アホヲタ元法学部生の日常

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国家権力が実力で子どもを引き渡させることが可能か〜「民事執行における『子の引渡し』」

民事執行における「子の引渡し」

民事執行における「子の引渡し」


1.人がモノとして扱われる!?
 法律上 モノが人に準じて扱われることがある。例えばペット。法的には「動産」、ペンやノートと同じ扱いである。モノであれば、壊された場合にはその「代金/価格」を払って弁償して終わりというのが通常であり、慰謝料は原則として認められない。しかし、ペットが死亡した場合の慰謝料については、パートナーの喪失として、慰謝料が認められる(ただし金額は低い)。これは、ある意味、 「モノが人に準じて扱われる」場合といって良いだろう*1


 これに対し、法律上、人がモノに準じて扱われることは本来あってはそのおならないはずである。こところが、実務上、人がモノに準じて扱われることが一つだけ*2ある。それが、子の引渡しの強制執行である。


2.子どもの引渡し判決とその履行?
  子どもについて、引き渡せという裁判所の判断が下される場合がある。たとえば、離婚時の子どもの監護についての申し立てとして、子の引渡しに関する家事審判がなされることがある*3。また、審判前の保全処分*4や、人事訴訟の附帯処分*5等の形で行うこともある*6。こんな場合、判決等をもらっていても、これを現実化できなければ、絵に描いた餅に過ぎない。
 一つ考えられるのは、間接強制である。簡単にいうと、「いついつまでに引き渡さないと1日遅れる毎にいくらいくらを支払え」というような規定を置くのである。確かに、お金を払わせられるというのはプレッシャーであり、これが嫌で引渡しをする場合はあるだろう。しかし、お金はないと言って開き直ったり、お金よりも子どもが大事といって決定に従ってお金を払われると、子どもの引渡しという目的は達成できない*7


 ここに、子どもの引渡しの直接強制の必要性がある訳である。直接強制は、執行官が現在の監護者から子どもの引渡しを受け、権利者に引渡す。
  いつ、いかなる場合に、直接強制が認められるか。民事執行法には、「子どもの引渡し」という規定はない。ここで、民事執行法には、動産、たとえばテレビとか洗濯機の執行についての規定がある。

民事執行法第百二十二条  動産(中略)に対する強制執行(以下「動産執行」という。)は、執行官の目的物に対する差押えにより開始する。
2  動産執行においては、執行官は、差押債権者のためにその債権及び執行費用の弁済を受領することができる。
民事執行法第百六十九条  第百六十八条第一項に規定する動産以外の動産(有価証券を含む。)の引渡しの強制執行は、執行官が債務者からこれを取り上げて債権者に引き渡す方法により行う。

 
子どもの引渡しに一番近いのは動産じゃね?ということで、動産執行に準じて引渡しをしようという考えが有力である。


3.子の引渡しの認められる範囲
 もっとも、人間である子どもを、動産、つまりモノに準じて扱うのはどうよ等の理由で、いろいろな問題が残る。
 そもそも、執行官が事務を行う上で一番参考になる「執行官提要」も、平成20年までは、子の引渡しの直接強制に否定的であった*8。過去の裁判例でも、これを否定したものがある*9
  やはり、心配するのは、強制執行によって無理やり生活圏から引き剥がされることが、本人の精神に与える影響である。


 本書は、横浜地裁管内の20の実例を元に、各ケースで執行を行った執行官へのインタビュー、家裁調査官のインタビュー等、「生の声」を拾う。こんな先行研究はどこにもない*10
例えば、ある執行官の

初めての「子の引渡し」執行だったので、事件が配填されたときは気が重かった。しかし、1歳8ヶ月の子が連れ去られたとの申出のある事案であったので、母親のことを思うとやらざるを得ないと思った。
園尾隆司監修、杉山初江著「民事執行における『子の引渡し』」107頁

といった述懐は、一人の人間である執行官の、子の引渡しの問題点を認識しながらでもやはり直接強制をしなければという葛藤が窺われ、非常に興味深い。
 また、改正法で直接強制できる場合でも間接強制ができるようになったことから、直接強制に困難が伴う場合には、間接強制を並行して申し立ててはと執行官が代理人にアドバイスする等、法改正がどのように「生きた法」として使われているかも分かる*11
 更に、熱心な執行官が、家庭裁判所の記録をコピーし*12、これを生かして執行を成功させた事案等も紹介されていた*13
 個人的に一番印象に残ったのは、本書154頁の事案である。14歳9ヶ月という極めて高年齢で直接強制を試みた、これだけでも注目である。加えて、その事案が、母親が子どもと共に別居しようとしたが、望みがかなわず、母親だけ別居し、引渡しを求めたり離婚請求をしてはや9年。父親は、子どもが就学年齢になっても小学校にも中学校にも一度も通わせない。家には封鎖用の鎖と立ち入り禁止の立て札があり、近づくと威嚇の音が拡声器で流される。直接強制しようと話をすると、父親と子どもが一緒になって罵り、結局執行はできなかった。母親が外国人という特殊事案だが、長期間学校にも通えない子どもを思うと、複雑な気持ちになる。また、引き渡す子どもが引渡しを嫌がった場合、子ども意思を尊重するかという議論がある*14が、こういう事例を見ると、意思能力はあるんだろうが、この子どもの意思を尊重すべきかと、ついパターナリスティックなことを考えてしまった*15


 このような具体的な事案の「現実」を踏まえ、著者は、「深刻な対立とはてしない抗争」と評する*16。その上で、家庭裁判所が、監護者の適性を専門的に調査可能な現状を踏まえ、「家庭裁判所の判断を尊重する元になる」とする*17。そして、解釈論としては、意思能力がなければ、*18主文で『子を引渡せ』と判示。意思能力があれば、*19却下するか、『子の引き取りを妨害してはならない』と判示する」という説を唱えられる*20。その上で立法論として、「執行に真っ正面から向き合えない掻痒感*21」等を解消するための立法論を唱えられる。本書は、様々な説がある中で、執行の実情を踏まえて解釈論や立法論を提起しているものであって、傾聴すべきところが多い。本書は、今後子の引渡しを検討する上で必須の文献になると言える。


4.働きながら学ぶ著者の労作
 この本は、内容が極めて充実しているので、著者がどういう方かに興味を持った。園尾判事監修とあるので、左陪席の裁判官の方かなと思ったが違った。
  本書末尾の謝辞によると、著者は執行実務に携わる、横浜地裁執行官室事務職員の方であった。大学で児童教育、ドイツ語等を学ばれた後、 執行官室で働くことになったが、実務の背景にある法律を学びたいと一念発起して、慶応大学法学部に入学され、仕事を続けながら丸六年かけて卒業されたそうである。その卒業論文が、本書の元になったという。
 仕事をしながら勉強をすることは困難の連続である。職場の理解を得るために仕事に手を抜けないが、逆に、仕事ばかりやっていると、勉強時間が取れない。その意味で、六年間に渡る、著者の苦心の結晶である本書は尊いと思う。

まとめ
 人間への執行を命じる判決。家裁調査官が悩みながら進言し、裁判官が悩みながら決断し、執行官が悩みながら執行する。著者は、このような現状と問題点を丹念なインタビューで浮き彫りにする。
著者の努力が滲む本書は、民事執行や、家事事件に携わる全ての人にとって必読である。

*1:そもそもペットについて、動産にするのがどうかという考えもあろうが、「ミジンコはどうか」とか難しい問題があるので、動産という整理はある程度止むを得ない部分があるだろう。

*2:他の場合がございましたらご教示下さい

*3:乙類審判、家事審判法9条乙類4号、本書13頁

*4:家事審判法15条の3第6項

*5:人事訴訟法32条1項

*6:その要件については、別途様々な議論がされており、非常に難しい問題も多い。

*7:そもそも、間接強制で子どもを引き渡そうと思う親は、要するに金が惜しくて子どもを引き渡すことにならないかという根源的疑問も呈されている。梶村太市「子の引渡請求の裁判管轄と執行方法」司法研修所論集創立五十周年記念号特集号(2)346頁以下参照

*8:新版では、可能という説と不可という説の両論併記となっている。本書96〜97頁参照

*9:札幌地決平成6年7月8日判例タイムズ851号299頁

*10:後述のように、横浜地裁の執行官室事務官である著者だからこそできたと言えよう。

*11:あくまでも直接強制をしたい当事者がどう思ったか等の問題はあるが、本書115頁によると、一日30万円の制裁金という間接強制の決定を踏まえ、任意の引渡しが実現したそうであり、少なくとも本書の事案では、執行官のアドバイスが功を奏したと言えよう。

*12:もちろん裁判所の許可を得て

*13:本書121頁

*14:183頁

*15:小山剛先生には間違いなく怒られますね。もし魔法少女契約を禁止する法律ができたら、ほむほむは? まどかは!〜まどマギと憲法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*16:本書271頁

*17:272頁

*18:認めるべきなら

*19:調査官の調査を踏まえ

*20:本書272頁。このような説を唱えられる梶村判事の考えに賛同する。

*21:本書278頁。まどマギ第7話ではない