アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

正式契約結ぶ前なら、内定済のベンダを取り替えてもOK?〜なれる!SEと契約締結上の過失

注:いつもいつも、というか、なれる!SEの1〜4巻のネタバレです。特に4巻は重度のネタバレを含んでますので、先に4巻読んで下さい。読む価値がある本です!

なれる!SEとは、文系新卒の桜坂工兵が、囮広告に騙されてブラック系IT企業「スルガシステム」に就職し、先輩や顧客、同僚と一緒にデスマーチを経験しながら立派なSE成長して行く、そんな物語である。


1.3巻も素晴らしい
なれる!SEの1巻2巻は既にレビュー済み*1で、その素晴らしさをお伝えしたところであるが*2、3、4巻も素晴らしいものであった。
提案活動をテーマにした3巻では、法務が営業に伝えたいことを凝縮している。「間に入るだけでマージンがもらえる」って感覚で営業されると、循環取引に捕まったり、発注者と下請のコミュニケーションミスによるトラブルのつけが回ったり*3、法務が困る結果になることが多い。これを、3巻では、

「あんた達のやろうとしてることって、ただの伝票通しじゃない」
「なぜ我々はあなた方を使わなければいけないのですか?レポートラインを増やさなければならないのですか?」
夏海公司なれる!SE3 失敗しない?提案活動」251頁、270頁

と、直截な表現で表現している。取り敢えず、眼鏡スーツ好きには橋本さん*4が萌えなので、それだけでも読む価値があります!


2.4巻の工兵の「無茶苦茶な」プロジェクト・マネジメント
4巻は、いつものように工兵が六本松社長から無茶振りをされて困るストーリーである。今回の無茶振りは、プロジェクト・マネージャーをやれ。って、新卒入社してまだ3ヶ月ですよ。
ベターメディア社の事務所移転プロジェクトにおいて、雇われプロジェクト・マネージャーが逃走した。その補充として、なぜか工兵に白羽の矢が立ったのであった。


そんな無茶振りの中、必死でもがく工兵に、心を打たれた立華は、彼女の秘密を明らかにする。トランクルームの中に詰められた「勉強会資料」というチューブファイル。その中の1冊がプロジェクトマネジメントをテーマにしたものであり、ベテランPMがその経験の中で習得した「市販本に書いていない生々しい実務の知恵」の固まりであった*5
勉強会資料を参考に問題を解決していく工兵だが、最後にどうしても「5日」足りない。コアL3とフロアスイッチを担当するイグゼク・ソル社の作業日程が長すぎるように思い、交渉してみたが、作業日程は短縮できないの一点張り。万策尽きた工兵は、まだイグゼク・ソル社に発注内示が出ていないことを知り、スルガシステムでイグゼク・ソル社の仕事を代わりにやってしまうという荒技を編み出す


なれる!SEのストーリーでは、イグゼク・ソル社が物販だけでOKと言い、超短納期の構築はスルガシステムということで「合意」ができているので問題はないが、イグゼク・ソル社がとことんまでごねたら法律的にどうなる??


3.契約は「未成立」
もし、ベターメディアとイグゼク・ソル社の間に物販+構築の契約がこの段階で「締結済み」と評価されるとすれば、ベターメディアはスルガシステムの教唆(正確には工兵の教唆)で契約を不当破棄したということになり、もちろん損害賠償問題である*6


 もっとも、本件では契約は未成立だろう。通常、企業間の契約の場合、成立時期は双方の決済権者の承認*7時と言われる。要するに現場レベルで意思が通じていても、その現場担当者に権限がない場合には、原則として契約は成立してないとみなされるのである。反対に、権限ある者が合意していれば、契約するために契約書という書面が作られる必要はない*8
 ちょっと極端な例であるが、携帯電話用占いコンテンツシステム構築の案件で、業者には設計作業等をどんどん進めさせ、契約書の条項の読み合わせまでやって、決済権者が口頭で契約に合意していたが、いざ契約書に署名すべき段階で注文者が署名しなかったという案件において、口頭の請負契約の成立を認めた判例がある*9


 本件では、発注内示書も出ていない上、価格についても、配線屋さんの薬院加奈子が

おまけにギリギリまで根切り交渉するからなかなか発注でなくて。今回だって、早く発注書くらい寄こせって感じですよ
夏海公司なれる!SE4 誰でもできる?プロジェクト管理」245頁

という感じでまだ決まっていない*10ので、これは契約未成立と認定して差し支え無いだろう。


4.契約締結上の過失?
 契約さえ成立していなければ何をやってもいいという訳ではない。契約が成立しなくとも、契約の成立を信じて行動した人を、法律は、契約締結上の過失の理論で救う。
 この概念の詳細を説明すると結構難しいが*11、要するに、契約交渉段階に入ったら、お互い信頼に基づいて誠実に対応すべきで、勝手気ままなことをして相手の信頼を裏切ったら、相手の損害を賠償しないといけないということである*12


 発注内示書が出ている事案であるが、アメリカの会社から購入したDRMシステム(device relationship management system)を使って生化学自動分析装置遠隔監視システムを構築するというプロジェクトにおいて、発注者の内示書を受け、請負業者側がDRMシステムをアメリカの会社から購入したところ、結局発注者と請負業者間で契約がまとまらず、DRMシステムがお蔵入りになったため、DRMシステム購入費用等の損害賠償を求めて裁判になったという事案がある*13東京地裁は、発注内示書の記載が曖昧で、代金額や納入時期が決まっておらず、DRMシステムを請負業者が発注者にライセンスする合意*14も締結できていなかったこと等を根拠に、契約を未成立としたものの、発注内示書自体に一定の意味があり、発注者の常務会で予算化が認められているといった契約交渉がかなり具体化した段階で、請負業者が契約が成立すると信じて行動したところ、特段の事情がないのに発注者が契約を締結しなかったのだから、請負業者が被った損害を賠償すべきと判断された(契約締結上の過失)*15


 ここでポイントとなるのは、契約締結に向けた交渉のどの段階にあるかと、発注者が契約を結ばないことについて理由があるかである*16。契約交渉が進んでいれば進んでいる程、これを信頼して行動することに合理性があり、破棄による損害を賠償せよということになり易い。反面、契約交渉の初期段階なら、お互いに契約が締結されることへの期待は少ないので、途中で契約をしないとなっても問題なし*17となることが多い。また、契約交渉が進んでいても、契約をしないと言い出す理由が合理的であれば、契約をしないことは「過失」ではなく、損害賠償責任を負わない。


 まず、契約締結に向けた交渉のどの段階にあるかであるが、上記のカナ*18の発言のとおり、プロジェクトのキックオフ後数週間が経過しており、契約がもう締結されて当然の時期に来ている。そう、その意味では、発注内示書まで行かなくとも、ベターメディアは、イグゼク・ソル社の「契約」への期待を煽っているといって差し支え無いだろう。


 次に問題となるのが、契約をしないと言い出す理由が合理的かである。この点、請負業者と価格で合意できない場合、特に請負業者が当初の見積もりを値上げしてきたので契約を拒絶したという場合には、合理的理由があり、契約拒絶は信義に反しないとされる可能性が高い*19
 ところが、本件では、価格で合意しなかったのではなく、問題は納期である。しかも、「1週間」は、ベターメディア側のPM(=工兵)が言い出した期間である*20。つまり、当初ベターメディア側の人が言った数字でOKを出したところ、その後で他の業務と並行して設計・設定投入をすればもっと短縮できるとして納期短縮を持ちかけられた訳である。これに応じた方がプロジェクト全体の最適化の観点から「望ましい」のはそのとおりだろうが、応じないと契約を奪われてもしょうがない話なのか??
 ここは、最後はプロジェクト実務上の合理性*21で決まるが、現時点の暫定的な印象としては、ベターメディアに契約締結上の過失が認められ、損害賠償をされてもしょうがないと思う。やはり、PMをやっている業者が、タイム・マネジメントのため、プロジェクトに従事する他の業者の仕事を奪ってしまうというのは、プロジェクト全体の士気にも影響する「禁じ手」であり、ストーリーとしては面白くとも、現実ではやってはいけないことと考えるからである*22


 もっとも、ベターメディアに契約締結上の過失が認められるといっても、イグゼク・ソル社が強硬に1週間を主張したことは、「過失相殺」として考慮され、全額の賠償が取れるわけではない*23
 更に、何が損害かという問題もある。コアL3とフロアスイッチがシスコ*24の汎用品であれば、「発注しちゃった!」といっても、他に転用できる限り損害はないと考えられる*25。後はこれまでミーティングに出たイグゼク・ソル社の人の人件費くらいだが、これはたかが知れているだろう*26。その意味では、損害賠償ができるといっても、本件ではそこまで莫大な賠償にはならないと言えるかもしれない。

まとめ
 異論はあり得るが、なれる!SE第4巻で工兵が採った「プロジェクトマネジメント」手法は、裁判沙汰までいってとことん争えば、契約締結上の過失による損害賠償という話になりかねない危険な手法である。
「内示も出ていない。金額もFIXしていない。ということは、総額の予算さえ帳尻をあわせれば、逆になんとでも体制を再構築できる*27」という工兵の考えは、若干甘い気がする。
工兵の計画を聞いて「アホかぁあああああ!*28」と叫んだ立華は、流石長年の経験から、本能的に危険性を察知していたのである!!


多分関連しないエントリ
ほむほむのプロジェクト・マネジメント〜ぷろ☆マネ!? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*1:なれるSEと法務〜リスキーな対応を強要するユーザとトラブった場合の法的判断 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*2:これを書いてから、実は2巻はレビューしていないことに気づいた。

*3:特に下請との関係で下請法が適用されると、曖昧な仕様に基づきやり直しを命じることが原則禁止されるので、客からは金を貰えないのに法務が「下請法があるので取り敢えず下請にはお金を払え」と命じることになり、営業が法務を逆恨みすることも・・・。あ、実話じゃないですよ、け、決して・・・。なお、そういう時は外部弁護士の先生にお出ましいただいて、「法務は営業の味方だが、弁護士先生が固いことを言う」っていう「振り」をして、営業との信頼関係を維持するとかのテクニックが使えるようになれば、法務として一人前って言ってた部長がいたようないないような・・・。

*4:業平産業情シス担当。217頁等から伺われる会社の「ノリ」から推測するに、多分前職は某外資系巨大コンサルティングファーム

*5:夏海先生、翔泳社かどこかから室見立華編著「プロジェクトマネジメント勉強会資料」を出版してください! 間違いなくベストセラーになります!現在出版されているのでそれに近いのは伝説のPMが教える 私のいち押しプロジェクトとかかなぁと思うのですが、共著で著者毎の質の差が激しい、体系化されていない、事例が(多分守秘義務に配慮して)古い等、絶対「勉強会資料」には負けます。なお、もし「勉強会資料」に近いPMの本をご存知の方はtwitterかブログコメント欄でご教示いただければ幸いです。

*6:バッファ取りすぎてテコでも動かないひどいイグゼク・ソル社を切るのは当然で、「不当」破棄ではないという考えもあり得るが、結局前の事務所の賃貸借契約を早々と切って、バッファをなくしたのがベターメディアであるという観点からすると、契約が一度成立したとなると、ベターメディア側はかなり弱い立場にあると思われる。

*7:が外部に現れた

*8:QBも契約書作ってませんよね?

*9:東京地判平成16年12月28日。なお、実は未成年取消と親の営業許可等もからむ結構特殊な事例です。この業界でいい判決ありませんかね?

*10:請負の場合「時価」での請負契約の成立はあり得る。しかし、価格が決まっていないことは、請負契約の成立を否定する方向に働く要素の1つである。

*11:http://d.hatena.ne.jp/ronnor/20051029/1130518967:参照

*12:最近、契約締結上の過失が債務不履行責任ではなく不法行為責任とする最高裁判例が出ましたね。

*13:東京地判平成17年3月24日

*14:本来、アメリカの会社はかかる合意がないとDRMシステムは売らないと言っていた。

*15:なお、過失相殺あり

*16:それ以外にもポイントはあるのですが、重要なものに絞りました

*17:信義に反しない

*18:薬院加奈子

*19:この判例を語るだけで1エントリできてしまうのですが、東京地判平成17年3月28日は請負業者が価格を上げてきた点を契約締結上の過失否定の重要な要素の1つとしています。

*20:244頁「当初1週間と持ちかけたのは工兵だが」とある。

*21:とことんまで争われれば双方が情報工学の教授とかを鑑定人として呼んでくるだろう

*22:工兵に感情移入しちゃうと難しいのですが、PMが「あなたの会社の競業先」だと想像してみると分かりやすいのではないか。あなたの会社が入っているプロジェクトで、当初PMがOKと言っていた納期を更に短縮するよう求められ、断ると、PMの会社に自分の会社の仕事を奪われた。これには納得できないと思いませんか?

*23:上述の東京地判平成17年3月24日では、3割の過失相殺が認められた。

*24:なれる!SE」はネットワーク機器はシスコ前提としているような気がするのは気のせいでしょうか? CCNA取ろうかなっと。

*25:まあ、めったにネットワーク構築をしないところが、たまたま契約できると信じて発注してしまい、どうしても転用できないといった場合には損害になることはありえますが。

*26:あ、人件費の「損害」性の論点は、語り出すとまた1つ別のエントリが書けてしまいますので、省略で。大まかに言うと「外部人件費であれば、金額が適正で、それが本当に必要なら損害として認められる可能性が高い」「内部人件費は金額の面でも必要性の面でもかなり厳重に吟味され、残業代程度しか認められない場合もあれば、安目の人月単価で認められることもある」という程度でしょうか。

*27:259頁

*28:261頁