アホヲタ元法学部生の日常

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法律の正しい解釈適用を求めることだけが刑事弁護士の仕事ではない! 〜「戦後裁判史断章」

戦後裁判史断章―一弁護士の体験から

戦後裁判史断章―一弁護士の体験から

1.戦後重要刑事裁判の多くに関与された竹澤先生
  始まりは、巣鴨事件という、占領軍軍事裁判所北朝鮮スパイ事件の弁護であった。そこで、弁護人が適切に異議を出さないと裁判官が代わりに異議を出すとか、無罪判決に検察官が被告人に歩み寄ってよかったなと握手する等、新刑事訴訟法がモデルとするアメリ刑事訴訟法に触れる*1
  その後、戦後四大騒擾事件、青梅事件、松川事件、全農林警職法事件、全司法仙台事件、帝銀再審事件等々、戦後の重要刑事裁判に次々と関与されたのが、弁護士の竹澤哲夫先生である。
 その、竹澤先生が、従来雑誌等に寄稿したり、弁護士会刑事弁護委員会で講演した内容をまとめたのが、「戦後裁判史断章」である。そこには、今の弁護士が失っているかもしれないものが描かれている。


2.支部から本庁への移送を拒み、大法廷を建築させる!?
 平事件は、福島県平市、今のいわき市の警察署に対して、労働者が*2抗議したのが騒擾罪*3になるかが争われたものである。
  150人の被告人を福島地裁支部では裁けない。そこで、裁判所としては福島地裁本庁に事件を回付しようとする。しかし、福島県は広い。平から福島は、東京に出るよりも増して不便である。旅費が高いし、泊りがけでないと行けないから、家族の傍聴もできない。被告人としては、何とか、平支部で裁判をやって欲しいが、現実問題として、平には小さな法廷しかないので、被告人みんなは入りきらない


 ここで、事件の回付についての裁判所の基本的な考えは*4最決昭和45年3月25日*5に表れている。「支部の権限、管轄区域は、裁判所内部の事務分配の基準にすぎない」「地方裁判所の本庁と支部間あるいは支部相互間の事件の回付は、訴訟法上の手続ではないから、回付の措置に対しては、当事者は、訴訟法に準拠する不服申立はできない」と判示している。
 支部でやるか本庁でやるかは、法律的には裁判所が事務をどこでやるかの問題に過ぎず、外部者である被告人や弁護人がとやかく言える問題ではない。法律をカチンコチンと解釈適用すると、導き出せる結論は「移送(回付)やむなし」とならざるを得ないだろう。


 しかし、竹澤先生はあきらめない。平で裁判をせず、福島でやるのは、いってみれば、裁判を傍聴したい人が傍聴できないという意味で、裁判の公開の趣旨に反する

弁護団は、事実に基づいて、裁判公開の原則の上にたたかった。
その結果、裁判を福島地裁支部に移し、平支部には被告150名と傍聴人を収容できる、当時日本一といわれた大きな法廷を新築することになった。
竹澤哲夫「戦後裁判史断章」34頁


 まさに、事実の力が法律を超えるというものであろう。


3.被告人の日当を要求?
  証人は旅費・日当をもらえる*6が、被告人は旅費・日当をもらえるはずがない*7。法律を読めば、そう書いている。
 しかし、平事件では、月八回開廷*8で、三年以上審理がされる。被告人は、事件で職を失い、失業給付やバイトで食いつないでいるが、週5日の平日のうち、週2日が潰れる。これでは生活が苦しい。そこで、口々に、裁判をこんな頻繁にするなら日当をくれと訴える。これは、一見、法律上の根拠のない、理由のない主張に見えるが、弁護団はこう考えた。

被告の主張は事実と経験に基づいた切実な訴えだ。それを自分のせまい、法律家的なワクで取捨して被告を抑えつけることはいけない。被告の言い分をよくききなさい。わからぬときは裁判所に言って休憩を求めてきけばよい。生活が苦しくて法廷に出られないという被告訴えは結局裁判における当事者の対等を奪い、結局、裁判の公開をも奪う。だから当事者の対等を維持して公正な裁判をするには月八回開廷というのは裁判所がまちがっているという主張なのだ。日当をよこせ、もちろん法律にない。しかし法律はつくられるものであることを忘れてはならない。法律にないからといって弁護人が被告の要求を抑えるのは正しくない。裁判所の言い分はけしからん、不当だという被告の主張、これは裁判所の構成や裁判の指揮についての一定の申し立ての意味である。弁護人は難しい法律の理くつを事実をはなれていうものではない。事実の中から理論は生まれ、事実の中に理論がある。むずかしく考えることはない。
竹澤哲夫「戦後裁判史断章」34頁


 このような考えに基づき、裁判所と交渉した結果、徐々に裁判所も被告の訴えに理解を示し、裁判所が失対当局に裁判当日も日当を支給してほしいと求めるという、行政的解決をもたらしたのである。


4.テクニックではなく情熱を!
  本、雑誌、インターネット等で刑事弁護のテクニックやコツが公開されている今日、刑事弁護のテクニックを身につけている弁護人は多いと思われる。しかし、本書は、生涯刑事弁護一筋の稲本錠之助先生の言葉を引いて、テクニックより大事なものを浮き彫りにする。

「刑事弁護にはいろいろテクニックもあります。しかし、テクニック以前の問題として情熱ですね。そして、この被告人がもし自分の兄弟であったら、自分の子供であったらということを私は考えるんです。もうそれで沢山ですね。そうすると情熱が湧いてきます。」
今でもこの言葉が感銘深く私の記憶に残っております。
(中略)
 無実訴える者に対して、我々が弁護する場合に、刑事訴訟法第何条、刑法第何条をどう解釈し、どう運用されるべきかという理屈なり、解釈や理論なりが先行したときには、私はその弁護は結局十分なものにはならないように思います。
竹澤哲夫「戦後裁判史断章」159頁

まとめ
 最近の若い優秀な弁護士は、判例法理等を適切に理解してあてはめる能力は高い。
 しかし、竹澤先生の「法律がなんだ、正義を実現するのが弁護人だ!」という情熱を真に実践する弁護人は近日減っているのではないか。
弁護人の原点を学ぶため、「戦後裁判史断章」は、法学部生、ロースクール生、修習生、そして弁護士の方に強くお勧めできる一冊である

*1:本書201〜202頁

*2:共産党掲示板の設置許可を取り消すのはおかしいじゃないかと

*3:今の騒乱罪。読みは「そうじょうざい」であって、「そうゆうざい」ではない。

*4:決定が出されたのは後だが

*5:最高裁HP上のPDF

*6:実務では、情状証人は旅費・日当を放棄する。警察官証人は、日当は放棄するが電車賃は請求することが多い。

*7:刑事訴訟法164条参照

*8:後に6回