- 作者: 平野耕太
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 1998/09/01
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この最後の大隊を、英国側はテロリストと位置づけている。このことが露骨に表れているのは、特使として送られてきたシュレディンガー准尉を殺した*2シーンである。
国際法の中で、「使者は殺さない」という決まりは基本かつ重要なものである。その原則を大英帝国が平気で破っていることになるわけである。このことは、テロリストと交渉しない等の言葉に見られるように、大英帝国がミレニアムをテロリストとして扱っていることの現われ*3である。そして一般に「ミレニアムはテロリスト集団」であり、「ミレニアム側が一方的に国際法に違反する戦闘をしている」という認識があるようである。しかし、最後の大隊はテロリストではなく、大英帝国、そして、ヴァチカンの方がむしろひどい国際法違反をしていると言える。
国際法上、亡命政府という政府がある。
亡命政府とは、従来の合法政府が、反乱団体または外国の実力行使即ち革命(またはクーデター)或いは戦争の結果、本国を駆逐されて第三国に政府機関を樹立した場合のそれをいう。
中略
ところで、戦争の結果成立した亡命政府の政府的地位は国際法上本来的にはデ・ユーレのそれ(引用者注:合法政府としての地位を持つということ)である。
広瀬義男「国家・政府の承認と内戦下」p422以下
このように、亡命政府が合法政府としての地位を持つ理由として、広瀬教授は、①亡命政府がその国の実効支配権を失った理由が外国の武力行使であり、自国民の革命ではなく、また②戦争を継続する限り、国際法上の合法政府としての地位を失っていないからと述べる。例えば、第二次世界大戦中、ベルギー、オランダ、ポーランド等の政府は、ロンドンに亡命し、本国の実効支配を奪われた*4。しかし、別に国民が革命を起こした*5訳ではないし、未だに戦争が継続中なので、国際法的にも合法性を否定する理由はないので、亡命政府が正当な政府として連合国側に承認されていたのである。
最後の大隊においては、まず、これが正統な政府か否かという問題がある。この点は、ヒトラーの総統特秘命令666号によって、ヒトラーの死後はモンティナ・マックス少佐が、総統代行として、政権の承継を認められたとして、政府の正当性を認めることができよう。実質的にも最後の大隊以外に亡命政府は存在しない*6ことから、これを正統政府と認めるべきであろう。
更に、戦争の「継続」の点は問題となるが、戦争の形態をより広く捉えれば、チェダース村以前から散発的ながらも、戦闘員である吸血鬼を敵国イギリスに上陸させ、「害敵行為」をしている「最後の大隊」はなんとかこの条件にあてはまるといえるのではないか。実際、ポーランドの亡命政府は145人程度のパイロットらで、自由ポーランド陸軍とポーランド空軍を編成し、戦っていた*7。その戦果を否定するつもりはないが、たった150人による戦闘行為でも、「戦争の継続」とされていることは、この結論を支持するものといえよう*8。そう、ミレニアムは、*9正統なナチス・ドイツ政府なのである*10。
このように考えると、最後の大隊もある程度国際法は破っていたにせよ、大英帝国・バチカンがむしろひどい国際法違反をしていることが分かる。
まず、ミレニアム側は一応宣戦布告*11をして開戦をしている。
ここで、イーグル及び安全保障特別指導部等で行われた大掛かりな協力者工作&裏切りの煽動はジュネーヴ条約第一追加議定書第三七条の背信行為にあたらない*12。スパイ、敵軍の侵入誘導者等と同様、イーグル副長らは「軍律違反」で処罰される可能性があっても*13、それ自体は国際法違反とはならないのである
なお、第二次ゼーレーベ作戦において、武装SSがロンドン大空襲を行い、建物を破壊し、民間人を殺している。この空襲はジュネーヴ条約48条の文民保護*14や、ハーグ陸戦協定付属書の定める文化財保護*15に反することは間違いない。とはいえ、ジュネーヴ条約を締結したのはナチスドイツ=最後の大隊ではなく、しかも1991年になってからであり*16、ナチスドイツはハーグ陸戦協定未締結である*17。この点からは、これらの規定が今や慣習国際法となり、国際法違反であるとしても、他国が同じ違反をした場合よりは軽いものと考えるべきであろう*18。
これに対し、大英帝国は、先ほど述べた特使殺し以外にも、武器を捨てもはや無抵抗のリップバーン中尉の血を吸って殺す(ハーグ陸戦規約付属書23条3号「兵器を捨てた自衛手段を持たない投降者を殺傷すること」の禁止違反)*19、ヘルシング機関本部の庭における対人地雷の使用(対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約違反)等々、数々の国際法違反を行っている。
こんな英国のレベルじゃないのがヴァチカン市国である。何しろ、
横合いから思い切り殴りつける
そうだとも我々は
英国を異端共と化け物共から欧州へと奪還するんだ
平野耕太「HELLSING第6巻」p79以下参照
といって、イギリスに対して完全な侵略戦争をしかけたのである。最近の戦争は、ほとんどすべて「自衛」を口実に行われており、侵略戦争を明言して侵攻するなどというのは、非常に珍しい。第二次世界大戦の開始であるポーランド侵攻においてすら、ヒトラーが自作自演の「ポーランド正規軍によるドイツ領のラジオ放送局への攻撃」(グライヴィッツ事件)を口実としていることを考えればこの異常性は明らかである。少なくとも現在において侵略戦争が国際法違法であることに争いはない。ニュルンベルク裁判と同様に考えれば、マクスウェル大司教はもちろん、教皇も平和に対する罪で死刑である*20。
まとめ
最後の大隊ミレニアムは、確かに国際慣習法に違反する無差別爆撃等は行っている。しかし、ミレニアムをテロリスト集団と見るのは不適切であり、また、むしろ英国、そしてヴァチカンの方が侵略戦争開戦という重大な国際違反を行っている。ヘルシングを国際法的に考察すると、「悪の敵は正義」という見方が誤っていることが分かるのである。
*1:Letzt BatallionとかLazte Bataillon(4巻p111)というのは間違いですよね?
*2:まあ、死んでないんすけど。
*3:だからといって、テロリストの使者なら殺しても大丈夫という訳ではないが
*5:つまり、国内法的に新政府に正統性が与えられた
*6:なお、一部の戦史ファンの中には、ロマンを求めて副総統マルチン・ボルマンがブラジルやアルゼンチンに亡命した等と信じている人がいるが、公式には服毒自殺ということになっている。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3
*7:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%B3#.E3.83.9D.E3.83.BC.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.83.89.E4.BA.BA参照
*8:なお、第二次世界大戦後で最も重要なドイツとの和平条約が締結されていないこともこの結論を支持するものといえよう、大西公照「現代の国際法」p477参照
*9:亡命政府とはいえ
*10:なお、少数意見であることは付記しておく。
*11:開戦条約1条「締約国は理由を附したる開戦の宣言の形式又は条件附き開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する明瞭かつ事前の通告無くしてその相互間に戦争を開始すべからざることを承認す。」参照。なお、この点は、「戦争の継続」と矛盾しそうだが、もともとの戦争が継続しているからこそ、明確な宣戦布告文句を言っていないともいえる。
*12:あたる行為として休戦旗または降伏旗を掲げて交渉の意図を装うこと。負傷または疾病により無能力を装うこと。文民または非戦闘員の地位を装うこと。国際連合、中立国もしくは紛争当事国でない他の国の指標または制服を使用して、保護されている地位を装うこと等があげられている。
*13:もう死んでますが。
*14:第四八条「紛争当事国は、文民たる住民及び民用物に対する尊重及び保護を確保するため、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事的目標を区別しなければならず、従ってまた、その軍事行動を軍事目標に対してのみむけなければならない。」
*15:第二七條「攻囲及砲撃ヲ爲スニ當リテハ、宗教、技芸、学術及慈善ノ用ニ供セラルル建物、歴史上ノ記念建造物、病院並病者及傷者ノ収容所ハ、同時ニ軍事上ノ目的ニ使用セラレサル限、之ヲシテ成ルヘク損害ヲ免レシムル爲、必要ナル一切ノ手段ヲ執ルヘキモノトス。」
*16:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/ichiran.html参照
*17:http://q.hatena.ne.jp/mobile/1105178948参照
*18:なお、戦争をすること自体も違法といえば違法の可能性があるが、「既に開始した戦争(=第二次世界大戦)を継続」しているだけであるという点は特に考慮すべき事情であろう。
*19:5巻p119〜
*20:この結論は、ミレニアムが正統な亡命政府であるか否かによって左右されないのは言うまでもない