アホヲタ元法学部生の日常

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彩雲国物語と労働法〜冗官一斉解雇の適法性

彩雲国物語―白虹は天をめざす (角川ビーンズ文庫)

彩雲国物語―白虹は天をめざす (角川ビーンズ文庫)

1.事案の概要

 BS2でアニメ第二クールが放送中の「彩雲国物語」は、中国王朝風の架空王国「彩雲国」を舞台に、初の女性官吏となった紅秀麗が、逆境の連続にもめげずに、夢を追いかける物語である*1

 さて、彩雲国物語「緑風は刃のごとく」*2において、冗官一斉解雇が行われた。

彩雲国においては、長年にわたる蔭位制、売官等により、無能な官吏が多量に冗官(ヒラ)として蓄積され、国家財政を圧迫していた。そこで、ほぼすべての冗官を一斉に1ヶ月後に解雇することを決定した。その上で、1ヶ月に以内各官庁が能力を見出し登用した冗官のみにつき、雇用を継続することにした。

この冗官一斉解雇は、労働法的に違法なのか、合法なのか?


2.解雇権濫用法理
 民法上、解雇はいつでもできる*3ことになっているのだが、正社員について自由に解雇を認めてしまえば、終身雇用を期待している労働者の利益を大きく損なう
 そこで、判例は、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」*4として、解雇を制限し、平成15年改正により、労働基準法18条の2において「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と明文化された。
 問題はどんな解雇が不合理な解雇権濫用であり、どんな解雇が合理的な解雇かである。


3.普通解雇vs整理解雇
 ここで、普通解雇*5と整理解雇*6では、考え方が違う。
 普通解雇は、その人の「成績・態度」が不良だとか、「規律違反*7がある」といった場合に合理性が認められる。そこで、(1)勤務成績、勤務態度等が不良で職務を行う能力や適格性を欠いている場合であるか、(2)規律違反行為があるかが問題となる*8
 これに対し、整理解雇においては、労働者側に落ち度がなくとも、財政再建等のために解雇がされるので、より雇用者側の事情が問題となる。そこで、(1)人員整理の必要性、(2)解雇回避努力、(3)人選の合理性、(4)手続きの相当性が判断要素とされる*9
 さて、今回の解雇は普通解雇か、整理解雇か。本件では、

「全冗官が無能ではないはずです。期間をくぎって査定をし、取捨選択して使える者はのこしてからのほうがよろしいかと存じます。」
(中略)
「当然ですな。冗官の中でも特になんの役にも立たぬものをえりすぐり、切り捨てるべきです。」
「緑風は刃のごとく」p10

という言及が、整理解雇とした上での(3)人選の合理性・(4)手続きの相当性の問題なのか、(1)勤務成績不良の無能冗官の普通解雇なのか非常にあいまいである。

 これについては、野田・中窪「労働法ロールプレイング」*10によると、整理解雇かそれ以外の解雇かが明確でない場合、労働者としては整理解雇と主張することが多いとされる。整理解雇は、労働者に過失がないのに一方的に労働契約を終了させるものであるから、当事者の合理的意思として、一般にできるだけ解雇を回避する義務があると考えられる。そのために、上述のような4基準が設けられているからである。
 そして本件では、旺季が「無駄な官の廃止ー確かに、もっともですな。無駄な食い扶持が減れば、戸部の財政も浮きます」と述べていること等を考えると、(財政的な面を主とした)人員整理が本件解雇の基本だといえ、整理解雇だが、その人選として能力のない者を選んだと考えるのが相当であろう*11


4.整理解雇として合理的か
 では、本件の解雇は、整理解雇として合理的か。
 まず、(1)人員整理の必要性が問題となるが、この点はなんとか必要性を肯定できるのではないか。
彩雲国の財政状況については、確かに赤信号点灯状態ではない。しかし、王位争いで庶民が「鼠も蜘蛛も、動いているものなら皆血眼で追いかけた」という壊滅的状態から8年、徴税機構・国有財産を維持したのは黄奇人らの能吏の活躍の賜物というしかなく、高官の紅邵可の給料が*12減っていく状況や、「鄭君十箇条」の第7「税金による道寺や離宮など無駄な造営をしないこと」等に鑑みると、なんとか必要性は肯定できる。
 とはいえ、必要性がそこまで高いといえないことから、それ以外の3要件については、相当高度のものが必要だろう。

 次に、(3)人選の合理性は、まさに合理的というしかない
  何しろ、秀麗曰く、

「普通ないわよこんな職場! チンタラチンタラ何もしないで養ってくれるところなんてねぇ、親か役所くらいなもんよ!! 働いてないのに給料までくれるなんて、ありえないわ!! まさにゴクツブシじゃないの! クビ切られたって当然ってもんよ!!」
「緑風は刃のごとく」p26

である。まあ、蔭位の制等で官僚になり、働かないで毎月の禄をもらっている人たちであり、吏部・戸部等にいる「超激務をこなす能吏」とゴクツブシでは、「ゴクツブシ」の冗官を真っ先に解雇するのは合理的以外の何者でもない。

 とはいえ、問題は(4)手続きの相当性である。
 解雇をする場合、30日前に「解雇する」と予告する、もしくは30日分の給料を払わなければならない(解雇予告・解雇予告手当*13)。
 秀麗は、

本当に上が頭にきてるなら、即日クビ、今日クビ、ハイお兄ちゃん明日っからこなくていーよぉ迷惑かけてくれたねぇホント、で即日解雇されるもんなのよ!
「緑風は刃のごとく」p23

と述べているが、原則としてこのような即時解雇は許されない*14

そして、今回のポイントは、解雇予告が条件付という点がある。「本当であれば即刻解雇されてもしょうがないようなダメダメ冗官に最後のチャンスを与えてやってるんだから、解雇予告が条件付で何が悪いのか」という向きもあるだろう。しかし、通達*15によれば、解雇予告は条件付ではいけない。その理由は、解雇予告制度の趣旨である。労働者にとっては、突然解雇されれば、新しい職場を見つけるまでの間、食い扶持に困ってしまう。そこで、30日前に予告することで、その間に職を探す等する機会を与える、もしくは予告手当てという形でお金を払うことにより、求職期間に生活できるようにさせてる、これが解雇予告制度なわけである。条件付解雇予告がされた本件では「よ〜し、頑張ってどこかの官庁で使ってもらうぞ!」と思って努力をし、求職活動をしなかったが、結局官庁で使ってもらえなかったので解雇されたという場合、次の仕事を見つけるまでの食い扶持に困る。これでは、解雇予告制度の趣旨が達成できないのである。

 そう、この解雇には手続き上の違法があり、解雇は無効と言わざるを得ないのである*16

まとめ
 冗官一斉解雇がなされたことで、宮廷(とくに秀麗の周囲)はてんやわんやになっていたが、労働法を知っていれば、この解雇が違法で許されないものであることがわかる。
 彩雲国の官吏にとっても、労働法を勉強することは大切といえるだろう。

*1:いつもどおりの適当要約ですみません。

*2:アニメ版でいうと20日放映の第23話「泣き面に蜂」

*3:民法672条1項本文

*4:日本食塩製造事件

*5:懲戒解雇でもないし、人員整理いわゆる、リストラのための整理解雇でもない場合

*6:人員整理のための解雇、下井隆史「整理解雇の法律問題」日本労働法学会誌55号23頁によると「使用者が経営不振などのために従業員数を縮減する必要に迫られたという理由により一定数の労働者を余剰人員として解雇する場合」

*7:それが懲戒解雇に当たらない場合でも

*8:山口幸雄等編「労働事件審理ノート」p14参照

*9:なお、これは判例(東洋酸素事件判決等)を4要素説として読んだ場合の議論。学説上手続きの相当性は要件ではないという説もある。

*10:同書p184

*11:なお、「仕事をしない」ことを理由とする懲戒解雇とも思えるが、「仕事をしない状態を長年黙認してきた」こと、および仕事をしていた人も含めて一斉に解雇している点、懲戒解雇と見るのは困難ではないか。

*12:いくら存在感がない、自分から是正を求めないといえ

*13:菅野和夫「労働法」p454

*14:なお、懲戒解雇の場合においても、当該労働者が予告期間をおかずに即時に解雇されてもやむをえないと認められるほどに重大な服務規律違反または背信行為をした場合に行政官庁の認定を受けた場合にはじめて即時無予告手当て解雇ができることに注意、菅野前掲書p454。

*15:昭和27年法務府法意1発第29号。まあ、有権的解釈機関ではないといえばそうなのですが。

*16:ちなみに、普通は解雇予告の要件は満たしているので、手続き相当性としては「労働者団体と協議をしたか」等が問題となることが多い。