ARIAで考える労働法〜藍華と転職制限

- 作者: 天野こずえ
- 出版社/メーカー: マッグガーデン
- 発売日: 2008/03/10
- メディア: コミック
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ARIAとは、火星(アクア)で見習い水先案内人(ウンディーネ)をやっている灯里が、同じ見習いの藍華やアリスとともに日々の生活の中にあるときめきを発見していく中で、ウンディーネとして成長していく物語である。
ARIAの最大の特徴は、その癒し効果であり、日常生活を楽しみ、非日常的イベントも楽しみ、他人を巻き込んで楽しませてしまう灯里の姿は、多くの人の心に潤いを与えている。
2.藍華のARIAカンパニーへの転職(?)
藍華は、大手ゴンドラ運送会社「姫屋」の跡取り娘。先輩の晃さんが、厳しくビシビシ指導している。あまりの指導の厳しさに、ある日姫屋を抜け出して、灯里のいるARIAカンパニーに逃げ込んでしまった(第3巻108頁)。
実際のお話では、途中でまた姫屋に戻っているが、このままARIAカンパニーに就職してしまった*1場合、姫屋側は何か言えないか? 法的に分析してみたい。
3.「競業はだめ」といえる?
ARIAカンパニーは、ゴンドラ運送会社であり、姫屋と同業である。同業他社に移って、同種の仕事を行う(競合する業務を行う、競業する)ことは、労働法上禁止されているのか?
競業は原則として問題がないとされている*2。例えば、予備校に不満を持った一部の講師が、独立して別の予備校を設立した事案において、講師は違法性がなく、元いた予備校に対して損害賠償を払う必要はないとした判例がある*3。
もっとも、同種の仕事を行う中で、なんらかの「違法」な行為をした場合には、その競業が違法と評価されることがある。例えば、営業妨害、元の会社の営業秘密の利用等の違法な行為が行われれてはじめて競業がだめといえる*4。
なお、社員は、秘密保持義務を負うことから、その秘密保持義務の効果として競業が禁止されるといえないかという議論はある。しかし、少数の裁判例はこれに近い議論を取っている*5が、学説は強く批判している*6。
そこで、原則として、藍華はARIAカンパニーで働ける。
4.秘密漏洩?
では、例外として藍華のARIAカンパニーへの就労が違法になるのはどのような場合か。一番よく考えられるのは、秘密漏洩である。
秘密漏えいは、民法上も不法行為になりえるが、不正競争防止法が、秘密漏えいを定義し、これに該当する場合には、差し止め請求を認め(3条)、損害賠償の推定規定(4条、5条3号)を設けている。
不正競争防止法2条1項7号では、従業員等が会社から開示を受けた秘密を、他社に漏らし、利用することを禁じている。同工8号は、7号違反の秘密を他社*7が利用することを禁止している。
ここでいう、「営業秘密」とは、秘密として管理されていて、有用であり、それが公然と知られていないものである(2条6項)。一番わかりやすいのは「秘密の判子が押されて鍵つきの金庫に保管されている顧客名簿」である。こういう外形上も秘密とわかり、かつ関係ない人がアクセスできないようになっていることが、秘密として管理されているという要件である。
藍華は、姫屋の跡取り娘として、いろんな帝王学を学んできたものと思われる。その中で、例えば顧客情報や、競業他社の情報(オレンジプラネットとかの情報)を聞いてきている。この中で、上記の営業秘密の要件にあたるものをARIAカンパニーで利用すれば、秘密漏えいになる。
もっとも、「オレンジプラネットにすごいウンディーヌがいるらしい」といった情報はみんなに知られているので、「公然と知られていないもの」という要件を欠く。
また、顧客についても、従前の顧客とつきあえば、それだけで顧客情報漏えいかというと、そうではなく、公私にわたるつきあいの中で、あなたのゴンドラに乗りたい!という指名を受ける場合には、顧客情報漏えいに当たる可能性は低いだろう*8。
その意味で、藍華の行為が不正競争防止法違反になる可能性もあまり高くない。
5.違法な引き抜き
なお、転職にいたる過程で、違法な引き抜きがあれば、引き抜かれた人および引き抜いた会社が責任を負う可能性がある。
例えば、幹部職員として社運をかけた英会話事業を任されていながら、セールスマン等をごっそり引き抜いたため、売り上げが8割減少した事案で、損害賠償を認めた*9判例がある。
このように、上下関係を利用して無理やり引き抜くとか、ごっそり引き抜いた結果、引き抜かれた会社が営業できなくなるといった場合が、引き抜きが「違法」と評価される場面である。
しかし、アリシアさんは「あらあら」「うふふ」と言って微笑んでいるだけで、特に積極的に藍華を引き抜く行為はしていないのは明らかである*10。
また、灯里も、藍華とは対等な立場の友達であり、無理やり引き抜いた訳ではなく、単に逃げてきて、行くところのない愛華に軒を貸してあげただけであるから、無理やりの引き抜きといった話にはならないだろう。
まとめ
このように、藍華がARIAカンパニーに移籍しても、姫屋はほとんど何もいえないが、
それは、労働者の転職の自由が、労働者にとって大事な権利だからであり、会社がこれを尊重すべきだからである*11。
ともあれ、晃さんの厳しさと裏腹の優しさを考えると、藍華が姫屋にいる方が幸せな気もしなくもない。
*1:なお、片手袋は一人ではお客さんを乗せられないため、2人シングルがいると、アリシアさんの負担が相当なものであり、この意味でもあまり現実的ではないが、仮定として考えてみたい。
*2:齋藤大「労働者の退職後の競業避止義務」判例タイムズ1014号13頁
*3:東京地判平成元年12月5日判タ746号181頁
*4:なお、競業を禁止する契約を締結すれば、その契約の効果として競業が制限されることがあるが、その適法性については学説・判例は厳しく、地位職務、必要性、期間、代償措置等の観点から合理性を吟味している。姫屋の跡取りとはいえ、まだまだシングルの見習いウンディーネである藍華は「この人を引き抜かれて、他社で仕事をされると大変な損害」という訳ではないだろうから、相当の代償措置(給料を上げる、三大ウンディーネからのマンツーマン指導等)がない限り、無効だろう。なお、ARIAカンパニーが、アリシアさんと競業禁止契約を結んだら、期間にもよるが、その契約が有効になる可能性は高いだろう。実質的にアリシアさんがいなければ会社はやっていけない状態であり、合理性が認められ易い。
*5:例えば、東京地決平成7年10月16日判タ894号73頁「東京リーガルマインド事件」
*6:前出の齋藤論文14頁参照
*7:但し、7号違反と知っているか、知らないことに重大な過失がある場合のみ
*8:灯里の場合であれば、仮に他社に移っても、郵便屋さんとか、暁さんのお兄さんとかから指名される場合には、基本的には漏洩にあたらないだろう
*9:東京地判平成3年2月25日判タ766号247頁「ラクソン事件」
*10:数えたわけではないが、アリシアさんの発言の半分以上は「あらあら」のような気がするのは気のせいだろうか?
*11:なお、姫屋ができる主張として、「ARIAカンパニーの取締役社長は猫であるところ、猫は取締役になれない(欠格事由、会社法331条参照)ので、社長を解任せよ!」といった主張も考えられるが、解任しても、後任はやっぱり猫になるだろうから、解任→就任が永遠に続くだけで、あんまり効果はないだろう。ARIAカンパニーと取引した皆さんは、会社法908条2項により保護されるので実際上問題はない。