アホヲタ元法学部生の日常

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「江頭」第2版から「新司法試験商法」にヤマをかける

株式会社法 第2版

株式会社法 第2版

1.はじめに
 このほど*1、江頭憲治郎「株式会社法」の第二版が出版された。改訂点を概観し、そこから「新司法試験商法のヤマ」を推測してみたい。


2.改訂点のまとめ
 まず、全体的構成は維持されており、目次の項目はそのままである。ページ数も、白紙を減らすことで、微増(893頁→905頁)にとどめている。

(1) 法改正に対応
 金融商品取引法民法(法人関係)、信託法、イギリス会社法等の改正に対応しており、また、三角合併解禁による法務省令の整備等についても対応している。
 法ではないが、新指針等にも対応している*2


(2) 最新の統計データ、最新の実務を掲載
 統計データが新しくなり*3合同会社の利用の広がりについて言及*4、フランスSASの利用の広がりについて言及*5する等、会社の「現状」に対応しようとしている。
 実務はどうなっているかという点についても、たとえば設立に要する期間*6代表取締役の解職を総会の権限とする定款の規定の効力*7等、「会社法施行後、実際どうなったの」という点が記載されているのは好ましい。
 なお、第二版でも、たとえば会社の目的の明確性*8等、「今後の実務は変わると考えられる」等でお茶を濁しているところがあり、これは、せっかくの改訂の意味がないところであり、第三版での改訂が望まれるところである。


(3) 最新判例
 最判・最決を中心に、最近の判例が取り込まれている。
・最決平成19年8月7日(20頁、126頁、710頁)
最判平成19年3月8日(202頁)
最判平成18年4月10日(324頁)
・高松高判平成18年11月27日(363頁)
・大阪地判平成17年11月9日(372頁)
・大阪高判平成16年2月12日(424頁)
・東京地判平成18年4月26日(427頁)
・東京地判平成18年4月13日(429頁)
・東京地判平成18年11月9日(429頁)
・札幌高判平成18年3月2日(429頁)
・大阪高判平成18年6月9日(429頁、450頁)
・東京地判平成17年5月12日(449頁)
・東京地判平成17年11月11日(456頁)
・大阪地判平成17年11月18日(461頁)
・最決平成18年9月2日(527頁)
・東京地判平成17年9月21日(544頁)
・東京高判平成17年6月21日(584頁)
・大阪地判平成18年2月23日(584頁)
*9最判昭和42年2月17日(625頁)
・東京高判平成18年3月29日(637頁)
・東京高決平成19年6月27日(638頁)
・東京地判平成19年6月28日(643頁)
・大阪地判平成16年9月27日(689頁)
・仙台地決平成19年6月1日(690頁)
・大阪地判平成18年12月13日(692頁)
・さいたま決平成19年6月22日(692頁)
・東京地判平成18年1月17日(747頁)
・東京地判平成15年3月3日(866頁)


(4)  最新論文
 商事法務を中心に、最近の論文が紹介されている。大学紀要等からもいくつかの論文が新規参照されているが、江頭教授還暦記念論文集からの引用が異常に多いのは気のせいだろうか*10
・藤田友敬「株主の有限責任と債権者保護」法教263・127(34頁)
・郡谷大輔=岩崎友彦「会社法における債権者保護」商事1746・50(34頁)
・星明男「少数株主から支配株主への利益移転は抑止されるべきか」ジュリ1326・133(51頁)
・戸嶋浩二「種類株式の上場制度に関する検討状況」商事1800・15(140頁)
・松尾健一「株式の強制取得条項による株式買取請求権の排除」同法58・3・63(148頁)
・飯田一弘「買収防衛策の導入に係る上場制度の整備」商事1760・21(154頁)
浜田道代「新会社法の下における基準日の運用問題」商事1772・1773(206頁)
・田中亘「定時株主総会はなぜ6月開催なのか」江頭憲治郎先生還暦記念上415(206頁)
・加藤貴仁「株主間の議決権配分」89頁(308頁)
・太田洋「株主提案と委任状勧誘に関する実務上の諸問題」商事1801・39(316頁)
・黒沼悦郎「株式会社の業務執行機関」ジュリ1295・66(364頁)
・細川充=小松岳志「事業報告における退職慰労金の開示」商事1795・16(412頁)
・高橋均「ドイツにおける株主代表訴訟制度法定化の特色と課題」際商35・3・305(447頁)
・伊藤雄司「会社財産に生じた損害と株主の損害賠償請求権」法協124巻3号671頁
・水島治「会社の損害賠償責任と取締役の第三者責任との競合」立命308号79頁(461頁)
松井秀征「会社に対する金銭的制裁と取締役の会社法上の責任」江頭憲治郎先生還暦記念上549(461頁)
・王子田誠「アメリカにおける取締役指名システムの改革」姫路44・53(511頁)
伊藤靖史「取締役・執行役報酬の相当性に関する審査について」同法58・5・1741(518頁)
・全国株懇連合会理事会決定「事業報告モデルおよび招集通知モデル、総会参考書類モデル、決議通知モデルの制定について(上)」商事1777・50(537頁)
・相澤哲=郡谷大輔「事業報告(上)(下)」商事1762・4、1763・14(537頁)
・相澤哲=郡谷大輔=和久友子「会計帳簿」商事1764・26(603頁)
・秋坂朝則「会社計算規則における剰余金区分の原則」企会58・6・28(603頁)
・尾崎安央「剰余金区分原則の会社法的意義」企会59・2・36(603頁)
・相澤哲=郡谷大輔「分配可能額(上)(下)」商事1767・34、1768・17(610頁)
・犬飼重仁「CPプログラム発行」商事1761・41(469頁)
・飯田一弘「買収防衛策の導入に係る上場制度の整備」商事1760・18(714頁)
・藤本周ほか「敵対的買収防衛策の導入状況」商事1809・31(714頁)
・飯田秀聡「公開買い付け規制における大正会社株主の保護」法協123・5・945(722頁)
・ジェイコブズ「買収防衛策に関するデラウェア州の経験に学ぶ」商事1774・91(723頁)
・田中亘「ブルドックソース事件の法的検討(下)」商事1810・16(724頁)
・内間裕=森田多恵子「公開買い付け制度・大量保有報告制度の改正と実務への影響(中)」商事1791・48(747頁)
・青克美=内藤友則「合併等の組織再編行為、公開買付け、MBO等に関する適時開示の見直しの概要」商事1789・41(747頁)
・梅津英明「『企業価値の向上および公正な手続き確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針』の概要」商事1811・4(747頁)
・相澤哲「合併等対価の柔軟化の実現に至る経緯」商事1801・4(766頁)
・弥永真生「著しく不当な合併条件と差し止め」江頭憲治郎先生還暦記念
上623(773頁)
・藤田友敬「新会社法における株式買取請求権制度」江頭憲治郎先生還暦記念
上282(788頁)
・早稲田祐美子ほか「事業再編がライセンス契約に与える影響と検討の視点(上)(下)」NBL861・20、862・8(828頁)


(5) 論点についてのより掘り下げた論述
 買収防衛策については、最決平成19年8月7日を踏まえてさまざまな議論がされており、これに対応して江頭教授の見解の一端が示されている(126頁、291頁等)。
 これとの関連もありそうな問題であるが、種類株式発行会社における株主割当についても議論がされている(664頁注1)
 全部取得条項付種類株式のスクイーズ・アウト目的での利用についても言及がある(151頁)。
 委任状合戦(proxy fight)についても記述が追加されている(314頁、315頁注6の最後の段落等)
 なお、定款で譲渡制限株式の譲渡に関する承認決定機関を取締役会設置会社代表取締役とすることについては、旧版224頁では認めていたが、第2版225頁で否定されており、実質改説点といえる。
 「1000問の道標」で論じられた点についてもフォローがされている(339頁等)ことから、「『1000問』ではこういわれていたけれども、まだ流動的かもしれない」といった不安を解消する役割も果たしている*11
 決議の取り消しの訴えと、会社組織に関する行為の無効の訴えの関係(342頁)については、注ながら2頁を割いて大々的に論じており、江頭先生の関心が認められる。
 「事実上の取締役」についても、法人格否認の法理とからめて議論を深めている(463頁)。


(6) 間違い(?)の修正
 完全な間違いではないが、旧版332頁では、「株主全員の同意」の例として「種類株主全員の同意」の例(111条)を挙げていた。新版では、株主全員の同意の事例に変更されている(332頁)。
 なお、形式的な話ではあるが、382頁の注11の前の「書」(但「書」)という文字に誤植があり、この点は、旧版378頁から改善が見られていない。編集者にとってももこの長大な本の校正はさぞかし大変だったと見られる。


2.新司法試験会社法を予想する!
 商法の新司法試験委員(学者)は山下友信先生、川口恭弘先生、野村修也先生である*12。江頭先生は、新司法試験委員ではないが、私が、江頭第2版から、新司法試験会社法はある程度予想できると考える。その根拠は、誰もが一通り勉強している基礎分野の出題が予想されるのは当然であるが、それ以外の分野から出題されるとすれば、「学会に動きがあり、出題委員が興味を持つ分野」であると考えるのが合理的であるところ、「江頭第二版の改訂点」とは、まさにこの1,2年の学会の動き等から、江頭教授が必要な部分を厳選してピックアップした部分といえ、出題委員の興味を反映している可能性が高いからである。

 ざっと、改訂点・新規判例・新規参照論文のトピックをまとめるとこんな感じとなる。

新株予約権
 具体例:買収防衛策、ストックオプション
・議決権
 具体例:株主提案権
・利益供与
 具体例:株主優待
・新株発行
・種類株式
・少数株主権
 具体例:会計帳簿閲覧請求、株主名簿閲覧請求、拒否要件、持株要件
・プロキシファイト
 具体例:委任状勧誘規制、書面投票
・株式買取請求
 具体例:公正な買取価格
・配当規制
 具体例:現物配当
・組織再編
 具体例:方法の比較
・法人格否認の法理
・企業提携
 具体例:JVにおける契約違反
・取締役の責任
・会社訴訟・仮処分
 具体例:新株(予約権)発行差止仮処分、総会決議取消訴訟
・会社非訟

 もちろん、基本的事項についての問題は*13必ず出題されるだろうが、応用的事項について、最近の学会トピックスとからめて出題されるという場合には上記のような項目に関する知識があれば、より有利に戦えるだろう。
 試験対策として会社法だけに時間をかけられない以上、「江頭」でこれらのトピックスについてどのように論じられているのかを参照し、「江頭」の議論の前提となる知識に不安なところがあれば、その部分の「江頭」や他の基本書の論述を参照するという方法で対策をとるのが無難であり、わざわざ商事法務等の論文や、判決原文に当たる必要はないだろう。


3.「買い」か?
 実務家にとっては、第2版は買いだと思われる。合併対価柔軟化の変更についてや、会社法制定後の実務的な話についても記載されており、有益と思われる。
 学生にとっては、上記の相違点以外はそこまで変更がないので、強い必要性があるとまでは言えないが、買っても損はないだろう。
 今年の新司法試験受験生にとっては、いまさら第2版を精読する暇がある方は少ないと思われる。第1版+上記の山掛けで対応し、合格後第3版を買うも手であろうか。

まとめ
 江頭会社法第2版は、会社法制定後の議論の深まりをフォローしている良書である。
 同書から、新司法試験の「ヤマ」を推測することは可能と思われるが、ヤマに頼り切らず、基礎知識拡充が合格の王道といえよう*14

*1:もう2ヶ月も前だという突っ込みは御容赦下さい。

*2:例えば495頁では「会計参与の行動指針」が紹介され、580頁注13では「リース取引に関する会計基準」が紹介されている。

*3:485頁注10では、監査役スタッフ数について最新の統計が紹介されている。

*4:4頁注6

*5:12頁注5

*6:57頁

*7:219頁

*8:65頁

*9:最新判例ではないが

*10:その結果、還暦記念の30以上の論文のうち「会社法的に重要なものがどれか」がわかってしまう?

*11:立法担当者と会社法の第一人者が一致していれば、まず判例でひっくりかえされることはないだろうということ。例外はあるが。

*12:http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h20-16jisshi.pdf

*13:択一も含めれば

*14:なお、当初は2月中にこの記事を書こうとしたものの、あまりの変更点の多さに、2ヶ月も遅れてしまい、単なる「改訂点フォロー」では時期を逸することになったことから、「ヤマ当て」の内容としたことを自白いたします。