アホヲタ元法学部生の日常

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ゲーム機発売早々の大幅値引きと法的責任〜マンション値引き判例からの考察

ニンテンドー3DS アクアブルー【メーカー生産終了】

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注:イメージ映像


1.発売早々の大幅値引き
 仮想事例を検討してみたい。

ゲーム機メーカーNは、新型携帯ゲーム機(「ゲーム機X」)を当初2万5000円で販売していたが、わずか半年で1万5000へ大幅値引きを行うこととした。この場合、ゲーム機Xを2万5000円で購入したユーザーは、法的にNに対して何か言えるのだろうか?

 判例を元に検討したい。


2.値下げに関する裁判例
 残念ながら、ゲーム機の値下げに関する裁判例は見当たらなかった。
 しかし、分譲マンションの値下げについてはいくつかの裁判例がある。要するに、最初は結構な価格で分譲するんだけど、売れ残ると超特価で販売して完売する業者がいる。超特価での販売によって当該マンションの中古としての価値が下落するため、最初に高い価格で買った住人が、デベロッパー等を訴えるというものである。
大阪地決平成5年4月21日判例時報1492号118頁、東京地判平成5年4月26日判例タイムズ827号191頁、東京地判平成8年2月5日判例タイムズ907号188頁、大阪地判平成10年3月19日判例時報1657号85頁、福岡地判平成13年1月29日判例時報1743号112頁、東京地判平成13年3月22日判例時報1773号82頁、東京高判平成13年12月19日裁判所ウェブサイト(原審東京地判平成12年8月30日判例タイムズ1039号285頁)、横浜地判平成15年2月12日(LEX/DB28081355)等の判例の圧倒的多数は、住人の請求を棄却し、デベロッパーは法的な責任を追わないとした
 要するに、物件の価格は需要と供給で決まる以上、需要の減少に従い値引き販売することも違法ではないというものであり、上記大阪地判平成10年3月19日4割以上の値引きについても未だ適法としたものである*1


3.値下げの責任が認められた裁判例
このように、責任を否定する裁判例が圧倒的に多いものの、一部分譲マンションの値下げ事案で、賠償を認めた判例もある。この1つが、阪高判平成19年4月13日判例時報1986号45頁である。
兵庫県は芦屋浜沖の埋立地である南芦屋浜に、平成11年、あるマンションが建築された(「本件マンション」)。
阪神大震災以降、神戸におけるマンション建築は進んだものの、平成9年頃からは供給過剰状況が続いていた。
新築当初、本件マンションの平均坪単価は154万円であった。ところが、3次の分譲を終えた平成11年2月末の時点でも、総戸数203戸のうち71戸しか契約が成立せず、その売行きは不調であった。
 更に販売促進活動を行ったものの、平成13年2月の時点で、計133戸しか契約が成立せず、3分の1を超える70戸が売れ残ってしまった。
 そこで、平均坪単価83万円、49.6%の値下げをして本件マンションの値下販売を開始した。その結果平成15年5月までに70戸のうち62戸を販売し、平成17年2月までに全戸を販売することができた。
 住人にとっては約4000万円の高い買い物であり*2、それがこのような大幅な値下げ販売で中古価格が下がってしまった。そこで、裁判所に訴えた訳である。


 まず、裁判所は、一般論として、値下げ販売の責任を販売者は負わないとする。商品の価格は、市場における需要と供給の動向によって決定されるのであるから、売主は、市場の価格動向を見ながら、自由に販売時期と価格を決定することができ、消費者としても、商品の品質と価格を他と比較しながら、自らの判断と責任で購入するか否かを決めなければならず、結果的に高い価格で買わされたとしても、基本的には自己責任とした。
 もっとも、大阪高裁は、分譲マンションの特殊性を指摘している。つまり、分譲マンションは購入後の人生の大半を過ごそうと、長期保有の目的で購入され、長期のローン負担する極めて高額の商品である。反面、マンションの分譲業者は、地域におけるマンションの需要と供給の動向を、将来の見通しを含めて認識、判断し得る立場にあるから、適正な価格を設定することができる。
このような分譲マンションの特殊性一般に加え、本件マンションにおいては、買主は、本件マンションの引渡しを受けた後五年間、売主の承諾を受けずに第三者に譲渡できない旨の条件が付されていたことから、売主が本件マンションの売れ残りを市場価格の下限を下回る価格で廉価販売しようとしていても、その影響によって既購入物件に生じる価格下落等による損失を回避し、又は小さくするため、購入物件を早期に転売することができなかった
 このような、分譲マンションの特殊性に加え、本件マンションの特殊性を考え併せると、完売を急ぐあまり、市場価格の下限を相当下回る廉価でこれを販売することは、マンション既購入者らに損害を被らせるおそれがあるから、信義則上、上記のような事態を避けるため、適正な譲渡価格を設定して販売を実施すべき義務があると認定した。


本件では、値下げ販売の価格設定が、適正価格より10%も下回ることが認定され*3、売主は、上記の信義則上の義務に違反し、売残住戸の完売を急ぐあまり、分譲開始から約4年後に、当時の市場価格の下限を10%以上も下回る、当初の分譲予定価格から49.6%値下げした平均坪単価八三万円という著しく適正を欠く価格で本件マンションを販売したものであるから、その行為には過失があり、不法行為を構成するとした。


 もっとも、当該値下げ分の賠償が直ちに認められた訳ではない。大阪高裁は、マンションを含む商品の価格は、市場における需要と供給の動向によって決定されるから、本件マンションの住戸の価格が、値下販売によって、一時的に値下がりしたとしても、これが将来にわたって続くものとはいい難いとして、当該値下げ分の賠償自体は否定されている。
 もっとも、買主が多大な精神的苦痛を被ったものと推認することができるとして、慰謝料100万円を認めた*4。この金額算定の過程では、売主側が買主に対して値下げ販売を開始する際に不誠実な対応をしたことも重視されている。



4.ゲーム機事例における検討
 結論から言えば、ゲーム機事例においてN社に法的責任が認められる余地はほぼないと言わざるを得ないだろう。
 大多数の裁判例は、価格は需給によって決せられるとして、4割以上の価格改訂すら適法としているのであって、2万5000円から1万5000円という4割の価格改訂があったとしても2万5000円で当初販売したことが、ゲーム機Xの客観的価値を大きく上回る価値で販売する違法行為(暴利行為)と言うことは到底できないだろう。


 問題は、上記の大阪高判との関係である。阪高判が他の事案と異なり慰藉料を認める根拠とした「特殊性」は、本件にあてはまらないと考える
 大阪高判のいう特殊性は、分譲マンションの特殊性と本件マンションの特殊性の2つがある。そのうち、どちらが重要か、もちろん、本件マンションの特殊性である。要するに、他の多くの事件でも、長期のローン負担する極めて高額の商品*5という部分は同じなのであり、それにもかかわらず、大阪高判だけが原告を勝たせた。そこには、本件マンションの特殊性である、転売禁止が大きく関与しているだろう。
 つまり、自己責任という以上、買主に損害を回避するルートを与えるべきであり、転売という損害回避ルートを制限しておきながら「自己責任」というのはひどいというのが、大阪高判の考えと思われる。
 ゲーム機Xについては当然転売制限などついていない以上、大阪高判のような最大限買主に同情的な考えを採ったとしても、法的責任は認められないと言わざるを得ない

まとめ
 過去の裁判例の傾向を見る限り、ゲーム機Xを販売開始から半年で大幅に値下げしたことにつき、初期ユーザーはN社の法的責任を問うことは極めて困難である。
 もっとも、法的責任と異なり、いわゆるレピュテーション(市場のN社への評価)の問題があるが、これは、アンバサダー・プログラム等で最大限理解を求めるという方法を採用したものと思われる*6

補足:以下の最高裁HPの判決(pdf)は、電話加入権値下げを理由とした賠償請求を棄却したものである。事案はかなり違うが、参考まで。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071030131704.pdf

*1:なお、ちょっと特殊なものとして説明義務違反を認めた東京地判平成15年2月3日判例時報1813号43頁は最高裁において最判平成16年11月18日民集58巻8号2225頁で是認されている。

*2:売残住戸の当初の販売予定価格は、平均で約三六九五万四八〇〇円とされる

*3:判決本文を参照されたい

*4:+弁護士費用10万円

*5:なお、ゲーム機Xには長期保有の目的で購入され、長期のローン負担する極めて高額の商品という部分はほぼあてはまらない。もちろん、購入層の相当程度を占める子どもにとっては「高額」商品であるが、長期ローンを負担してゲーム機Xを買う人はあまりいないだろう。

*6:京都の花札屋さんの法務部にも知り合いがいるので、機会があればこのような検討過程を同社でもとったのか聞いてみたいなぁと。