アホヲタ元法学部生の日常

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多分民法分野で言及されることの一番多い小説

理由 (新潮文庫)

理由 (新潮文庫)

 これは、民法、もとい、債権回収法の本である。もちろん、この話は、基本的には、傑作ファイダニットと言えるだろう。犯人は、早々と判明する。問題は、その動機。犯人の心の闇。ここに、ノンフィクションの手法でメスを入れたのが、この作品である。

 本書のテーマが、「執行妨害」である。当時は、民法395条という条文があった。

旧第395条 第602条ニ定メタル期間ヲ超エサル賃貸借ハ抵当権ノ登記後ニ登記シタルモノト雖モ之ヲ以テ抵当権者ニ対抗スルコトヲ得但其賃貸借カ抵当権者ニ損害ヲ及ホストキハ裁判所ハ抵当権者ノ請求ニ因リ其解除ヲ命スルコトヲ得

 基本的に、「売買は賃借を破る」。大原則は、売買が行われれば、旧所有者(売主)との賃貸借契約は、新所有者に対抗できない。しかし、これでは、土地・建物を賃借する借主にとって酷である。みなさんがアパート住まいだとして「俺は大家さんからこの家を買ったから立ち退け」と言われて、喜んで出て行く訳ないだろう。そこで、例外的に、民法605条は不動産の賃貸借は、売買に対抗できるとした*1

第605条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。

 とはいえ「対抗できる」のは、あくまでも、売買契約が結ばれる前である。売買契約が結ばれた後や、抵当権であれば、抵当権の登記がされた後の賃貸借契約は対抗できない。

 そして、旧395条は、この原則に対し例外を設けていたのだ。602条の規定する短期(土地なら5年、建物なら3年)の賃貸借契約については、抵当権登記後に結ばれた賃借契約が、抵当権者に対抗できるのである。

 まさに、この制度を悪用したのが、「理由」の事案だったのだ。

 借金が返せず、抵当権が実行され、競売がされる。その時に、債務者、つまり不動産の持ち主が、怪しげな人に「昔から、短期賃貸借で貸していた」ということにする。そうすれば、395条により、原則としてこの怪しげな人を立ち退かせられない。そこで、買受人は出ないし、出たとしても、その場合には、多額の「立退き料」をせしめられるのである。

 もちろん、判例や、改正法での、濫用的短期賃貸借排除の努力はされた。しかし、「理由」のような状況が続いたので、ついに、法改正により短期賃貸借はなくなった。

 ところが、結局できたのは、明渡し猶予制度である。

新第395条 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から6箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。
1.競売手続の開始前から使用又は収益をする者

 6ヶ月は、明渡しまで猶予されるのだ。これにより、最長6ヶ月待てば、売りに出せることになった。
 しかし、これは逆に言うと、6ヶ月は待たないと行けないということであり、それより早く売りたければ、立退き料が必要である。根本的解決になっていないのではと問題を投げかけられるのはまさにこの点であろう。この制度の運用実績によっては、更なる法改正がありうる。


競売妨害―実録!ある占有屋の人生 (宝島社新書)

競売妨害―実録!ある占有屋の人生 (宝島社新書)

 ところで、本書を「競売妨害」を合わせて読んだところ、非常に興味深いことが発覚した。

 「理由」では、買受人がずぶの素人であり、その結果、立ち退きするしないのトラブルがよけいひどくなった。ところが、「競売妨害」では、買受人が素人だったせいで、立退き料を取れずに、占有屋があきらめると言う事例がある。

 どちらも、背景には、プロの買受人は最初から立退き料を考えて落札価格を決めるので、スムーズに話がまとまるが、素人は自分のものだと思っているので、立退き料を払わず裁判に訴えることが多いというのがある。

 問題は、「トラブルがより大きくなる」と「占有屋が手を引いて終わり」の違いである。
もちろん、宮部みゆき先生も、取材をしているはずであり、この相違は興味深い。
 私の予想だが、「プロ」の占有屋は「金」が目当てであり、住むところ確保は二の次である。しかし、「理由」の占有屋は、半分アマチュアで「住むところ」確保が結構大切だった。そこで、プロは「長く住んでも金がもらえないならいいや」とあきらめる。しかし、「理由」の占有屋は、「いくら長く住んでもいい」と、悠長にかまえていたので、惨劇が起ったのではないか。

まとめ
「理由」は、債権回収法の入門に最適である。
ただし、本当にこれが、「占有屋」の典型事例かには、疑問符がつく。
ともあれ、フーダニットではないが、ファイダニットとしては、十分楽しめる作品だ。

*1:借地借家法で、建物なら、住んでいるだけで対抗できる。