アホヲタ元法学部生の日常

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二十年前の特許法入門〜濃厚かつ分かりやすい伝説の一冊

特許侵害訴訟の実務
村林隆一著
大阪弁護士共同組合
平成5年発行

1.二十年前の特許法入門?!
  二十年前の特許法の入門書と聞いて、どう思われるだろうか? この二十年で特許法の法改正が進んでおり、また判例も多数出ていることから、改訂がなされていなければ、使い物にならないという見方もあるだろう。しかし、本当にそうだろうか?


村林隆一氏の「特許侵害訴訟の実務」(大阪弁護士共同組合)を入手するのは難しい。
 

特許侵害訴訟の実務 全面改訂 (現代産業選書 知的財産実務シリーズ)

特許侵害訴訟の実務 全面改訂 (現代産業選書 知的財産実務シリーズ)


 
特許権侵害訴訟の実務 (弁護士専門研修講座)

特許権侵害訴訟の実務 (弁護士専門研修講座)

のような似た*1タイトルの似た趣旨の本はごまんとある。しかし、Amazon等の新刊としては本物は売っていないし、古本屋でもなかなか置いていない。


 このような本をなぜ取り上げるか。それは大阪の特許弁護士のパイオニアである著者のノウハウが、特許法を知らない弁護士向けにわかりやすい大阪弁の講義口調で説明されているからである。


2.大阪にいない特許弁護士を増やしたいという熱意
そもそも、本書は大阪弁護士会で行われた講演をまとめたものである。
今でこそ、大阪は*2特許弁護士も相当数いる。しかし、二十年前は状況が違った

(大阪では)弁理士さんが書いたものに弁護士が判を押して裁判所にお出しになっている。
(中略)
東京には沢山弁護士がおられるわけです。大阪地裁の二十一部*3で原告代理人東京の弁護士、被告代理人東京の弁護士、これは嘆かわしいことですわね。やはりちゃんと大阪にも二千人近い弁護士さんがおられるわけだから、少なくとも片方は大阪の弁護士さんが付いてもらいたい。そういう意味ではみなさんが勉強していただいて書いていただかなければいかんと思うんです。
本書44頁

このような、大阪にいない特許弁護士を増やしたいという熱意から、本書は、特許のことなどてんで分からないというズブの素人の弁護士用に、分かりやすく特許法を解説してくれる。


3.こんなに簡略化していいのか!? 実務直結の平易な説明
  本書の説明の特徴は、「こんなに簡略化していいのか?」というくらいの簡略化である。「発明」の定義は、これだけで物の本では数ページから十数ページかけて説明しているところ、

皆さん方とすれば、お客さんが特許広報を持ってきますから、そこに書いてあるものが発明なんだということでお考えになって徐々に発明とはどういうものかということがお解りになるかと思います。実際、我々仕事をしておりまして、これ発明なのかというようなものもございます。しかし、特許庁が認めてているものですから、発明なんだなぁということでお仕事をしてこらったらいいんじゃないかと思います。
本書1頁

何しろ、「特許広報にあるのが発明」という極めて分かりやすい説明である。そもそも、弁護士実務で発明性が問題となることはないではないが、主に発明性が問題になるのは、弁理士が特許を出願する時だろう。特許庁も微妙な事例で判断を間違うこともあるが、実務ではこの理解でよい。こういう割り切りによる実務直結の平易な説明は、長期の実務経験がなければできないだろう。
その他、 侵害の有無について天ぷら鍋等を使って説明するところも、とても分かりやすくて良い。


4.共感を呼ぶ、特許法へのコメント
  更に共感を呼ぶのは、特許法への村林先生のコメントである。

私も最初やり出したときは大変だったんですけれども、いまだに特許広報は読むのは嫌です。嫌やけどこれはやっぱりパンのために読んでいるわけです。やはり慣れていただかなければ仕方ないわけですね
本書32頁

  特許法を極められた村林先生すらこういうことをおっしゃっているのだから、初心者でも、安心感を持って勉強を進められる。
 

5.大丈夫か? という程の秘密のノウハウ
 これだけでも素晴らしい内容であるが、本書の最大の特徴は、村林先生が還暦になるまで蓄積されたノウハウが公開されているということである。何しろ、「ノウハウに属することもお話したいということで、そういうことはあまり文章にしない方がいい」と思ってレジュメにすら書いていない*4ことが公刊されているのである。


  例えば、ライバル会社Aが特許を取ってしまいそうという時に、公知資料を見つけたとする。当時は異議申立ができた。今も似たものとして情報提供制度がある*5

異議の申立をするときも、何でも異議の申立をしたらいいかという問題があるわけです。
(中略)
刊行物を特許庁に出さずに、これを持ってAの会社に行くわけです。
「おまえ、どうしてくれるんや、私はこういう資料持ってるよ、異議を申立てたらつぶれるけど、どうかな」と言うわけですね。
本書47頁

先生によると、こういう経緯で共同特許になっているのが一定程度あるそうである。
だから、例えば特許権を「侵害」と警告を受けた際にも、

案外無効理由があっても、こういうことで共有にしておるのはあるわけです。したがって、共有の権利は疑わにゃいかんわけです。特に見てもらったら解かる訳ですね。共同発明をすれば、最初から共有なんです。これがご承知のように、出願のときはAが単独で出願しておる。ところが、途中でBが共有者となった。これは何か臭うぞと。こういう発想なんですね。そういうことをやはり考えていただかなければいけない。そうすると、あらっ、どこかに公知刊行物があるぞ、こいつら隠しとるなとなるわけですね。そういうのをつかむのが被告代理人の仕事なんです。
本書48頁

こういう門外不出のノウハウが詰まっているのが本書の最大の特徴である。


6.望まれる補訂
 もっとも、法改正や判例の流がフォローされていないのは辛い。
 無効特許の侵害訴訟での扱いが固まってなかったり、職務発明の説明がミノルタ事件だったりと、ああ、補訂さえされていればなぁとの思いは強まる一方である。


7.ノウハウ大公開の理由

 ところで、同書にはこういう記載がある。

私も還暦になりまして、もう十年も働けませんから、こうやって出していただいたのは、できるだけ皆さんに後を継いでいただきたいということで、もう十年したら私もやめますから、ただし、生きておったらの話ですが。
本書44頁

 このような心意気でノウハウを公開されたのかと納得したが、 関西法律特許事務所のWebページによると、現在も現役でご活躍のようである

まとめ
村林先生が 二十年前におっしゃっていたこととはちょっと違うようにも見えるが、お元気そうなのは何よりである。
  本書は実務的な観点からノウハウを含む特許法についてわかりやすく解説するという極めて素晴らしい本である。唯一残念なのはそれが古いということである。
 ぜひ、補正版を出して欲しいものである。

*1:というかタイトルが同じで著者が同じ本すらある。

*2:被告側代理人業が中心の人が多いように思えるのはなぜだろうか

*3:知財

*4:本書45頁

*5:特許法施行規則13条の2