事件類型別弁護士実務ハンドブック〜弁護士のレベル低下なんてあるわけない?
- 作者: 松江頼篤,近藤健太,黒澤圭子,炭本正二
- 出版社/メーカー: ぎょうせい
- 発売日: 2011/04/16
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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230頁で2500円。法律実務書としては薄くて安い部類だろう*1。
この本は、東京の弁護士の協同組合、東京都弁護士協同組合*2が出している「東弁協叢書」の一環である。
どうしてこの本が出版されたのか。 本書発刊の志は、東弁協の堀川日出輝理事長の「発刊によせて」の一節が分かりやすい。
近年の法曹人口の顕著な増加に伴い、即独やノキ弁などと称されるように弁護士像が多様化すると共に、実務経験があまりないままに実務に直面する弁護士が増えています。そのため、具体的な事件の相談や依頼を受けた際、どうすべきか対応に迷ってしまう場面も少なくありません。
松江頼篤他編「事件類型別弁護士実務ハンドブック」「発刊によせて」より
こういう実務経験に乏しい弁護士に、事件処理方法を教えるというのが、本書のコンセプトだと説明されている。
最初に架空の事件を題材に、新人弁護士が先輩にいろいろ教えてもらうエピソードを通じて、弁護士業務の基礎を教え、その後、事件の類型別に処理方法を教える。比較的軽い筆致で、弁護士の失敗エピソード等のネタを「ねーよ」と思いながら読むこともできる。
2.ロースクールで 学んだ ような!?
さて、本書を読んで一番驚いたのは、 貸金債権のブロックダイヤグラムの書き方等が解説されていることである*3。「KgっていうのはKlagegrundといって請求原因の意味なんだよ」等と丁寧に説明されている。
あれ、こんなことロースクールで当然習得していることが前提ではないか? そして、間違ってこれを分かっていない人が弁護士になったりしないよう、司法試験、二回試験でセレクトしているのではないか*4?
本書は「実務経験」を問題にしているようだが、実際は「実務経験以前の問題」のように思われる。
3.ネタじゃなくて実話!? こんなの絶対おかしいよ?
このような疑問から始まって本書を読むと、教えている内容にほとんど高度なところがない*5ことに気づく。
そして、読み進めるにつれ、本書の記載を「ねーよ(w」と言って笑うことができなくなる。
期日請書*6は書記官の調整により期日が決まってから出すこと。決まる前に出すと裁判所から電話がかかってきて、「何ですか、これ?」と言われるので注意しよう。
松江頼篤他編「事件類型別弁護士実務ハンドブック」14頁
勤務弁護士の採用面接で来訪した司法修習生が私の差し出した名刺を団扇代わりにパタパタと扇いだ
松江頼篤他編「事件類型別弁護士実務ハンドブック」31頁
等は、どう考えてもただのネタだろうと思っていた。
しかし、ロースクールや司法修習で当然学んでおくべき事項が事細かに解説されている 本書の刊行が必要ということ自体、 これが「ネタ」でもなんでもなく、現実を反映しているということを意味するのではないか。ここに思い至って空恐ろしい思いがした。
聞いた話では、 昔は、どんなに問題がある修習生でも、事務所に所属してボス弁に「更生」してもらえることを前提に二回試験を通し、弁護士にしていたという。それが、事務所に入らずすぐに自分の事務所を開いたり(即独)、事務所は机を貸しているだけで、イソ弁としての指導が期待できなかったり(ノキ弁)*7という現状に、二回試験の厳しさが増しているそうである。
それでも、なお、ロースクールレベル、修習レベルの知識に乏しい弁護士が出てきているとすれば、これは極めて憂慮すべき事態である。
4.弁護士のレベル底上げのための「最後に残った道しるべ」?
確かに、本書の必要になった経緯は非常に憂慮すべきであるが、本書の内容自体は悪くない。コンテンツはオーソドックスで記述も平易である。
230頁の本にすべて詰め込めるはずはないので、類型別解説の末尾に「参考文献」として、関連する文献を紹介している。どんな関連文献があるのか分からないというニーズに答えており、これは評価できる。
それ以外にも、「心構え」として学ぶところが多い。
例えば、「裁判は法廷の外の廊下で始まる*8」という教え。馴れ合いとクライアントにみられてはいけないが、きちんと裁判の相手方の弁護士とも名刺を交換し、礼を尽くそうというものであり、これは、全くその通りである。
また、弁護士会等の集まりに積極的に参加すると、弁護士は上下関係を気にしないので、隣に偉い人、いや、正確には元高裁長官とか、そういう「偉かった人」が座ることがあるという下りも興味深い。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という格言があるが、まさにこのような人のことを指している。
若手弁護士には、このような立派な人の姿に接して自分を磨くことの方がはるかに大切であると思っている
松江頼篤他編「事件類型別弁護士実務ハンドブック」210頁
筆者も、本書のいう「偉かった人」に教えを請う機会があるが、本書とおり、こういう「偉かった方」はおしなべて非常に謙虚かつ丁寧で、まさに「30年後に目指すべき姿」である*9。
まとめ
本書に書いていることが分かっていないレベルであれば、自らそれを自覚し、他の先生と共同で事件を受任しているものと思われるので、流石にこのレベルの弁護士が自分で事件を処理しているなんてことは現実にはないものと信じたい。もっとも、できるだけ多くの弁護士が本書を買って、まさか分からないとこなんかないよねという観点で、基礎知識を再確認するのは望ましいと思われる。
本書で「当たり前の法律知識」を確認しがてら、「法曹としての重要な心構え」を学んで損はないだろう。
*1:この間買った条解民事訴訟法が2000頁で2万円であることを考えれば・・・。
*2:東弁加入弁護士の協同組合ではなく、三会の人が入ってるけど義務じゃないって聞いた、ような・・・。
*3:本書72頁
*4:こんなこともわからない人がまさか司法試験に通ってしまうのでは、惜しいところで泣いている不合格者の方に示しがつかないだろう。
*5:あえていえば契約書チェックのところだが、本書の内容を読んで「へーそうなんだ。勉強になるなぁ」というレベルの弁護士にライセンス契約やベンダ契約のチェックを頼みたいとは到底思われないので、「消費貸借契約書」等の基本的な契約書の解説をした方が良かったのではないか。
*6:この事件の口頭弁論期日は何年何月何日でオッケーですという意味の書類。
*7:結構事案によって様々で、ノキ弁もイソ弁感覚で丁寧に指導してくれる優しい事務所も結構あると聞きます。まあ、共同受任事件では、ノキ弁のレベルが低いと成果にも響くという功利的面があるのかもしれませんが。
*8:本書163頁
*9:なお、上記記載以外にも、【弁護士あるある】風にすると「ボス弁は、裁判所の待合室で依頼者と雑談する時、どの依頼者が相手でも同じ雑談しかしない」的な本書21頁のネタや、「法廷で予想外の質問を裁判官からされたので、とりあえず『その点も含めまして、次回書面で主張いたします』と答えておいた」的な18頁のネタにはクスリときた。