自分の頭で考える法曹倫理
- 作者: 高中正彦
- 出版社/メーカー: 民事法研究会
- 発売日: 2005/04
- メディア: 単行本
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この本は、法曹倫理を概説した上で、「ケース→このケースについて議論する上で必要な知識→著者の見解」の順に論じられているケースブックである。具体例が豊富なところ、内容が信頼性があるところが大きなメリットである。
ただ、資料編(条文等)が多く、実質内容が200pと薄いところ、そして、先入観を与えないという配慮のためか、著者の見解が、巻末にまとめられていることはデメリットだと思う。
このうち、後者の点については、異論もあるだろう。ここで、http://d.hatena.ne.jp/akamon2006/さんにはこういうことが書かれている。
「自分の頭で考える」ことが大事だとしても,高橋宏志教授の「自分の頭で考える」シリーズも最近はバージョンアップがなされ※2,「先人の業績に学んだ上で,自分の頭で考え,自分の言葉で語る」というフレーズへの変化が見られたことからもわかるように,ある一定の見解を教師が示すことは,「自分の頭で考える」ことを阻害するとは限らないどころか,むしろ考えるきっかけを提供することになるのではないかと思う。
※2元々は高橋教授は「自分の頭で考え,自分の言葉で語る」というフレーズを用いられていた
引用元:http://d.hatena.ne.jp/akamon2006/20050927
まさにその通りである。もちろん、この「筆者の見解」を唯一の正解と思ってしまうような一部の読者にとっては、巻末にまとめることは有益だろう。しかし、筆者が「ほとんどの読者は筆者の見解を唯一の正解だと信奉する」と思っているなら別格、このような読者が一部だと思うのであれば、「このケースについて議論する上で必要な知識」の直後に筆者の見解を書くべきであろう。
ともあれ、内容は総じて面白かった。具体的な内容で興味深かったのは、ケース40である。
A弁護士は、XからQ株式会社を被告とする製造物責任訴訟の依頼を受けたが、その際、「全力を尽くしますが、この訴訟は勝つか負けるか半々です。そこで、着手金はゼロとして、勝訴した場合には、判決認容金額の半分を私の弁護士報酬とすることでいかがでしょうか」と持ちかけ、Xも了解した。
A弁護士の弁護士報酬の請求方法に問題はあるか。
判決の認容金額が300万円の場合と3000万円の場合で違いがあるか。
引用元:法曹倫理講義p74
これは、いわゆるcontingent fee、完全成功報酬の可否の問題である。着手金や、時間給をもらわず、勝った場合にだけ、賠償金のかなりの部分を報酬とするという契約が、可能かどうかという問題である。
この場合について、同書p76では「弁護士報酬の自由化により、コンティンジェント・フィーも違法ではないが、過大な報酬とはならないであろうか。」とした上で、ヨーロッパ諸国でcontingent feeが原則禁止であることを示している。
更に、p312では
コンティンジェント・フィーの採用は、依頼者の資力が乏しい場合、勝訴の見とおしが全く立たない場合等については、妥当性を持つことがある。
問題は過大報酬となるかどうかの点である。
としており、contingent feeに対する抵抗感を表明しているといえよう。
しかし、法曹倫理の母国アメリカでは、contingent feeはlegal access(弁護士に対するアクセス)の確保のための合理的システムとして、非常に高い評価を受けている。
要するに、大きなローファームに頼むのにはお金がかかる。時給にすると5万円以上とかかかってしまうのだ。これでは、相当の大金持ちでもないと大きな訴訟を起こせない。特に、製造物責任・公害等の勝てるかどうか分からない訴訟では、こんな危ない訴訟に時給5万+着手金を払ってられるような人はほとんどいないだろう。
だからこそ、貧乏人にも法を利用できるようにする制度としてcontingent feeがある。多少の勝てる見込みがあり、勝った場合には、相手からとった額の1/3くらいは事務所のものということになれば、弁護士事務所も着手金・時間チャージ0で受けてくれる可能性があるのだ。
そこで、contingent feeの評価が高い。
この差はどこにあるのか。
貧富の差の激しさによると私は考える。アメリカは貧富の差が日本より激しい。しかし、自由主義を取る国であるから、「貧富の差を是正して、legal accessを確保しよう!」とはならない。そのため、貧しい人でも弁護士が雇える制度であるcontingent feeが必要なのである。
これに対し、日本では、そこまで貧富の差は激しくない。そこで「貧乏人にもlegal accessを確保する」という要請がそこまで強くない。すると、それよりも「contingent feeは、弁護士が依頼者の弱みにつけこんで過大な報酬をむしりとるのではないか?」という側面がクローズアップされ、抵抗感が表明されているのだろう。
この貧富の差の説明は、かなり説明能力があると思われる。それは、}^¤¢EeÌnxÌi·i¾ ÆÌÖjを見ると分かるように、ヨーロッパ諸国のほとんどが、アメリカよりも貧富格差が少ないからである。「貧富格差が少ないヨーロッパ諸国だからcontingent feeを原則として禁止する」と説明できるのである。
まとめ
contingent fee(完全成功報酬)導入への抵抗感が強い日本・欧州と、これを是認するアメリカの違いは、貧富格差で説明しうる。
逆に言えば、日本で格差社会化が進めば、contingent feeが見直されてくるともいえよう。