アホヲタ元法学部生の日常

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「安価」の法的考察

新版注釈民法(13) 債権(4) 第521〜548条

新版注釈民法(13) 債権(4) 第521〜548条

1.はじめに
「安価」とは、「アンカー」の省略形であり、主に2chのスレッドにおいて、行動主が、自分がとる行動や送るメール内容を未来のアンカー先に託し、その通り実行すること(安価遊び)を意味する*1
 例えば、安価で法学者を描きますというスレッドであれば、1 が「安価で法学者を描きます。>>10」という書き込みをし、その後10が書き込んだ法学者(例えば山口厚)の似顔絵を描くといったものである。

 さて、安価については文献を検索しても、法的観点から考察した先行研究が見つからないので、安価を法的に見るとどうなるかを考察してみたい。
 なお、考察の対象となる安価スレッドは、公刊物掲載*2のものに限った。


2.安価の法的性質
 さて、法律家は考察の際に、最初に法的性質決定を行う。要するに、契約であれば、民法典に掲載されている13の契約類型*3のどれにあてはまるのか、または複数の契約が複合してできたものなのかを決めるわけである。さて、安価が売買や賃貸借ではないだろう、請負や委任も近いがちょっと違う...。
 ここで、懸賞広告というものがある。これは、一定の行為(指定行為)をした者に対して一定の報酬を与えるという広告である*4。典型例としては、「犯人の目撃情報を下さった方に○○円!」といったものが挙げられる。懸賞広告は不特定多数の者に対して、広告の内容がわかるように行われればよい*5。方法は制限されないので、*6インターネットを利用して、スレッドを立て、書き込むという方法で広告することは問題がない。
 安価にあてはめると、スレッドを立てた人(広告者)が、指定アンカーに書き込みをする(指定行為)をした者に対して、絵を描く等指示に従う(報酬を与える)という形になる。まさに、安価の法的性質は懸賞広告なのである*7


3.論点1 kskのつもりが安価を取ってしまった場合の法的処理

事例:安価で絵を描くスレにおいて、アンカーとして10が指定された。Aは突撃をする気はなく、スレッドを伸ばそうと「ksk」と記入したところ、10を取ってしまった。

 さて、安価を取りに行って安価を取れた場合(例えば法学者を描くスレで憲法学者である「長谷部恭男」と書き込んで、1が指定する10番目のアンカーが取れた場合)には問題は少ない。しかし、別に安価を取るつもりはなく、ksk(スレッドを進ませる)のための書き込み(ksk,wktk等)をしたら、結果的に安価を取ってしまったという場合に、どのような法的効果が発生するのであろうか。
 懸賞広告の法的性質につき契約説が*8多数説であり、単独行為説*9が少数説である。
 契約説は要するに、「懸賞広告は、安価を指定して報酬を約束した1(広告主)と指定のアンカーに書き込んだ人(第三者)間の契約である。そこで、アンカーに書き込む際は、「1の申込を受諾します!」という意思を持って書き込まなければならない。」というものである*10。これに対し、単独行為説は、懸賞広告は安価を指定して報酬を約束した1(広告主)の単独行為であり、広告の条件に合致する行為(指定行為)がなされればそれだけで1は報酬を与えなければならない(約束どおり絵を描く等しなければならない)ということになる。

学会での位置づけ 帰結
契約説 多数説 安価をとるつもりの書き込みでなければ無視してOK
単独行為説 少数説 安価を取るつもりのない書き込みもきちんと反映すべき*11

 この点においては、イミフwwwうはwwwwおkwwww 大体5分安価絵において、安価である76に「ksk」と書き込みがされたという、上記事例とそっくりな先例がある。この場合、1はkskを擬人化することで対処しており、先例は少数説である単独行為説をとっているといえる。


4.論点2 安価の撤回の可否

事例:Xは安価で絵を描くというスレッドを立て、そこに「仕事があるので19:00それまで」と書き込んだ。その後18:00に「>>300」と安価を指定したが、18:10にやっぱりやめたいと思った。Xは安価指定を撤回できるか。

 まず、安価は真意に基づく必要があるのは当然である。戦争直後に、政府が隠退蔵物資*12の情報を提供した者に対して一定の報償金を与えるという計画を新聞記者団に発表し、それに基づいて新聞報道が行われたとしても、それは真意ではなかったので情報提供者に報奨金をあげなくてよいという判例がある*13
 さて、安価が真意に基づくことを前提として、撤回はできるか。懸賞広告は、指定行為を完了すべき期間の定めのない場合でしかも撤回権の放棄されていない場合には、指定行為の完了以前においては、いつでもこれを撤回することができる(530条)*14広告者が懸賞広告を撤回するにいたった理由は、これを問わない*15。とはいえ、指定行為が完了すればもはや撤回は許されない*16
 すると、「80」の安価を指定した場合、80が書き込まれる前であれば撤回は可能だが、一度80が書き込まれるとそれが条件に適合しないといった場合を除いて撤回は許されなくなる。なお、撤回の方法は懸賞広告と同一の方法によってこれをなすべきであり*17、スレッド上の書き込みにより撤回をすることになる。
 気をつけないといけないのは、広告者が指定行為を完了すべき期間を定めたときは、撤回権を放棄したものと推定されることである*18。そこで、例えば「19:00まで」等と終了時間を指定した場合は、その時間までは撤回ができなくなる*19。事例においても、「早期終了がありえる」ことを示しているといった例外的場合を除き、原則として撤回はできないことになる。

 
5.論点3 安価の書き込みが条件に適合しているか判別が付かない場合
 例えば、ネタなべ。(・ω・ノ)ノ 安価で尾田っぽく描いてみるでは、安価で指定された「8」が「ガチャピンとムックとPちゃんとマリオとルイージ」という恐ろしい量のキャラを指定している。これが条件に適合しているのかは誰が判断することになるのか。

 第三者の行為が広告によって指定された行為に適合するものであるかどうか、したがって、その第三者に報酬請求権があるかどうかの判断が、容易でない場合も少なくない。その判断は、広告者や第三者の主観的な意思を標準として行われるべきでなく、広告の内容を基準として客観的に行われるべきである。判定者がすでに確定しているときは、その判定者の公正な判断によって、だれが報酬請求権を有するかが判定される。判定者の明定されていない場合において、指定行為が完了されたか否かについて争いがある場合には、裁判所の判断によるべきである。
谷口・五十嵐『注釈民法13巻』p416〜

 要するに、判断は客観的にすべきだが、判断者が指定されていれば、その人が客観的に判断し、指定されていなければ裁判所が判断することになる。
 しかし、「安価」の書き込みが条件にあてはまるかを裁判所が判断することは適切であろうか? 裁判官のネラーというのは普通はいないだろうから、2chの風習・流儀を理解しない裁判所が判断をすることになる。そうなると、その判断の適正は確保されない。これでは、司法への信頼を失う結果にもなりかねない(また、時間もかかる)。そこで、少なくとも安価においては判断権はスレッド主(広告者)に留保されていると推定すべきであり、スレッド主が公正な判断によって判定することが妥当である*20


6.終わりに
 懸賞広告に関しては民法制定後今日にいたるまで公表された裁判例がほとんどない*21。わずかに、静岡地判昭和47年6月2日判時671号26頁*22がある位である。懸賞広告についての英米判例の事案をみると、日本人は懸賞広告について訴訟をおこす国民ではないように思われる*23との指摘もある。
 本論考においては、「安価」を懸賞広告と性質決定した上で、できるだけ裁判所を使わずに安価における問題を解決する方向で議論を進めてきた。このことは、前述の裁判所の判断能力のみならず、上で指摘されるような日本人の性格にも適合していると考えられる。

まとめ
 民法人間の全活動を意思表示等の体系として説明しようとしている*24。そこで、「安価」といった法律とは全く関係ない分野であっても、法律による説明が可能である。
逆に、具体的な判例が少なく、とっつきにくい分野である懸賞広告を学ぶ時には、安価の例を出すことで、よく理解ができるようになる。

*1:http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%C2%B2%C1より

*2:=2chブログに取り上げられたもの

*3:典型契約

*4:「新版注釈民法<13>債権4」p419参照。以下、ページ数だけのものは同書より

*5:p420

*6:p420

*7:なお広告によって完了すべきものとされる行為の種類には、なんらの制限も存在しない(p421)。また、懸賞広告によって指定行為を完了した者に対して与えられるべき報酬の種類・金額については、原則として、制限はない(p421)。そこでこの点においても安価の法的性質を懸賞広告とすることに問題はない。

*8:「懸賞広告は指定行為をした者に一定の報酬を与える、という不特定多数の者に対する申込で、第三者が懸賞広告による申込を承諾するという意思を持って指定行為をしたときに、契約が成立し、その契約に基づいて第三者が報酬請求権を取得する(p418)」

*9:「指定行為を完了した者に対して報酬を与える、という不特定多数人に対する一方的意思表示(p418)」

*10:多数説が契約説である理由は、ドイツ民法657条末段のような「懸賞広告を知らずに指定行為を行った者も報酬を請求しうる」とする規定が存しないこと等が根拠

*11:但し後述の条件面で切れる

*12:軍隊、軍需産業、その他軍関係のあらゆる所に所蔵されていた米、その他の食料、被服、皮革製品、機械、生糸、等々の物資を指しています。終戦と共に中枢機構がコントロールを失ったために、関係者が寄ってたかって略奪を始めた社会現象を一括して表していた言葉でもあります。今となっては歴史を示す特殊な単語だったと言えます。http://www.asahi-net.or.jp/~uu3s-situ/00/50nenn35.htmlより。

*13:計画を発表した政府の側において、指定行為を完了した者に一定の報償金を与える法律上の義務を負担するという効果意思があったとはいえない、とされた東京地判昭25.10.16下民集1.10.1639、東京高判昭29.1.30高民集7.1.36

*14:p421

*15:p424

*16:p424

*17:三者が懸賞広告の撤回の行われたことを知りえなかったために不測の損害を被る(p424)ことを防ぐため

*18:p426

*19:もっとも「推定」であるので、広告者が撤回権を放棄したものでないことを挙証すれば撤回が可能である

*20:そして、条件を満たしていない場合には再安価をすることになろう。

*21:p417

*22:県美術展入選作「死亡届(県美術展は官僚主義になって死んだ!という思想から、死亡届に「県美術展」と書いたもの)」を展示しなかったことで争われた事案で、「一般に展覧会のために募集された美術作品が入選とされた以上、主催者は右展覧会でその作品を展示すべきであるということは、予め公表された募集要項等に特別な例外の定めがない限り、当然なことである。」県は「審査の結果入選とされた作品を県美術展において展示すべきことを広く一般に約束したものであって、入選し展示することまでが右懸賞広告の報酬に当たり、入選者はその作品が展示されることを契約上の権利として要求しうる」といった判示がされている

*23:p417

*24:内田貴民法I」p18は「民法とは、市民社会における社会現象をことごとく権利・義務という法的概念に還元して捉えようとする壮大な試みなのである」とする