
- 作者: 中村直人,山田和彦
- 出版社/メーカー: 商事法務
- 発売日: 2011/04
- メディア: 単行本
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三月決算の会社は、六月末までに総会を開くところが大部分である。
ところで、今般の大地震を踏まえ、総会実務上どう対応すべきかという点は重要な問題である。
阪神大震災の場合には、一月だったことから、六月総会企業への影響はそこまでクリティカルなものは少かった*1と聞き及んでいるが、今般の震災の場合、被災地近辺の企業はもちろん、東京等に本社がある企業でも、影響は少なくない。
三月決算に、監査法人が無限定適正意見を出してくれなかったら?に始まり、停電対応はどうする、余震が来たらどうする等々、総会担当者の悩みは尽きない。
このような状況下、救世主が現れた。それが、あの中村直人先生*2の、「大震災と株主総会の実務 」である。
わずか三週間余りで120頁の原稿を書いて頂き、商事法務から出版されるこの本は、三月総会の経験や、3月29日以前の東証や法務省の発表等を踏まえ、総会実務の疑問に具体的に回答する!
Amazonでは、同書は明日(21日)発売の予定だが、既に書店に並び始めたので、簡単にレビューしたい。
2.内容の紹介
本書は、総会実務上の問題を網羅的に解説したものである。
まず、震災により被災したり、見通しが不明確になることがあり得る。このような大震災の経営・決算への影響と開示を1、2章で説明する。
ある意味*3監査法人マターの部分もあるやに聞くが、重要な災害が「やんだ」場合の臨時報告書提出義務はあまり意識されていないように思われるので、本書5頁等の説明は興味深い。
また、議題をどうする、開催場所をどうする、関係書類をどう書くといった、準備の問題、そして当日の説明やトラブル対応について、3、4章で述べる。
ありがたいのは、総会のシナリオ例を具体的に示し、いつものシナリオとの変更部分を記載してくれていることである。社長や役員に、「シナリオは震災に対応してるか?」と聞かれた時に、「大丈夫です!」と言えるのは心強い。
最後に、五章で議事録等もフォローしている。本書の売り上げの一部は義援金になるそうである*4。
3.参照すべきは何か?
本書には相当充実した記載があるが、実務では、「本にない問題」にぶち当たることは多い。そんな時どうするのか?
本書からは、仮にどこにも書いていない新たな問題が生じた場合に何を参照すべきかが分かる。
まずは、会社法の法令、判例と学説である。例えば、総会を延会にする場合、いつを期日にすればよいか、これは学説上、当初の総会との同一性が保たれる2週間以内といわれる*5。このように、会社法をまず検討すべきであろう。
次が、三月総会の実例や、省庁等のリリースである。最新の解釈や取り扱いはこれで分かる。本書は法務省のリリース*6を踏まえたり、招集通知発送後に会場を変更し開催時間を繰り下げた例等三月総会の会社の実例を踏まえている*7。なお、注意すべきは、三月総会は、六月総会と異なる特殊性があったということである。三月総会は震災直後なので、株主も対立的にならずシャンシャンといった総会が多いそうである*8。しかし、六月総会の株主も対立的にならないとは限られないだろう。こういう、三月総会との差には留意する必要がある。
また、阪神大震災の実例は参考になることも多い。阪神大震災の際の事業報告書の記載等は本書が引用しているが、参考になる*9。資料版商事法務を定期購読している会社も多いだろうが、定期購読していなければ、135、140、141号を図書館等で探しておいても損はなかろう。
更に、開示関係ではEDINETである。例えば臨時報告書提出義務について、本書5頁は、EDINETをもとに、執筆当時はまだ臨時報告書提出企業は少ないと説明している。今後どうなるかは、EDINETを見るしかないだろう*10。
4.本書の内容がデファクトスタンダードに
本書は、三月総会で会社によって*11対応が分かれた部分についても、中村説を明確に説明する。
例えば、総会中に余震が起こったらどうするか。パッと思いつくのが延会であり、本当にすごい余震であれば、審議よりも優先すべきものがあるので、キッパリ延会すべきであろう。また、ちょっとぐらついただけならば、そのまま続行すべきであろう。問題はその中間である。
ここで、知り合いの弁護士によれば、三月総会では、「休憩」説と、「議案可決」説に分かれたそうである。
基本的な考えは、総会での審議も重要な株主利益だが、延会・続行をすることで失われる株主利益もあるということである。例えば、会社の会議室で開いているならともかく、ホテル等は総会シーズンかなり埋まるだろう。延会・続行といって、六月中に次の会場を予約できるとは限らない。予約できないと、期末配当の基準日である三月末から三ヶ月を超える。基準日の有効期間は三ヶ月(会社法124条2項括弧書き)なので、配当はできない*12。権利確定まで持ってから売った人は、配当落ちの差額によっては大損だろう。
そこで、審議をするという株主の権利を尊重しながら、当日中に決議する方法が考え出された。
一つは「休憩します。地震が収まり避難しなくてもよくなったら戻って来て下さい」と議長が叫んでから係員の誘導に従って避難する方法である(休憩説)。 最大のメリットは、休憩は議長の議事進行に関する権限と解され、決議が必要がなく、一瞬で避難に移れることである*13。後は地震が収まり戻って来た株主との間で総会を再開することになる*14。もっとも、予想外に地震が大きく、誰も戻ってこない、戻れないという場合に決議ができないリスクはある。
これに対し、もう一つ、中村先生の説は、避難する前に議案を可決してしまう説である(議案可決説)。議案を可決しているのだから、戻れなくとも配当等はできる*15。
この説への最大の批判は、審議ゼロでも可決させてよいのか? というところだろう。中村先生は、まず、会社法的に、緊急避難的対応として裁量棄却を争えること、通常総会決議取消訴訟が1年で確定することはないから、次回の定時総会で追認の決議をすればよいこと等を指摘される*16。加えて、冒頭で緊急時には議長の判断で決議事項の採決を優先させることの同意を取ることを提案される*17。確かに、この点の同意をとっておくことは、裁量棄却の判断に大きなプラスであろう。
もちろん、中村説は法務的に「裁量棄却に賭けるやり方はどうか」という疑問は残る。また、総会決議取消訴訟の審理期間も、昔は一審で平気で二年とかかかっていたのが、東京地裁民事八部における限り一審はできるだけ一年以内という傾向が強まり、100パーセント「次回の定時総会で追認」が使えるとまでは言い切れない*18。
そのようなリスクはあるが、オーソリティある中村説は、本書の存在とあいまって、デファクトスタンダードになることは間違いないだろう。
なお、事前に緊急時に先に議案だけ採決する可能性を説明して同意を得た上で、緊急時には戻って再開できそうなら休憩と叫ぶ、無理そうなら「全部可決でいいですね」と叫ぶという折衷案が法務的には正しそうだが、戻って再開できそうかの判断を誰ができるのかという悩みもあるので、実務のスタンダードには、なれなそうである。
まとめ
本書は、多くの「悩める総会担当者」を救う素晴らしい本であり、中村先生と山田先生に深く感謝したい。
なお、本書の出版後も、刻々と事情は変化する。このような事情の変化に応じたアップデートを商事法務のサイト等でしていただけたらとってもうれしいなぁっと思う一読者であった。
*1:もっとも、深い爪痕を残しており、その一部は本書でも紹介されている
*2:と同じ事務所の山田先生
*3:法務マターというより
*4:本書123頁
*5:本書71頁、ややニュアンスの違う説もあり
*6:本書23頁
*7:36頁
*8:ビジネスロージャーナル2011年6月号21頁参照
*9:本書45頁以下等
*10:実際、三月末までと四月以降でおおよそ提出企業は倍増しているようであるが、実数が少ないのもまた事実である。
*11:指導担当弁護士によって?
*12:83頁
*13:東京弁護士会会社法部「株主総会ガイドライン」274頁、会社法317条参照
*14:再度議決権行使書を確認させてもらうかは要検討。
*15:戻れないような地震が起こった場合に金融機関がきちんと配当できるかという別の問題はありますが。べ、別にM銀行のことなんか、名指ししてないんだからねっ!!
*16:本書107頁
*17:本書91頁
*18:事実関係には争いなく法的主張も「標記事情で取り消すのが相当か」の一点なので、通常よりも審理が早いのではないか。