アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

本当にあった「逆転」裁判!〜オタク判例百選第2事件

逆転裁判4(通常版) 特典 オドロキヘッドフォン付き

逆転裁判4(通常版) 特典 オドロキヘッドフォン付き

 本日、最新作「逆転裁判4」が発売される逆転裁判シリーズとは、弁護士である主人公、成歩堂龍一*1が、裁判のための情報・証拠品を集め、そこで得た証拠を嘘をついている証人に「異議あり!」と叫んでつきつけ、これを武器に依頼人である被告人の弁護を行う法廷バトルゲームシリーズである。

 この逆転裁判は、かなり現実の裁判と異なっていることについては、壇弁護士による「異議あり! 嘘です」: 壇弁護士の事務室をはじめとして多く指摘されているところである。
 客観証拠と矛盾する供述をしただけで、いちいち「異議あり!」なんて叫んでいたら、単なる「威嚇的な尋問(刑事訴訟規則199*2条の13)」であり、流石にそんな弁護士はいない*3



 ところが、逆転裁判とよく似た事例が実際に存在し、最高裁判決にまでなっている。


 逆転裁判(初代)」の第四話、第二法廷パートまでを要約すると以下のようになる。

主人公成歩堂龍一のライバルであり旧友でもある御剣怜侍が殺人容疑で逮捕される。
公判では、まず糸鋸刑事、大沢木ナツミが証言したものの、双方よく調べなおすようにと言うことで閉廷になる。
その後の法廷では、狩魔検事が三分での終了を予告し、管理人のおじさんの証言の後、強引に判決を言い渡させようとする。
一度は裁判長も納得し、御剣怜侍有罪判決が下される。
ところが、矢張政志が異議を唱え、この異議が認められ有罪判決が撤回される。
http://homepage1.nifty.com/PC-GAMER/games3/gyaku/gya_h3.htm参照


 これと同様の
   判決→異議→撤回→違う判決
 という事件が実際にあった。

最判昭51年11月4日刑集30巻10号1887頁の事案は、単純な窃盗事件であった。
第一審裁判所は被告人に対し判決の宣告をした際、一度懲役一年六月、五年間の保護観察付き刑の執行猶予とする旨の主文を朗読した。
それから、執行猶予期間は生活に気をつけるように等と説示し、控訴期間等の告知をしたところ、列席の裁判所書記官から、執行猶予にはできない趣旨の指摘をされた。
 驚いた裁判官は、被告人を在廷させたまま記録を検討し、約五分後に、「先に宣告した主文は間違いであつたので言い直す」と告げて改めて懲役一年六月の実刑を宣告したのであった。

 要するに、
執行猶予付き判決→書記官の「異議*4
→判決撤回→実刑判決

となったのである。

 ここで付言しておくと、執行猶予がつくか、実刑になるかは自白事件においては最大の関心といってもいい程重要なことである。執行猶予がつけば、期間満了まで犯罪を犯さなければ*5刑務所に行かなくてすむ。しかし、実刑判決が確定すれば、刑務所に行かなければならない。だからこそ、執行猶予がつくかは重大な問題であり、弁護人・検察官は自己の主張が通るような証拠を集めて意見を述べ、また裁判官は悩みに悩んで執行猶予をつけるかを判断することになる。

 さて、書記官がなぜ「執行猶予はできない」という趣旨の異議を述べたかといえば書記官の勘違いである。
 刑法25条2項は再度の執行猶予について定めている*6。この規定は分かりにくいので要約すると

①過去に禁固や懲役に処せられたが執行猶予がついた場合は、今回1年以下の懲役・禁固を言い渡すの場合にのみ執行猶予をつけられる。
②仮に今回1年以下の懲役・禁固を言い渡す場合でも、過去に言い渡された執行猶予付き禁固・懲役が保護観察*7付きで、今回の犯罪が保護観察期間内に再度犯した場合には執行猶予がつけられない

 という制度である。

 この事案においては、被告人は過去に保護観察付きの執行猶予判決を受けており、今回の犯罪は、その保護観察期間内に犯したものであった。そこで、書記官は本件では執行猶予はダメだと思い込んでおり、執行猶予をつけた裁判官に対して「異議あり!」としたわけである。

しかし、刑法27条は猶予期間経過により刑の言い渡しの効力が失われるとする*8。大雑把にいえば「猶予期間の3年とか5年が過ぎれば有罪判決はなかったことになる」のである。
だからこそ、「判決時までに既に(中略)執行猶予期間を経過したときは、ここにいう再度の執行猶予ではな」い*9とされており、この事案も判決時までに執行猶予期間を経過した事案であった。
 要するに本件では

①前の執行猶予・保護観察つき有罪判決
②今回の事件
③前の執行猶予期間満了→①の有罪判決がなかったことに
④今回の判決

という経過だったので、保護観察期間中の犯罪であるにもかかわらず例外的に執行猶予をつけていい事案だったのである。だからこそ、最初に執行猶予つき判決をした裁判官の判断は正しかったのである。
 ところが、この書記官の勘違いは裁判官にも波及してしまった。あわてた裁判官は執行猶予をやめて実刑判決にしてしまったのである。


 かわいそうなのは被告人である。せっかく執行猶予で外に出られると思ったのに、直後に「やっぱり実刑」といわれてしまったのである。
 「そんなのはおかしい!」と控訴をしたものの、その控訴も棄却されてしまった。


 もう、だめか...。


 しかし、この万事休すの状況でもあきらめなかった関弁護人*10は、上告して、この判決の不当性を訴えた。そして、団藤裁判長の最高裁第一小法廷は被告人を救ったのであった。
 第一審が一度宣告した判決を言い直したことは違法ではないとしながらも

第一審裁判所の量刑は、本件の諸般の事情、ことに第一審の裁判官がいつたん宣告した主文を変更するに至つた経過を考慮するときは、甚しく不当なものというべきであつて、同判決及びこれを是認した原判決を破棄しなければ著しく正義に反する

として、自ら執行猶予付き判決を下したのであった。

まとめ
 逆転裁判にあるような「判決→異議→撤回→別の判決」というのは実際に存在した。
 そして、この事案では、弁護人があきらめずに「異議あり!」といった(上告を申し立てた)ことにより、被告人に利益な執行猶予付判決が下っている。
 「逆転裁判」は実際の裁判実務とは違う点があるが、成歩堂弁護士の、どんな状況でもあきらめずにおかしなところはおかしいと申し立てる点は、現実の刑事弁護人も見習うべきであるといえよう。 

付記:最高裁は、結論的には被告人を救ったが、「一度宣告した判決を言い直したことは違法ではない」と判示した点は「このような『言直し』を認めることは、法的安定性を害し、裁判所に対する信頼を失わせることになる。はっきり違法というべきである。*11」等と批判されている。
 最高裁判決の評価をひとまずおくとしても、判決「言い直し」が裁判所への信頼を失わせることは間違いがない。多数の事件を抱えながら全てに適法かつ妥当な処理をしなければならない裁判官は大変であろうが、頑張っていただきたいものである*12

関連:
これ何てエロゲ? な判例〜オタク判例百選第1事件 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
学者もビックリ! 霊感療法と騙してセックスしても無罪〜オタク判例百選第3事件 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
ハーレム契約を違法とした判例〜オタク判例百選第4事件 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
参考:判決全文

            主    文
原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。
但し、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、その期間中被告人を保護観察に付する。
         
            理    由
 (上告趣意に対する判断)
 弁護人関孝友の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余の点は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
 (職権による判断)
 しかし、所論にかんがみ、職権により、次のとおり判断する。
 一 まず、第一審裁判所がいつたん宣告した判決の内容を主文を含めて変更し、あらためてこれを宣告したことは、違法ではなく、変更後の判決は、有効なものということができる。
 (一) 原判決の認定によると、第一審の単独裁判官は、昭和五〇年四月一六日の判決宣告期日において、併合審理していたA、B、Cの三名の共同被告人とともに、被告人に対し判決の宣告をした際、いつたん懲役一年六月、五年間の保護観察付き刑の執行猶予とする旨の主文を朗読した後、前刑の執行猶予期間が既に経過しているので保護観察付き刑の執行猶予にしたものであること及び執行猶予期間中は善持しなければならないことなどを説示し、控訴期間等の告知をしたところ、列席の裁判所書記官から、被告人の犯行が前刑の保護観察期間中のものである旨指摘されたこともあつて、他の共同被告人に対し判決の宣告を終つた旨を告げてこれを退廷させたうえ、被告人を在廷させたまま記録を検討し、約五分後に、先に宣告した主文は間違いであつたので言い直すと告げて改めて懲役一年六月の実刑を宣告した、というのである。
 記録によると、第一審の判決書には、右の変更後の判決の主文及びこれに応じた適用法条が記載されており、罪となるべき事実として、「被告人は、第一 C、A、Dと共謀のうえ、昭和四九年一月一七日午前一時ころ、神奈川県横浜市a区b町c番地先E駐車場において、株式会社E所有にかかる普通貨物自動車一台(時価五七万円相当)を窃取し、第二 C、B、Aと共謀のうえ、同年四月二九日午前〇時三〇分ころ、同県鎌倉市ab丁目c番d号先駐車場において、駐車中の普通乗用自動車内から、F管理にかかるカメラ一台および同人所有にかかるカメラ一台、サングラス一個、たばこ五個(合計時価四万三、九〇〇円相当)を窃取し、第三 同年九月九日ころ、同市ab丁目c番d号G方新築現場において、H所有にかかるトランジスターラジオ一台、電気ドリル一個、電気溝切機用一式(時価合計二方八、〇〇〇円相当)を窃取した」旨が認定されていること、被告人は、昭和四七年二月二九日静岡地方裁判所沼津支部において、窃盗罪、詐欺罪により、懲役一年六月、三年間の保護観察付き刑の執行猶予、未決勾留日数八四日算入の判決を宣告され、同年三月一五日に判決が確定し、本件各犯行は、いずれもこの保護観察付き刑の執行猶予の期間中に犯されたものであるが、第一審の判決宣告期日以前に右の執行猶予の期間が経過していることが、明らかである。 第一審判決に対し被告人から控訴があり、宣告により内部的にも外部的にも成立した判決の内容を変更したのは判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反であると主張されたが、原判決は、右の変更は適法であるとしてこれを斥け、控訴を棄却した。
 (二) 判決は、公判廷において宣告によりこれを告知し(刑訴法三四二条)、宣告によりその内容に対応した一定の効果が生ずるものと定められている(刑訴法三四二条ないし三四六条等)。そうして、判決の宣告は、必ずしもあらかじめ判決書を作成したうえこれに基づいて行うべきものとは定められていない(最高裁昭和二五年(れ)第四五六号同年一一月一七日第二小法廷判決・刑集四巻一一号二三二八頁、刑訴規則二一九条参照)。これらを考えあわせると、判決は、宣告により、宣告された内容どおりのものとして効力を生じ、たとい宣告された内容が判決書の内容と異なるときでも、上訴において、判決書の内容及び宣告された内容の双方を含む意味での判決の全体が法令違反として破棄されることがあるにとどまると解するのが、相当である。
 また、決定については一定の限度で原裁判所の再度の考案による更正が認められているのに対し(刑訴法四二三条二項)、判決については、上告裁判所の判決に限り、一定の限度でその内容の訂正が認められているだけであつて(刑訴法四一五条)、第一審及び控訴審の裁判所の判決にりいては、判決の訂正の制度が設けられていない。このことは、第一審及び控訴審の裁判所の判決は、その宣告により、もはや当の裁判所によつても内容そのものの変更が許されないものとなることを意味する。
 ところで、判決の宣告は、裁判長(一人制の裁判所の場合には、これを構成する裁判官)が判決の主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げることによつて行うものであるが(刑訴規則三五条)、裁判長がいつたんこれらの行為をすれば直ちに宣告手続が終了し、以後は宣告をし直すことが一切許されなくなるものと解すべきではない。判決の宣告は、全体として一個の手続であつて、宣告のための公判期日が終了するまでは、完了するものではない。また、判決は、事件に対する裁判所の最終的な判断であつて、宣告のための公判期日が終了するまでは、終局的なものとはならない。そうしてみると、判決は、宣告のための公判期日が終了して初めて当の裁判所によつても変更することができない状態となるものであり、それまでの間は、判決書又はその原稿の朗読を誤つた場合にこれを訂正することはもとより(最高裁昭和四五年(あ)第二二七四号同四七年六月一五日第一小法廷判決・刑集二六巻五号三四一頁参照)、本件のようにいつたん宣告した判決の内容を変更してあらためてこれを宣告することも、違法ではないと解するのが相当である。このように解することの妨げとなる法令の定めのないことはいうまでもなく、また、このように解することにより被告人その他の当事者に不当な不利益を与えたり、手続の明確性・安定性を害するものでもない。
 (三) 本件についてみると、第一審裁判所の裁判官は、いつたん保護観察付き刑の執行猶予の判決を宣告した後、その内容を変更して実刑の判決を宣告したが、その変更は、判決宣告のための公判期日が終了する以前にこれを行つたことが明らかであるから、変更後の判決が第一審裁判所の終局的な判断であつて、その内容どおりの判決が効力を生じたものというべきであり、かつ、変更後の判決内容にそつた判決書が作成されているのであるから、第一審判決及びこれを是認した原判決にはなんら法令の違反はない。
 二 しかしながら、第一審裁判所の量刑は、本件の諸般の事情、ことに第一審の裁判官がいつたん宣告した主文を変更するに至つた経過を考慮するときは、甚しく不当なものというべきであつて、同判決及びこれを是認した原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 すなわち、(一) 被告人には、前記のとおり、保護観察付き刑の執行猶予の懲役刑の前刑があつたが、第一審の判決宣告期日以前に執行猶予期間が経過し、刑の言渡しが効力を失つていたため、本件において被告人に対し刑の執行猶予を言い渡すことには法律上の支障はなかつた(最高裁昭和四八年(あ)第一三四九号同年一〇月二三日第三小法廷決定・刑集二七巻九号一四三五頁参照)。(二) 前記の経過に照らすと、第一審裁判官が保護観察付き刑の執行猶予を実刑に変更したのは、前者が実質的にみて妥当でないとの判断に基づくものではなく、前刑の保護観察中に犯した犯行であるため法律上執行猶予とすることが許されないとの誤解に基づくものと解するほかはない。(三) 被告人には、前刑の保護観察期間中に同種の犯行を繰り返したことなど責められるべき点があるが、他面、第一審判決において最も重いとされている同判決の判示第三の罪を含む犯行の手口が特に悪質なものではないこと、被害品はすべて被害者に返還されていること、兄が被告人の監督を誓つていることなどの情状もあり、これらと犯行の動機、被告人の年齢・生活歴性格、共犯者の量刑など諸般の事情をあわせて考慮するときは、第一審裁判官が当初被告人に対して宣告した保護観察付き刑の執行猶予が必ずしも不当なものであるとはいいがたい。(四) 被告人は、原裁判所においては量刑不当の主張をしなかつたため量刑についての判断を受ける機会を失したが、上述した事件の経過からすると、右の主張をしなかつたことについて被告人を責めるのは妥当ではない。これらの諸点を総合して考察するときは、第一審裁判官が当初に宣告した刑をもつて被告人に臨むのが正義にかなうものというべきであり、第一審判決及び原判決はいずれも破棄を免れない。
 (結論)
 よつて、刑訴法四一一条二号により原判決及び第一審判決を破棄し、同法四一三条但書により直ちに判決をする。
 第一審判決の掲げる証拠によると、前記犯罪事実を認めることができるので、同判決の掲げる法令のほか、刑法二五条一項、二五条の二第一項前段を適用して、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官大堀誠一 公判出席
  昭和五一年一一月四日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/F4C278EB735DD97C49256A850030AAE3.pdfより

*1:なお、4では主人公が変更される

*2:193条の13と書いていましたが、誤りです。亜留間次郎様訂正いただき、ありがとうございました。5/17

*3:と思われる。

*4:異議あり!」とまでは言っていないですが。

*5:もう少し正確にいうと保護観察の条件違反等の場合もありますが。刑法26条の2第2項等

*6:「(前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第1項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。」

*7:あまり参考にならないが専門書に見るスール制度研究 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*8:「刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。」

*9:大塚仁他「大コンメンタール刑法1巻」p515

*10:この態度は成歩道弁護士とも相通じるところがありますね。

*11:白取祐司「刑事訴訟法」p371

*12:なお、最近もhttp://d.hatena.ne.jp/Raz/20070308/1173318605といった事例が新聞沙汰になっている