- 作者: 今野緒雪,ひびき玲音
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1999/04/27
- メディア: 文庫
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マリア様がみてる「いばらの森」では、白薔薇様の触れられたくない過去を書いたとも読める「いばらの森」という本について、由乃と白薔薇様の間で、このような議論がされている。
「悔しくないんですか?ご自分のこと勝手に書かれて、そのおために、作者に間違われて。あげくの果てには生活指導室に呼び出し受けて」
(中略)
「たとえさ、由乃ちゃんが言うように、誰かが私のことを参考に小説書いたとしてよ、それってどうにもならないことじゃない」
「え?」
「須加星つかまえて、新聞部にでもネタを提供しろっていうの? それとも取材費とかいって、印税の何割か請求するの?」
確かにそうだな、と祐巳は思った。一度世に出てしまったものを、いまさら人の記憶から消し去ることはできないし。第一、白薔薇さまが動けば、騒ぎがそれだけ大きくなるのは目に見えている。
今野緒雪「いばらの森」p123より
この議論を見て思い当るのが、刑事訴訟法上の「親告罪と一部起訴」という論点である。
2.親告罪と一部起訴という問題
親告罪というのは、告訴がなければ裁判ができない*1犯罪のことである。例えば、器物損壊等の比較的軽微な犯罪や、強姦、強制わいせつといった性犯罪が親告罪となっている。
一部起訴というのは、*2犯罪の一部のみを起訴することである。
事例1:XがYのバッグを引ったくり、Yにかすり傷を負わせるという強盗致傷事件が発生した。Yの傷は「全治1日」の非常に軽いものであり、検察官はXを強盗罪のみで起訴した
検察官は、訴追裁量権、即ち被疑者をそもそも起訴するのか、しないのか、被疑者の行った行為のうちどの部分をどの犯罪として構成して*3起訴するかについての裁量を持っている(刑事訴訟法248条)。このような一部起訴は、その訴追裁量権の範囲内であり適法とされる。
親告罪の一部起訴というのは、親告罪を構成する行為の一部が他の非親告罪を構成するとき、非親告罪で起訴していいかという問題である。例えば、
事例2:甲は乙女に殴る蹴る等の暴行を加え、反抗できない状態にした上で強姦した。乙女は強姦の事実が公になるのが嫌だとして、告訴を拒んでいる。
この事例2のような場合に、検察官は甲の乙に対する「殴る蹴る等の暴行」の部分だけを取り出して暴行罪・脅迫罪で起訴できるかというのが親告罪の一部起訴の問題である。
3.学説の展開
有力な学説は、親告罪の一部起訴を全て*4違法とする*5。その理由として言われるのは、起訴が適法ということは、暴行・脅迫罪で審理をするということであり、その過程で犯罪の動機原因手段目的被害の状況程度等、当該犯情の全般にわたり審理される*6のだから、強姦の事実も公にされることになり、その結果、犯人を処罰するより被害者の意思・感情・名誉を尊重しようとして強姦罪を親告罪とした法の趣旨が達成不可能になるという点である。
確かに、親告罪にしたことで「強姦の事実が公になるのが嫌だ」という乙の感情を保護しようとしていたわけであるが、それを暴行・脅迫罪で起訴・審理できるとすれば、強姦の事実が公になり、親告罪にした意味がなくなるという有力説の理由は傾聴に値する*7。
4.判例
ところが、判例は、親告罪の一部起訴を適法とする(最判昭和28年12月16日刑集7巻12号2550頁)。それはどうしてだろうか。
刑事事件において、検事が仮に強姦事案を暴行・脅迫罪で起訴する場合には、冒頭陳述・証人尋問・論告等において、強姦の事実がなるべく公にならないように配慮することであろう(検事は「公益の代表者」)。ここで、学説の見解をとり、一部起訴が*8違法*9と考えれば、被告人・弁護人は、「この事案は実は強姦という親告罪だよ!」と主張することで罪を免れられることになる。当然、合理的な被告人・弁護人であれば声高に強姦罪に当るんだということを生々しく被告人質問・被害者の証人尋問等で明らかにすることであろう。この事態は、被害者の保護という親告罪の趣旨を害することは明らかである。
判例のように、一部起訴は適法となれば、その事件の実態が強姦か*10否かは何ら審理に影響を及ぼさない。そこで、強姦だといった主張・立証をしようとしても無関係として、尋問の制限・陳述の制限等を行うことができる。これにより、*11被害者の名誉・感情・プライバシー保護という法の趣旨をできるだけ達成できる。だからこそ、判例は一部起訴を適法としたのである。
5.いばらの森との共通点
この問題は、「いばらの森」を考えると良く分かる。「いばらの森」では、白薔薇様のプライバシーを暴かれたことに憤った由乃は、誰がプライバシーを暴いたのか、『いばらの森』の作者探しをしようとする。しかし、作者探しをすればするだけ、白薔薇様の過去は赤裸々になり、かえって新聞部に情報を提供して、白薔薇様のプライバシーを害するだけの結果になる。だからこそ、白薔薇様は由乃の申し出を断ったのである。
親告罪の一部起訴も同様に、一部起訴がされたとしても、被害者をかばおうとして「一部起訴はダメなんだ!」と言えば言うほど、被告人らの「本当は強姦だ」という主張を許すことになり被害者の名誉・感情・プライバシーはもっと害される。だからこそ、起訴されてしまったらしょうがないじゃないか、一部起訴か否かを詮索することなく、暴行脅迫の有無だけを判断して被告人を刑務所に送り込もう。このように判例は考えているのである。
マリア様がみてるはレイニー止めと消費者法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常のように、内容自体法律的にも非常に興味深い作品であるが、作品内の記述は、「一部起訴と親告罪」といった法学上の論点をよりよく理解する助けになる。その意味でも、本編ストーリーの進展が強く期待されるところである。