アホヲタ元法学部生の日常

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「巫女の日」商標登録問題に関する法的考察

巫女みこナース (美少女ゲーム・ベストシリーズ)

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 本日は3月5日、巫女の日であるが、この「巫女の日」をある個人*1が商標登録したという問題がweb上で話題になっている。
 web上では「巫女の日のイベントが行えなくなる!」等といった悲鳴や、その商標権者である個人に対する批判の声が上がっているようだが、本エントリでは、感情的にならずに
1.当該商標の登録により、何が制限されるのか(当該商標の有効性が前提)、
2.当該商標は有効か?
という2つの問題について法的に考察してみたいと思う。


1.当該商標の登録により、何が制限されるのか
 まず、1つ目の問題であるが、

商標は、標章のうち、事業者が商品又は役務について使用するものとされ(商標2条1項)、この商標を使用する者の業務上の信用の維持を図ることを商標法は目的としている(同法1条)。
牧野利秋著「法律知識ライブラリー5 特許・意匠・商標の基礎知識」p272より

例えば、株式会社S○NYが「ソニーソース」というソースを作っていたとする。その場合、品質のよいソースに「ソニー」という商標がついて売られることで、消費者は「ソニーとつくソースを買えば間違いがない!」という信頼を寄せる。これが商標の機能である。
 ここで、ライバル会社が粗悪品の「ソニーのソース」というソースを発売したとしよう。消費者は「ソニーとつくソースを買えば間違いがない!」と思っているのだから、ライバル会社のソースを買ってしまう。これでは、ソニーのブランドへの信用に傷がつき、しかも経済的にも損をしてしまう。
 そこで、S○NYは「ソニーソース」という商標を登録することで、ソニーソースという商標をS○NYだけが使え(専用権、商標法25条) 、かつ、他の者が類似の商標を使うことを禁止できる(商標法37条1号、禁止権)のである。こうすれば、消費者からの信用の維持を図ることができる。
 

 ということは、逆に言えば信用の維持に不要な場合には商標法の規制が及ばないというのが原則となってくる。
 例えば、三菱鉛筆三菱重工等の三菱グループとは一切関わりがない*2。それにも関わらず「三菱」の名を使えるのは*3、事業が被らないので信用を維持する上で問題がないからである。
 この観点から、商標法は商標を登録する際に「指定商品又は役務(5条3号)」を定めることを要求し、指定商品・サービス又はそれに類似する商品・サービスにつき同一又は類似の商号が使用された場合に禁止権(37条各号参照)を持つことになり、異なる商品・サービスについては専用権・禁止権を有しないとしている。例えば、指定商品をソースとして「ソニー」を登録した場合、「ソースと全く無関係の商品・サービスについてソニーの商標を使うことは問題がない*4」のである。


 さて、本件において

【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】
「シンポジウムの企画・運営・開催」
「軽食堂・喫茶店・簡易食堂における飲食物の提供」
http://www.ipdl.ncipi.go.jp/Syouhyou/syouhyou.htmより

ということであるから、
「シンポジウムの企画・運営・開催」ないし「軽食堂・喫茶店・簡易食堂における飲食物の提供」と無関係な商標の使用は原則として自由にできるということになる。
 「巫女の日」と題して、巫女さんの絵を描いたり、web上でみんなで巫女さんの絵を描く企画に「巫女の日」という名前をつけることは、商標権が登録されても、問題がない*5行為である。


2.当該商標は有効か?
要するに、こんな商標を取っていいのか?という問題である。
 ここで「いい」に倫理的意味を含ませない。例えば、まとめサイトで批判されている点として

商標登録をして2ヶ月間は、誰でも取った商標に異議申し立てが出来るが、11月に取って、その2ヵ月が切れてから取ったことを突然公開した
http://anond.hatelabo.jp/20070124032341より引用

という点があるが、これは倫理的な観点からの非難で、法的には問題はない。すなわち、商標法は、

(登録異議の申立て)第43条の2 何人も、商標掲載公報の発行の日から2月以内に限り、特許庁長官に、商標登録が次の各号のいずれかに該当することを理由として登録異議の申立てをすることができる。この場合において、2以上の指定商品又は指定役務に係る商標登録については、指定商品又は指定役務ごとに登録異議の申立てをすることができる。
1.その商標登録が第3条、第4条第1項、第7条の2第1項、第8条第1項、第2項若しくは第5項、第51条第2項(第52条の2第2項において準用する場合を含む。)、第53条第2項又は第77条第3項において準用する特許法第25条の規定に違反してされたこと。
2.その商標登録が条約に違反してされたこと。

と規定しており、きちんと「こんな商標が登録されますから、文句あったら異議をいってな!」という広報が発行されている。「そんなの見てないよ!」という人もいるかもしれないが、「見ようと思えば見ることができた」以上はそれで法的にはいいのであり、それ以上に何かリアクションを起こして商標を登録したことを積極的に公表する法的義務は存在しない。


 このような倫理的問題はさておき、法的問題だけについて考えよう。
問題点1記述商標ではないか?

(商標登録の要件)
第3条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
1.その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
2.その商品又は役務について慣用されている商標
3.その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状(包装の形状を含む。)、価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
4.ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
5.極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
6.前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
2 前項第3号から第5号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。

商標法3条は上記のように規定しているが、この3条1項3号の「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状(包装の形状を含む。)、価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、数量、態様、価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、記述的標章(descriptive mark)と言われる*6
 このような商標は取引の際において一般に使用されることが多い表示であるから、自他識別能力を欠く。例えば、「大バーゲン」という家具の性質(価格が安い)についての表示は、商標を登録した会社のみならず他の家具でも「家具の大バーゲン」といって安く売りたいだろうから、「ソースといったらソニー」という例と異なり「大バーゲンといったらこの会社」という関係がない(自他識別能力がない)*7。更に、取引上何人にとっても必要な表示であるから、特定人にのみ独占させることは公益上も妥当ではない。これが、3条1項3号の趣旨である。 
 サービスの記述的商標について、こんな指摘がある。

 役務の態様 建造物の外壁の清掃に「高圧洗浄」、駐車場の提供に「ソフトシステム」、飲食物の提供に「セルフサービス」、美容に「ストレートパーマ」
網野誠「商標」5版p236より引用

 このように役務の態様を表す商標は記述的商標として、登録されてはならない
 「巫女の日」については、少なくとも喫茶のイベントにおいては、
ある(1ないし連続した数)「日」に、ウェイトレス等が「巫女の」格好をしてサービスをするのだから、まさに「役務の態様」を表しているのである。
 そこで、この商標は登録されてはならない商標だったという疑問をぬぐえない。


問題点2自他商品(役務)識別力がないものではないか?
3条1項6号は「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」、すなわち自他商品(役務)識別力がないについては商標登録が受けられないとする。
 この意義については、網野誠「商標」5版p173によれば「登録査定時に現実にその商標を商品に使用した場合において、需要者が商品(役務)を識別できない商標」はもちろん「登録査定時においては識別できても、何人でも自由に使用し得るような商標と同一であるか、そのような商標にきわめて類似するためそれを他人が自由に使用する場合においては識別力がなくなるおそれのあるような商標」まで含まれるとされる。
 なかなか分かりにくい話であるが、要するに「独占するのに不適切」な商標*8を1号〜5号で挙げ、その上で、6号で例示に該当しなくとも独占に不適切なものは登録してはいけないと規定したわけである。
  すると、遅くとも2005年1月の時点で「メイド喫茶における巫女の日イベント」が始まっており*9、その後も様々なメイド喫茶で「巫女の日」というイベントが行われ続けていたのだから、慣用商標とまで言えないとしても、一般に「巫女の日」と言われても、その商標権者の事業を想像・識別することは不可能*10な状況にある(むしろ、メイリッシュ等、有名メイド喫茶のイメージが頭に浮かぶ方が自然であろう)。
 そこで、「慣用商標に類似する商標で広義において識別力が認められないもの*11」として、6号に該当する登録されてはならない商標だったという疑問をぬぐえない。


問題点3:自己の業務に係る商品又は役務について「使用」しているのか?
 まず、商標登録は自己の業務に係る商品又は役務について「使用」する商標について認められ(同法3条1項)る*12
 この商標権者はどうも一般人で、シンポジウムを行う意図があるようであるが、「軽食堂・喫茶店・簡易食堂における飲食物の提供」をする意図は不明であり、むしろそのような意図はない節がある。
 使用しないのであれば、商標を保護して信用を保つ必要性はない。不使用は一定の要件の下で更新登録拒絶事由となり、一定の要件の下で商標登録取消事由ともなる。
 もちろん、今後はやるんだというのであればよいが、現在のような拒否反応が広がる中で、「商標権者による*13メイド喫茶巫女の日イベント」というのが成功するかは疑問符を付けざるを得ない。果たして「使用」しているのか、使用できるのかという適法性の根本に関わる疑問が残る訳である。


問題点4:既に巫女の日を行ってきたメイド喫茶「先使用」により商標使用権が認められるのではないか。

 他人の商標登録出願前から、日本国内において、不正競争の目的でなく、その商標登録出願に係る指定商品またはこれに類似する商品について、その商標またはこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際に現にその商標が自己の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品についてその商標の使用をする場合は、その商標についてその商標を使用する権利を有する(商標32条1項)。
紋谷暢男「商標法50講」p172

要件は4つ。
�出願前からの使用
�不正競争の目的がないこと
�需要者に周知されていること
�継続使用
である。
�の継続使用は季節的に商品販売を中止してもよいことになっているので、毎日巫女の日をやっていなくても大丈夫である。
最大の問題は�周知要件であるが、「国内の1地方で特定の事業者の業務に係る商品を表示するものとして広く需要者の間で知られている」という商標4条1項10号の要件よりも緩いと解されている*14ので、有名メイド喫茶で前から巫女の日イベントを行ってきたところでは、該当する場合もあるだろう。

まとめ
 「法的」な観点から「巫女の日」問題を検討すると、
1.商標登録により影響を受けるのは主にメイド喫茶における巫女の日イベント。ネット上で画像をアップする等はほぼ大丈夫
2.商標登録自体の有効性・適法性について
・記述商標ではないか
・自他商品(役務)識別力がないのではないか
・使用の意図も能力もないのではないか
・先使用者の権利によりメイド喫茶は商標を使用できるのではないか
 といった問題がある
  ということが分かる。

*1:http://miki.miko.net/mi-blo/参照

*2:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E9%89%9B%E7%AD%86参照

*3:歴史上先に三菱鉛筆の方が三菱の商標を使っていたという理由もあるが

*4:正確に言えば、不正競争防止法等の問題も出てくるので、問題なしとは言い切れないことに注意。

*5:なお、一切問題がないかといえば嘘で、この巫女の日企画に出品することでメイド喫茶の「巫女の日」企画の宣伝をする等、極限られた場合に問題となる可能性はある。

*6:以下、網野誠「商標」5版p223以下を参照

*7:小野昌延「商標法概説」p109参照

*8:正確に言えば「旧法の特別顕著性がないもの」なのですが、ここは簡単に。

*9:http://blog.livedoor.jp/geek/archives/11673717.html

*10:というか、そもそも商標権者は喫茶店等での巫女の日イベントを未だにやっていないと思われる。

*11:網野誠「商標」5版p297より

*12:牧野利秋著「法律知識ライブラリー5 特許・意匠・商標の基礎知識」p272参照

*13:ないし商標登録者公認

*14:紋谷暢男「商標法50講」p174。要するに4条の周知要件に該当するとそもそも商標登録を受けられない、「独占ができない」状況になる。これに対し、32条の先使用は、基本的に商標権者が独占できるが、先使用者も使えるというだけだから、より要件は緩くてよいということ。