アホヲタ元法学部生の日常

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少年審判を取り巻く裁判官、警察官の問題点〜「少年裁判官ノオト」を読む

少年裁判官ノオト

少年裁判官ノオト


1.少年Aを裁いた裁判官?
 井垣康弘元判事。神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の少年Aを裁いた裁判官として法曹界の外でも知られている。
 井垣先生は、30年の裁判官生活のうち、10年を家裁で暮らされた。特に、退官前の最後の7年以上に渡って少年事件だけを続けられた。普通、退官前は、所長等をやったり、高裁に行ったり、はたまたポストがないからと公証人*1等になったり*2と、第一線の現場を離れる*3が、井垣先生は、「あえて」第一線に留まられたのである。
 本書は、井垣先生の少年A事件に留まらない、裁判官としての少年への眼差しを描いた本である。


2.家裁に呼び出された裁判官?
 冒頭、驚愕したのは、井垣先生自身が、京大の二年生の時にバイクの無免許運転で捕まり、家裁に呼び出されていたのである*4
  従来、任官する際の「身体検査」で、こういう前歴があると任官できなくなるのではいかと思っていたが、井垣先生の例を見ると、前歴の有無ではなく、その人間を見て任官を決めているということがよく分かる。これは、警察にお世話になった経験から司法界で働いて恩返しをすることを目指す多くの人に勇気を与える。


3.家事事件から追放された裁判官?
 更に、井垣先生は、最初に少年事件担当に回された時、本当は少年事件は「腰掛け」のつもりだったという*5
  井垣先生は家事事件の専門裁判官を目指されていたそうである。家事調停では、普通は夫と妻を別々に呼び出して話を聞く。しかし、同席して話し合うことで、お互いに理解を深められると考えた井垣先生は、両当事者を同席させる、同席調停を励行した。これにより、解決率が大幅に向上したが、これが、裁判所の逆鱗に触れたそうである。

当事者を同席させていると、そのうちきっと、調停室で刃傷沙汰が起こる。同席調停でなければ避けられた事件だと騒がれたら、そのとたん所長の出世が止まる
井垣康弘「少年裁判官ノオト」88頁

 そのような裁判所の判断により、井垣先生は、もう二度と家事事件には戻れなくなったという。


 確かに、関係者の安全確保は重要だが、対策を講じれば、安全を確保しながら同席調停をすることは可能だろう。同席調停によって紛争ができるだけ早く解決すること(国民の幸福)が裁判所の主眼ではなく、むしろ「所長の出世」に汲々としているのかと考えると、暗澹たる思いがする。裁判官は頭が良いのだから、陰口を叩いて左遷させることを考えるのではなく、席次の工夫等の実務的解決を考える方にその良い頭を使うべきではなかったのであろうか*6


4.少年の心を理解しない警察官?
 万引き少女杏子の処遇と更生〜「あんさや」の臨床心理学的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常で既に述べたように、可塑性の高い*7少年・少女は、普通の被疑者・被告人とは異なる処遇が必要である。
 ここで、家裁調査官、鑑別所技官、法務教官等の大学で教育及び心理を学んだ人が、正しい方法で少年と接するのであれば良いが、少年事件の関与者の中に、そういうバックグラウンドが一切ない*8ものがいる。それは(後述の新人裁判官を除けば)警察官である。
 神戸の少年Aの事例では、少年がずっと真の動機を言い出さなかった。第4回審判期日になって初めて動機を言い出した少年に、井垣先生は、なぜ捜査官にそう言わなかったのか尋ねた。少年の答えはこうである。

「一番最初に警察官に告白したが、『アホ抜かせ!』と怒鳴られたので、これはわかってもらえないと悟り、検察ではもう言いませんでした。」
井垣康弘「少年裁判官ノオト」39頁

 否認する被疑者をどなった警察官が最近も脅迫罪で有罪になっているが、少年Aの事件の警察官も、自分の想像と違う動機を自白した少年を怒鳴りつけたのである。
 しかも、詳細は本書をご覧いただきたいが、警察官は鑑定結果について虚偽を伝えて自白させた*9
 いくら凶悪な事件の真犯人だからといって、違法捜査をして良いことにならない。違法捜査の重大性によっては、違法証拠排除という刑事訴訟法の適用により、「結果的に凶悪犯が無罪となる」という被害者にとってやるせない事態が生じる可能性すらもある*10。むしろ、凶悪犯罪だからこそ、慎重に捜査をすべきである。


 こういうどうしようもない事例が多いが、本書では、警察官が、少年事件の真髄を理解した事例が1つ紹介される。それは、警察官の息子が捕まった事案である。
 父親である警察官は、我が子のため尽力する調査官の姿を見て、

「これまで、家裁調査官は警察の仕事の邪魔だと思っていたが、その認識が180度変わった」と、父親は語った。
井垣康弘「少年裁判官ノオト」196頁

これは、一見「良い話」のようだが、この時点までは家裁調査官を邪魔者扱いしていた訳であって、もしも息子の事件がなければ、そのような邪魔者扱いが変わることはなかった訳である。警察官のこんな「調査官観」には、暗澹たる思いがする。なお、この警察官は進退伺を出したが、署長が粋な方で、「現職に留まって我が子を更生させてこそ警察官の誇り」として退職願を突き返したので、今も警察官をされていると思われる。  


5.愛想以外は0点の裁判官?
  一点最後に気になったのは、少年事件の素人同然の裁判官が、審判をしてしまうということである。
警察官と同じで、裁判官も普通は少年心理や教育について教育を受けてきた訳ではない。しかし、その裁判官が少年を裁く。当然最初はどうしようもない出来なので、「研修」をやる。
  例えば、不良仲間から携帯に電話がかかり、万引きした中学生。でも、本人は携帯を手放そうとしない。
ある判事補が研修のために、この事案を担当し、井垣先生が講評のため同席する。
  審判で、判事補は少年に事実関係等を確認する。

最後にやっと聞いた。
「この際携帯を手放す気はありますか?」と。
少年の答えは
「夜中には出歩くことはやめます。携帯は便利なので持っていたいです」
井垣康弘「少年裁判官ノオト」226頁

 悩んだ判事補は、別室で調査官と話した後、保護観察という処分を下した。


 不良仲間のボスは、不処分になっている。軽い万引きの初犯事案。ここで、本来は、携帯を手放すことについての悩みをきっちり説明し、少年、親、先生に十分意見を語らせるのが審判の持つ教育効果である。
*11 場合によっては、最初は携帯を親に預かってもらい、次に昼だけ持つ、最後に夜も持つといった段階的管理等の対応も、審判の場で議論をすれば出てきたかもしれない。そうすれば、保護観察ではなく不処分となり、ボスとの不公平感もなくなったのではないかと思う。
ところが、初心者である判事補は、このような「教育効果を得るための審判の場での話し合い」をせず、調査官と別室に「逃げた」挙句、満然と保護観察という処分を下してしまった


 井垣先生は、この判事補の審判のやり方が20点という明白な落第点とした上で講評をする。審判の教育効果について苦言を呈した後、

別室で調査官と協議するのは「非常手段」
二十点も点数がつくのは、全体に「愛想がよかったから」
井垣康弘「少年裁判官ノオト」226頁

というのである。


内容0点で、愛想で20点というとんでもない判事補が、「模擬裁判」で変な事件処理をして、誤りを訂正されるのは全く問題ない、というかむしろ、そんな危ない裁判官をしっかりと叩き直し、「更生」させる必要がある。
 しかし、これは「模擬」ではなく、実際の事件であり、少年は現に不利益処分を受けている。事件は軽いものの、軽い事件なら誤判が許されるというものでもないだろう。
  判事補研修を、現実の事件で行うべきかについても、本書は重要な問題を提起していると言えるのではないか。


まとめ
 本書は、難しい少年事件について、井垣先生の体験という観点から考えさせてくれる良書であるとともに、裁判官や警察官等の問題をも指摘する。
少年法に興味があるなしに関わらず、全裁判官必読であろう。

*1:この「等」には、ロースクールの教諭も入るんでしょうか?

*2:これを天下りと呼ぶかは皆様のご判断にお任せいたします

*3:「地裁が第一線だ。家裁は第一線ではない」というお叱りの声が聞こえて来るかもしれませんが、少なくとも井垣先生がいたのは第一線だと思います。

*4:本書1頁

*5:本書26頁

*6:なお、家事事件を干された側の井垣先生の見方が事実であることを前提としているが、前提事実が異なればまた別の評価になるかもしれない。

*7:今は真っ黒でも、教育によって真っ白に「変われる」

*8:例外的に教育学部卒業の人とかもいますが、一般論です。

*9:本書44頁

*10:海外では「普通」とまで言えるかはわかりませんが、事例としてあります。日本では凶悪犯罪が違法収集証拠で無罪までいった事例はまだないと思われるものの、覚せい剤事件で、被告人が自白しているのに、鑑定書が違法として無罪となるというのは頻繁にあります。

*11:私見だが