アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

「彼女を言い負かすのはたぶん無理」と不法行為法〜九重崎愛良副部長対窪田充見教授の「車全廃論」バトル

彼女を言い負かすのはたぶん無理 (スマッシュ文庫)

彼女を言い負かすのはたぶん無理 (スマッシュ文庫)

本エントリは「彼女を言い負かすのはたぶん無理」のネタバレ記事ですので、未見の方はご注意ください。


1.「彼女を言い負かすのはたぶん無理」と「不法行為法〜民法を学ぶ」
  ディベート。競技ディベートをやる部活である。一定のルールに従って、論理的に議論を展開する、そんな「ペンは剣より強し」の部活のはずである。
ところが、ここ、県立縦浜高校では違う。放送室をジャックしてのゲリラディベート等、数々の違法行為を繰り返す、トラブルメーカーそれが縦浜高校ディベート部だ。北欧美人だけど性格はとびっきり凶悪の副部長、九重崎愛良との出会いをきっかけに、そんなディベート部に入部することになった新入生桜井祐也の物語が、「彼女を言い負かすのはたぶん無理」だ。


不法行為法―民法を学ぶ

不法行為法―民法を学ぶ

窪田「不法行為法」。これはライトノベルではなく、法律の教科書だ。本文も悪くないが、特筆すべきはその「コラム」の充実度である。
  私は、コラムが面白い本を特に高く評価している。とおるテキスト*1のように、本文と全く関係ないが面白いコラムがあるシリーズもあるが、窪田本は、本文にやや関係している内容を堅苦しくなく語ってくれる。例えば、「白い巨塔」が国立大学か私立大学かで大きく違ってくるという話(213頁)等の有名作品にまつわる不法行為問題を論じたり、信玄公旗掛松には旗が掛かっていなかった(61頁)、光清撃つぞ事件の光清君は被害者(183頁)等の判例にまつわる問題を取り上げる等、興味が尽きない。


 この両方が問題にするテーマは「交通事故による死者をなくすため、個人で使用するすべての自動車を全廃すべきか」である。


2.九重崎愛良の議論
  愛良は、肯定立論を滔々と述べる*2
 年間5000人の死者を発生させる交通事故。いくら注意しろといっても、確率論的にはかならず一定数の事故は発生してしまう。十分な殺傷能力を持った時速数十キロで走る鉄の塊が、隔離もされていない剥き出しの空間を歩行者と並走すること自体、狂気の沙汰。
  代わりに、バス等の運転のプロに任せれば、利便性の低下を最小限に抑えられる。利便性という意味では、自家用車による渋滞はないから、消防車はより早く現場に到達する。自家用車の利用はバスやタクシーで代替する。


 確かに極論だが、QBが魔法少女まどか☆マギカ第9話で感嘆したように、 
「単一個体の生き死ににそこまで大騒ぎする」 
のが人間である*3。年間5000人の命のため、車の利用を禁止すべきという九重崎愛良の主張は、「実現可能性がない」等とは言えても、「論理的に反論を展開する」というディベートの枠組みで反問することは結構難しい。


3.窪田先生の提言
  ここで、窪田先生も、「交通事故の防ぎ方」というコラム(11頁以下)で、この問題を取り上げている。

交通事故による死者の数を減らすにはもっと劇的な方法が存在する。まず、自動車の利用を禁止するということが考えられる。不法行為法に引きつけて考えれば、そんな危険な物を利用すること自体が過失であり、非難されるべきであるという考え方である。
窪田充見「不法行為民法を学ぶ」11頁

 このように、九重崎愛良とほぼ同じ考えを引き合いに出した上で、こう述べる。

これは余りにも過激な解決であろう。もう少し穏やかな方法もあるかもしれない、制限速度の設定をより厳しいものと変えることである。歩行者事故を引き起こす可能性のある一般道は時速10キロ、他方、自動車専用道路は、ずっと緩やかな規制で時速20キロ。坂道を高速で走り下りて来た自転車との衝突事故等を除けば、よほどのことがない限り、これによって死亡事故の発生は回避できるだろう。つまり、自動車を全面的に禁止しなくても、交通事故による死者を劇的に減少させること可能なのである。
窪田充見「不法行為民法を学ぶ」12頁

これは、まさに愛良の論理である「十分な殺傷能力を持った時速数十キロで走る鉄の塊が、隔離もされていない剥き出しの空間を歩行者と並走すること自体、狂気の沙汰。」という部分を前提とした上で、全面禁止をしなくとも愛良の達成しようとする目的が達成できると論じるもので、ディベートの議論としては評価が高い

まとめ〜勝負は!?
 競技ディベートであれば、立論、反論、再反論・総括と続くところ、「彼女を言い負かすのはたぶん無理」では、桜井が愛良先輩に卒然と反論を行い、愛良も再反論をしている。また、窪田「不法行為法」でも、そのような提言への「救急車で助かる人が助からなくなる」等の反論への再反論を含む、当該提言についてどう考えるべきかの窪田先生の考えが示されている*4
   窪田「不法行為法」を読んで、より理解を深めた愛良と桜井の「再戦」が見たいものである。

*1:

日商簿記2級 とおるテキスト 工業簿記

日商簿記2級 とおるテキスト 工業簿記

基本的には、桑原知之先生の旅行記が面白い(個人的にはインドだかパキスタンだかのエピソードが面白かった。)が、人生貸借対照表論のように、本文に関係するコラム「も」あります。

*2:以下、「彼女を言い負かすのはたぶん無理」232頁以下参照

*3:「100人がしゃべり倒す !魔法少女まどか☆マギカ」に掲載されます - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*4:詳細は窪田「不法行為法」に譲るが窪田先生も、あくまでも不法行為法を深く理解するための議論として提言を紹介しているのであり、今すぐ制限速度を10キロにせよと述べているのではないので、そこはお間違いなく。