- 作者: 内田貴
- 出版社/メーカー: 東京大学出版会
- 発売日: 2005/09/28
- メディア: 単行本
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まずは,民法483条を引用。
(特定物の現状による引渡し)
第483条 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。
続いて,内田民法Ⅲ第三版(2005年),59頁以下より引用。
(議論の便宜のために,筆者がナンバリングをさせて頂きます。
ご意見を下さる際には,議論の対象とされている事柄を,このナンバリングに
基づいて予めご指摘下さいませ。)
1.(1)「引渡しをすべき時」とは,履行期と解される。
(2)もともとこの規定は,起草過程の原案では400条*1と一体となっていたのが,分割されて弁済のところに移されたものである。
(3)その趣旨から考えて,債務者は400条で現実の引渡しまで善管注意義務を負い,その義務を果たしていれば,履行期の現状で引き渡せば足りるという趣旨を定めたものと
解される。
(中略)【もう一歩前へ】483条の存在理由
2.(1)同条は,瑕疵担保責任に関する法定責任説から,特定物の原始的瑕疵が債務不履行責任を発生させないことの根拠規定として援用される事がある。
(この場合は,「引渡し時の現状」での引渡しを定めた規定と読む。*2
(2)しかし,起草者が本条を置いた理由は,特定物の引渡しに関して当事者が
約定するなら,契約時や実際の履行時ではなく,本来の履行期の現状を基準とするだろう,という意思の推測である。*3
(3)規定の本来の趣旨からは,同条が,特定物売買における「履行義務」の内容に
ついて,何らかの原則を宣言した規定とはとうてい解する事ができない。
こう引用された上で、
内田先生は,講義の中でも,この点を大変強調して説明されていたのですが,
私には何をおっしゃっているのか,皆目見当がつきません。
【私の疑問】
内田先生は,1(1)で,「引渡しをすべき時」を履行期と説明しています。
その上で,2(1)で,法的責任説の根拠として483条を援用する議論は,
「『引渡し時の現状』での引渡しを定めた規定と読む。」と説明されています。
そもそも,この両者の違いが私にはよくわからないところからはじまって,
(同じ?)
内田先生の上記の文章が何を言わんとしているのかがつかめません。
大変恐縮なのですが,どなたかお知恵を拝借できないでしょうか。
とされている。この疑問を要約しましょう。
483条について、内田説は「目的物の履行期の現状での引渡を定めた規定」と読むのに対し、通説は「現実に履行された時の現状での引渡を定めた規定」と読むとしている。この違いは何?
こういう疑問である。
答えは「理論上の大きな違いを引き起こすが実際上はあまり違いを引き起こさない」だと思う*1。
まず、前段の「理論上の大きな違いを引き起こす」について考える。通説は483条をこう読む。
そもそも、特定物債務は「その物」を給付する債務である。ところが、特定物に原始的瑕疵がある場合には、原始的瑕疵のない「その物」は存在しない。そこで、「瑕疵のないその物(完全物)」を給付する義務(完全物給付義務)を債務者は負わない。だからこそ、法は483条で、債務者は、実際に履行された時の現状そのままで引き渡せば足り、仮に瑕疵があっても債務不履行責任を負わないとする。
ちょっとわかりにくければ、こういう事例を考えればいいだろう。
AはBから家を買ったが、その家の水道管が買う前から壊れており、水漏れがした。
このように契約成立前から存在する瑕疵(原始的瑕疵)が特定物(物の個性に着目して取引される物)に存在した場合を考えます。この世の中には「水道管が壊れていないその家」は存在しない。ないものを引き渡せといえる訳がない。そこで、完全な家、つまり完全物を給付する義務はBにはない。
このように、「完全物給付義務」が売主にないとすれば、履行期と現実の履行期がずれようが同じだろうが、結局は、「現実に履行した日の、水道管が壊れたままの状態の家」を引き渡せばよいことになる。そこで、通説は「現実に履行された時の現状での引渡を定めた規定」と読む。
こう考えれば、570条の瑕疵担保責任は、瑕疵の存在により有償契約たる売買関係における債務相互の均衡性が欠けてしまうことから、買主を保護するために特別に認められた規定、法定責任となる。
これに対し、内田先生はp60にある通り、当事者の意思推定であり、「当事者がもし、特定物についていつの状態での履行を約束するかと考えると、通常は履行期であり、契約時や実際の履行時ではないだろう」ということを条文で示した規定に過ぎないという。
こう解すれば、特定物債務者(事例のB)が完全物給付義務を負わないことを483条が示したわけではないわけですから、特定物債務者に完全物履行義務を負わせることもでき、この考えからは、担保責任は債務不履行の特則だとなるだろう。
このように、理論的には大きな差を生みうる解釈なのである。
とはいえ、後段に移りますと、実際には、通説の法定責任説からも、なお後発的瑕疵については債務不履行責任ないし危険負担の問題とする。そう、契約締結後にBが内装工事中、誤って水道管を壊したなんて場合は債務不履行の問題なのである。そこで、実際に、履行期の現状だろうが、現実の履行期の現状だろうがあまりこのことが具体的帰結に影響を及ぼすことはない。だからこそ、内田先生は
本条が適用される場面がない(中略)裁判で問題となることもほとんどない。
引用元:内田IIIp60
とおっしゃっているのである。
まとめ
483条について、内田説は「目的物の履行期の現状での引渡を定めた規定」と読むのに対し、通説は「現実に履行された時の現状での引渡を定めた規定」と読むとしている。
この違いは、483条を完全物給付義務を否定する規定だ! と読むか、単なる当事者意思推定規定と読むかの違いに基づく。
これによって、担保責任の法的性質が大きく異なってくる。
この意味で483条をどう読むかは理論上の大きな違いを引き起こす。
ところが、後発的瑕疵があれば債務不履行か危険負担で処理されるため、実際に483条が適用され、どの時期の現状での引渡と解するかで帰結が異なってくるといった事案はほとんど存在しない。
*1:もっと詳しい方がいらっしゃったら、教えて下さい