来た時点で履行が終わったか、それとも工場見学を遂行してはじめて終わるか

*9:現在では、この原則は修正され、Restatement of Contracts15条においては、開いての履行開始後には申込撤回は不可能になるとされている等

*10:例えば、椅子の調達費用が11ドルに値上りしたならば、差額の9万ドル

*11:あれ? チャーリーとチョコレート工場はどこにいった?