
あずまんが大王 (1) (Dengeki comics EX)
- 作者: あずまきよひこ
- 出版社/メーカー: メディアワークス
- 発売日: 2000/02
- メディア: コミック
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しかし、この危険運転致死傷罪は、意外と要件が厳しい。
(危険運転致死傷)
第208条の2 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで四輪以上の自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする
人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。
条文をザッと見ると、「ひき逃げ」が危険運転致死傷になるわけではないし*3、二輪車による危険な運転による死傷も危険運転致死傷の適用対象外*4である。
更に、条文上記載されたそれぞれの類型における要件を見ると、厳しさは際立つ。
・酩酊運転(1項1文)
道路交通法上の酒酔い運転*5よりも要件が厳しく、酔っ払って単に正常な運転ができないおそれがあるだけではだめで、現にハンドル、ブレーキ等の操作を行うのが困難にならないといけない。
・高速度運転(1項2文前段)
ただのスピード違反ではなく、速度が速すぎて、道路の状況に応じて走行するのが困難でないといけない。例えば、住宅街を相当な速度で走行し、速度違反が原因で路地から出てきた歩行者を避けられず轢いてしまった*6という場合は、危険運転致死傷にならない。
・技量未熟(1項2文後段)
免許を持っている場合には、これにあたらない*7。免許をもっていない上、ハンドル、ブレーキ等の初歩的な操作すらできない場合にはじめて適用される*8。
・妨害運転(2項1文)
いわゆる幅寄せ、あおり行為だが、単に他の車を妨害してもしょうがないと思って*9幅寄せするだけではだめで、相手方に自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図する必要がある*10。
・信号無視運転(2項2文)
単に赤信号を無視するだけではだめで、重大な交通の危険を生じさせる速度で交差点に突っ込ま*11なければならない。
この結果、ゆかり車による被害が、危険運転致死傷罪の対象にならない。
公知の事実(民事訴訟法179条参照)ではあるが、ゆかり車とは、谷崎ゆかり先生が車を運転すること、及び運転する車と定義される*12。1年生の夏休みに、ちよちゃんと大阪さんが犠牲になり*13、3年生の時にはかおりんと榊さん、智が犠牲になった*14。特に、美浜ちよの被害は甚大であり、PTSDの要件*15である
・精神的不安定による不安、不眠などの過覚醒症状*16
・トラウマの原因になった障害、関連する事物に対しての回避傾向*17
・事故・事件・犯罪の目撃体験等の一部や、全体に関わる追体験*18
の全てを満たしている。判例によればPTSDは「傷害」(204条)にあたる*19ので、ゆかり車で美浜ちよに傷害を負わせたゆかり先生には、危険運転致傷罪が成立するように見える。
しかし、危険運転致死傷罪(刑法208条の2)のいずれの要件も満たさないのである。
まず、一番当たりそう*20な「技量未熟」であるが、一応運転免許を持っているよう*21であり、しかも、ハンドルを動かしたりブレーキを踏むだけの技術はある*22ので、該当しない。
「高速運転・信号無視運転」はいずれも相当の高速度の運転が必要だが、「スピードはそんな 時々はやすぎますが 時々すごく 遅いときもあります*23」ということであり、*24該当性は否定されるだろう。
「妨害運転」も、結果的には他の車を妨害しているだけで、妨害を積極的に意図しているとは認められず*25、該当しないし、「飲酒運転」も該当しない*26。
ゆかり車の運転行為が危険運転致死傷罪の規定する類型に該当しない以上、危険な運転をして人を傷害しているのに、危険運転致死傷罪で罰せられないのである*27。
このように、危険運転致死傷罪の構成要件が厳しいことから、遺族が危険運転致死傷罪で起訴して欲しくとも、検察官が業務上過失致死傷罪で起訴する*28場合も多く、問題が起こっている。とはいえ、業務上過失致死傷罪よりも格段に刑を重くしている以上、それを正当化するには「傷害や傷害致死にも匹敵する場合」と言える場合に限定する必要があり、要件を安易に軽くすることは困難である。
それでは、どうしようもないのか。ここで、重要なのは、危険運転致死傷罪と傷害罪の関係である。
東京高判平成12年10月27日*29は、
被告人が被告人車両で被害者車両を追跡した行為は、(中略)被害者をろうばいさせるのに十分なものであり、被害者に運転を誤らせるなどして、被害者や被害者車両の同乗者の負傷を伴う交通事故を引き起こす危険性が高いものであった(中略)。そして、このような追跡行為は、それ自体被害者車両の乗員の身体に向けられた不法な有形力の行使、すなわち暴行にあたる
とし、危険運転致死傷罪の類型にあたる運転行為が暴行にあたるとしている*30。判例では、暴行の意図で傷害結果が生じれば傷害罪で処罰できる*31ため、「事故の危険の高い走行」を行い、被害者に死傷の結果を生じさせた場合には、傷害罪(204条)ないし傷害致死罪(205条)で処罰することも可能なのである。
もちろん、単なる車の運転が「不法な有形力にあたるか」、及び本人に故意があるかの認定が難しい場合も多い*32が、ゆかり車の場合においては、
・左右と後ろの確認ができていないことはおろか、信号や歩行者すら見えていない*33
・本人が自分の運転が危険なことを重々承知である(「今度は ぶつけないぞぉ」発言*34等)
・多数の物損事故に加え、PTSDの傷害結果を多数人に発生させている(かおりんの「ジェットコースターは 事故らない所が いいですよね」発言*35等)
という事情があるので、その運転が「不法な有形力」にあたり、本人に暴行の故意が認められるので、傷害罪で処罰が可能なのである。
更に、傷害罪を適用した場合、常習傷害罪(暴力行為等処罰ニ関スル法律第1条の3*36)の適用が可能である。これは、常習的に(反復して当該犯罪を重ねる特性を行為者が持つこと*37)傷害を行った場合に、1年以上15年以下の懲役と通常の傷害罪よりも下限を重くしたものである。
常習性の認定は、回数、動機・態様・複数の犯行の時間的接着性等を勘案する*38といわれるが、前記事情に加え、1巻p82右4コマ目と4巻p453コマ目を比べると、3年の夏休みの方は「左フロントドアステップ」部分に新しい傷がついており、1、3年生の夏休みの2回以外にも多数回「傷害」にあたる暴走を行っていることが推測できることからは、常習性もまた認められる。そこで、ゆかり先生を常習傷害罪により重く処罰することが可能になる。
まとめ
ある犯罪の構成要件に該当しない行為であっても、その行為が「法益を侵害する非難すべき行為*39」である限り、他の犯罪や、特別刑法を探せば、ほとんどの場合、適正な処罰を可能にしてくれる条文がみつかる。
刑法は、「法律の抜け穴」によって悪人がのさばることを許さないのだ*40。
謝辞:文中引用の他に、ishidatic.com - ishidatic リソースおよび情報様のishidatic.com - ishidatic リソースおよび情報を参考にさせていただきました。故意・過失・結果的加重犯の他、訴訟法的な観点からも考察されております。ありがとうございました。
補足:なお、私が敬愛する山口厚御大は、「危険運転致死傷罪にあたる行為が同時に傷害罪の構成要件を満たす場合*41」について、危険運転致死傷罪のみの成立を認め、傷害罪の成立を否定する*42。山口説は、危険運転致死傷罪が暴行・傷害罪の特別法であることに整合的だが、常習傷害罪での処罰をするためには、傷害罪の成立を肯定する西田先生他の説をとるべきだろう*43。
蛇足:なお、ロサ・ギガンティア*44が被害者福沢祐巳を、甘言を弄して自己の占有する車の中に連れ込み、免許証を取得して間もないため、運転技術が未熟であるにも関わらず、前記車を進行させ、もって前記福沢を自己の支配下に移したという事案*45においては、被害者はパニック状態になっただけで、直後に回復しており、傷害は認められない。さらに、無謀な追い越しやエンスト、急ブレーキ位では、「運転自体が不法な有形力の行使」とまではいえず、暴行も認められないだろう。ここは、猥褻*46目的誘拐罪(225条)で処罰すべきであり、危険運転致死傷の出る幕はないだろう。
*1:その後、毎年300件程度が起訴されている。http://www.sun-tv.co.jp/space06/0610/index.html参照
*2:危険な運転による交通事故を「過失」による軽い犯罪とはせず、むしろ暴行に準じる危険な行為をした以上、発生した重い結果について重い責任を取らせようとしている(結果的加重犯、なお川端他「裁判例コンメンタール刑法第二巻」p528では「のようなもの」をつける。)
*3:この意味は「逃げる」ことが危険運転致死傷の構成要件該当性を基礎付けないということ。「ひく」際の態様が危険運転致死傷の構成要件に該当すれば、危険運転致死傷罪で処罰できる
*4:確かにこのエントリを書いた当時は二輪車は対象外であったが、その後の改正により二輪車も対象になった。6/18追記
*7:野々上尚編「交通事故捜査II」p67参照
*8:野々上尚編「交通事故捜査II」p67参照
*9:未必的認識・認容
*11:突っ込むことは要件ではないが、裁判例に現れる事例は「赤信号なのに交差点に突っ込んでいく」事例ばかりである。
*12:なお、ゆかり先生が所有する車ではない。そもそも、ゆかり先生の父親の所有(1巻p82)であるし、にゃもの車でも、ゆかり先生が運転する場合はゆかり車というべきである(1巻p63参照)
*13:1巻p83
*14:4巻p45
*15:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E7%9A%84%E5%A4%96%E5%82%B7%E5%BE%8C%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E9%9A%9C%E5%AE%B3参照
*16:1巻p97参照
*17:3巻p144、4巻p44参照
*18:1巻p97参照
*20:1巻p63「今度はぶつけないぞ」等から、技術が相当未熟なことがうかがわれる。
*21:明示の箇所はないが、普通に運転しているから....
*22:1巻p45
*23:2巻p144
*24:「速すぎ」る時に事故を起こしたのであれば別であるが、
*25:4巻p45参照
*26:まあ、ゆかり先生はいつも超ハイテンションか超鬱かどっちかなので、何かの薬物をやっている嫌疑は相当程度ありますが...。
*27:なお、前記裁判例コンメンタール刑法p534は「危険な運転行為と当該交通事故との間に因果関係が必要である」として、交通事故の発生による致死傷を要件としているように読めるが、これでは危険運転致死傷罪の処罰範囲が狭くなりすぎるのではないか。
*28:正確には「せざるをえない」といった方がいいか
*29:野々上尚編「交通事故捜査II」p17
*30:なお、この判例が危険運転致死傷罪立法以前のものであることに注意。立法後は単に「暴行」の故意があるだけの場合、危険運転致死傷罪の構成要件にあたれば、危険運転致死傷罪で処理されることになる。ゆかり車のように、危険運転致死傷罪の要件にあたらない場合にこの議論の実益が出てくる。傷害の故意がある場合については、補足参照。
*32:だからこそ、このような認定なしに、類型にあたり、結果が発生しただけで重い処罰のできる危険運転致死傷罪の意味がある
*33:1巻p144参照
*34:1巻p63参照
*35:4巻p46参照
*36:伊藤榮樹他「注釈特別刑法」p241参照
*37:伊藤榮樹他「注釈特別刑法」p241参照
*38:伊藤榮樹他「注釈特別刑法」p243参照
*39:違法で有責な
*40:もちろん、類推解釈や刑罰法規の濫用が許されないのは言うまでもないが
*43:西田「刑法各論」p56、野々上尚編「交通事故捜査II」p18参照
*46:「ロサ・カニーナ」p166「ぬいぐるみにそうするようにギュっと抱きしめた」辺りを引くまでもなく、猥褻目的は認められることに争いはないだろう。