- 作者: 夏海公司,Ixy
- 出版社/メーカー: アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2010/06/10
- メディア: 文庫
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1.顧客の無理難題のせいでシステムトラブル!?
なれる!SEは、IT業界をテーマにしたライトノベルである。スルガシステムに入社した桜坂工兵が、指導担当の室見立華にいびられながら、SEの現実を目の当たりにする。
条件や納期を考えず仕事を取ってくる営業、 理不尽に仕事を振る上司、徹夜と会社での宿泊、忙しい最中にやってくるトラブル対応・・・。*1現実でも「あるある!」な姿が描かれる。同書が中小IT企業の労働法意識を示すことは、別稿で論じたところである。
さて、「なれる! SE」第一巻では、「リスキー過ぎることをやらせる客」が登場する。
堀留証券は、日本橋に本社を置く中堅証券会社。VPN(仮想プライベートネットワーク)のパフォーマンスが足りないということで、機器の入れ替えをスルガシステムに依頼した。そもそも、室見立華をアシスタントだとか、新卒に毛が生えた程度と見る*2時点で、堀留証券の担当者に見る目がない訳だが、既存機器流用で、かつ、切替日ギリギリまで代替機を利用し続けるというリスキーな案件を平然と投げる。
当然、立華と工兵は不安に思う。
「あと、作業時間も平日の昼休み*3って言ってたでしょ? つまりシステムの停止時間が最大で一時間しか取れないってことよ。順調に進めばいいけど何か起きたときのことを考えるとちょっとね。特に今回はVPNのセンター機器を入れ替える訳だし」
「ど、どうなっちゃうんですか。その・・・何か起きると」
「通信切断。顧客の業務停止」
夏海公司「なれる!SE」252頁
しかも、当日、代替機のテストをする前に、ユーザが、突然、現行機器を取り外し、持ち去るよう指示した。
立華が、これではトラブルがあった時に切り戻しもできず、リスクが大き過ぎると抗議すると、堀留証券の担当者は平然と答える。
「あー、はいはい。あなた方お得意のリスクとかバッファって奴ね。そうやって作業時間や単価を吊り上げてるんでしょうけど、おあいにく様。私らにはそういうの通じないから。今までそういうの全部削らせてコストカットしてきたんで、うち」
夏海公司「なれる!SE」274頁〜275頁
こうして現行ルータは取り外され、持ち去られていった。
立華はそれでも、平静を装って予定通りの手順で代替機を繋ぎ、コンフィグを入れる。・・・通信が確立しない! 響く顧客の怒号。
同様の事案で頭を抱えた経験というのは、全SE*4共通の経験ではないだろうか。
物語では、立華の能力と、工兵の機転でうまく原因を発見し、予定時間までになんとかリプレースを完了したが、もし、運悪くして顧客の業務の停止等の大惨事になった場合、法的にどう判断されるか*5。
2.両当事者の共同作業
システムに関連する業務は、単にベンダがユーザのために一方的に作業をするというだけではなく、共同作業的側面がある。ベンダは、ユーザから情報を得、ユーザとの協議を通じて要件を確定させ、それに従って、ユーザの協力を得ながら当該要件を実現していく。本件でも、豊洲のデータセンタで作業する前に、日本橋本社で堀留証券の「キツネ目の男*6」と打ち合わせを行い、要件を確定させている。
このような、共同作業的側面から、ベンダとユーザは特殊な義務を負うといわれる。これが、ベンダの負うプロジェクトマネジメント義務、ユーザの負う協力義務である。
プロジェクトマネジメント義務や協力義務については判例は多いが、例えば、東京地判平成16年3月10日判タ1211号129頁は、ユーザが、「本件電算システムの開発過程において、資料等の提供その他本件電算システム開発のため必要な協力を行うべき契約上の義務を負っていた*7」として、ユーザの協力義務を認めた。要するに、ベンダが適切なシステムを作れるよう、適切な時期に正確な情報を提供する、意思決定*8をする等の協力をしないといけない。
反面、ベンダ側も専門業者として、ユーザの「システム開発へのかかわりについても、適切に管理し、システム開発について専門的知識を有しない」ユーザ「によって開発作業を阻害する行為がされることのないよう」ユーザ「働きかける義務を負っていた」として、ベンダのプロジェクトマネジメント義務を認めた*9。
このような両当事者の義務を前提に、堀留証券事件を検討しよう。
3.リスキー行為を敢行するユーザについての判決
既に、リスキー行為を敢行するユーザについての判決が下されている。要するに、堀留証券みたいなユーザはままいるということだろう。これが、東京地判例平成18年1月23日*10である。
この事案はやや古いものであるが、いわゆるVAN*11システムのダウンサイジング事案である。
大規模なダウンサイジングは極めてリスキーであり、十分な準備期間をかけてベンダとユーザで十分な情報の共有を行い、また十分なテスト期間を経てカットオーバーという日程にしなければ、予想外のアクシデントに見舞われ、最悪システムダウンもあり得る。
それにもかかわらず、ユーザーは、「リスクとかバッファって奴」を全部削らせ、ベンダの反対にもかかわらず、総合テストを経ていない段階での本番稼働を決定した。また、ユーザは、例えばピーク時の通信量等の適切な情報を明確に提示しなかった。
その結果、システムのハードウェアが現実のピーク時の情報の量には対応できないという問題がカットオーバー直後に顕在化し、データを処理できなくなった(システムダウン)。
このような事案について、まず、裁判所は、ベンダとユーザの相互の協力によりはじめてダウンサイジングプロジェクトが成り立つとした。その上で、ユーザがその協力義務を履行したか、及び、ユーザに対し、ベンダがどのような説明をしたかを検討した。
まず、協力義務については、上記のとおり、ユーザから情報が適切に提示されておらず、ベンダにおいてハードウェア容量を適切に決められなかったとした上で、ユーザがベンダの反対を押してテスト前の稼働を強行したところ、テストをしていれば、本番稼働時のダウンは避けられたとして、ベンダはトラブルについて債務不履行責任を負わないとした。ユーザがなすべき協力をしていない以上、トラブルになっても責任はユーザにあるということである*12。
次に、説明義務については*13、ダウンサイジングに積極的だったのはユーザであったとした上で、
(ベンダは、この)規模のダウンサイジングは実例がなく、そのリスクが大きいことを指摘して、思いとどまるように説得に当たったことが認められ、むしろ、原告(ユーザ)において、被告(ベンダ)からのリスク告知に対して、ダウンサイジングのメリットであるコスト削減等に重点を置いて、被告(ベンダ)に対して提案、実施を強く求めたことが認められる。
そうすると、被告(ベンダ)は、本件契約において、本件ダウンサイジングの危険性を説明していたものと認められ、原告(ユーザ)主張に係る義務違反の事実を認めることはできない。
東京地判例平成18年1月23日
このようにして、裁判所は、ベンダは十分な説明をしていたと認定し、ベンダの責任を否定したのである。
堀留証券の案件でも、ユーザは「現行ルータは切り替え前に持っていく」という重要な情報を最後の最後になって伝えるという協力義務違反をしており、また、リスクを理解しながら、「全部削らせてコストカット」するために、リスキーな対応を強く求めたと言えよう。
そこで、そのリスクが顕在化しても、ユーザの協力義務不履行が原因で、スルガシステムには説明義務違反はなく、スルガシステムの責任は否定*14されると考えるのが相当である。
まとめ
立華が、「切り戻しができなくなる」と言ったことは、法的にはリスキーな顧客が敢行しようとしている時に、ベンダ側の説明義務の履行の一環として、そのリスクを説明したと言えよう。顧客が当該説明を理解した上でなおリスクを取るなら、これは説明義務違反ではなく、ベンダは「法的」責任を負わない可能性が高い*15。
本件の教訓としては、何がユーザに理解できる十分な説明かについて裁判所がどう判断するか不確実性がある以上、ベンダできるだけ懇切丁寧に説明し、「翻意を強く促したがユーザがリスクを取った」ということを証拠に残すのがよいだろう*16。
ユーザとしては、「ベンダのせいでトラブっている」と言おうにも、リスクを取ったと判断されると「自己責任」となる可能性がある。ベンダとよく相談をして、リスクを十分理解できるような説明を受けた上で、どうしても早期のカットオーバーが必要ならそのための体制を構築する*17等の対策を取って「無理を強要」しないようにするのが、実はユーザのリスクを軽減することにもなるのである*18。
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*1:デフォルメはあるが
*2:247頁
*3:業務知識がなくて恐縮だが、証券会社の昼休みは、東証の休み時間関係なく12時から1時なんでしょうかね?
*4:思い通りに動かないという意味ではネットワーク系だけの悩みではないと思われます。
*5:物語としては、最終的に障害の切り分けとしては、ユーザ側の原因であることが判明したが、実際はユーザ側かベンダ側か切り分けができない事案も多い。
*6:顧客担当者のことですよ?
*7:契約上明文があった事案。明文なくとも通常は認められると思うが、契約書に書いておいてこしたことはない
*8:仕様変更を依頼するか等
*9:以下で問題となる、リスキーな行為のリスクを説明する義務をプロジェクトマネジメント義務から導く論者もいるが、この関係についてはまだ定説はない。
*10:内容が古いので想像がつくと思われるが、ダウンサイジングについての最初の調査設計フェーズの契約は平成5年である。裁判で判決まで争われる事案は、五年以上の長期間に渡って議論がされる事案も多いし、場合によっては十年以上の超長期間のものもある(裁判所の名誉の為に一言述べると近年は紛争解決までの期間は短縮傾向にある。)。
*11:value added network。この言葉は最近あまり聞きません
*12:なお、過失相殺等の問題にすることもできたと思われるので、ユーザに問題があればベンダは免責というように即断すべきではない。
*13:説明義務違反がないと言っているので、説明義務の有無そのものは認定されていないが
*14:まあ、仮にスルガシステム側に若干の責任があっても過失割合は堀留証券側がかなり高い
*15:まあ、まともなベンダは事態収集くらいは手伝うと思いますし、それが望ましいとは思いますが。
*16:ベンダが翻意を促しユーザが拒絶したというメールのやりとりや、会議の議事録(相手の印鑑入りがベストだが、メールで議事録を送って相手から異議がなければまあまあ強い、最悪自社内の議事メモ)等が考えられる。
*17:ベンダにもっとお金を払うというだけではなく(というか、単に人数を増やしただけで効率的になるものではない)、例えば、兼任のユーザー側システム開発プロジェクト関与メンバーが「本業が忙しいので・・・」という時間を織り込んでスケジュールが組まれているなら、開発終了まで専任にするというのも手であろう。
*18:まあ、「どうせベンダはうちを訴えることはないだろう、次の案件がなくなるから」と思っているユーザの場合には、無理難題を押し続ける状態は変わらなそうですが・・・。