アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

具体例豊富なわかりやすい入門書〜「女子大生マイの特許ファイル」

女子大生マイの特許ファイル

女子大生マイの特許ファイル

1.具体的でわかりやすい特許の入門書
  特許の入門書としては、個人的には、大阪弁護士共同組合刊行の村林隆一著「特許侵害訴訟の実務」が素晴らしいと考えている。
二十年前の特許法入門〜濃厚かつ分かりやすい伝説の一冊 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
 エントリに書いたとおり、大阪特許弁護士界の先駆者である村林先生が惜しみなくノウハウを授けてくれる。もっとも、現在絶賛絶版中で、古本屋でもほとんど見かけないし、内容もup to dateではない。そこで、近年は、最近の改訂に対応している特許法の入門書を探し求めていた。
 現時点のお勧めは、稲森謙太郎先生の「 女子大生マイの特許ファイル 」である。同書は、具体的でわかりやすい異色の特許法入門と言える。
  
  
2.具体例豊富にわかりやすく解説
 特許法は特殊な概念が多く、入門者にとってのハードルが高い。そこで、具体例を出すことが重要である。
 著者の稲森謙太郎先生は、NECが出したUFO特許(特第2936858号 *1等「特殊特許」の世界を解説された、
知られざる特殊特許の世界

知られざる特殊特許の世界

を著されており、「興味深い特許」を集めることにかけては右に出る者はいないだろう。本書は、この稲森先生が収集された具体的な特許を例にとって、特許権について入門レベルから基礎レベルまで一通り理解をさせてくれるのである。
 例えば、*2ISP細胞は知っていても、この特許の具体的な内容を知る人は少ないだろう。本書は、ISP細胞関係の特許を使って、「産業上利用性」について説明してくれる*3職務発明は、青色LEDで説明してくれるが、日亜が青色LED特許を放棄した*4等、エピソード満載である*5。その他にも、有名人の特許権を本人のコメントや友人のブログ*6まで緻密に取材し解説したり、「ヘリコプターを使って富士山の崩壊を予防する方法」についての特許を例に、請求項による権利範囲を解説したり*7、「40年前から使用されていた漢方薬」の特許を例に、特許の「新規性」を説明したり*8と、豊富な具体例で特許の手続、特に権利化についての基本論点がほとんど解説されている。
 

3.権利化の視点と行使の視点
  もちろん、入門書であるから、論点は重要なものに絞られる。
 興味深いのは、著者の重視するポイントが「権利化の過程」であることが伺われることである。
  例えば、出願の分割(特許法44条*9や、発明の特別の技術的特徴を変更する補正の禁止についての2007年改正(17条の2第4項*10) 等は、解説自体は面白いものの、入門レベルを超えた応用論点のようにも思われる。
  思うに、弁理士である著者の稲森先生は、特許権の権利化の過程の側面を重視されているのではないか。つまり、「どうやって特許庁と渡り合って権利を特許として認めてもらうか」が最大の関心なのだろう。
 この点は、村林隆一著「特許侵害訴訟の実務」において、出願関係は、無効を争うのに必要な限度でのみ説明し、とにかく原告になったらどうやって侵害とするか、被告になったらどうやって非侵害というかにフォーカスしていたことと対照的である。
 もちろん、本書でもアースvsフマキラーの例で特許訴訟の素描をされる等、権利行使の側面も一定の説明はあるが、「特許庁に認められた権利を使って競争優位性をどう維持するか」という特許権の権利行使の側面を重視する知財紛争担当職員や、弁護士の視点からは、
 「特許権行使の通告方法*11
パテント・トロール
「特許訴訟における原告側の主張の組み立て方と被告側の防御の方法*12
「ライセンス契約*13
等、権利行使のトピックがもっとあってもいいのではないかと思う節もあろう*14
  本書はこのような権利化の視点と権利行使の視点の違いに改めて気づかせてくれるという意味でも興味深い作品である。


3.いまいち萌えない気がするのはなぜ?
 本書の表紙を見て、これを 「萌え系実用書」と考える人もいるだろう。かくして私もそう考えて買った口である。本書の主人公は「マイ」という工学部に所属する女子大生。マイが講義に使える面白い特許広報を見つけるというアルバイトをする中で、アルバイト先の先生や大学の友人のユウと特許についての会話をするというストーリーである。
 ただ、表紙と最初のキャラ紹介を除くと、「本書内の挿絵が特許実施図だけ」であった。
 また、非常に個人的感想で申し訳ないが、マイにもいまいち萌えない気がしてしまった。うまくその理由を言語化できないものの、

ーーユウが、昼食をとっているマイの隣の席に座った。
ユウ「こ、こんにちは。一人で寂しく食事しているなんて、珍しいね。」
マイ「失礼ね。いつも一人で寂しく食事しているあなたが言うセリフかしら?」
稲森謙太郎著「 女子大生マイの特許ファイル 」127頁

辺りにポイントがありそうだが、いかがだろうか*15

まとめ
本書は、萌え系実用書ではなく、具体例豊富な特許権の入門書と捉える限り、具体例の面白さと著者の綿密な取材による類書に載っていないエピソードで学べることから、お勧めできる一冊である
 また、本書からは、特許権を行使する側と権利化する側の視点の相違も窺うことができ、興味深い。

追記(3月31日):稲森先生ご本人から「稲本ではなく稲森である」とのご指摘を頂戴いたしました。大変失礼いたしました。本文は訂正済みです。

*1:インターネット上で調べる場合、飛翔体特許が参考になるが、こういうのがお好きな方は「知られざる特殊特許の世界 」を購入されると楽しめると思います。

*2:のどっちの夢を実現させるためには不可欠

*3:本書65頁

*4:本書193頁

*5:訴額から印紙代は速算できるにもかかわらず、実際に東京地裁に行って3903万円の印紙が貼っているのを確認された稲森先生の行動力には頭が下がる。

*6:孫社長と米倉先生とゴルフ | 【クマガイコム®】GMOインターネット社長 熊谷正寿のブログです

*7:本書284頁以下。富士山以外の山の崩壊予防にこの方法を利用しても特許権侵害にならないし、富士山でもヘリコプターを使わない限り特許権侵害にならない・・・。

*8:本書89頁以下。特許になっているところがすごい

*9:本書84頁でISP細胞を例に解説

*10:本書248頁でドクター中松氏の発明を例に説明

*11:通告時の対応は本書で取り上げているので、反対に通告する方の立場でも解説して欲しかった。

*12:アースvsフマキラーの例で良いので深堀をしていただきたかった。

*13:和解によるクロスライセンス等も面白いトピックである

*14:逆にいうと、このような事項は、登録業務をメインの業務とする弁理士を目指す人にとってはあまり重要ではないという可能性もある

*15:そもそも「萌え系実用書」と銘記して売っている訳ではないので、私が「勝手に勘違い」したという側面がおおいにある。