アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

一部の人にとって最も「敷居の低い」労働法入門〜メイド喫茶でわかる労働基準法

メイド喫茶でわかる労働基準法

メイド喫茶でわかる労働基準法

1.労働者の基本法
 フルタイムで働いている人はもちろん、バイト・パートの人にとっても一番身近で大事な法律は労働法、特に労働基準法労基法)」である。
自由競争社会というものをイメージすると、労働条件は労働者と使用者(会社や会社経営者をイメージしてください)で、対等に交渉して労働条件を決めましょうということになるだろう。
しかし、労働者と使用者が対等な、ARIAカンパニーのような会社*1であればまだしも、普通の会社で「対等」な交渉をすると、その結果は労働者に一方的に不利なものになるというのは、歴史が証明するところである。
そこで、労働基準法が、「最低基準」を定め、*2合意された労働条件を労働基準法の定める条件以上とするようにしているのである(労基法13条)。
そこで、例えば、労働契約書*3解雇予告手当は払わない」といくら書いても、労働基準法上の例外(労基法21条)に該当しない限り、なお解雇予告手当を払わなければならない



2.分かりやすい労基法の入門書はないか?
 こんな大事な労基法は、実は結構複雑である。その理由は簡単。労働法の歴史は、使用者と労働者の対立の歴史であり、使用者による脱法行為を禁止するために規制が徐々に複雑になり、また、条文に書いていないが判例で定められている部分も多い*4のである。
 この複雑な労基法の分かりやすい入門書はないか、これが積年の悩みであった*5


 ここで、近時発売されたのが、メイド喫茶でわかる労働基準法である。
表紙絵から分かるように、メイド喫茶で働く主人公の緋沙が、労働法をかじった猫の宮野さんに労基法を教えてもらうというストーリーの中で、働いたら負けにならないための12の労働基準法のルールを教えてくれる。



3.難しい労基法の割には分かりやすい説明
 おおよそ、ストーリーでトピックスをつかみ、主人公(緋沙)と宮野さんの間の対話&解説文&解説図労基法の基本的な内容を教えてもらえるという構成であり、労働法初心者向けに噛み砕いている。
労基法が中心だが、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律*6雇用保険法*7等の他の重要な法律も説明されている。


 例えば、
「パートでも有給が取れる*8
「期間が決まっている契約社員でも、必ずしも期間満了時に会社側から一方的契約を解消できるとは限らない(雇い止め規制*9)」
「労働者がミスした時の損害賠償額(罰金)を事前に決めてはいけない*10

等は、法学部を出ていれば常識だろうが、そういうことを知らない経営者と労働者は多数いるだろう。
 実際にそれを活用する場合には、会社との関係等も考慮する必要があるので、専門家への相談をお勧めするが、こういう情報を知っているかどうかだけでも、強い労働者に一歩近づけるのではないか。


 説明の口調は、

前借金相殺の禁止
 会社は、前借金その他労働することを条件とする前貸しの債権と、支払われる賃金を相殺(打ち消し合うこと)してはなりません。お金を貸してあげるから、返済はうちで働いて返してねーといった契約は禁止されています。
 あくまで借金と給料の相殺がダメなのであって、給料の前借りなど前借金自体はすることができます。
緋沙 なんかそういう漫画があったような・・・・・・・。
宮野 帝愛グループの地下工場で強制労働させられるやつ?
緋沙 そうそれ! (なんでこの子が知ってるんだろう・・・)
宮野 念のために言っておくと、労働者の人権擁護のため、借金と給料を相殺する契約は禁止されているよ。
緋沙 じゃあ賃金をペリカで払うのも駄目?
宮野 そのとおり。賃金を私的な通貨で払うことは禁止されているよ。でも、労働協約で定めればドルやペソなど他国の公的な通貨で払うことは可能なんだ。

藤田遼「メイド喫茶でわかる労働基準法」138頁

という感じである。これを「面白い!」と感じられた方にはおすすめの本である。



4.注意点
 まあ、基本的にはおすすめできる良い本であるが、注意点がいくつか。


 まずは、本エントリを読んでくださっている読者の方には何ら問題がないと思われるが、本書はもちろん「一定領域」の人向けの本である。表紙の萌え絵で購買意欲が掻き立てられる人向けということである*11


 次に、分かりやすいといっても、法律が法律ということである。例えば、失業給付の支払い日数について、「特定受給資格者」と言われるカテゴリーの人は普通より多くなるのであるが、そのカテゴリーの人については、1頁以上延々と列挙が続く*12。しかも、同じようで違う「特定理由離職者」についてもまた1頁近く延々と列挙が続く*13
これは、本書が悪いのではなく、労基法(正確には雇用保険法)の規定が極めて複雑だからである。
法律にあまり詳しくない方が、本書を読まれる際は、全部が全部を知ろうとするのではなく、どういう制度があるのかの大枠を知るという感覚で読まれるのがよいと思う。



 更に、本書は社労士の藤田遼先生が著されている。資格をお持ちでいらっしゃるので、内容は「基礎を学ぶ」という意味では気にならない程度に正確であるが、細かいことを言うと気になる記載もいくつかある
例えば、内定辞退は働き始める日の2週間前に言えば良い*14といった記載には、正直どうなのだろうかと思う*15
学生からする採用内定の一方的破棄については、議論がされており、中町誠・中山慈夫編「Q&A労働法実務シリーズ(1)求人・採用」68頁では、「(内定をもらった)その後に学生等が他企業と労働契約を締結して、以前に労働契約を締結した企業に対してその労働契約を一方的に破棄すれば、労働契約違反として債務不履行としての損害賠償請求をされることになる」と論じられている。実際には、そのような会社から内定辞退者に損害賠償を請求する例は稀であるが、条理に反する時期の内定辞退では、損害賠償を請求される可能性も法律的にはあり得るのであり、「3月中旬までならいつでも内定辞退できる」という誤解を招くような記載は避けて欲しかった。
【注:この点については、追記が一番下にあります!】

また、全体的に紛争解決の側面の記載が薄いと思われる。例えば紛争解決における労働審判と裁判の使い分けもほとんど書かれていない*16。多くの場合、復職をあくまで求めるなら裁判、早期にお金をもらって解決するなら労働審判という選択がされていると聞いているが、こういう手続選択の部分についても触れて欲しかった。法曹三者、特に弁護士の感覚を導入すれば、「手帳や日記に退社時間をきちんと記録していると残業代支払いの強い証拠になる。でも、真新しい手帳に退社時間だけが書いているものが突然証拠提出されても信用されない可能性がある*17」等の紛争解決がらみの面白く実用に役立つエピソードも盛り込まれるだろ。
更に、具体的な法律の条文番号がないので、本書から次に進んでいく時の「手がかり」がないのも惜しい*18



 本書では、弁護士と社労士が手を組んで労働問題を解決するストーリー*19が描かれている。本書の改訂版では、弁護士に監修を依頼し、労働法の現場に近い社労士の藤田先生と、紛争解決が得意な弁護士の先生がタッグを組めば、もっと良い本になっていくと思う。

まとめ
 藤田遼先生の「メイド喫茶でわかる労働基準法」は、労働者にとって必須の労基法の知識を分かりやすく解説する入門書であり、ぜひ読むべきお薦めの本である。
 本書がたくさん売れることで、本書の改訂版が出され、より強化された最強の労働法入門になることを期待する!


追記(5/17)
なんと、著者の藤田先生のブログでコメントを頂戴しました。このようなマイナーブログのコメントにまで、一つ一つ誠意を持って回答いただける先生のご姿勢に感激いたしました。

http://roumublog.jp/2011/05/10/

要するに、「内定辞退者への法的責任が事実上追求されていないという実態に鑑み、読者の職業選択を後押ししようとあえてこのような表現をとった」*20というものであり、本書への好感度が更にアップしました。
そういう意味でもお薦めの一冊です*21

*1:ARIAで学ぶ会社法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常ARIAで考える労働法〜藍華と転職制限 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*2:労働者と会社の間のみならず、労働者の集団と会社を含め

*3:労基法15条違反は労働条件の明示を定めているが、DQN企業は労働条件を書面化しない...。

*4:その一部は労働契約法で成文法化された。

*5:各法律分野で同じことを言ってるような...?

*6:本書92頁

*7:本書210頁

*8:本書85頁

*9:本書135頁

*10:労基法16条、本書138頁、なお減給については別の議論があります。

*11:それ以外の人には逆に「敷居が高い」だろう。

*12:216頁

*13:217頁

*14:本書207頁

*15:書くなら書くで、注記をきちんと付して欲しいものである

*16:本書290頁

*17:昔聞いた実話

*18:大きなフォントではなくともいいので、どこかに書いておいて欲しかった。

*19:詳しくは本書を御覧ください

*20:要約に誤解があったら訂正します

*21:法学界の「最萌え」競争ではトップ集団にいること間違いなし!