アホヲタ元法学部生の日常

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日本一早い「D1-Law nano 判例20000」レビュー

1.要約

噂の「D1-Law nano 判例20000」を早速使ってみた。

「D1-Law nano 判例20000」とは、簡単に言えば、「USBメモリに二万件の判例*1解説が入って二万円(税抜)」という、これまでにない試みである。

独断と偏見にもとづく結論から言えば、「実務家が、家で仕事する時に『基本的な判例について原文にあたりたい』と思うのなら、「D1-Law nano 判例20000」は買い」というものである。

個人的には、2万円を出しただけの価値はあると満足している。


2.判例検索サービスの特長と欠点

判例を調べる場合、現時点で一番普及しているのが、判例検索サービスである。例えば、第一法規の「D1-Law判例体系」や、「LIC」の「判例秘書」等が使われている*2。この、判例検索サービスの特徴は、「高い」ものの「たくさんの判決がみつかる」ことである。毎月うん万円*3と、お値段はかなりするものの、その分、数十万件の判決が掲載され、「マイナー論点についての下級審判例が知りたい」というニーズに答えてくれる。
実務では、意外に、こういうマイナー判例の検索ニーズがあり、例えば、「失われたデータの価値は判例上どう算定されるのか?」等のマイナー論点のリサーチが必要になった場合には、こういう判例検索サービスを使えば、(絶対に百選に出てない)判例に出会うことができる。

ただ、判例を調べる目的はこのようなマイナー裁判例の検索だけではないだろう。例えば、有名判例の事案にあたって判例の射程を考えたいとか、有名判例を引用するにあたり、要約ではなく原文を忠実に引用したいといった、「有名判例の原文にあたりたい」とのニーズもある。

ここで、判例検索サービスは結構なお値段なので、自宅用に判例検索サービスを導入している人は少ないのではないか。

「自宅で判例を調べることができず不便だが、毎月うん万円も払えない」こういう思いを持つ実務家にとって、「D1-Law nano 判例20000」は、一つの新たな選択肢を与えてくれるのである。


3.使ってみての感想
(1)「重要判例」に絞った収録戦略
 まだ使ってから日が浅いが、とりあえずの感想としては、「重要な判例を集めている」、つまり、大雑把に言えば、当該論点について判断を示したとされる最高裁判例を中心に、いくつかの重要下級審判例を集めているという印象を持った。
 「D1-Law nano 判例20000」の判例の集め方という意味で興味深いのが、蛇の目ミシン株主代表訴訟上告審判決を探した時のことである。一般的な判例検索サービスであれば、一審、控訴審最高裁判決*4、差戻控訴審判決の4つの判決が掲載されている。ところが、「D1-Law nano 判例20000」は、「一審、控訴審最高裁判決」を掲載し、あえて差戻控訴審判決を外しているのである。
 判例を深く掘り下げるという意味では、判例検索サービスを利用して、差戻控訴審まで調査する必要があるだろうが、単に利益供与*5の重要判例の原文にあたりたいというだけの目的であれば、「D1-Law nano 判例20000」で十分だろう。


 私見だが、「D1-Law nano 判例20000」は、判例検索サービスとの住み分けをしているのだと思う。マイナーな裁判例の検索という目的のリサーチの場合には、「D1-Law nano 判例20000」ではなく、判例検索サービスの利用が必要である。でも、「重要判例だけを調べる」ことを目的と割り切れば、収録件数が少ないが安価で手軽な「D1-Law nano 判例20000」に優位性がある。いわゆる、自宅用の二台目需要に答えた判例集といえる。


(2)判例数が少ないことのメリット
なお、このような割り切りをすれば、判例数が少ないことは、「無関係の判例があまり出てこない」ということにもなる。おおよそ、判例検索サービスの10分の1の判例数なので、大量の無関係な判例の選別という必要はなくなるのだ。


(3)判例タイムズ解説も収録
 更に、「D1-Law nano 判例20000」には、おおよそ平成10年以降の判例タイムズ掲載判例については、判例タイムズの解説が掲載されている。これは結構便利であり、特長といってもよいだろう。


(4)まとめ
 このように、自宅で重要判例を検索して原文にあたるという目的であれば、D1-Law nano 判例20000は十分に使えるといってよいのではないか


4.改善要望
 もっとも、USBメモリ判例集のパイオニアということもあり、できれば改善してもらいたい点がいくつかある。以下に列挙しよう。

(1) 販売後の新判例への対応が不明
 「D1-Law nano 判例20000」に掲載されているのは、平成21年7月21日の判例までである。逆に言うと、その後の判例は掲載されていない。
 例えば、東証とみずほの誤発注事件東京地判は平成21年12月4日なので「D1-Law nano 判例20000」に掲載されていない。衆議院定数の合憲性に関する最近の一連の高裁判例の流れについても追えていない*6
 一般的な判例検索サービスでは、自動的に最新判例が追加されるが、「D1-Law nano 判例20000」でどのような対応がされるかは不明である。できれば、僅少な価額でアップデートできるようにしていただきたいが、現時点ではアナウンスがない。もしかすると、1年後に「D1-Law nano 判例20000 2011年度版」をまた二万円出して買わないといけないことになるかもしれない。このような不安を解消するよう、できるだけ早期に今後の判例追加への対応方針について周知していただきたい。


(2) 古い重要判例にも解説をつけてほしい
 判例タイムズ解説はありがたいが、平成9年以前の判例については、重要なものも含め、ほとんど解説がついていない。
 例えば、マレーシア航空事件(最判昭和56年10月16日*7)への解説がない。東大ポポロ事件(最判昭和38年5月22日*8にも解説がない。
 このような、古い判例にも解説をつけてもらえば、もっと便利になるだろう。


(3) 「Windows用をUSBメモリで」以外の提供方法も考えて欲しい
 確かに、Windows XP, Vista,7を対応OSにして、USBメモリで提供するのは、「万人受け」すると思われる。しかし、MACで使いたい人もいるだろうし、スマートフォンで使いたい人もいるだろう。特に「移動中も利用可能」といって広告しているのだから、「パソコンを開いて使ってください」というのではなく、それ以外の利用形態についても、今後配慮していっていただきたい。
個人的には、APPストアで判例集アプリが買える日を心待ちにしている。


(4) 起動高速化をお願いしたい
 最後に、「D1-Law nano 判例20000」の起動時にシステム管理プロセスというものが起動して、それから検索画面が出てくるのであるが、*9起動が結構遅い。現在手持ちのパソコンだと、起動しようと思ってから、検索開始まで10秒以上かかる。
 たぶん、著作権保護等で、システム管理プロセスを取り入れているものと思われるが、これを高速化して、ストレスを減らしてもらえればありがたい。

まとめ
「D1-Law nano 判例20000」は、「重要判例を自宅で原文にあたりたい」というニーズに比較的安価な価格で答える面白い試みである。
まだ、パイオニアということで、若干改善の余地はあるものの、今後ともブラッシュアップして、より法律生活を便利にしていただきたいものである。

*1:一部

*2:その他、TKCさんやウエストローさん等も出しているようですが、本エントリは、判例検索サービスの紹介ではないので深くは論じません。

*3:サービスによりかなり違うみたいです。あと、解説を充実させるためにはかなりの初期投資が必要なものもあるみたいです。

*4:これがいわゆる蛇の目ミシン株主代表訴訟上告審判決

*5:他に忠実義務違反、善管注意義務違反

*6:平成21年7月21日の段階では、まだ選挙すらなかったのだから、当然といえば当然

*7:国際管轄についての基本判例

*8:学問の自由の基本判例

*9:機械によって異なると思われるが