アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

綾波の家に不法侵入したシンジの罪〜2006年度東京大学ロー入試問題

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国家機関に所属し、「使徒」と呼ばれる敵と戦うことを生業とする少年Sは、同僚の少女AがSの父親と異常に親しいことに驚き、Aに興味を持った。そこで、IDカードを届けるという名目で、Aの住居に不法に侵入した。そこに、風呂に入っていた被害者Aが全裸で現れ、Sに対し退去を求めた。しかし、Sは退去しなかった。*1
参考:http://www.h7.dion.ne.jp/~truth/EVA/EVA2.htm

 さて、この場合の少年Sの罪責はどうなるだろうか。

 刑法をちょっと勉強すれば、刑法130条後段の不退去罪を思いつくであろう。

第130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

 なるほど、Aが「退去を求め」ているのに、Sが退去しないのは「要求を受けたにもかかわらずこれら*2の場所から退去しなかった」という不退去罪にあたるとも思える。

 しかし、そうではないというのが判例*3だ。

初めから不正に侵入している者に退去要求しても(中略)住居侵入罪に吸収され一罪が成立するのみである
引用元:前田雅英「刑法各論講義」p127

 つまり、130条は前段で「正当な理由がないのに、人の住居等に侵入」した者を住居侵入罪として罰しています。住居の所有者、賃借人等は「誰を家に入れて誰を入れないか決める権限(住居権)」を持っている。そして、正当な理由なく人の住居等に侵入するというのは、まさにこの住居権を害する行為であり、所有者、賃借人等の住居権者の意思に反する立ち入りをすれば、この住居侵入罪が成立するのである(最判S58.4.8)。そして、このように解すれば、事例のSはAの住居に不法に侵入し、住居侵入罪を犯している以上、Sには重ねて不退去罪は成立しないと解するべきことになる。

 問題は、検察官Bが間違ってSを不退去罪で起訴した場合だ。検察官Bだって間違えることがあるのです。まあ、間違えたら間違えたで、「ごめんなさい」といって住居侵入罪で起訴し直す*4のであれば問題はない。しかし、検察官Bは強情で、自分の誤りを認めようとしない。さて、裁判所は「Sは無罪!」としないといけないか。今日検討してみたいのは、こういう問題である。


 前提は、どの犯罪の成否を刑事訴訟の対象とするかは検察官が決められるということだ。現行法では、検察官(B)と被告人(S)が対等な立場で争い、公平な第三者の立場にある裁判所が判決を下すことになっている*5。そこで、検察官(B)が「被告人はこの犯罪を犯したと思います! 犯していれば有罪判決を、犯していなければ無罪判決を下してください!」という*6ことで、どの犯罪の成否を刑事訴訟の対象とするかを決めるとされる。そう、裁判所が勝手に「証拠をよく調べてみると、Sはどうも住居侵入罪のようだから住居侵入罪で有罪!」とはできないのが原則なのである。

 さて、どうするか。1つ目は、裁判所が最高裁判例に反する刑法解釈をすることが考えられる。例えば、

適法に住居に侵入しても、要求を受けたのに退去しなければ不退去罪として罰せられる。とすれば、より当罰性の高い不適法に住居に侵入した者が要求を受けたのに退去しなければ不退去罪として罰せられるのも当然である。

 別に、条文上「適法に住居に侵入した者が」といった限定がない以上、この解釈は「ありえる」*7解釈だろう。


 2つ目が、一部起訴といわれる考え方を使った処理である。
 例え,被疑者が犯罪を犯したことが明白であっても、起訴して刑務所送りにすることが、被疑者の更正の観点から不適切なことは多い。初犯だとか、被害弁償の有無だとかを考えると、起訴しない方が適切なこともある。そこで、刑訴248条は検察官が犯罪の嫌疑ある被疑者であっても、このような諸般の事情を考慮して起訴しなくてもいいとした(起訴便宜主義)。
 そして、このように一罪の全部を起訴しないことすらできるのだから、一つの犯罪の1部分を起訴することも可能であろう(一部起訴)。
 一般には、例えば「業務上過失致死」の結果(交通事故で被害者が大怪我をして死んだ)が生じているが、「業務上過失致傷」(交通事故で被害者が大怪我をしたという部分だけ)で起訴するといったことが可能*8とされている。
 問題は、このSの住居侵入である。この解釈は難しい*9が、なぜ住居侵入罪のみが成立するかと言うと,一応住居侵入と不退去という複数の住居権を侵害する事実(法益侵害事実)はあるわけ。しかし、この2つは実質的には同じ権利に対する侵害であり、住居侵入罪という1つの条文(130条前段)で処罰すれば足りる。これが住居侵入のみという理由である。
 とすれば、「不退去」という法益侵害事実がある以上、この「不退去」の部分だけ起訴することもまた「一部起訴」の一種として可能*10であり、検察官が「不退去罪の成否がこの訴訟の判断対象です!」といっている以上、裁判官はSについて「不退去罪にあたる事実(要求を受けたのに退去しなかったか否か)」の存否のみを判断し(要するに、住居侵入にあたる行為をSがしたかは無視して)て、それがあれば、Sを不退去罪で有罪とすることもできると解すべきである


 よって、検察官がミスってSを不退去罪で起訴しても、「刑法の不退去罪の解釈について、判例と異なる解釈をする」、ないし「刑訴法上の適法な一部起訴として、不退去事実の存否のみを判断する」ことにより、裁判所はSを不退去罪で有罪とできるであろう。

まとめ
東京大学ロースクール2006年度入試では「Aは、退去要求を受けたのに建物から退去しなかったという事実により、不退去罪で起訴された。Aの弁護人は、退去要求を受けた時点ではAが正当な理由なくその建物に侵入していたことが証拠上明らかであるから、不退去罪は成立しないと主張した。これに対して、裁判所は、建造物侵入の事実を認定できるとしても、Aを不退去罪で有罪にすることができると判断した。その判断の根拠として考えられるところを述べなさい。」という問題であった。上のようなことを書けば合格点がとれる*11??

*1:なお、実際のアニメでは、推定的承諾が認められる可能性が高いですし、Aはメガネにしか興味がなく、退去を求めたとまで言いきれるかは疑問です。

*2:住居等

*3:最判S31.8.22

*4:正確には訴因変更

*5:当事者主義

*6:訴因を設定する

*7:適切かは別にして

*8:な場合がある

*9:正確なところはわかりませんが、包括一罪の1類型たる吸収一罪の第二類型たる「同一の法益・客体に向けられた(又はそれに準じる)複数の行為が、目的・手段又は原因・結果の関係に立つ場合」となろうか(山口「刑法」p182参照)。なお、前田先生は「講義」p127で住居権説に立つと住居侵入罪は状態犯と見るのが自然だとされます

*10:検察官の訴因処分権を広範に認めればありえる線かと思います

*11:半ば願望