アホヲタ元法学部生の日常

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「証拠改竄 特捜検事の犯罪」から考える弁護人のメディア対応

証拠改竄 特捜検事の犯罪

証拠改竄 特捜検事の犯罪

1.朝日新聞に協力した上村氏の弁護人
 検察担当記者のデスクに山積みされる供述調書のコピー。どこで手に入れたのか? 当然「出所」は一箇所しかない*1
 捜査機関とメディアは情報を渡す/その情報をベースとした記事を書くという長年のやりとりの中で、ある意味信頼関係を築き上げてきた。
 現行法上は検察リーク等と呼ばれるこの行為を違法と断ずることは難しい*2。そうすると、弁護側は、何も発信しなければ、検察側の言いたいことのみが報道されるということになりかねない


ここで、いわゆる前田検事による証拠改竄問題について取り上げた朝日新聞取材班「証拠改竄 特捜検事の犯罪」には、弁護人がメディアに協力するシーンが描かれる。
FD改竄を示す証拠は、FDそのものに残っている。FDはどこにある? 調べると、村木さんの部下である上村氏のところにFDが還付されていた。朝日新聞の板橋記者は、上村氏の弁護人である鈴木弁護士の協力を取り付ける。

板橋は目をそらさず伝えた。
前田が捜査の見立てに合うようFDのデータを改竄したこと、地検では未だ改竄行為を調べようとせず隠蔽されているかもしれないこと、改竄を記事にするためにFDの解析が必要なこと。「なんとしても協力してほしい」と言った。
(中略)
話はわかりました。あなたが言うように、FDの日付は6月8日になっています
朝日新聞取材班「証拠改竄 特捜検事の犯罪」109〜110頁


ここで、仮にFDに改竄があること自体がわかっても、それが検察官のやったことだと言えなければ、「改竄を上村氏がした」と思われる可能性もある。そういうリスクの中、鈴木弁護士は、朝日新聞の板橋記者にFDを渡すことを決意し、ついに前代未聞の大事件の真相が明らかになった


2.弁護人のマスコミ取材についての考えの対立
 ところで、現在、マスコミと弁護人の間の関係についての一般的な考え方は、「マスコミ取材は慎重に」である。

弁護人の「喋りすぎ」は、被疑者との信頼関係を損ね、場合によっては弁護人の守秘義務違反(刑134、弁護23、職務基本規程23)を問われるおそれがある。被疑者は外界の情報と遮断された状態であり、自己の報道がどのように世間で扱われているか現実感がなく、逮捕直後に弁護人のマスコミ公表の申し入れに一旦は承諾しても、後日マスコミ報道の内容を知って初めて自分の本意でなかったと感ずることが多い。
マスコミに対する接見内容の公表は慎重でなければならない。
三木祥史編著「Q&A類型別刑事弁護の実務」31頁

 こういう考えが通説的である。


これに対し、広島弁護士会刑事弁護センター委員長らが、マスコミ取材を「百利あって一害なし」と主張した事件があった*3
これが、いわゆる広島女児殺害事件であり、ペルー人の被告人が女児を殺害したという事案で、弁護人が被疑者段階から、毎日接見終了後に取材を受け、接見の内容を説明したのである。
弁護人の説明によると、
・弁護人の顔が売れるので、関係者と連絡を取りやすくなる
・被疑者が取材を受けることを希望していたので、被疑者との信頼関係が強まる
・メディア側から弁護人に情報提供を得ることができる
・被疑者の反論権を確保できる
等のメリットがあったそうである*4


 もっとも、この事件の経験を一般化することには、以下のような2つの大きな問題が指摘される。
 まず1つは、被疑者・被告人・弁護人の主張の変遷の可能性である。本件でも、一日目には「やっていない、アリバイがある」だったのが、二日目には「*5悪魔が入ってきた」に主張が変遷している*6。この点、有名な刑事弁護人である後藤貞人先生の「冤罪事件の人は一貫してうそをつかないなんて、そんなことはないです。しかし、そのうそや勘違いが後に大きなハンディとなることがあります。だから、我々は、臆病な上にも臆病であってしかるべきなんですよ、特に捜査段階は。」という発言は傾聴に価する*7。また、捜査段階で証拠が見えないまま、弁護側のストーリー、つまり、ケース・セオリーはなかなか作れないだろう。弁護側のストーリーが変遷した場合に、捜査機関で取材を受けてしまうことで、前に言っていたことと違うのがクローズアップされるおそれがある。
 そしてもう1つは、メディアが被告人の伝えたいこと、言いたいことをそのまま伝えてくれる保障がないということである。後藤先生は「我々が『あ』といったら、それが『あ』と伝わるか。伝わりっこない。『い』と伝わるかもしれない*8とされる。メディア側が故意に説明をねじ曲げることはないと信じたいが、長い間囲み取材を受けても、メディアに取り上げられるのはその一瞬であり、誤解を招く言い方で発言が誇張されるということはあり得ることであろう。


3.裁判員制度と余談排除
 今、特に弁護人とメディアの関係がクローズアップされる理由は、裁判員制度である。裁判員が選任されているのは起訴後である。起訴前の加熱する報道を全くしらないはずがない
ここで、捜査機関に対抗して弁護側のストーリーを報道してもらい、「お互い言い分があるようだ、よくわからないぞ」という印象を持たせるということは、それが成功すれば効果的な可能性がある。
しかし、それをやろうとして失敗する場合のリスクは大きい。特に、犯人が誰か(犯人性)が問題となるようなオール・オア・ナッシングの場合には、その問題は顕著に現れるだろう。


 ここで、少なくとも言えるのは変遷の問題はともかく、メディアがどう伝えるかは、「信頼関係」の構築で変わり得る問題ということである。
 上で述べた、鈴木弁護士と板橋記者の関係も、ある種の信頼関係である。板橋記者は、知的障害のある男性が強盗容疑で逮捕、起訴後真犯人が見つかったことを報道した等として、検察とズブズブなのではない、検察担当だからこそ書けることがあると説明し、信頼関係を勝ち取った*9
 検察リークを全面的に法規制できれば良いのだろうが、それができなければ、弁護人も何らかの方法で対抗する必要がある。それが、裁判所で初めてアナザー・ストーリーを提示するという方法だけでよいのか、それとも、事前にデメリットが少ない範囲で反論するのが良いのか。これは、今後の事例の積み重ねにもよるだろう。しかし、記者と弁護人が、検察・記者ほどでなくとも信頼関係ができれば、反論のデメリットが「減る」こと自体は間違いない。鈴木弁護士と板橋記者のような、弁護人と記者の適切な信頼関係が構築されること自体は、望ましいことだろう。

まとめ
 検察官と記者の信頼関係は極めて強固であり、だからこそ、起訴前に被疑者に不利な事実が多数報道される。
 「起訴後に裁判で全てを明らかにする」というのは、いつも変わらない最有力な方法であろうが、ケースバイケースで、報道機関を通じて反論をすることも弁護人の取れる手段として確保しておいて損はないのではないか。もし、そうであれば、記者と弁護人との信頼関係の構築は重要である。
 「証拠改竄 特捜検事の犯罪」は、弁護人とメディアの関係という意味でも興味深い一冊である。

*1:2010-01-21等参照

*2:不適切ではあるが、国民の知る権利との関係で、なかなか難しい問題があるだろう。

*3:久保豊年「刑事弁護人のメディア公表のあり方について」自由と正義2008年5月号39頁、なお、特定の事件について百利あって一害がないと主張するという文脈である

*4:久保豊年「刑事弁護人のメディア公表のあり方について」自由と正義2008年5月号39〜41頁

*5:犯人であることを前提に

*6:久保豊年「刑事弁護人のメディア公表のあり方について」自由と正義2008年5月号38頁〜39頁、なお、これは実質的には悪影響はなかったとのことである。

*7:「第12回刑事弁護経験交流会」自由と正義2008年5月号70頁

*8:「第12回刑事弁護経験交流会」自由と正義2008年5月号70頁

*9:朝日新聞取材班「証拠改竄 特捜検事の犯罪」110頁