アホヲタ元法学部生の日常

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「どげせん」とハーバード流交渉術

どげせん 1巻 (ニチブンコミックス)

どげせん 1巻 (ニチブンコミックス)

1.どげせんとは
 どげせんとは、あの、板垣恵介先生が企画・全面協力、RIN先生作・画の「土下座漫画」である。
 田代まさし似の主人公、瀬戸発(以下「田代まさし(仮)」という。)が、絶体絶命の状況を土下座で解決していくストーリーで、「No.1土下座漫画」の評判を呼んでいる。


2.どげせんと「交渉術」
 ところで、どげせんが「交渉」のストーリーかというと、なかなか判断が難しいであろう。それは、相互の話し合いで共通の解決点を探る「交渉」と異なり、どげせんでは、ドゲキングの異名を持つ田代(仮)が、土下座により「絶対無理な要求を呑んでもらう」ストーリーだからである。
 交渉術として有名なものに、ハーバード流交渉術がある。このエッセンスは一言では言い表せないが、重要な要素の1つを、裁判官が和解交渉について述べた「和解技術論」から引用しよう。

「ハーバード流交渉術」の中には、一個のオレンジを争った姉と妹の話が出てきます。姉と妹が一個のオレンジを争った結果オレンジを半分ずつに分けたところ、姉は実を食べ皮を捨てたが、妹の方は皮でケーキを作るため実を捨てたと言う話です。
草野芳郎「和解技術論」55頁

ハーバード流交渉術では、相手がなぜオレンジを求めるかの情報を得た上で、「姉に実を1個分、妹に皮を1個分」という交渉が優れた交渉であるとされる。
 双方の利害に照準を合わせ、客観的な基準に基づき双方が合理的に合意できるような選択肢を検討することで、双方がWinWinの結果になる交渉を行う*1。これがハーバード流交渉術の重要なエッセンスの一つであろう。


 ところが、どげせんにおける田代(仮)は、「WinWin」ではなく、一方的勝利を押し付けているようにも見える。「マッサージ屋から逃げた女を追い込むな」「カレーラーメンを作れ」・・・。いずれも、相手が嫌なことを、神業の領域に至る土下座パワーで押し通す。これは、交渉ではない。これが一般的認識ではないか。


3.ハーバード流交渉術の秘技を掴んでいた田代(仮)
 しかし、より深く考察すると、田代(仮)は、ハーバード流交渉術の秘技を掴んでいたのである。
 田代が直面したのは、打開困難な局面である。ハーバード流交渉術を知らない普通の交渉担当者は、以下のいずれかの反応をする。

打開困難な交渉に直面したとき、(中略)反応の仕方には、一般的には次の三通りがある。
反撃 「目には目を」ほどムダで非生産的戦略はない
(中略)
譲歩 急場しのぎの譲歩は、あとで必ず高いツケとなる
(中略)
断交(中略)現実から「逃避」しているに過ぎない
ウィリアム・ユーリー「Noといわせない交渉術」33〜37頁


 しかし、田代は、これら「間違った」反応を巧みに回避する。
 田代の行うのは、「土下座」である。土下座がなぜ効果的な交渉方法か、それは奇襲であって、相手の面子を守る方法だからである。


4.奇襲作戦
 交渉における奇襲の重要性は、古い例だが、「ハーバード流交渉術」では、エジプトのサダト大統領がエジプト・イスラエル和平協定締結を成功させた例が引かれている。

ときには相手の意表を突く行動に出よ
当方に対する相手の認識を変えさせる最も手っ取り早い方法は、おそらく相手が予想していないことをしてみせることであろう。1977年11月におけるエジプト大統領サダトエルサレム訪問は、そうした行為の顕著な例である。(中略)この劇的な行為がなかったなら、エジプト・イスラエル間の和平協定は成立しなかったであろう。
ロジャー・フィッシャー他「ハーバード流交渉術」55頁

 アラブ世界はもちろん、アメリカすらも、エルサレムイスラエルの首都と認めていない時代。自らエルサレムに入ったサダト大統領の「奇襲」は、困難な和平協定締結という実を結んだ
「土下座」という意表を突く方法は、相手の認識を大きく変え、それまでの状況ではあり得ない解決策を可能にするのだ。


5.面子ー立派な「代替案」
そして何より大事なのは面子である。日本だけではなく全世界で「相手の顔の立て方ひとつでどんな難問も即解決」する*2と言われている。
 相手の面子を潰してしまえば、うまくいくと思った交渉も、たちどころに失敗に終わる*3
 逆に言うと、交渉相手は、いつも「自分の面子を失うことへの恐れ」*4を持っている。これを交渉に使うのが、「ハーバード流交渉術」である。


 私が、田代(仮)の行為がハーバード流交渉術の立派な応用形と確信したのは、「ハーバード流交渉術」の中で、ダンという人が、バーで男に絡まれたエピソードを読んだときである。

男がタフガイだということを仲間に証明させてやりたかった。もちろん、私(ダン)を殴らせずに証明させる必要がある
ロジャー・フィッシャー他「新ハーバード流交渉術」149頁

 ダンはアメリカンな方法でこれを実践した。「誰かが、あなたに、『危険』にうまく対処するためのアドバイスを求めたらどう答えますか」と聞いて難を逃れたのだ。
ここでいうダンが行った「ハーバード流交渉」を、「日本社会」という文脈で行っているのが田代(仮)といえるのではないか。
 ダンの例を通じて「ハーバード流交渉術」が教えてくれるのは、相手の利害が「面子」であることが多く、相手が今やろうと考えていること(殴る/ドラム缶に入れて東京湾に沈める等)は、「面子を立てる(ダンの例では「自分がタフガイである」ということを証明する)」ための1つの方法に過ぎない*5。そこで、それ以外の方法を使って面子を立ててやることは、両当事者がWinWinになれる新たな選択肢だということである。


  例えば、マッサージ嬢の事例では、田代は分析したはずである。噛んだというのは言い掛かりに近く、どうせ客に対しては強面の迫田さんが対応して、「お帰りいただいた」はず。借金100万も利息が膨らんだだけでこれまでのマッサージの報酬で元本は返っており、残ってもホストが稼げるくらいだろう*6。すると、女に逃げられたという面子だけが問題となる。
 面子だけが問題なら、周囲には「土下座して命乞いされましたので」と言えば、面子は立つ。そう、土下座こそが、「追い込みのプロ」という面子を保ちたいという迫田 と、女だけは諦めさせたい田代(仮)の共通のWinWinソリューションだったのだ
 このことは、カレーラーメンでも言える。カレーラーメンを作るのが何が問題か、それは「30年の法律」もとい、「頑固親父」という面子である*7。そこで、「全裸土下座」というエクスキューズを与える。「いやぁ、こんなのを他のお客さんに見られたら・・・」という言い訳ができ、頑固親父の面子は保たれるのだ。


6.アクセプタンス・スピーチ
 ここでいう「土下座して命乞いされましたので」とか、「いやぁ、こんなのを他のお客さんに見られたら・・・」というものは、ハーバード流交渉術の用語法ではアクセプタンス・スピーチ(受容スピーチ)と言われる。
  交渉時に、相手と合意できそうな解決案を考える際、相手がこれを受け入れ、相手方の仲間に持っていくときにどう説明するかを考えるのだ。例えば内戦中のゲリラが、交渉の際にどのような解決案であれば相手方(大統領)が合意できるか検討する場面を考えてみよう。大統領が和解案を受け入れると、国民やメディアが聞くだろう。「なんで大統領は、この条件で受け入れたんですか?」「この和解が国民にどんなメリットをもたらすんですか?」と。「彼のためにスピーチのあらましをつくってあげよう」というのが、アクセプタンス・スピーチである*8うまく国民に説明できるスピーチができないなら、その解決案に大統領が合意できるはずがない。実際、大統領に対して「全面譲歩」を迫っていた反乱軍が、アクセプタンス・スピーチの考えを受けて「停戦合意」へと方針変更をし、解決に至った事例が紹介されている*9
 そう、田代(仮)は、相手のアクセプタンス・スピーチまで*10考えて「土下座」しているのだ!

まとめ
 通説的な見解は、「どげせん」における田代まさし(仮)の行動はそもそも「交渉」ではない*11というものだろう。
  しかし、田代(仮)の行動をつぶさに観察すると、その実、相手の「面子」という利害に着目してWinWinの結論を得るという、ハーバード流交渉術の考えが実践されている立派な「交渉」であることが分かってくる。
 「どげせん」は、 ハーバード流交渉術の応用力の広さを示すという意味でも、交渉に携わる全ての人が読むべき漫画である!

*1:ロジャー・フィッシャー他「ハーバード流交渉術」30頁参照

*2:ウィリアム・ユーリー「Noといわせない交渉術」83頁

*3:ウィリアム・ユーリー「Noといわせない交渉術」148頁で言えば、巨大メディア同士の合併

*4:ウィリアム・ユーリー「Noといわせない交渉術」148頁

*5:本人はこれが唯一最高の方法だと思っているのかもしれないが。

*6:実際、どげせん1巻47頁では「ヒロシぃ、お前はきっちり追い込むからな」として、女だけを許すことにしている。

*7:カレーライスもラーメンもメニューにあるのだから、作ろうと思えば簡単に作れる。

*8:ウィリアム・ユーリー「ハーバード流交渉術ー仕事が100倍うまくいくNoの言い方」291頁

*9:ウィリアム・ユーリー「ハーバード流交渉術ー仕事が100倍うまくいくNoの言い方」291頁

*10:明示ないし黙示に

*11:ないし、「交渉術」と呼べるようなものではない