アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

速習!企業法務入門3〜免責条項で学ぶ基本法の条文・判例の大切さ

ソフトウェア取引の契約ハンドブック

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1.条文・判例が大事です
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 に続きまして、第三弾ということで、お話させていただきたいのは、基本法民商法)の条文・判例が大事ということです。
 もちろん、特別法や学説が大事ではないということを言いたいのではありません。事業会社でも金商法が関わってくることがあったり、下請法にヒィヒィ言ったりと、特別法は重要です。また、学説も、判例通説がない新しい領域では参考になります。
 とはいえ、若手法務部員という限定をつけると、優先順位は大学で学んでいたはずの基本法の条文・判例がきちんとできていることだと思います。


 結局、普通の契約審査等でも、民商法の条文・判例が大事なんですということをご説明するため、今回は免責条項を例に取ってみてご説明いたします。

 さて、ここでお約束。

このエントリはフィクションなの。
でね、登場する条項例、事例、体験談、噂話などは、
ぜーんぶぅ架空のものだよ〜。
だからね、おにいちゃん、実際のものとは関係ないの。
んとねぇ、んとねぇ、作品中に出てくる人物は、
みぃんな20歳以上だよ*1


2.商法526条
 責任制限規定(責任制限条項)は、損害賠償等の責任追及を一定の範囲で制限する規定です。
普通の会社だと、契約書テンプレートに、責任制限規定が既に入っていると思います。だから、一から責任制限条項をドラフトすることはないと思われますが、責任制限の範囲について相手方ともめることはよくあります。その時に、双方が納得できる責任制限条項の文言を考える上では、いったいどの文言がどういう理由で入っているかを理解する必要があると思います。

本件商品の保証期間は乙への引渡後1年間とする。保証期間内に本件商品に瑕疵、数量不足があった場合、甲は乙の選択に応じ、本件商品の無償修繕、瑕疵のない商品への交換、代金減額のいずれかの措置をとる。

よく契約書にありそうな条項です。
しかし、契約審査をきちんとするためには、フォーマットを知る、つまりこの条項がなぜあるのかを理解することが重要だと思います。

商法526条 商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。
2  前項に規定する場合において、買主は、同項の規定による検査により売買の目的物に瑕疵があること又はその数量に不足があることを発見したときは、直ちに売主に対してその旨の通知を発しなければ、その瑕疵又は数量の不足を理由として契約の解除又は代金減額若しくは損害賠償の請求をすることができない。売買の目的物に直ちに発見することのできない瑕疵がある場合において、買主が六箇月以内にその瑕疵を発見したときも、同様とする

  商法は買主検査通知義務を課しており、しかも、直ちに発見することのできない瑕疵でも6ヶ月以内に発見してただちに通知する必要があります*2
 ある意味で、売主の責任を制限してくれる条項な訳です。
もっとも、買主にとってこれは結構きつい。全品検査してすぐに発見できる瑕疵しか想定されないような業界であればいいのですが、そうでないと問題があっても責任が追求できなくなる訳です。
幸いにも商法526条は任意規定、つまり、合意により排除できると解されています。よって、買主側は契約書で排除するように主張する。
 そのような売主と買主の交渉の結果出来上がるのが上記のような保証期間等です。
 このように、民商法の責任条項は、責任制限条項の交渉の前提となるという意味で非常に重要だと思います。


3 悪意と免責条項〜民法572条
 免責条項には、よく「但し悪意又は重過失の場合を除く」と書いています。
その理由について、検討してみましょう。

民法572条 売主は、第五百六十条から前条までの規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実及び自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利については、その責任を免れることができない。

ここでいう、「第五百六十条から前条までの規定」は瑕疵担保責任に関する規定ですね。
民法572条は瑕疵担保責任についてですが、「相手が悪意(知りながら告げなかった事実)」の場合には、免責特約に合意しても効果はないとしています。やはり、民法572条が規定されている趣旨はそのような悪意の場合にはいくら免責と約していても責任を
 同条は強行法規と解されているので、結局瑕疵担保責任については、悪意だとどんなにドラフティングを工夫しても、免責されないということです。
 

 問題は、瑕疵担保責任以外の責任です。確かに、それらについて民法572条は直接は適用されません。しかし、民法527条の趣旨は、売主が瑕疵があることを知って売りつけているという信義則違反を行っている以上、いかに免責を約していても免責の効果を認めることはできないというものです。そこで、他の責任であっても、基本的には同様に考えられます。
そこで、例えば「一切の責任の上限をX円とする」と書いていても、悪意の場合には責任の上限が外れるということになると思います。


4.重過失と免責条項〜裁判例を探る
 このように、商法523条や民法572条といった基本的な条文について検討すると、免責条項がより深く理解できるようになります。
 このような条文知識に加え、やはり判例が重要になってきます。免責条項関係で重要なのは「重過失」の部分ですね。


 例えば、民法572条は、重過失については条文上何も言っていません。これは、反対解釈すれば、重過失であれば特約で免責していい(される)ですが、類推解釈をすれば、重過失もまた特約をもっても免責されないというものであると思われます。
これは、条文だけでは明確になりませんから、判例を確認するということになります。


 私の理解では、判例は分かれている状況だと思います。
重過失の場合に責任制限はできないとする裁判例(東京地判平成15年5月16日判時1849号59頁)もありますが、反対に重過失については責任制限を可能とする裁判例(東京地判平成20年11月19日判タ1296号217頁)もある。
 これをどう解釈すべきかということになります。


その場合には、複数の裁判例を比較・分析するということになると思われます。民法527条に限らず、いわゆる免責条項の効力については事例判断という意味では最高裁判例がありますし、下級審もいくつかあります。
1つの考え方は合理性があれば裁判所はその条項を有効とみるが、合理性がなければ無効とするという評価です。
例えば、約款を考えると、弱者である消費者にも適用され得るということですから、基本的には故意はもちろん重過失でも免責の合理性は否定されると言えましょう。比較的有名な最判平成15年2月28日判時1829号151頁(宝石会社の代表者が、ホテルのベルボーイに宝石入りバッグを渡したところ、ベルボーイが荷物から目を離した隙に何者かにバッグが盗まれた事案)や最判平成10年4月30日判タ980号101頁(宝石運搬を依頼された運送業者が宝石を紛失した事案)については、一応原告はいずれも会社になっていますが、約款が問題となっています。最高裁はいずれの事案でも「ホテル側に故意又は重大な過失がある場合にまで責任制限規定が適用されるのは著しく衡平を害するものであって、当事者の通常の意思に合致しない*3」「故意又は重過失がない限り、荷物紛失の場合の賠償額をあらかじめ定めた責任限度額に限定することは、運賃を可能な限り低い額にとどめて宅配便を運営していく上で合理的*4」と、故意のみならず重過失の場合にも免責を認めない趣旨と読めますが、これは、約款の場合には重過失でも免責の合理性は否定されるという読み方が可能と思われます。


 また、故意・重過失とは直接関係ないものの、免責条項の合理性ないし免責条項に合意した当事者の合理的意思を重視した裁判例は複数出ています。
例えば、東京地判平成15年7月9日では、書籍取次業者と書店の間の継続的商取引について「返品や事故(瑕疵)の申し出期間を2週間に限定した責任制限規定」の効力が問題となった事案ですが、「大量の書物の取引であることから、送返品に伴う事故による紛争を防止し法律関係を早期に確定させる合理的な要請から責任制限規定が規定されている」として、本条項の合理性を認め、有効としました。
また、例えば、システム構築契約において当初委託料の範囲で責任を負うというよくある免責条項ですが、東京地判平成16年4月26日の事案では、作業規模が10倍にもふくれあがっていました。裁判所は、ベンダ側に債務不履行があったと判断した上で、「当初委託料決定後、追加仕様変更が相次いだ結果、プログラムが当初の10倍以上の規模となったという事情から、当初委託料を上限とすることは信義公平の原則に反するとして、請負人が作成しようとしていたシステムの出来高を上限とするという限度で有効」と解釈しました。これは、免責条項に合意した当事者の合理的意思から限定解釈をしたものといえます。このような免責条項を当事者の合理的意思から限定解釈する手法は東京地判平成9年5月29日判タ961号201頁等、他の裁判例でも採用されています。


このような判例の傾向に鑑みると、重過失を免責とする合理的必要性が説明出来る事案であれば、重過失免責が裁判例で認められる余地があるが、さもなくば否定されてもおかしくないという辺りの規範を導くことも可能ではないでしょうか。


5.条文・判例の知識を契約審査に活かす
 そうすると、後は、各契約の審査にこれを活かすということになります。
契約審査は、ビジネスの視点との総合判断ですから、売主の責任を限定しようとすると、買主側に代金を負けろといわれてもおかしくないですし、逆に買主が代金を低くしようとすると売主側が責任を制限して欲しい*5というのは当然です。そういうビジネスの視点を前提にどこまで強く免責条項を主張すべきかという考慮は重要です*6
 この判断のためには、商品の用途や同種商品の事故事例等をもとに、保険等でカバーできてないか等も含めたその取引の総合リスクから、免責条項をどこまで推すかを判断することになると思われます*7


さて、そのようなリスク判断を前提に条項を検討することになります。
買主側であれば、商法526条をきれいに排除している自社ドラフトを使うことになるのだと思います。売主側でもう少し免責を認めて欲しいという場合には「大量迅速処理」といった商法526条の趣旨や東京地判平成15年7月9日に鑑みて責任範囲の限定の方向で交渉することになると思われます。


いあゆる損害賠償責任については、ファーストドラフトは買主側は「免責無し(法律通り)」という方向で出すことが多いでしょうし、売主側は「時間/金額等を区切って完全免責」という方向が多いでしょう*8


後は、両当事者間の交渉ということになりますが、買主側は「法律通り」で押し切るか、「故意重過失を除く」で返すか等を考えることが比較的多いのではないでしょうか*9。「故意と同視できる重過失については最高裁判例上も免責されないというのが通常です(最判平成15年2月28日判時1829号151頁参照)」とでも書くと、結構相手も「しゃぁないな」と思ってくれるかもしれません。
逆に、売主側だと、故意は免責できないという前提で対応せざるを得ないでしょう。1つの問題は、重過失免責にどこまでこだわるかであり、合理性があまりなかったり、免責条項にあまり重点を置かなくていい案件であれば頑張らないで他の条項での譲歩を引き出すというのはよい戦略でしょう。

まとめ
 契約フォーマットに書かれている条項は、実は民商法の条文・判例を結構反映してきちんと作っていることが多い。契約フォーマットを知ることで、民商法の勉強になる。
 そして、このように民商法の条文・判例を勉強しておけば、リスク判断を踏まえた契約交渉において、「何が民商法のベースで、何が契約条項でこれをひっくり返す部分なのか」「どこまでやると判例で無効とされるのか」を念頭に交渉できるので、交渉がうまくなるという効果がある。
 もちろん、学説等も勉強するにこしたことはないが、まずは、最初に自社の標準的な契約フォーマットをもとに、民商法の条文・判例を勉強することは、有益ではないだろうか。

*1:はじるすと刑法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*2:最判昭和47年1月25日裁判集民105号19頁参照

*3:最判平成15年2月28日判時1829号151頁

*4:最判平成10年4月30日判タ980号101頁

*5:さもなくば割りに合わない

*6:免責条項が重要なら、他の条項で譲ってバーターでというのはありえます。

*7:売主の場合、場合によってはback to backができれば、あんまり免責を頑張らなくていい案件もあるかもしれません。

*8:バルクセール的案件だと、例外なく責任0という件もありますが、その分だけ値段も安くなってしまいます。

*9:故意・重過失の証明責任という問題もありますね