生徒会の六法〜副会長の二股事件を法的に分析!?
生徒会の一存―碧陽学園生徒会議事録〈1〉 (富士見ファンタジア文庫)
- 作者: 葵せきな,狗神煌
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 2008/01/19
- メディア: 文庫
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*いつもいつものことですが、当エントリは生徒会の一存の第一巻(正確な表現は「碧陽学園生徒会議事録シリーズ第一巻「生徒会の一存」だが、長い。)及び4巻のネタバレを含みます。
また、本エントリに出てくる婚約不当破棄の判例に登場する男はほぼ例外なくみんなリア充です。判例を検索してしまうと憂鬱になる恐れがあります。
1.「生徒会の一存」とは
夢と魔法のファンタジーをライトノベルの一極とすれば、本書は、その真逆の極にある。何らかの理由により日常から隔離され、日常を取り戻すために戦うストーリーがあるとすれば、「生徒会の一存」は、その取り戻すべき「日常」を描いたものと言えよう。碧陽学園生徒会室で、5人の生徒会幹部が織りなす何気ない会話、これが「生徒会の一存」である。
「生徒会の一存」は、現在一部の法学クラスタの間で人気を博している。例えば、有名な法学bloggerの黒猫先生のblogでは、裁判官や弁護士になるために必要とされる「要件事実教育とは何か」を説明するために、こういう例を挙げる*1。
【問題】以下の会話文に関して,次の問いに答えなさい。
A「じゃあ,これから算数の問題を出すね。小学生でも解けるようなの」
B「そんなの朝飯前よ。あたしに任せなさい!」
A「(小学生レベルの問題解くのに,何で気合い入れてるんだろう・・・)じゃあ・・・・・・タケシ君は,千円札を持って,コンビニにお買い物へ行きました」
B「タケシ君の年齢は,72歳と想定していいのかしら?」
A「何でだよ! 普通に小学校低学年くらいの設定だよ!」
B「ふうん,そうなんだ。分かったわ,続けて」
A「一体何なんだ・・・・・・。とにかく,タケシ君は,千円を持って,お買い物に・・・・・・」
B「待って! その千円は,誰の千円なの?」
A「誰のって,普通にタケシ君のお小遣いだけど?」
B「怪しいわね。小学校低学年で千円は,ちょっと非行のにおいがするわ」
A「うるさいなあ,もう! じゃあ,五百円にするよ,五百円!」
B「ならいいわ」
A「じゃあ気を取り直して,・・・・・・タケシ君は,五百円を持って,コンビニに行きました」
B「時速何キロで?」
A「は!?」
B「コンビニまでタクシーに乗ったとすると,五百円じゃとても足りないわね」
A「何で小学校低学年のタケシ君が,わざわざコンビニまでタクシー利用するんだよ!?」
B「だって,最近の子供って足腰弱いじゃない」
A「だーっ! そんなこと考える必要ないから! 徒歩5分もあれば行けるコンビニだから!」
B「タケシ君が,車椅子だったとしても?」
A「え? タケシ君が,車椅子・・・・・・?」
B「そう。タケシ君は,手術を受けるのが嫌で,こっそり病院から抜け出したのよ!」
A「そうだったんだ。何てことだ・・・・・・って,タケシ君に余計な設定付け足さないで! とにかく,タケシ君は健康な子で,五百円もクリーンなお金で,徒歩5分もあれば行ける近所のコンビニに歩いて向かったの!」
(中略)
B「・・・・・・分かったわよ。別に涙目になって訴えなくてもいいじゃない」
A「誰のせいだよ・・・・・・。とにかく,タケシ君はコンビニに着いて,コンビニで百円のジュースを二個,百二十円のパンを一個買いました」
(中略)
B「ジュース二本なのが気になるわね。妹の分かしら」
A「もう,それでいいよ。さっさと話を進めるよ」
B「待って! だとしたら,どうしてパンは一つだけ・・・・・・」
A「ああもう! だったら,パンも二つ買ったことにするよ! それでいいんでしょ!」
B「うん,美しい兄妹愛よね」
A「・・・・・・さて,おつりはいくらでしょう?」
B「分かったわ。それでは,この電卓を使って・・・・・・」
A「電卓は駄目!」
B「何でよ! 文明の利器じゃない。最近は日商簿記試験や公認会計士試験でも電卓の持ち込みは認められているのよ」
A「認められてない試験の方が多いから! 簿記じゃなくて,純粋に計算能力を問う問題なんだから,自分で解きなさい!」
B「うるさいわねえ。じゃあ筆算で解くわ」
問い 上記の会話文から,Bさんが問題を解くのに必要最低限の情報を抜き出して,これを文章で表現しなさい。なお,問題の解答を記載する必要はありません。
(中略)
上記は算数の問題に関するものですが,要件事実というのはこれを法律の問題に変えただけで,色々と無駄なことが書いてある中から,法律的に意味のある部分を抜き出せというものに過ぎません。
まんま生徒会の四散である。このように、生徒会の一存は、法学を学ぶものにとって重要な作品なのだ。
さて、生徒会の一存シリーズには、様々な法律問題はあるものの、ここでは、副会長二股問題について検討しよう。
2.副会長二股問題とは
副会長の杉崎鍵は、「俺は美少女ハーレムを作る」*2と高らかに宣言し、そのために学年一位の成績を取って「優良枠」で美少女の集う生徒会に乱入した。
杉崎はいつも陽気に「告白」を続けるが、彼には聞かれたくない過去がある。それが「二股」である。
「結論から言って、事実です。俺は、昔、二股かけてました」
(中略)
「杉崎は、詳しい経緯を話す気あるの?」
「いえ。今はちょっと、勘弁して下さい」
キー君の二股事件は、法的にはどう扱われるのか!?
3.婚姻予約(婚姻)関係と二股
二股を理由に、男女関係がもつれて、一方が傷ついたり、双方が傷つくことは多い。問題はどこまで法的に慰謝料請求できるのかという点である。
いわゆる婚約、婚姻予約に関しては、正当の理由なき婚約破棄が不法行為ないし債務不履行とされている*3。
裁判例の一覧表が千葉県弁護士会「慰藉料算定の実務」42頁以下にあるが、例えば、部落・民族差別*4や、宗教上の理由*5等は婚姻予約を一方的に破棄する理由にはならないと判示されている。
もっとも、*6憲法14条の下では少なくとも正当化されない理由での婚約破棄はともかく、性格不一致や価値観の相違を理由とした婚約破棄が不法行為になるのかについては、これを疑問とする学説があり*7、東京地判平成5年3月31日判タ857号248頁は、いわば婚約中に男性側がマザコンであることが発覚し、自己よりも母親を大事にする様子が明らかになったため婚約破棄を申し出たという案件に関し、「婚約解消を理由として、(中略)精神的損害に対する損害賠償義務が発生するのは、婚約解消の動機や方法等が公序良俗に反し、著しく不当性を帯びている場合に限られるものというべきである。」として、婚約破棄を理由とした不法行為責任を否定する方向の判示をしていることが注目される*8。
既に結婚等をしているのに、それを秘して二股をかけて結婚できるとの虚言を弄して信用して婚約させ、それが発覚すると捨てるというのは、公序良俗に反し、著しく不当性を帯びた婚約解消といって差し支えないだろう。ちょっと古いが、東京高判昭和30年11月11日*9は妻子ある医師が、結婚するつもりもないのに、結婚するつもりだとして結婚の望を抱かしめ、数え年十四歳の女性との情交関係を続けたという極めて不当な事案において、当時としては高額な100万円の損害賠償請求支払いを認めた*10。
4.婚姻予約以前の段階に対する保護
さて、このように、一定の範囲で慰謝料請求が認められるとしても、いかなる場合がこのように不当破棄に対して慰謝料請求が認められる「婚姻予約」として法的に保護されるかという問題がある。つまり、例えば双方の両親に紹介をして結納を交わしてという程まで行けば、これがみだりに不当破棄をされてはならないという程度まで法的に保護された「婚約」と判断してもいいだろうが、それ以前のどの段階から、このような保護が与えられるのかという点である。
この点、判例は、必ずしも結納のような外部にその関係を明らかにする(公示する)ことは要求されていないものの、真意による双方の婚姻予約合意(「真実の意思」)を要求し、外部への公示があるとこのような真実の意思が推認されるとしている*11。
逆にいうと、その程度まで至っていない場合には、原則として「その関係」の破棄が不当であっても「法的」には保護に値しないとされている。ちょっと事案は違うが、最高裁判例に、最判平成16年11月18日裁判集民215号639頁がある。この事案は、以前婚約を解消した間柄の二人が、共同生活もなく生計は別々であり、時折仕事面の協力や旅行などをともにし、2人の子を有するという関係を16年続けていたところ、男の方が別の女性と婚姻をし、女性との関係を突然解消したことから損害賠償の請求をした事案である。
原判決は2人の関係は婚姻関係や内縁関係ではないが「特別の他人」としての関係があり、それを男性が格別の話合いもなく突然一方的に破棄しそれを破たんさせるに至ったことについては,女性における関係継続についての期待を一方的に裏切るものであるとして100万円の損害賠償を認めた。
しかし、最高裁は、原判決を破棄し、損害賠償を否定した。つまり、両者の間には民法上の婚姻をする旨の意思の合致はなく意図的に婚姻を回避しており、関係存続に関する合意もないこと等、上記関係に婚姻及びこれに準ずるものと同様の存続の保障を認める余地はなく、男性側が女性側に対して何らかの法的な義務を負うものともいえず不法行為は成立しないとしたのである。
この判決については、事案の特殊性が指摘されているが*12、婚姻を選択しなかった以上、貞操義務や同居協力義務という婚姻法上の法的拘束力は認められず、関係解消は基本的に自由であって、一方的・突然の解消はモラルの問題を生じさせるに過ぎないとの指摘もある*13。
最高裁は、婚姻やその予約、又は内縁関係に至る程度まで関係が深化すれば法的保護に値すると考えているが、それ以前の段階では、(モラルの問題はあるとしても)、単なる一方的な解消によって「法的に」損害賠償請求が発生するとは考えていないようである。
とはいえ、そのような法的保護に値しない単なる恋愛関係レベルであっても、ストーキング*14等の個別の違法行為があれば、それにより不法行為等が成立し得る*15。
問題は、「二股」がそのような不法行為に該当するかである。そのままズバリの判例は見つからなかったが、昭和44年当時としては異例の高額である200万円の慰藉料を認めた事案*16では、
被告(注:男)が、内縁の妻があることを秘して原告(注:女)に婚姻の予約を申し込み、情交関係まで結び、原告が妊娠するや堕胎させてその後急激に冷淡な態度をとる
東京地判昭和44年10月6日判時580号68頁*17
という点が強い非難に値したと評されている*18。上記昭和30何判決も同様の考えである。
二股の全てが個別の違法行為として違法評価されるべきかは疑問があり、特に相手が二股と知っている場合には、内縁関係等まで至らない限り保護の余地は少ないだろう*19。しかし、少なくとも昭和30年判決や昭和44年判決のような違法性の強い二股については、婚約段階に至った場合はもちろん、婚約段階に至らない場合でも不法行為が成立する余地があるだろう。
5.キー君二股事件の法的処理
このような判例の傾向に照らし、杉崎の「二股」はどう評価されるか?
「俺にとってはさ。その二人って…なにより大事だったんだ。世界で一番愛している二人だった、と言っても全然過言じゃなくてさ。
で、ある時、俺は、幼馴染……飛鳥から告白されたんだ。俺も彼女のことを好きだったから、当然のように付き合うことになった。そこまでは良かった。
だけど、妹は…義理の妹はそれが許せなくて、な。
(中略)
妹は、精神的に不安定になってしまいましてね。入院生活を余儀なくされるほどに、ね」
「…………」
「俺にとっては妹もすごく大事な子だったから….林檎に付きっきりの看病生活をするようになった。彼女になったはずの飛鳥を差し置いて、ね。それが……」
「二股って……周囲には言われているわけね」
確かに、客観的に見ると複数の人を同時に愛しているようであるが、本件では昭和44年判決の事案と異なり杉崎は最初から二股を形成するつもりはなく、むしろ、義妹側の入院という突発事情に翻弄された面が強い。このような面に鑑みると、杉崎の行為をモラル上はさておき法的に違法な行為とまでは見ることができないだろう。
まとめ
判例法理からは、林檎/飛鳥との二股は法的には違法ではないと判断されることになる。
また、くりむ、知弦、深夏、真冬とのハーレムを形成しても、全員が四股であることを知ってる以上、誰に対する違法行為にもならない。
さあ、杉崎鍵よ、心置きなくハーレムを作るのだ!!!
*1:「(要件事実的に)無駄なことが書いてある」感を出せる限りでの最小限の引用にしたつもえりですが、途中で質問が変わったりするので、結構な分量になってしまいました。
*3:大判大正4年1月26日民録21巻49頁に至る当時の法制度の問題や社会的経緯については二宮周平「事実婚の判例総合解説」3頁以下が詳しい。
*4:大阪地判昭和58年3月8日判タ494号167頁、大阪地判昭和58年3月28日判タ492号187頁
*5:大阪地判昭和42年7月31日判時510号57頁、京都地判昭和年1月28日判時615号56頁
*6:差別を禁止する
*7:斎藤修「慰藉料算定の理論」202頁
*8:その結果、男性側から女性側への慰謝料請求は否定されている。
*10:なお、重婚的内縁に関する最判昭和44年9月26日民集23巻9号1727頁以前の裁判例であるので、公序良俗違反として婚約としての有効性を否定した上で、個別不法行為の有無を探るという判決の論理構成そのものは現在の判断上は参考にならない。
*11:千葉県弁護士会「慰藉料算定の実務」26頁。最判昭和38年9月5日民集17巻8号942頁、最判昭和38年12月20日民集17巻12号1708頁。
*12:例えば、水野紀子「婚姻外の男女関係の一方的解消による不法行為の成否」平成16年度重要判例解説ジュリスト臨時増刊1291号78頁
*13:二宮周平「婚姻外の男女の関係を一方的に解消したことにつき不法行為責任が否定された事例」判例タイムズ1180号131頁
*15:上記昭和30年判決も同旨。
*16:東京地判昭和44年10月6日判時580号68頁
*17:なお、虚言を弄して原告から事業資金を借りだしたことも認定
*18:斎藤修「慰藉料算定の理論」202頁、ただし欠席判決。
*19:なお、内縁関係という法的保護に値する関係に至った場合であっても、重婚的内縁の保護の余地は狭く、「男性側の不当性が女性側の不当性に比べて特に大きいと評価される特段の事情」がなければならない(最判昭和44年9月26日民集23巻9号1727頁)とされている。最近慰藉料が認められたものとしては、京都地判平成4年10月27日判タ804号156頁参照。