アホヲタ元法学部生の日常

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QBが無罪なんて、こんなの絶対おかしいよ!?〜まどマギ刑法再論

魔法少女まどか☆マギカ (2) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

魔法少女まどか☆マギカ (2) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

1.はじめに
 魔法少女まどか☆マギカ第7話においてQBがさやかのソウルジェムを踏み付けた行為を考察した、
魂を踏みつけたキュウべえの罪状〜まどマギと刑法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
は、紹介して下さった皆様のお陰もあり、多くの方にコメントをいただいた。

 特に多かったコメントは、「立法的解決ではなく司法的解決でなんとかならないか」というものであった。ronnor自身も、結論としてQBが無罪というのが常識的にみて釈然としないと思っており、これはコメントを下さったみなさんと共通である。
前エントリにて、「無罪」としたのは、別にQBがよく考えずホイホイ契約すると後で後悔するよという価値観を世に広めた素晴らしい功績があるから無罪にしたかったという訳ではない。単にこれが法解釈として自然だと考えたからなのだが、コメントでいただいた指摘を踏まえ、再考したい。


 また、
マンガと法律 38th 魔法少女まどか☆マギカ 第7話「本当の気持ちと向き合えますか?」2 | RPガスのブログ
という興味深いエントリに触れることができ、「もしQBがソウルジェムを踏み潰し、さやかを死に至らしめた場合の法的評価」という新たな論点を知った。


 そこで以下、類推解釈と拡張解釈の違いを検討の上、傷害罪、暴行罪について再検討した上、「もしQBがソウルジェムを踏み潰し、さやかを死に至らしめた場合の法的評価」についても検討する。


2.拡張解釈と類推解釈
 刑法は罪刑法定主義を規定する。罪刑法定主義とは、何が犯罪となり、それに対してどのような刑罰が科されるかはあらかじめ法律で規定されていなければならない*1という原則である。
 その具体的な内容が類推解釈の禁止である。類推解釈は、「ある法律が甲に適用されるのであれば、同様の性質を持つ乙にも文理の枠を超えて適用してよい」という解釈である*2

 例えば、「列車の通行を妨げてはいけません」という法律だけがある場合に、バスの通行を妨げる行為をこの規定で禁止できるか。この点、確かにバスも列車も「大量輸送機関」であることには代わりないので、「大量輸送機関の交通が妨げられるとみんなが困る」という法の趣旨や被害者の処罰感情からはバスの場合でも禁止してよいようにも思われる。しかし、これは実質的には裁判官による刑法法規の創造であり、法律により事前にやってはいけないことを定めることで、国民の予測可能性を担保するという罪刑法定主義に反する類推解釈である。よって、このような解釈は禁止される*3


 これで終わればわかりやすいが、この話には続きがある。では、「列車」ではなくて列車の代用のため、ガソリンを動力に用いた「ガソリンカー」の交通を妨げたらどうか。大判昭和15年8月22日*4において裁判所は、「ガソリンカー」の交通を妨げる行為も列車の通行を妨げることになるとした。
 厳密に考えれば「ガソリンカー」は「列車」ではないので、これは禁止される類推解釈のように思われる。しかし、裁判所は、*5文理を拡張した」拡張解釈であり、類推解釈ではないので許されるとした。


 では、一体どういう解釈が禁止される「類推解釈」で、どういう解釈が許される「拡張解釈」か。
 学説上有力なのは、

日本語として文言の可能な意味の範囲内にあるか
西田典之刑法総論」53頁*6

である。

 要するに、日本語の辞書をどうひっくり返してもバスは列車にはならない。そこで、バスにまで適用するのは類推解釈として禁止される。しかし、外観は普通の列車と全く同じで動力だけが、違うガソリンカーは特殊な列車として日本語上列車の中に入れることも可能だろう、だから拡張解釈だということである。


3.傷害罪について
刑法第240条は「傷害」罪を定めるところ、さやかが「数十秒間痛みを覚えた」ことは「傷害」か。
 傷害罪とは別個に暴行罪がある以上、暴行があれば必ず生じるような秒単位の痛みが「傷害」と解するのは、このような両罪の関係を「傷害罪が成立しない場合にはじめて暴行になる(刑法208上の文言参照)」とした法の趣旨に反する。
 典型的な傷害とされる挫傷等でも、日常生活上看過される軽微なものなら傷害にあたらないとするのが最近の下級審の有力な見解であり*7、このような傷害を限定する裁判例の傾向からも、傷害にならないという結論は妥当だろう。 
 

4.暴行罪について
 暴行罪は、暴行をしたが傷害に至らない場合に罰せられる。
 ここで、判例は「(1)人の身体に対する(2)有形力の行使」が暴行だととする*8
 ここで、便宜上判例定義を2つに分けたが、(2)有形力の行使はあるだろう。QBはソウルジェムを「蹴って」おり、これは有形力の行使の典型である。
 よって、問題はソウルジェムに対する有形力の行使が「(1)人の身体に対する」ものと言えるかである。

そもそも君達人間は魂の存在なんて最初から自覚できてないんだろう?そこは神経細胞の集まりでしかないし、そこは循環器系の中枢があるだけだ。そのくせ生命が維持できなくなると人間は精神まで消滅してしまう。そうならないよう、僕は君達の魂を実体化し手にとってきちんと守れる形にしてあげた
魔法少女まどか☆マギカ第7話

というQBの発言を前提とすれば、ソウルジェムは、肉体ではなく精神である。


 ここで、ソウルジェムは、「物理的な力を加えれば、本人が痛がる有体物」という意味で、肉体に似ている。そこで、「暴行罪は被害者が痛い思いをしたり、痛くなくても怪我する恐れがある場合にこれを罰する趣旨なのだから、ソウルジェムも蹴られれば痛い以上身体の一種である」と主張する論者がいても、それ自体はあり得るだろう。
 しかし、これが果たして、取るべき解釈か。


 ここで考えるべきは、上記の「類推解釈と拡張解釈の相違」である。さやかの体から数メートル離れたところにあるという点、材質、形状が宝石の様なものである点、そして、中身が「精神」だけで脳や心臓等の通常「身体」という言葉の想定するものを含まない点等を踏まえてもなお「身体」と言えるのかの問題である。この点、異論があるかもしれないが、個人的には率直に言って、ソウルジェムを身体に含めるのは日本語の「身体」という言葉の意味として可能な範囲を超えた類推解釈のように思われる。よって、刑法の理屈としては、ソウルジェムは「身体」ではないと解釈すべきと考える。


 このようにソウルジェムは身体でははいとする解釈は、精神的な加害の結果傷害に至らない場合を不可罰とる法の趣旨とも整合的である。
 前のエントリでは、嫌がらせの内容を表現することで精神的なショックを与えた例を挙げたが、前エントリへのコメントでいただいた、「表現しただけでは有形力の行使がない」というご批判はごもっともである。
 この点、以下の様な設例が、本件に比較的近いのではないか。

甲が家の二階の窓から庭の様子を見ている時に、乙は甲の大事にしていた想い出の品々を庭に持ち出し、ハンマーで打ち壊した。これらのものが壊される度に、乙は想い出が破壊されることに精神的ショックを受け身悶えしたが、結果的には傷害*9に至らなかった。

 この設例では、乙は有形力を加えており、甲は精神的苦痛を味わっているが、この設例を「暴行」とは言わないだろう
有形力を加えることで精神に対する加害をする場合、傷害結果が生じれば傷害罪になるし、肉体への加害も併存する場合には暴行罪になる。しかし、傷害結果が生じず、肉体への加害も併存しない場合にこれを「暴行」に含めてしまうのは、類推解釈の可能性が高いと思われる。
 よって、いただいたコメントを踏まえてもなおQBは不可罰というのが私見である。もっとも、この点は反論・異論もあり得るところと思われる。


4.さやかの死亡についての責任

仮にキュゥべえがうっかりソウルジェムを踏み潰してしまった場合、さやかは死んでしまいます。
マンガと法律 38th 魔法少女まどか☆マギカ 第7話「本当の気持ちと向き合えますか?」2 | RPガスのブログ

この場合のQBの罪責はどうだろうか。


まず、うっかり踏む時に力を入れ過ぎて潰したのであって、潰して殺すことを認識認容*10している訳ではないので、殺人罪は成立しない。

 次に、傷害致死罪はどうか。傷害致死成立の前提は傷害の故意があることである。ところで、ソウルジェムは精神そのものであるから、踏む強さや時間によってはPTSD等の傷害に至る危険は十分にある。特に、QBは、お腹に槍が刺さる痛みを再現しているところ、現実にお腹に槍が刺されば、肉体的な傷害のみならず、その人の精神の強さ如何ではその出来事そのものでPTSDになってもおかしくない。そこで、傷害の限度で認識認容している以上、傷害の故意はある。
 問題は、死亡結果である。まず、QBの実行行為と死亡結果に因果関係があるか。この点、判例傷害致死についてはそもそも傷害の危険ある行為があった以上、条件説を取るとされ、「条件関係の存在をもって足りる」と明言するものも少なくない*11。条件関係とは「あれなければこれなし」の関係であり、本件では「踏み付けなければ死亡なし」と言え、条件関係が肯定される*12


 このように、客観的に死亡結果がQBの実行行為により引き起こされたものであっても、致死結果はQBにとって意外な結果ではないだろうか。
 この点、少なくとも本人にとって主観的に死亡結果を*13予見することが可能でないといけないというのが、学説の多数説である*14。しかし、判例予見可能性を必要としないことで一貫している
 判例によればQBは傷害致死罪になる。通説では考えが別れる可能性はあるが、肉体に生じれば死んでもおかしくないような激しい苦痛を生じさせる以上、力加減によっては死ぬという可能性を予見することはできたのではなかろうか。予見できた可能性があるとすれば、通説でもQBは傷害致死罪になる。

まとめ
 判例の考えによれば、QBはさやかの死亡結果について傷害致死の責任を負う。通説でも責任を負わせることは可能ではないだろうか。
また、私見では、依然としてさやかが精神的な傷害を負わない場合にQBを有罪とするため、立法的な解決が不可避である。 
前エントリへの皆様のコメントは非常に参考になり、考えを深めることができたことに感謝する。
 なお、上記はあくまでも私見であり、いろいろな考え方があり得ることを付言する。


魔法少女まどか☆マギカ関係エントリ一覧〕
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Twitter@ahowotaでもまどマギ中心につぶやいております。

*1:松宮孝明刑法総論講義」19頁

*2:西田典之刑法総論」52頁

*3:西田典之刑法総論」53頁

*4:刑集19巻540頁

*5:立法趣旨を考慮して

*6:これは、別に西田先生が自説を「有力説」と言っているのではなく、西田説は客観的予測可能な場合を拡張解釈とする、客観的予測可能性説である。通説を叩こうとしたが通説的な見解がないので、一番メジャーな考えとして「日本語として文言の可能な意味の範囲内にあるか」という説を取り上げて叩いている。

*7:大塚他編「大コンメンタール刑法第10巻」398頁

*8:コンメンタール489頁

*9:例えばPTSD

*10:死んでも構わない

*11:コンメンタール451頁

*12:判例を相当因果関係説でも説明できるという論者もいるが、相当因果関係論でも「精神そのものを踏み付ける上、その程度は少なくとも腹に刺さる痛みを再現」する程度以上の強いものである以上、死亡も社会通念上相当ではないだろうか。この点は主観の問題である次の「予見可能性」参照。

*13:認識したり認容していなくとも

*14:コンメンタール459頁