アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

名探偵コナン沈黙の15分(クオーター)から考える時効廃止

本エントリは、コナン映画第15弾「名探偵コナン沈黙の15分」の重度のネタバレを含んでいます。これから劇場版を見る可能性がある人は先に本エントリを見てしまうと「ラスト15分予測不能」を味わうことができなくなるリスクがありますので、予めご了承下さい。

名探偵コナン (71) (少年サンデーコミックス)

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1.暴行のつもりで殺してしまったら!?
 今年の劇場版名探偵コナンについては既に山尾の量刑については、名探偵コナン沈黙の15分(クオーター)で分かる交通事故の量刑 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常において若干論じたが、やはり、法学的に最も興味深いのは、遠野みずきであろう。




 それは、8年前のこと。遠野みずきは、行き違いから、ちょっと痛い思いをさせようと、妹を道路に突き飛ばす。
 そこに走りこむ山尾渓介の車両。山尾は回避できず、みずきの妹を轢き殺す。立原冬馬だけが、これを見ていた。


 さて、  遠野みずきは、暴行をするだけのつもりだったのが、そこから妹の「死」という結果が発生している。
  遠野みずきにはどのような罪責が成立するか?



2.結果的加重犯
 刑法は、故意犯(わざと)と過失犯(うっかり)を区別する。例えば同じ人の死亡の結果であったも故意で(わざと)  殺した場合には殺人罪(刑法199条)、過失で(うっかり)殺した場合には過失致死罪(刑法210条)が用意されている。遠野みずきには、殺人罪は成立しない。
 
 では、暴行だけをするつもりで怪我をしたり死んだら「暴行罪+過失致死罪」だけなのか? 暴行罪は、2年以下の懲役、過失致死罪に至っては50万円以下の罰金である。

刑法第208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
刑法第210条 過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。


人が死んでも最高2年!? こんなの絶対おかしいよ!?


 そこは、上手くできているのが刑法。故意行為で誘発した危険が現実化したら重い刑を負ってもらいましょうという犯罪類型がある。これが「結果的加重犯」である。

刑法第205条 身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する。

 刑法205条は、傷害致死罪を定める。これは3〜20年という重い刑である
ここで、「身体を傷害し」とあるが、身体に暴行した場合を含むとするのが判例である。
  傷害致死罪はどうしてできたのか。殺すつもりはなくとも、他人に対して暴行・傷害をした結果、結果的にその暴行・傷害によって人が死んだ場合、犯人を殺人には問えない。だからといって、犯人を単なる暴行罪や傷害罪でしか処罰できないのはおかしいではないか。そもそも、暴行や傷害というのは、打ち所が悪ければ死亡につながる危険な行為なのだから、その結果人が死んだ場合というのは「危険が現実化」した場合として重く罰しよう。こんな発想で傷害致死罪が設けられた。
 遠野みずきも、暴行のつもりで、妹を死に至らしめているので、傷害致死罪が成立する。
 なお、妹の死亡は、山尾の車がこのタイミングで走り込んだという偶然が重なったことで起こっているが、判例は、故意で暴行したことと結果的に人が死んだことの間に「あれなければこれなし(突き落とさなければ妹は死ななかった)」の関係さえあれば傷害致死罪は成立するのであって、予想外の関係であったことや、みずきが死亡の結果を予見できなかったこと等は量刑で考えるという立場になっている*1


3.なぜ、「事情聴取?」
 遠野みずきは、コナンによる推理によって真相が明らかになった後、すぐ逮捕されたのではなく、事情を聞かれているだけである。それはなぜか?
 ここでパっと思いつくのは「時効」である。
  みずきの「犯罪」が行われた平成15年、10年以上の有期懲役にあたる罪の時効は7年であった。そう、「8年前」の犯罪については起訴できず、有罪にできなかったのである*2
 ここで、その後に行われた刑事訴訟法の平成16年改正では、傷害致死罪を含む15年以上の有期懲役にあたる罪の時効を10年に引き上げた*3。しかし、その際には、附則3条2項で、遠野みずきの件を含む「現に時効が進行中の事件」について、改正を適用しなかった。そう、平成16年改正以降も、遠野みずきは平成22年に時効期間が満了する、はずだった


 平成22年4月27日、殺人事件等の時効が廃止された。この刑事訴訟法の平成22年改正は、傷害致死罪の時効も20年に延ばした刑事訴訟法250条1項2号)。
  特筆すべきは、本件の改正が時効満了前の全ての事件に適用されることである。平成16年改正前の事件でも、平成22年4月27日までに時効期間が満了していなければ適用される*4


 あの「冬」山の行為が平成15年1月や2月の行為であれば、平成22年4月27日までに時効は満了しており、遠野みずきは訴追を免れるが、同じ冬でも、平成15年12月等の行為なら、平成22年4月27日では未だ時効は満了していないので、犯行の20年後である平成35年までは時効が伸びる。
 このような微妙な時期の犯行であったことから、「事情聴取」となったのだ。


4.平成22年改正の功罪
 平成22年改正の功罪については、多くの議論がある。あと少しで満了するはずの時効を事後的に延長するのは憲法39条の「事後法の禁止(後だしジャンケンの禁止)」に反するのではという説もある。特に、平成16年で「大丈夫、法改正しても改正前の行為の時効は伸びないよ」といわれていたのが、5年も経たずに改正前の時効を伸ばすのはどうかという議論がある。しかし、東大の大澤教授は

重大・凶悪犯罪について、従来の法の定める期間の経過により、犯人が訴追を免れることは不当である(という)平成16年改正では視野の外に置かれていた問題について、平成16年改正後の事情も踏まえ、新たな視点から、必要な法整備を行ったものといえる。平成16年改正から間がないことのみをもってその妥当性を否定することはできないというべきであろう。
大澤裕「人を死亡させた罪の公訴時効の改正」ジュリスト1404号62頁

として、問題ないとする。
 

 個人的には、そのような技術的な争点よりも*5、もっと議論すべき重要な点は、延長後の時効期間の長さではないかと思う。
  時効期間が短いと、真犯人がぬくぬく過ごしてけしからんというのはそのとおりである。
 しかし、時効にも意味がある。いろいろな説があるが、個人的には説得力を感じるのは「無辜の処罰」を避けることである。
 昨日彼女*6と一緒にデートに行ったとしよう。今日であれば、「昨日どこにいたのか」は、彼女が証言して証明してくれるだろう。1週間後、1ヶ月後でもなんとかなるかもしれない。しかし、10年、20年、50年後は!??
  こんな、「もっと早く起訴してくれればアリバイ等で無罪となったのに」という事案への救済というのは時効制度の重要な意味だと思う。これが、時効延長・廃止により有罪になるのではないか、冤罪が生まれるのではないか*7
  八年前でも、冬馬の記憶が曖昧でなかなか戻らない等、正確な事実の認定の難しさが現れている。
名探偵コナン沈黙の15分は、平成22年改正への根源的疑問である「冤罪を産まないか?」という点をも問いかけている!?

まとめ
名探偵コナン劇場版は、平成22年改正を的確に反映したストーリー展開である。
 そして、同作は、平成22年改正への根源的疑問である「冤罪を産まないか?」という点をも問いかけるという意味で、刑事訴訟法上も重要な映画である。

*1:条件説、傷害致死予見可能性不要説。大判明治43年10月3日刑録16輯1589頁及び最判昭和26年9月20日刑集5巻10号1937頁。なお、条件説を判例がとっているかについては例えば大塚他「大コンメンタール刑法10巻458頁のように、表現はともかく「実質的には社会通念上相当な条件関係を検討している」と評されていることに留意が必要である。

*2:平成16年改正前刑事訴訟法第250条

*3:平成22年改正前刑事訴訟法250条

*4:古田雅之「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律の概要」ジュリスト1404号48頁

*5:重要でないとは思わないが

*6:一応、三次元とする

*7:前記大澤論文は、アリバイ立証の程度が低くても時間の経過によるものとして無罪にすればよいとしているが、判断が裁判官に委ねられており、本当に無罪になる保証がないというのは「無辜の絶対不処罰」という点から疑問が残る。