- 作者: 今野緒雪,ひびき玲音
- 出版社/メーカー: 集英社
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祥子様が「学園祭までに祐巳にロザリオを渡せたらシンデレラ役を降りてよい、シンデレラ役を降りた場合、祐巳が代役を果たす」という賭けに乗った。この文脈で、祥子は祐巳に
「いい? これから学園祭までずっと、放課後は私たちの芝居の稽古に付き合ってもらうわよ。それはあなたの義務ですからね」
引用元:マリア様がみてるp107
といったのである。
これは、普通に考えておかしいと思うかもしれない。スールの契りを交わした後ならば、祥子様の命令に祐巳が拘束されるのは当然であるが、なぜ、スールの契りを交わす前に、祥子様の命令に祐巳が拘束されなければならないのか!?どうして「義務ですからね」と言えるのだろうか???
そして、この問題に解答を与えてくれるのが、民法学の契約締結上の過失理論culpa in contrahendoなのである。
一般にこの(注:契約締結上の過失の)事例としてあげられているのは、売買の目的とした建物を売主の勧誘に応じ買主が見分にいった後、契約を締結したところ、同建物は、契約前日に焼失しており、売主は過失によりそのことを知らなかったという場合、買主は支出した旅費等相当額を売主に対し損害賠償請求できるかという問題である。
引用元:乾昭三等著「新民法講義1」p215
上に掲げた事例においては、契約前日に売買の対象たる建物がなくなっている。存在しないものについての売買契約など、当然無効である*1。とすれば、契約が無効である以上買主は、売主に対し契約に基づく損害賠償請求などできないはずだ。しかし、これでは、買主がかわいそうである。そこで出てきたのが、契約締結上の過失理論である。
つまり、契約というのは、契約成立時に突然効果が発生するのではなく、契約締結に向う交渉等中で、徐々に効果が拡大してくるものである。いわばそれは「焼き芋」のようなものであり、先っぽ(契交渉開始時)は細い(効果が薄い)が、少しずつ太くなり(効果が大きくなり)、真中(契約締結時)で最大になる。そして、尻尾(契約終了後)についても、効果は小さくなるが、少しは効果がある(予後効)。そこで、「契約締結」時以前であっても、全く契約がない状況ではなく、過失により契約が無効になれば、契約に基づく損害賠償を請求できるという限りでの効果は存在する。
こう考えるのが、契約締結上の過失の理論である。
そして、まさに、「なぜ、スール契約前の祐巳が祥子様に拘束されるか」の問題も、これと同様の問題なのである。スール契約が締結されてはじめて「妹」が「姉」に拘束されるのではない。ロザリオを渡さんとする契約締結交渉段階に入った時点から、スール契約の効力は少しは存在する。それがロザリオを渡す(契約締結)時点まで徐々に大きくなり、この時点で、完全な効力が発生するに過ぎないのである。
だからこそ、祥子様は、まだロザリオを渡していないのだけれども、祐巳の放課後の数時間を山百合会のために使わせることができ、このグラン・スール命令に、祐巳は拘束されるのである。
まとめ
マリみての理解には民法学の理解が役に立つ。
よくわからないことがあっても、法理論を適用してみれば、納得できることがある。
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*1:実は、当然に無効かは問題なのですが...