アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

セイルーン王国とソヴュール王国の国際法上の地位〜GOSICKと国際法

本エントリはタイトルからして「ゴシック」第8話までのネタバレを含んでおります。予めご了承下さい。なお、本日発売のGOSICK第7巻のネタバレは含んでおりません。

1.GOSICKとは〜うれしい再開
今年連載が再開されたライトノベルと言えば、最も有名なのは言わずもがな、涼宮ハルヒシリーズであり、嬉しさのあまりエントリを書いてしまった程である*1
 しかし、忘れてはならないのが、桜庭一樹先生のGOSICKである。桜庭先生の本は、直木賞受賞作の「私の男」、第60回日本推理作家協会賞長の「赤朽葉家の伝説*2」、富士見ミステリー文庫で出版され、熱狂的人気の余り単行本化もされた「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない*3」等代表作は多いが、なんといってもGOSICKである。


 時は1924年第一次世界大戦後のヨーロッパ。フランス、イタリア、スイスと国境を接するソヴュール王国には、聖マルグリット学園という貴族の子弟の為の寄宿学校がある。ひょんなことから聖マルグリット学園に留学することになった帝国軍人の三男である久城一弥が、少女ヴィクトリカと共に難事件に遭遇する。そんな物語である。


富士見ミステリー文庫で2003年から2007年まで刊行され、みんなが続編を楽しみにしていた*4が、その後5年近く音沙汰がなく、あきらめかけていたところで、アニメ化と再開の知らせである。角川文庫の新装版をそろえて待ち望むのは、まさに因果の流れである*5本日(25日)、第7巻「薔薇色の人生」が発売された
  残念ながら*6今季のアニメの話題No.1は魔法少女まどか☆マギカにさらわれてしまったが、GOSICKは、アニメも小説も安定した面白さである。


2.「村長」のビックリ発言
 アニメ第6〜8話、小説第二巻は、灰色狼の「村」と言われる山奥の寒村で行われる「夏至祭」と呼ばれる祭りにヴィクトリカと久城が参加する話である。
 知恵の泉からカオスを再構成し、シオドア前「村長」を殺したというヴィクトリカの母親(コルデリア)の濡れ衣を晴らしたヴィクトリカ。しかし、別にいた真犯人が白日の下に
  前村長を殺したのは、6歳の頃のハーマイニアであった。前村長がハーマイニアに対し、「26歳で死ぬ」と予言したことから、未来を変えようとして殺したのである。
  セルジウス村長は、ハーマイニアが自白すると、助手のアンブローズにハーマイニアの処刑を命じ、ブロワ警部を驚かせた。

「ここはセイルーンだ。セイルーン王国なのだよ。わたしも村長ではなく、国王ということだ。我々はそもそも種族が違うのだよ・・・・・わかるかね、君に?」
(中略)
「アンブローズ、この者の首を打ち落とせ!」
「・・・・・・・えっ?」
言われたアンブローズが大きく口を開けた。セルジウスは大声で続けた。
「罪人の首は打ち落とす、もともとそういう風習だった。大きな罪をおかす村人がいなくなり、すたれてはきたが・・・・。わしもおまえの歳のときには、罪人の首を斬る仕事をしたこのだ」
後ろのほうで聞いていたブロワ警部が、あわてて前に出てきた。
「あの、セルジウスさん。もう一度言いますが、デリクはわたしが逮捕して警察署に連行します。そしてこの娘さんの罪は時効が成立しています。首を落とせば、今度はこっちの若者がソヴュール警察から殺人罪に問われます。そして村人が黙認すれば殺人幇助*7に・・・・・
ここはソヴュールではない!」
(中略)
「ここの掟だ。ハーマイニアはシオドア様の予言どおり、二十六歳で死ぬのだ
桜庭一樹「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」282頁以下、315頁以下。アニメ版第8話も同旨

 
  さて、実際のストーリーでは、アンブローズはこの命令に従わなかったが、命令に従っていればどうなっただろうか*8

 
3.私刑と村八分を違法とする裁判例
  近代国家形成後は、司法権中央政府に集約された。ブロワ警部が言うように、村で行われた犯罪でもソヴュール王国裁判所でソヴュール王の名の下に裁くということである。
  このような中央政府から見れば、勝手にハーマイニアを殺してしまうのはいわば「私刑(リンチ)」であり、到底許容できない殺人事件ということになる。
 日本では、このようはコミュニティーによる私刑事例*9についての判例はあまりないが、村八分行為を違法とした裁判例もある*10


4.ソヴュール王国とセイルーン王国の国際関係
 しかし、これは、あくまでも「名もなき村」で起こった出来事がソヴュール王国の国内問題の場合である。これが国際問題となれば話は全く異なる。つまり、国際関係における大原則たる、内政不干渉の原則のため、基本的には別の国が変なことをやっていても、文句は言えないのである
 

(1)セイルーン王国は「国家」か!?
  国際法上の主体となるためには、国家でなければならない*11。セイルーン王国はどの国とも国交はなく、どの国もセイルーン王国を国と認め(国家承認)ていないものの、現在の多数説は、国としての要件さえ満たせば、誰にも認められなくとも、内政不干渉を含む最低限の国際法の権利を有するとするのである(宣言的効果説*12)。では、セイルーン王国は国家としての要件を満たすか
  国家の要件は(1)恒常的住民*13(2)領土*14(3)政府(4)外交能力と言われる*15である。基本的に、「名もなき村」には、住民も領土もあり、村長(国王)と助手が構成する「政府」もあるといってよいだろう。問題は、外交能力である。


  ヴィクトリカは、「異端審問と魔女狩り」によって迫害されたセイルーン人がバルト海からソヴュールに追われ、山奥にひっそりと住むようになったと述べる*16。そして、セイルーンであることは、「けしてそれを言ってはいけないと。その名も口にしてはいけないと。なぜなら迫害され、焼き払われてしまうからと...*17」されてきた。
 このように、ソヴュールとは別の国であることを隠している以上、セイルーン王国に外交能力はないと言わざるを得ないだろう。
 セイルーン王国が「国家」というのは辛いと言わざるを得ない。


(2)民族自決
   ここで、注目すべきは、我々はそもそも種族が違うのだよという村長(国王)の発言である*18。セイルーン人は、波打つ金色の髪に、白い肌。薔薇色の頬に、小さな体。全員、判で押したように同じような容姿*19という生物学的特徴を持つ。また、中世そのままという文化の違いに鑑みると、かかる「種族」は、単なる比喩ではなく、国際法的にはソヴュール人と異なる民族ということだろう。すると、セイルーン人の民族自決が認められないか?
  

 ここで、国際法民族自決(人民の自決権等とも)には難しい問題があり、植民地化された人民の「自決」(外的自決)は認めるが、国内少数派の分離運動は認めないという微妙な方向性が見られるのでこの点に簡単に触れたい。


 自決権とは、全ての人民が、その政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する権利(国連人権規約共通第一条)である。ナミビア事件や西サハラ事件に関する国際司法裁判所の勧告的意見は人民の自決権は法的権利とみなされるとした。
  民族自決の思想は18世紀の啓蒙期自然法思想にその萌芽的形態をとり、民族自決の思想は、その後、19世紀のヨーロッパにおける民族国家形成の指導原理となった*20。第一世界大戦後、レーニンとウィルソンが民族自決を訴え*21、この影響下で、エストニアオーストリアチェコスロバキア等が独立した。つまり、本来自決権を持つ各民族は自分らで自分たちを統治できるはずが、植民地等で従属下の抑圧されたのだから、かかる自決権を実現するため、宗主国(支配者)から独立できるという発想で、現実に多くの独立国が生まれたのである*22。1960年の植民地独立付与宣言が、外国による人民の征服、支配および搾取に従属する住民は無条件に完全な独立を達成すべきとしたのは、この外的自立権を象徴的に示す
  これに対し、いわゆるマイノリティと言われる「既存国家内の少数派」については、「現国家の枠組みの中で」人民が、その政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的及び文化的発展を追求すること(内的自決)が認められているに過ぎない*23。つまり、単なる少数派に分離独立権はないのである。これは、全ての国にマイノリティがいるので、全てマイノリティに独立権を認めるのが現実的でないことから、基本的には少数派を平等に扱おうといった一つの国の中での尊重が認められるに過ぎないということである。
  では、セイルーン王国とソヴュール人民関係は、内的自決の問題か外的自決の問題か。ここで、ソヴュール王国の領土にセイルーン王国の人民が逃亡してきたという理解であれば、セイルーン人は単なる内国マイノリティであり、内的自決の問題になる。つまり、ソヴュール王国内の政治過程においてその自決権を行使できるだけということになる。
  しかし、少なくとも現在のセイルーン王国区域(名もなき村)は、セイルーン人が逃げてきた際に、ソヴュール王国領だったのか
  ソヴュール王国が当該領域を既に実効的占有していたのであれば、「先占*24」ということで、ソヴュール王国領となる。
 ここで、実効的占有とは、「その権力の規則的行使を確保するのに十分な地域的行政権を設定」することとされる*25


 ここで、ヴィクトリカの以下の説明に着目しよう。

ソヴュールに逃れた彼らは、みつかるたびに村を焼き払われ、さらに森の奥に追われて行く。やがて、子孫の数は減り、伝統と古い村だけが残った。
桜庭一樹「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」349頁

 森の中でも、権力の規則的行使を確保できていれば、移動してきた民族を焼き払う。しかし、この世ならざる場所に迷い込んだような*26深い深い森の奥、馬車で最寄りの村からもどれくらいの時間走ったかと言われる場所*27に至っては、ソヴュール王国の実効的占有がなかったのだろう。そして、実効的占有がなかったからこそ、「名もなき村」だけは焼き払われず、今も中世の姿を残すのであろう。このように考えれば、少なくとも「名もなき村」の領域においては、セイルーン人が「先住民」と言える。つまり、外的自決の問題なのだ。いわゆる「植民地」でなくとも、自らの意に反して外国の抑圧的支配下に置かれた住民、特に先住民も外的自決については植民地と同じように捉えられる*28という指摘は重要である。
 ソヴュールにおいて国土の開発が進み、麓の村ができると、ソヴュール人も「名もなき村」と接触するようになった。セイルーン人の知略か、もしくはその頃には魔女狩りと異端審問の波も収まっていたのか、ソヴュール人はセイルーン人を焼き討ちにまではしなかった。しかし、ソヴュール人がセイルーン人の村を焼き払い、迫害してきた歴史から、セイルーン人はその村がセイルーン王国であると名乗ることもできず、ソヴュール人であるというアイデンティティを対外的に主張することもできなかったのである。これも一種の「意に反する外国の抑圧的支配」と言えよう。実際、セイルーン人がセイルーン王国を名乗って外交活動ができないのはまさにそのような抑圧のせいであり、かかる抑圧の度合は、植民地支配にも比肩し得る
 よって、セイルーン人には植民地民と同様、ソヴュール王国から分離独立する権力が認められる


(3)非自治地域の自治権
  では、外部的自決権が認められるが、まだ独立していない人民はどのように扱われるのか。この点については、自治地域の取り扱いが参考になる。
 非自治地域というのは、人民がまだ完全には自治を行うにいたっていない地域をいう*29
 非自治地域(この場合「名もなき村」)については、自治地域の施政国(この場合ソヴュール王国)は、以下の義務を神聖な信託として受諾する義務を負う。

a 関係人民の文化を充分に尊重して、この人民の政治的、経済的、社会的及び教育的進歩、公正な待遇並びに虐待からの保護を確保すること。
b 各地域及びその人民の進歩の異なる段階に応じて、自治を発達させ、人民の政治的願望に妥当な考慮を払い、且つ、人民の自由な政治制度の漸進的発達について人民を援助すること。
c 国際の平和及び安全を増進すること。
d 本条に掲げる社会的、経済的及び科学的目的を実際に達成するために、建設的な発展措置を促進し、研究を奨励し、且つ、相互に及び適当な場合には専門国際団体と協力すること。
e 第12章及び第13章の適用を受ける地域を除く外、前記の加盟国がそれぞれ責任を負う地域における経済的、社会的及び教育的状態に関する専門的性質の統計その他の資料を、安全保障及び憲法上の考慮から必要な制限に従うことを条件として、情報用として事務総長に定期的に送付すること。
国連憲章73条より

 ここで、この非自治地域に認められるべき「自治」の程度は高い。「自治」は独立を排除しないとされ*30、植民地独立付与宣言により、「非自治地域、またはまだ独立を達成していない他の全ての地域」において、その人民が「完全な独立と自由を享受」するため、早急な措置を講じるべきとされている*31


 セイルーン王国の人々は、上記のとおり、独立を排除しない高度な自治が認めるところ、「何を犯罪としどのよう刑を課すべきか」は自治において極めて重要である。例えば、共産主義の施政国内の一部地域で自治を認める」と言いながら、共産党以外の思想を持つと刑罰を課す法律が適用されたのなら、「自治」の意味は何らない。。
 とはいえ、確かに、自治といっても、「何をやってもいい」のではない。デモをしているだけの人を空爆する等、非人道的行為をすれば、国家間ですら人道的介入としていわば内政干渉が正当化される。そこで、名もなき村がやっていることが、そのような刑事手続の範囲を著しく逸脱するものであれば、もはや自治権は及ばないと言われてもやむを得ないだろう。
 しかるに、セイルーン王国は時効についてはかなり長期間でいいという態度を取った上で、刑罰を課すための「責任」については悪いことと分かってさえいれば十分という発想に基づき、本人の陳述*32を聞いて刑を課す仕組みであると思われる。これは少なくとも20年前の行為を時効とし*33、子供の行為に死刑を課さない*34というソヴュール王国とは異なる発想である。しかし、日本だって今は殺人罪の時効は廃止された*35。また、責任年齢をどこに定めるかは各国で異なり得るし、日本でも行為時少年処罰時大人*36という被告人が死刑に処せられている*37。つまり、セイルーン王国の制度が、政策的に妥当かはともかく、刑事手続の範囲を著しく逸脱したとは言えないだろう。


 よって、 少なくとも、名もなき村( セイルーン王国)がその自治権の行使として、当該領域内で起こった村人同士の刑事事件*38村の掟(セイルーン王国刑法)に従って処罰するというアンブローズの行為は、ソヴュール王国において「殺人」とは問疑されてはならないー。これを殺人罪とすれば、これはセイルーン人民の自治権侵害となるだろう*39

まとめ
  名もなき村(セイルーン王国)には広汎な自治が認められる
「勝手に国名をつけて山奥に住まれてもだね、話にならないだろう。ここはソヴュールの国土なのだから。まったく頭のおかしいやつらだよ。*40」というブロワ警部の方が、民族自決権を正しく理解していなかったのである。

*1:鬱屈しまくっている愛情表現ですみません。もし涼宮ハルヒの驚愕が発売されなかったら〜前後編&シリーズ物の途中終了と法律関係 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*2:

赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)

赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)

『赤朽葉家の伝説』とダイイングメッセージの信用性 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常で取り上げさせていただきました。

*3:

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

実は個人的には桜庭先生の一巻完結作品ではこれが一番好きです。漫画版も雰囲気が漂ってきていいです。

*4:人によっては待ちきれずドイツ語版を買ってしまう人もいただろう・・・って自分だけでしょうか?

*5:ただ、新装版って、巻頭/文中イラストもなければ、狛犬トーク等が炸裂する桜庭先生の後書きもないってのは痛いです。そこで、ビーンズ文庫でイラスト入りを出すと言われればもちろん、買います。彩雲国とかで経験済みなので、もう羞恥心なんてなくレジに出せますし(彩雲国物語と労働法〜冗官一斉解雇の適法性 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常)。ただ、なんとなく有斐閣商法(NOT有斐閣「商法」)を思い出しましたが。

*6:まどマギ信者化してしまっているので個人的・主観的には「残念」といえるかはやや考え込んでしまうところではあるが

*7:ここは、殺人が行われるのを止める作為義務があるかの問題であり、作為義務なく幇助否定という説の方が有力でははいか。むしろ村人みんなでかくまうことを犯人隠避罪ととらえられないか検討するということになろう。

*8:BPOに苦情が殺到するといった「事実」上の話ではなく、「法律」の問題です。

*9:反社会性勢力の私刑事件はあるが、本件ではあまり参考にはならないだろう。

*10:例えば、村八分が人格権を侵害する共同不法行為とした津地判平成11年2月25日判タ1004号188頁や、村八分行為の差止と損害賠償を認めた新潟地新発田支判平成19年2月27日判タ1247号248頁等がある。

*11:まあ、国際組織とか、交戦団体とかありますが、まあ本件では関係ないでしょう

*12:例えば、「未承認国家も一般国際法の基本的権利義務(領域権や不干渉義務も含まれる)を享有しているといわざるをえない」とする藤田久一「国際法講義I」195頁参照

*13:少なくともよい

*14:狭くともよい

*15:杉原高嶺「国際法学講義」187頁

*16:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」32頁

*17:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」348頁

*18:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」282頁

*19:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」282頁

*20:杉原、水上、臼杵、吉井、加藤、高田「現代国際法講義」57頁

*21:杉原高嶺「国際法学講義」183頁

*22:これは建前であって、本音は大国による緩衝国作りという側面は否定しないが、1924年以前にこのような原則に基づき現実に国が独立するという国家実行があったことは重要である。

*23:杉原高嶺「国際法学講義」185頁

*24:誰のものでもない土地は、先に実効占有した国のもの

*25:杉原高嶺「国際法学講義」281頁

*26:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」118頁

*27:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」119頁

*28:杉原高嶺「国際法学講義」184頁

*29:国連憲章73条。なお、主に植民地や従属地域のうち信託統治領(憲章75条)以外のものである。

*30: 藤田久一「国際法講義I」290頁

*31:もちろん、これらの憲章、宣言は1924年以降のものであるが、このような「植民地、被従属地域は高度な自治が認められるべき」というのは、ウィルソンやスターリンらが唱え、実際に第一次世界大戦後に多数の独立国を産んだ「民族自決」思想を正しく適用した結果なのだから、憲章や宣言が後だからといって必ずしも憲章宣言の趣旨をそれ以前は尊重しなくてよかったということにはならないだろう。

*32:今回は自白

*33:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」315頁

*34:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」318頁

*35:なお、冤罪被害者の反証可能性という意味で時効を延ばせば延ばす程よいという考えには与することはできないが、短期の時効が生む不公平性もあるほで、どこまでが適切な時効期間かは難しいところである

*36:この意味ではハーマイニアと同じ。まあ、日本だと被害者一人では死刑にはならないが。

*37:その是非はともかくとして

*38:なお、非自治地域外が関係してくるデリクの件はやや微妙

*39:刑法的解釈としては違法性阻却とすべき

*40:「GOSICKIIーゴシック・その罪は名もなきー」346頁