アホヲタ元法学部生の日常

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不注意な「契約」をした「インキュベーター」取締役の責任が認められた事案〜カブトデコム事件

魔法少女まどか☆マギカ ラバーキーホルダー キュゥべえ

魔法少女まどか☆マギカ ラバーキーホルダー キュゥべえ


1.起業支援者としての「インキュベーター
 IPO(アイ・ピー・オー)。新規株式公開という意味である。
 IPOに成功すれば、創業者は大きな株式売却益と、自己の手元の株式の含み益を得ることができる(創業者利益)。また、IPOをする株式を安値で買っていれば、IPO時には、買った時の数倍から数十倍といった暴騰を期待することもできる。こういうことから、IPOを目指しているベンチャー企業は多い。
 しかし、単に「会社の業績がいい」とか「ビジネスモデルがいい」というだけで上場はできない。必要なファイナンスの手当、業務提携先の候補調査等、いろいろな支援が必要である。インキュベーターは、このような立ち上げ期の会社を支援し、上場までこぎつけさせることを通じて、IPOの利益を分かち合う起業支援者のことをいう。


 魔法少女まどか☆マギカでは、キュゥべえことインキュベーターが、少女と契約して、魔法少女になってもらう代わりに、願いを叶えるという設定となっていた。
 この、まどか☆マギカインキュベーターを、起業支援者という意味のインキュベーターとうまく関連付けて話題になったのが、磯崎哲也先生の、

http://www.yomiuri.co.jp/job/entrepreneurship/isozaki/20110531-OYT8T00567.htm

 である。このエントリでは、ベンチャー企業の視点から、

 アニメにも実社会にも共通する教訓は、「契約する際には、十分すぎるほど注意せよ」ということです。相手がなぜその契約を結びたがっているのか、相手はこの契約の対価として何を得るのか、契約にはどのような義務が伴うのか、どのような条件が発生すると契約が終了するのか、契約終了後はどうなるのか。そういった注意は、(ベンチャー企業に限らず)必要です。
「『まどか☆マギカ』で考える『インキュベーター』の役割」より

 といった興味深い考察がされている。


2.インキュベーターが裁かれた!?
 さて、この起業支援者としてのインキュベーターについて、法律の観点から見ると、もう1つの観点がある。それは、不適切なベンチャー企業を支援をしてしまったインキュベーターの責任という問題である。まどマギ風に言えば、適性のない魔法少女と契約してしまったインキュベーターの責任である。これが実際に争われた判決が、最判平成20年1月28日判例タイムズ1262号69頁である。カブトデコム事件の方が通りがよいかもしれない*1


 インキュベーターとなったのは北海道拓殖銀行、後に破綻したことで有名である。魔法少女、もとい、新興企業の名は、カブトデコム。北海道の新興不動産デベロッパーといった感じである。
 時は昭和63年、まさに、バブル真っ盛りであり、北海道にもバブルのあだ花が咲き乱れていた時代である。
 北海道拓殖銀行は、当時、インキュベーター路線を取っていた。この事件の控訴審判決が認定した、拓銀の方針について、ちょっと引用しよう。

拓銀は,昭和60年ころから,金融自由化時代を乗り切るべく,事業収益を挙げるため,道内企業,若手経営者の育成に注力するようになり,(中略)中堅・中小インキュベート事業と題し,中堅・中小の成長企業を主体に,経営情報サービスの提供を通し,企業の成長と拓銀のリターンを拡大し,法人向け中核事業として重点的に取り組むことで拓銀の顧客ポートフォリオの若返りを図ることを目標に掲げ,同年10月までは法人部を中心に,同月以降は育成企業担当部として新設された総合開発部において,道内の若手経営者を中心に企業育成を行った(いわゆる,インキュベーター路線)。インキュベーター路線の実行は,当初は,バブル経済を背景に,拓銀に一定の収益をもたらしていた
カブトデコム事件控訴審判決(札幌高判平成17年3月25日判例タイムズ1261号258頁)

 この路線の一環として、北海道拓殖銀行は、カブトデコム(の関係会社)に計約195億円の融資を行った。カブトデコム洞爺湖のほとりに大規模なホテルを建築するということで、カブトデコムがその関連会社に新株を引き受けさせた。この引き受けのための資金を北海道拓殖銀行が融資した。実質的には、洞爺湖のほとりのホテル建築プロジェクトの資金の融資と考えてもらって差し支えない。
 後で問題になったのは3つ融資があるが、インキュベーターと関係するのは、このホテル建築プロジェクトの資金の融資である*2
 この融資の際、北海道拓殖銀行は、カブトデコム(の関係会社)から担保をとった。それが、カブトデコムの株式なのである。ホテル建築プロジェクトが順調に進み、カブトデコムが順調に成長し、IPOに漕ぎ着ければ、カブトデコム株は、当初の何倍にもなる。そこで、融資を十分に担保するだけの価値を持つことになるだろう。逆に言うと、カブトデコムには、他に担保になりそうなめぼしいものはないので、株式以外の担保をよこせというと、195億円も融資をすることはできず、カブトデコムがこのプロジェクトを通じて成長することはできなくなる訳である。
 この目論見は、少なくとも最初は当たったカブトデコムは、平成元年3月、国際証券*3を主幹事証券会社として日本証券業協会に店頭登録した。今でいうJASDAQ上場である。当初は株価も順調に上がり、株価4万円以上をつけたこともあるそうである。
 ところが、バブル崩壊と共に、カブトデコムの業績は悪化し、ホテル建築プロジェクトも頓挫する。カブトデコムは事実上破綻し、北海道拓殖銀行カブトデコム向け融資は焦げ付いた。北海道拓殖銀行の破綻の原因の一つがカブトデコム向け融資とも言われる


 北海道拓殖銀行破綻後、カブトデコムへの融資が問題視され、北海道拓殖銀行の取締役の責任が裁判上争いになった*4。特に、カブトデコムの株式を担保として取ったことが適切かが問題となった
 控訴審裁判所は、ホテル建築プロジェクトの資金の融資について、インキュベーター路線を評価し、取締役には責任はないとした。
要するに、カブトデコムへの融資は、当該融資そのものによる金利等の収益を目的とする通常の銀行融資とはその性質を異にするもので、相当期間の長期にわたる融資先の育成を見据えた拓銀としての将来における長期的な営業戦略の一環であって、単純な貸付とは異なり、拓銀にとっては,融資元本の回収及び利息による収益を超える利益を目指した投資的性格が色濃く認められる融資であったことから、融資先に既存の物的かつ確実な担保提供を求めること自体が不可能を強いるものであり,発展途上の企業を育成するという目的からは、カブトデコムの株式を担保とする融資も相応の相当性を認めることができる。としたのである。


 これに対し、最高裁は、全く逆の判断をした。他の融資と併せ、計50億円の損害賠償を北海道拓殖銀行インキュベーター)取締役に負わせたのである
 株式は一般に価格の変動幅が大きいところ、いったんカブトデコムの業績が悪化すると、担保となっている株式の価値も一緒に下落する。これを言い換えると、融資の回収が難しくなる場合、つまり、一番担保が必要な場合に株価が下落して担保の役目を果たさなくなるというリスクがある。そこで、株式を担保に195億円もの巨額の融資を行うことは,そのリスクの高さにかんがみ,特に慎重な検討を要するものというべきであると指摘した。
 その上で、銀行が,特定の企業の財務内容,事業内容及び経営者の資質等の情報を十分把握した上で,成長の可能性があると合理的に判断される企業に対し,不動産等の確実な物的担保がなくとも積極的に融資を行ってその経営を金融面から支援することは,必ずしも一律に不合理な判断として否定されるべきものではないが、カブトデコムは、その財務内容が極めて不透明で、借入金が過大で財務内容は良好とはいえないなどの報告がされていたのだから、北海道拓殖銀行が当時採用していた企業育成路線の対象としてカブトデコムを選択した判断自体に疑問があるといわざるを得ない等とした。そこで、インキュベーター路線の一環として行われた融資であることを考慮しても,当時の状況下において,銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし,著しく不合理なものといわざるを得ないとして、取締役の責任を認めたのである。


3.カブトデコム判決の教訓
 インキュベーターは、一社だけをインキュベートすればよいのではなく、通常は複数の有望なベンチャー企業を発見し、次々と支援先を増やしていく必要があるだろう。魔法少女まどか☆マギカにおいて、キュゥべえ「契約」のノルマを課せられていたように、インキュベーターも、多くの原石となるベンチャー企業を発掘して「契約」することが必要である。
 しかし、ダメ企業と「契約」してしまうと大変なことになる。これを示すのが、北海道拓殖銀行カブトデコムへの融資であり、将来の成長に期待して、株式を担保に巨額の融資をしたところ、それが焦げ付き、銀行そのものの破綻の原因となったのである。最高裁も、インキュベーターが一定のリスクを取る事自体には理解を示している。しかし、財務内容が極めて不透明で、借入金が過大等の危ない企業と「契約」して資金的な支援をするのは、投機*5に過ぎない。
 リスクを怖がり、誰もインキュベーターがいない社会。そこは、新たな成長のない、まるで魔女に破壊し尽くされたような暗い社会であろう。しかし、インキュベーターが適切にどのベンチャー企業を支援するか判断しなければ、インキュベーターに大きな損失を与え、取締役個人の責任を問われることになる。加えて、カブトデコムの株式を購入して、それが紙くずになった個人投資家の方もいらっしゃるだろうインキュベーターが、支援先の選別を誤って、上場させてはいけない企業を上場させてしまった時、証券市場に混乱を巻き起こすファイナンスが回らなくなりソウルジェムが濁った企業は、怪しいファンドへの第三者割当増資やMSCBの発行(グリーフシードの供給)等を行い、ハコ企業とか株券印刷業等になって、最後に上場廃止(魔女化)して、多くの投資家に被害を与える。このように、インキュベーターインキュベート責任は重いのであり、キュゥべえ達(インキュベーター達)には、誰を魔法少女として契約するか(どのベンチャー企業を支援するか)について、慎重な検討が求められるのだ。

まとめ
 磯崎先生が指摘されるように、ベンチャー企業側が注意すべきことについて、魔法少女まどか☆マギカは非常に示唆的である。
加えて、カブトデコム判決は、インキュベーター側も、どのベンチャー企業を支援すべきかについて、重要な示唆を与える。この判決を理解する上でも、魔法少女まどか☆マギカは必見のアニメであろう!

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*1:同じ日に最高裁で3件の同じような判決があったうちの1つ。

*2:判決や評釈では「第一融資」と呼ばれる

*3:今の三菱UFJモルガン・スタンレー証券

*4:RCC整理回収機構が提訴。

*5:松山昇平「銀行取締役の融資判断における注意義務」金融法務事情1833号30頁は、「拓銀カブトデコムに対してとった企業育成路線とは、企業育成の名の下に投機的な融資を行ったにすぎない」と指摘する