アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

もしもさやかがキュゥべぇを訴えたら?

小説版 魔法少女まどか☆マギカ 初回限定版 【書籍】

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 キュゥべぇによって、意に反してゾンビにされたさやか。
裁判所に救済を求めるにはどうすればよいか?


 法律による救済を求めたい「被害者」は、裁判所に訴状(起訴状ではない)を提出して、「加害者」を訴える。 訴えた人が原告、訴えられた人が被告になる。


では、さやかの訴状をみてみよう。

                        訴   状
収入
印紙

平成23年4月1日
見滝原地方裁判所民事部御中
〒○○○‐○○○○ 虚淵県見滝原市蒼樹梅1丁目2番3号
原 告 美 樹 さ や か
法定代理人親権者父 美樹●●
〒○○○‐○○○○ 虚淵県見滝原市新房1丁目2番3号 鹿目和久方
被 告 インキュベーター・インコーポレイテッド
日本における代表者 キュゥべぇ

損害賠償等請求事件
訴訟物の価額 218万4000円
貼用印紙額 1万6000円
予納郵券 6400円

第1 請求の趣旨
1 被告は,原告の身体を,平成23年1月28日以前の原状に復せ。
2 被告は,原告に対し,グリーフシード1個を引き渡せ。
3 前項の引渡しの執行が功を奏しないときは、被告は、原告に対し、8万4000円を支払え。
4 被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成23年1月28日から
支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。

 さやかは未成年者である。民事訴訟法31条は、さやかのような未成年者は訴訟を自分ではできず、父母(法定代理人)等に代理してもらわなければならないとする。裁判では、権利を失ったり義務を負うことがあるから、きちんとした能力がなければ、助けてもらう必要があるということだ。
 

第2 請求の原因
1 当事者
 原告は、見滝原中学2年次に在籍中の女学生であり、第二次性徴期にある。
 被告は、第二次性徴期の少女に対し、様々な願い事を叶えるという役務を有償で提供する役務提供事業者である。
  かかる役務の対価として、少女が魔法少女として深夜労働等を強いられていることから、その様子がMBS、TBS等で取り上げられて依頼、社会問題化している。

2 契約締結とクーリングオフ
 原告は、消費者に対して願いを叶える役務を提供する役務提供事業者である被告との間で、原告宅において、以下を内容とする役務提供契約を締結した(以下「本件魔法少女契約」という。)。
・被告は、上条恭介の手を治療し、バイオリンを元通り引けるようにする役務を提供する。
・原告は、魔法少女となり、魔女を倒して魔女の落としたグリーフシードを被告に供給する。
 原告は、平成23年2月10日、被告に対し、本件魔法少女契約に関するクーリングオフの意思表示を配達証明付き内容証明郵便にて発信した(甲1の1、甲1の2)。

 (訪問販売等による)クーリングオフの要件事実は、(1)当該契約が特定商取引法クーリングオフ規定が適用される商取引に該当することと、(2)クーリングオフの意思表示の発信だけである。
 クーリングオフの発信が所定期間になされたことは、販売業者等に主張立証責任がある*1
 ここで、本件では、法定書面の交付は顕在化していないものの、裁判官が常識的に見れば「1月28日の契約なのに2月10日の発送…」と疑問に思うだろう。よって、第3の関連事実において、この点を補足することにする。

不法行為
 被告は、本件魔法少女契約の勧誘に際し、原告の魂がソウルジェム(甲2)に移転し、原告の肉体が魂の抜けた、いわば「ゾンビ」へと変身することを伝えず、本件魔法少女契約を締結し、原告の魂をソウルジェムに移転せしめ、もって、原告の魂を奪われない利益という法律上保護される利益を侵害したものである。
 被告は、「どうして人間はそんなに魂のありかにこだわるんだい。」とかねてより公言するとおり、原告が魂を奪われることを嫌がり、正確な説明を受けていれば本件魔法少女契約の締結に同意することがなかったことを理解していることから、被告には、かかる法律上保護される利益を侵害行為につき、故意又は少なくとも重過失がある。
 魂を奪われたことで、原告は「ゾンビだもん。こんな身体で抱き締めてなんて言えない。キスしてなんて言えないよ…」と思い悩んでおり、原告の受けた精神的損害は50万円を下らない。

不法行為の要件事実は、*2法律上保護される利益を侵害したこと、これが故意または過失によること、損害及び因果関係である。
 今回は、何を「法律上保護される利益」とするか悩んだが、オーソドックスに、「魂を奪われない利益」としてみた。
 今回は、「どうして人間はそんなに魂のありかにこだわるんだい。」といった台詞がテレビ放映されているので、争われればDVDを証拠提出することになるだろう。裁判官はよっぽど興味がないと映像証拠を鑑賞しないので、「ビデオ撮影報告書」のようなものを作ってあげるのがよい。要するに「絵コンテ」である。台詞が重要なら業者に頼んで反訳文を作ってもらうこともある*3
 損害因果関係であるが、ソウルジェムから魂を戻せるという前提であれば、せいぜい50万円程度というのは、「これからの契約の話をしよう」で論じたとおりである。

4 不当利得
 原告は、本件魔法少女契約がクーリングされる以前、被告に対し、グリーフシード1個を供給したところ、上記のとおり、本件魔法少女契約は解除された。
 ここで、上記グリーフシード返還請求が執行不能である場合には、当該グリーフシード獲得のための対価が代償額となる。本件では、原告は計7日間魔女を破壊する労務に6時間従事したており、深夜労働であることにも考えれば、一時間当たりの対価は2000円を下らないことから、42時間分の対価たる8万4000円が代償額となる。

不当利得の原則は現物返還*4である。しかし、現物返還ができない場合には、その利得の客観的価値の返還を請求できる。
 本当は、グリーフシード使用利益を求めることができるが、当該利用利益の価額を主張・立証しなければならない(山本「契約」197頁)。要するに賃料相当額であるが、エネルギーの価値の換算が困難なので、今回は求めていない。
 代償請求にかかる遅延損害金は認められない(福岡高判平成9年12月25日判タ989号120頁)

5 よって、原告は、本件魔法少女契約の解除に基づく原状回復請求として、本件魔法少女契約締結以前の現状に復するよう求め、不法行為に基づき、50万円及びこれに対する不法行為の日である平成23年1月28日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、並びに、本件魔法少女契約の解除に基づく引渡し済みグリーフシード1個の返還を求めると共に、同引渡しの執行が不能になったときは、履行に代わる損害賠償として、8万4000円の支払いを求める。

 いわゆる「よって書き」で請求をまとめる。今回はかなり複雑なので、請求毎に分けて説明した方がスッキリするかもしれない。

第3 関連事実
1  被告は、長期に渡り原告に対し、「僕と契約して魔法少女になってよ!」等と本件魔法少女契約を勧誘し続けたが、原告は被告からいかなる書面も受領していない。そこで、特定商取引に関する法律第4条規定の書面も同法第5条規定の書面も受領していない。
2 原告は、被告に対し、内容証明郵便(甲1)にて契約解除等を求めたが、被告は、「訳が分からないよ。どうして人間はそんなに、魂の在処にこだわるんだい?」等と居直るばかりで、任意に現状回復等に応じようとしない。そこで、原告は、請求の趣旨記載の判決を求めるために本訴に及ぶ。

                                                 以上
証 拠 方 法
甲第1号証の1 内容証明郵便謄本
甲第1号証の2 配達証明
甲第2号証 原告所有ソウルジェム
附 属 書 類
訴状副本 1通
甲1号証写し 1通
戸籍謄本 1通
商業登記簿謄本 1通

 裁判所に事案の背景を理解してもらうための補足は、「関連事実」という項目を立てて行う。交渉経緯等は権利の消長と直接関係ないものの、書いておくことが多い。

まとめ
 さやかがキュゥべぇを訴えるとしたら、こんな訴状になるだろう。
 なお、本訴状は、「見滝原白熱教室」の書式編に入れようとして、ページや時間の都合で入れられなかったものである。書式編にはさやかの告訴状、魔法少女契約解除の内容証明郵便、そして、本来 キュゥべぇ が渡すべきだったクーリングオフ等の説明書面を掲載している。

*1:瀧澤「消費者実務」262頁

*2:権利又は

*3:ひどい業者だと、ちょっとでも聞き取りにくいところは全部?にするところがあるので、業者選定には万全の注意を払おう

*4:潮見佳男「契約各論I」275頁