即独を考えている人の必読書〜「独立開業ああ本日も仕事なし」
独立開業ああ本日も仕事なし―新人司法書士円月堂抱腹絶倒奮戦記
- 作者: 成田尚志
- 出版社/メーカー: ビジネス社
- 発売日: 2003/01
- メディア: 単行本
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最近、就職率悪化により、即独を考えている修習生も多いと聞く。即独ノウハウの定番は
司法修習生のための即独マニュアル|法律論文・法律書を淡々と読む
と言って過言ではなかろう*1。
もっとも、高橋先生のご体験は貴重ではあるものの、ある意味では「成功体験」である。
100の利点(成功談)を聞くよりも、一つの失敗例を注意深く話してもらう方が得るものが大きいんだよ。どうやったら同じ轍を踏まずに効果を出せるか学べるだろう。
岩井孝夫「こんなSEはいらない!」129頁
しかし、普通はその種の体験は表に出ないし、仮に出てもワイドショー的に現象面・表層面を追うだけで、本質が分からないことも多い。
ところが、司法書士の成田尚志先生が、独立して一年目に収入が安定せず、大学生と一緒にバイトをされているという実態を赤裸々に公開されている。確かに古い*2が、これはまさに即独者の必読本であろう。この本を「専門家の独立」という観点から考察してみたい。
2.売上>経費
まず、専門家であってもなくとも、独立して安定的にやっていくためには、売上が経費を上回るようにしなければならない。単に上回るだけではなく、生活費分以上上回らなければ、成田先生のように、貯金を崩して生活することになる*3。
簡単に言えば、売上を増やすか経費を減らすしかない。
売上を増やすためには、仕事の量を増やすか、単価を上げるかしかないが、独立したばかりでは、単価はどうしても安くなりがちなので、仕事の量を増やすことになる。
仕事の量が増えないなら、経費を減らすしかない。事務所賃料、コピー機代等々経費はかなりのものである。これを最初の段階で収入に見あったものに減らすということである。
成田先生は、仕事がある時には売上が経費を上回るが、仕事がなくなると経費が売上を上回る状態であった。
一般には、継続的案件*4が多ければ、安定性は高い。これに対し、一回的案件が多く、次に繋がらないという場合には、収入が不安定になる。しかし、賃料やコピー機リース料は、固定的にかかる経費である。
売り上げ増加に応じて増える変動経費率を上げ、固定経費率を下げる、これが、苦しい月でも売上>経費を保つ基本である。
3.事務所立地
この固定経費を下げることの重要性の具体例として、本書は、事務所立地のエピソードを挙げる。
成田先生は、最初の事務所立地に、アルバイトを置ける広さ、駅徒歩5分のロケーションを選んだ*5。ところが、看板代込みで毎月約13万円が固定的に出て行くし、アルバイトを雇う状況ではない。登記所通りの一本裏で、六階にある看板を見て来る飛び込み客はいない。 そこで、狭いが 家賃が約半分の7万円のビルに引っ越されたのである。成田先生はこうおっしゃる。
都市部での開業を考えている人には、「とにかく家賃を抑えろ!」と、「!」付きで訴えたいです。
(中略)
あとのことは全部切り捨てて、家賃の安さを優先すべきです。
(中略)
我々の仕事は、通りすがりの人が「あ、ここにしよう」とか言ってフラッと入って来てくれるような業種ではありません
本書193頁
最初の段階では、とにかく安いビルに入居する方が、固定経費を下げられるので、前向きに検討するべきだろう*6。今は弁護士会等でそういう即独向きのオフィスの提供を検討していたりもするので*7、そういう公的なものを利用するのも手であろう。
4.専門職の営業方法を取る
それでも、経費は0にはならない。切り詰めた経費+生活費が、例えば月20万円だとすれば、預金を取り崩さずに済ませるためには、20万円以上の売上を毎月確保しなければならない訳である*8。
成田先生も、売上確保に奔走された。チラシを自宅の近くに撒かれたり、 銀行等を何度も回ったが、ほとんど効果はない。むしろ、「*9無駄足をさせて悪いから」という対応をされたりした*10。どうも、成田先生は、照明関係器具の営業マンをされていた頃の経験を応用して、仕事を見つけようとされたようである。
しかし、基本的には、「信用」で依頼を受けるのが専門職である。証明器具は、QBのように「さあ、まどか、契約するんだ!」としつこく言い続けるのが有効だったかもしれないが、信頼命の専門職を、何度もセールスに来てくれたというだけで、依頼したくなるとは到底思えない。
「断られてからが営業だ」とか、「一度や二度会ったぐらいで仕事をもらえる訳がない。何度も通い詰めて、頼み込んでよいやく取ってこれるものだ」みたいなことがよく言われますが、我々の仕事にはあまり当てはまらないようです。
本書198頁
CMを大々的に掛けるといった資金力がなければ、高橋先生のおっしゃるような「人脈営業」をするしかないだろう*11。
5.「暇な日」をどう過ごすか?
成田先生はフリーセル4段*12である。 仕事がなく暇な日にフリーセルをやって過ごされる。自由業である以上そのような生活を選択するのは「権利」であり、成田先生のその選択について、とやかくいうつもりはないし、とやかく言う立場にもない*13。
専門職の新規独立者が、そうすることの「意味」を理解した上でこのような「暇な日」の過ごし方をされるのは、その方の自己決定であるので止めるつもりはないが、例えば、この「暇な日」に、営業活動を行ったり、弁護士会の図書館で本を読む(タダである)等の活用をしてみるというのは一つの手である。
具体的な過ごし方のアイディアとしては、勉強兼営業として、事務所のサイト*14にQ&Aをアップするというのがある。例えば、労働法の勉強をしながら、学んだことをQ&A形式で、労働者の疑問に答える内容*15にまとめ、事務所のサイトにアップする。相談が来なくとも、自分の勉強になるし、有益と思われてSNS等経由でアクセスが増えれば、あわよくばお客さんがくるかもしれない。お客さんが来なくとも、勉強したことは役に立つはずである。
まとめ
「独立開業ああ本日も仕事なし」は、その普遍性、つまり、万人に適用可能という意味で極めて有用な、専門職独立についての本である。
即独立ないし早期独立を少しでも考えている修習生や若手の弁護士の方に、ぜひ読んでいただきたい本である。
本書の教訓を踏まえれば、相当程度独立後の業務が順調に軌道に乗る可能性が高まるだろう。
*1:即独者をちょっと見下げた感じの筆致なのは気になりましたが。
*2:2003年刊の本であるが、2000年頃の話。
*3:本書173頁参照
*4:同じお客さんがいろいろな仕事を持ってきてくれるでも良いし、ある仕事の関連の仕事が芋づる式にやってくるでも良い
*5:57頁
*6:なお、弁護士の場合、自宅兼務は、「自宅住所が日弁連に登録され、公開される」という問題があるので、おすすめしない
*7:確か、二弁が中野に作るはず
*8:東京だと、月30万、月40万ということも十分あり得る。
*9:これ以上来てもらっても
*10:本書104頁
*11:http://ameblo.jp/kamatastudy/entry-10620338818.html参照
*12:自称
*13:成田先生は全てを理解された上で、「あえて」その選択をされた。と信じている。
*14:無料のサービスは多い。というか某弁護士向け有料事務所HPシステムの画面デザインは・・・。
*15:なお、使用者の疑問に答えるというのもアリだろう