アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

監査役野崎修平と倒産法

監査役野崎修平 (1) (SCオールマン)

監査役野崎修平 (1) (SCオールマン)

 監査役野崎修平は、実直で、一般行員と同じ視点に立つ新監査役野崎修平が、銀行の古く・堅固な体質に挑む漫画である。

 その野崎修平のあおぞら銀行支店長時代にこういうエピソードがあった。

丸山工作所から、1000万円の追加融資の依頼がある。
このまま追加融資をしないと倒産。
これまでの融資に対しては、あおぞら銀行は完璧な担保を取っている。

普通は、貸金引き上げにかかるだろう。
しかし、実直で、融通は利かないが筋は通してくれる会社が危なくなったからといって手のひらを返すわけにはいかないと、
野崎は支店長権限、副支店長の協議印なし、無担保の追加融資を決定。

1週間後、丸山工作所は不渡りを出し、実質的に倒産。
支店閉鎖決定直後の無担保融資として、ほぼ確実に特別背任罪に問われる状況に。
ところが、丸山社長が、1000万円を持ってきて返済した。

娘の結婚資金を1000万円預金しており、これを引き下ろしたのだ。
野崎は、結婚資金も頭において、無担保融資をしたのだった。

 その後、野崎は監査役になる訳だが、「一時はどうなるかと思いきや、なんとかなった」エピソードとして記されている。


しかし、本当になんとかなったのか?
 確かに、「丸山があおぞら銀行に1000万円の預金をしており、これに対し、あおぞら銀行が相殺権を行使して相殺した」という場合には問題はないだろう。
 破産法67条は破産債権を自働債権とし、破産債権者が破産者に対して負担する債務を受働債権とする相殺を原則として許容する。

第六十七条 破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる。
2 破産債権者の有する債権が破産手続開始の時において期限付若しくは解除条件付であるとき、又は第百三条第二項第一号に掲げるものであるときでも、破産債権者が前項の規定により相殺をすることを妨げない。破産債権者の負担する債務が期限付若しくは条件付であるとき、又は将来の請求権に関するものであるときも、同様とする。

 つまり、破産した債務者に対し、銀行等の債権者が、「じゃあ、銀行が破産者に対して持っている債権と、破産者が銀行に対して負っている負債を相互にチャラ(相殺)にしましょう!」といえるのである。そこで、例えば丸山が1000万円を預金していれば、銀行は丸山に対し1000万円の負債を負っているわけだから、これと丸山への融資1000万円をチャラにできるのである。

 これは、実質的には、融資の回収に当る(あおぞら銀行も1000万円全額回収した)わけで、普通は、破産した人にお金を貸していた人は、極わずか(1割前後が多いらしい)のお金しか返ってこないから、ズルいとも思える。しかし、銀行としては「その人が銀行預金を持っていたから、安心してお金を貸した(野崎も、1000万円の結婚資金が預金してあることを予想して貸した)」のであって、この安心は保護に値する。そこで、破産法が、このような相殺への期待を保護したのである。

 しかし、本件は、この場合と違う。
1度引き出してから弁済したのである。
「債務の弁済の何が問題か?」といぶかしがる方もおられるだろう。
実際に問題なのだ。

 例えば、10万円のお金を持つAが、Bから10万円、Cから20万円、Dから20万円借りていたとしよう。ここで、Aが倒産すれば、*1BCDという債権者は、Aの財産から、債権額に応じて均等に弁済を受けることになる。つまり、Bは2万円、CDは4万円づつである。
 ところが、Aが「Bさんにはお世話になったから」という理由でBに10万円を払ったらどうなるだろう。これはCDにとっては、4万円もらえたものがもらえなくなる訳で、「不公平な弁済だ!」と感じるだろう。
これを法律用語で、偏頗行為といい、破産法162条は、支払い不能時以降の債務の消滅にかかる行為(弁済を含む)については、これを総債権者にとって有害な偏頗行為としてみなされる。
 そして、このような偏頗行為については、破産手続き開始後、管財人が否認できる。つまり「こんな不公平な行為は、許しません! 弁済はなかったことにします!」といって、弁済したお金を返せといえるのである。

 この要件は、支払い不能以降であること*2、既存の債務についてされた債務消滅に関する行為*3であること、そして、受益者が、支払い不能等について知っていることが必要である。

 支払い不能とは、「債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう(2条11号)」から、本件の場合も支払い不能と言えるだろう(一般、継続的に弁済できない)。そして、1000万円の債務の弁済を受けているので、これは債務消滅に関する行為である。更に、手形不渡りを知ってから、弁済を受けているので、支払い不能についてあおぞらは知っている。

 そこで、野崎支店長の弁済受領、偏頗行為として、後に破産管財人によって取消(否認)されるのである。野崎の努力は、これによって水泡と化したのである。


 いや、しかし、いくらなんでも、野崎監査役を特別背任とする訳にいかない。そこで、私は、伊藤眞(蝶ネクタイ)の基本書をつぶさに読んで、野崎監査役を救済する方法をさがした。


あった。

行為自体が破産債権者にとって有害なものであるとみなされる場合であっても、その行為がなされた動機や目的を考慮して、破産債権者の利益を不当に侵害するものでないと認められるとおきには、否認の成立可能性が阻却されることがある。これを行為の不当性と呼ぶ。
引用元:「破産法」伊藤眞著 有斐閣p374

 要するに、形式的に「否認」権の発動要件を満たしても、その偏頗行為のなされた動機・目的を考えると、破産債権者の利益を不当に害するわけでないという場合に、「不当性」の要件が欠けるとして、否認が否定されるのです。

 すると、野崎支店長の場合も、支店で預金を引き出して支店長室でお金を渡すことと、支店で預金を引き出そうとした時に「相殺します」と言うことは、社会的事象としては全く同一であり、単なる方式の違いに過ぎない。そこで、他の丸山工作所の債権者としても、あおぞらに相殺される可能性がある、あおぞら銀行への預金について、「そこから払ってもらえるだろう」という期待はなかった以上、動機・目的を考慮すれば、破産債権者の利益を不当に害するわけではないといえ、この弁済は、不当性*4を欠き、否認不可能といえよう。

まとめ
野崎支店長の行為は、形式的には、後に「否認」され、特別背任となり、監査役をクビになるはずの所業であった。
しかし、法は、不公正を許さない。常識的に考えておかしい結論を出さないよう、法律はうまくできているものだ。

*1:清算型の手続きをとった場合

*2:正確には、支払い不能時または破産手続開始申立から破産手続き開始までの時期が形式的危機時期である

*3:または、担保供与

*4:まあ、有害性で切ることもできましょう