桜江ゆすらが帰宅しない法律上の理由〜「この部室は帰宅しない部が占拠しました。」と銃刀法
- 作者: おかざき登,ぺこ
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2011/05/25
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1.「この部室は帰宅しない部が占拠しました。」とは
帰宅部。これに所属している/所属したことのある人は多い。
帰宅部には二種類ある。「形式的意味の帰宅部」と「実質的意味の帰宅部」だ。
実質的意味の帰宅部というのは、例えば、「美術部」「文芸部」という名前はついているが、実質的にはみんな部活に出ずに家に帰っている部活という意味である。
これに対し、形式的意味の帰宅部は、「帰宅部」という名称の部活である。
実質的意味の帰宅部の方が「一般的」であり、形式的意味の帰宅部はめずらしい。
ところで、帰宅部と似ていて異なるものに、帰宅しない部がある。これは、形式的意味の帰宅部なんかよりもっともっとめずらしい。当然だが、学校にいられるのは、あくまでも下校時刻までである。それを過ぎて居座り、生徒会長等の管理権者から「要求を受けたにもかかわらず」「退去しなかった」のならば、これは、住居侵入罪である*1。こんなリスクを犯してまで学校に残ることを任務とする部活は、普通はない。
しかし、「この部室は帰宅しない部が占拠しました。」とは、まさに学校に居座り、調理室で夕飯を作り、ドラム缶で風呂を焚き、空き部室で寝泊まりする生徒達が結成した部活「帰宅しない部」の活動記録である。
2.桜江ゆすらのナイフ
ところで、帰宅部員の桜江ゆすらは、いつも左腰にナイフを下げている。
ゆすらは今回も無表情に夕也を一瞥し、落としたものを無言で拾い上げた。
大振りな、抜き身のナイフを。
―げ。あのナイフ、本物だったんだ……。
転校初日から、ゆすらは腰にナイフを提げていた。もちろん、何人ものクラスメートが興味を示していろいろ質問をなげかけたものの、ゆすらはその全てに無言で対応したので、なぜそんなものを持ち歩いていたのかも、本物かどうかも、誰も知らないのだった。
おかざき登「この部室は帰宅しない部が占拠しました。」20頁
こんなものを持っていて、問題ないのか?
3.刀剣類の実質
刃物については、大きく2つの規制がある。1つは刀剣類の所持禁止、もう1つは6センチ以上の刃物の携帯禁止である。
刀剣類というのは、例えば刀とか剣といったものであり、規制は極めて厳しい。皆様も、日本刀(本物)を持つためには、許可が必要というのは聞いたことがあると思うが、それと同じ規制がかかる。
ゆすらのナイフで近そうなのは「剣」だ。剣の場合には、5.5センチ以上の刃渡りのものが規制されており、刃渡り自体は一応要件を満たす(銃刀法2条2項)。
もっとも、単に5.5センチ以上の刃がついていれば規制されるのではなく、社会通念上「剣」といえるだけの形態と、刀剣類の実質、つまり、材質が綱質性の材料、要するに炭素が0.03〜1.7パーセントの鉄でないといけない*2。つまり、「持っているだけで即犯罪*3」という訳だから、それ相応に人畜を殺傷できる危険な実質が必要である*4。逆に、一見「刀剣類」に見えても、綱質性の材料でできていなければ単なる「刃物」に過ぎないのである。
この点は、小説を読んだ限り、特定できるだけの材料はなかった。そこで、別途証拠を検察側が収集しない限り、「疑わしきは被告人の利益に」で、無罪ということになるだろう。
4.刃物の携帯?
仮に刀剣類でなくとも、それが刃物ならば、携帯が禁止される。
刃物は、要するに、刃がついているもので、刀剣類でないものと理解してもらえばよい*5。
このような刃物については、「刃体の長さ6センチ以上の刃物の携帯禁止」という規制がある(銃刀法22条)。
銃刀法第二十二条 何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めるところにより計つた刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない*6
ゆすらのナイフの刃体の長さが6センチ以上は否めない。そうすると、これを「携帯」すると銃刀法違反だ。
「携帯」とは、(1)日常生活を営む自宅ないし居室以外の場所であること、(2)直ちに使用出来る状態で自己の身辺に置くこと、(3)直ちに使用できる状態がある程度継続することとされる*7。
つまり、果物ナイフを家で使うといった場合、*8いくら直ちに使用できる状態である程度の期間継続して持っていても、これを罰するのはやりすぎであり、例えば家の外、会社、学校といった、社会の平和秩序を害する危険がある自宅や居室以外であることが、処罰のための必須要件なのだ*9。
ゆすらの場合、腰元で、一瞬でナイフを取り出せる状態で持っており、その状態は継続している。東京高裁は、斧を紙で包んで運転席の足元に置いていた事案について「直ちに使用することが可能」と認めており*10、ゆすらが「直ちに使用することが可能」な状態にすることは否めない。すると、普通に考えて、学校で持っていたら、「携帯」として銃刀法違反だ。
しかし、ゆすらは帰宅しない部員である。学校で寝起きしているのだから、学校は、まさに日常生活を営む自宅なのだ。そう、ゆすらがいくら学校でナイフをぶらさげていても、「携帯」にはならないのである。
まとめ
帰宅しない部。学校から帰宅せず、学校を「自宅」とすることは、学校で刃物を持っていても「携帯」に該当せず、犯罪にならないという意味がある。
桜江ゆすらが帰宅しない法律上の理由は、まさにここにあったのだ!?
*1:刑法130条。正確には「建造物」の「不退去罪」だろう。
*3:所持は自分が支配し得べき状態におくこととするのが判例である(最判昭和23年9月21日民集2巻10号1213頁
*5:警察実務研究会「クローズアップ実務II 『携帯』違反取締要領」23頁
*6:「ただし、内閣府令で定めるところにより計つた刃体の長さが八センチメートル以下のはさみ若しくは折りたたみ式のナイフ又はこれらの刃物以外の刃物で、政令で定める種類又は形状のものについては、この限りでない」という但書がある。
*7:警察実務研究会「クローズアップ実務II 『携帯』違反取締要領」27頁以下
*8:そもそも「正当の理由」で切れる場合が多いが
*10:東京高判昭和58年9月19日判時1113号142頁