アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成23年過去問その1

ぷよぷよ! !  (特典なし)

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注:イメージ映像


企画趣旨:梅・ボワソナード・穂積三博士没後100周年記念企画として、私が大好きな結城先生の数学ガール (数学ガールシリーズ 1)の2次創作で司法試験商法平成23年過去問を解説しようという企画です。なんと、babel先生が憲法ガールを作成されており、極めて面白いので、「二番煎じ」にならないよう頑張ります。憲法ガール及び本企画の詳細は、
憲法ガールがいい! & 法学ガール企画予告 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
をご参照下さい。
注意:もちろん「法学ガール」の内容は100%フィクションであり、特定のモデルはありません*1


 法科大学院と法学部が共用で使っている法学部図書館。法学部創設以来の100年以上の伝統のある図書館だ。建物はその頃からのもので、古めかしく、決して広くない。しかし、よく手入れが行き届いている。
 同じキャンパスには総合図書館もあり、また、ロースクール*2には自習室もある。多くの学生が広々とした総合図書館や、ロースクール生のために用意された自習室で勉強している。
 でも僕は、いつも法学部図書館で勉強している。百数十年前、日本の近代法の礎を築かれた巨星達が書籍のページを捲られた場所。そんな歴史の息吹を感じながら本のページを捲ると、自然に法律の世界に引き込まれていくから。
 その中に、僕はいる。いや今だと「僕達」、になる。


「問題が難しくて、どう解けばいいのか…。」
 僕の眼の前に座って、目をキョロキョロさせるのは、元気印の女の子、テトラちゃん。
机の上の資料に目を落とすと、解いている、いや、解こうとしているのは、平成23年の新司法試験*3の民事系科目第2問、つまり商法の問題だった。
平成23年度新司法試験民事系問題
注:pdf直リンクです。ご注意下さい。なお、最初に第一問、民法があるので商法は6枚目以下です。


「一年生から過去問を研究するなんて、立派だね。基本3法はともかく、商訴は3年生くらいまで過去問に手を付けない人もいるよ。」
「わたし、いつもはどんくさくて、最後の最後にあわててしまうんです。新司法試験の合格率も、特にわたしのような未修*4者の合格率が低い*5ので、もう、早く始めないと、と思って始めたんです。」
 テトラちゃんの表情から焦りがにじみ出ている。
「焦りたくなる気持ちは分かるけど、今のうちから新司法試験の合格のことを考えて焦る必要はないよ。むしろ、うちのロースクールは、1年の後期に、会社法を配置しているから*6、ちょうど会社法を一度通して勉強したという感じだよね*7。新司法試験の問題を完全に解けるなんて必要はまだない。むしろ、司法試験の問題を素材に、自分の会社法の理解を確認し、今後どういう勉強をすればいいのかを考える機会とする方が、考え方としていいんじゃないかな。」
「そうだったんですか。会社法の授業は終わったのに、問題が全然解けないので、どうしようかと思っていました。」
「2年生以降も会社法演習の授業とかが配属されていて*8、こういう勉強を通じて受験までに更に力をつけて行く訳だから、まだまだ心配する必要はないよ。むしろ、新司法試験は良問が多いから、自分が今『何が分かって何が分からないのかを知る』という意味で、足りない部分を勉強するきっかけにしていくといいんじゃないかな。」
「なるほど、そういうことなんですね。少し安心しました。」
 テトラちゃんが心底ほっとした表情を浮かべる。表情がコロコロ変わる子だ。


「そうしたら、どこが分からないの?」
「それが…全部なんです。」
 全部わからない。こういうことをいう人は多いが、一度勉強しているのに、本当に全部わかっていない人なんているはずがない。ただ単に、何が分からないか分からないというだけだ。
会社法を勉強したことがないならまだしも、少しは勉強しているんだから『全部』分からないっていうのはないよ。今のテトラちゃんの状態は、いってみれば、分かっていることと分かっていないことの区別がついていない状態だ。」
「区別、確かについてませんね...。どうすればいいんでしょうか。」
「流石に、この問題に教科書のどの箇所が関係しそうなのかくらいは分かるだろうから、独学の場合には、関係しそうな箇所の教科書を読み直して、それからもう一度チャレンジするというのは1つの方法だ。でも今、テトラちゃんは一人じゃない。問題文で聞かれている点を簡単な質問に落とし込んであげるから、どこまで分かって、どこからが分かっていないのかを確かめてみよう。」
「はい、よろしくお願いします。」
 テトラちゃんは、ペコリ、とお辞儀をする。本当に礼儀正しい子だ。


「まず、問題文は読んだのかな。」
「一応読んだのですが、何が問題なのかピンとこないまま、設問のところまで来てしまったんです。設問を読んで、どう答えればいいのか分からなくて、困ってしまいました」

[設問]
[1]本件自己株式取得の効力及び本件自己株式取得に関する甲社とBとの法律関係
[2]本件自己株式処分の効力並びに
[3]本件自己株式取得及び本件自己株式処分に関するCの甲社に対する会社法上の責任について、それぞれ説明しなさい。

確かに、説問は分かりにくい。


「まずは、問題を簡単に見てみよう。要するに、ある会社が、時価800円の株を創業家から1000円で買って、これを別の大株主に640円で売ったという話だよね。」
「こんな風に要約すると、すごく簡単な事案のように思えてきます。」
「そうなんだよ。資料を除けばせいぜいA4版1頁半の分量に過ぎない。有価証券投資損失の隠ぺいのための複雑なM&Aスキームとかを分析することに比べれば圧倒的に事案は簡単だ。そうすると、1回目はおおよそどういう事案なのかを把握するために読んで、その後で、設問を解くのに必要な情報をそれぞれ検討するという形で読んだ方が、大きなところの問題意識が分かり易いと思うよ。」
「確かに、市場では800円で買ったのものを805円とか、場合によっては801円で売ろうと個人投資家が努力されているのに、創業家は1000円で売れるし、大株主は640円で買える、これは変ですね。」
「そうだね。こういう素朴な印象というのは、問題が複雑になればなる程、意外と大事になってくるよ。」
 一度問題文を読んで、その問題の本質を捉える力。これを「センス」と呼ぶ人もいるが、僕は訓練の賜物だと思う。例え今できなくても、6年分8科目の計48問を解けば、必ずついているはず*9


「ところで、自己株式って言葉の定義はどうなっているのかな?」
『株式会社が有する自己の株式』、だった…はずです。」
「そうだね。何だ、何もわかっていない訳ではないじゃない。」
「あ、ありがとうございます。」
「さて、これは2条の定義*10に書かれているんだっけ?」
「えっと、どうでしたっけ…。」
「悩んでないで、まずすることは?」
「あっ、条文を見る、でしたね。」
全ての基本は条文だ。司法試験の問題という観点で考えても、知らない問題を現場思考で解かせる問題は頻繁に出ているので、現場で条文を読んで考えられるようになるだけ条文に触れていれば、かなり合格率が上がる。


わかりました!」
元気な声が上がる。
「113条4項です。」

(発行可能株式総数)
第百十三条  株式会社は、定款を変更して発行可能株式総数についての定めを廃止することができない。
(略)
4  新株予約権(第二百三十六条第一項第四号の期間の初日が到来していないものを除く。)の新株予約権者が第二百八十二条の規定により取得することとなる株式の数は、発行可能株式総数から発行済株式(自己株式(株式会社が有する自己の株式をいう。以下同じ。)を除く。)の総数を控除して得た数を超えてはならない。

「そうだね、113条、発行可能株式総数の条文の中に定義が入っているね。会社法は条文が入り組んでいて、自己株式のように条文の森の中に定義が紛れ込んでいるとか、とても分かりにくいから、特に何度も条文を引く訓練が大切だよ。」
「はい、わかりました。」


「さて、自己株式の取得だけど、まずは、用語法を確認しよう。株主が株式を発行会社に『売る』場合には、『発行会社が自己株式を取得する』、『株式が自己株式を譲渡する』と言うね。」

株主→発行会社
・発行会社が自己株式を取得する
・株式が自己株式を譲渡する


「これに対し、発行会社が株式を株主に『売る』場合を『発行会社が自己株式を処分する』、『株式が自己株式を引き受ける』というね。」

発行会社→(新)株主
・発行会社が自己株式を処分する
・株式が自己株式を引き受ける

 こういう基本的な用語は、未修者コースで教えないまま終わってしまうことが意外にも多いと聞く*11


「こういう基本的な用語法を前提に、自己株式の取得一般について見てみよう。会社法は、会社が自己株式を取得するための手続としていろいろなことを法定しているんだけど、どうして、会社は自由に自己株式を取得できないのかな。」
「授業では、(1)資本維持、(2)株式取引の公正、(3)株主平等、 (4)会社支配の公正って習いました。」
「それって、具体的には、どういうこと? 例えば資本維持は?」
「えっと、えっと…。資本を維持できないからだとでめってことしょうか?」
「それじゃあトートロジーだ。新しい概念を呪文のようにただ覚えているだけでは実際に使うことはできないよ。この4つは、平成13年改正で自己株式の取得が解禁される前に言われていた、自己株式を取得しちゃいけない理由だよ。」
「平成13年改正というのは、あの金庫株解禁のことですか。」
「そうだね。自分の会社の株を買って金庫にしまいこむから、自己株式は『金庫株』といわれていた。そして、解禁前は自己株式の取得が原則禁止とされ、極めて厳しく制限されていた。基本的には、解禁前には、『2人の困ってはいけない人が困り、2人の喜んでいけない人が喜ぶ』、だから自己株式を取得してはだめなんだと言われていたんだね。」
「2人と2人。ですか…?」
「まずは、会社の債権者。株式会社の株主は有限責任会社法104条)。債権者は、お金を返してもらえなければ、会社の財産から強制執行をしてお金を返してもらうことになるので、会社財産が流出すると困る。ところで、自己株式を取得すると、会社は何を得て何を渡すのかな。」
「自己株式を得て、お金を渡すことになります。」
「そうだね。対価はお金に限られない(156条1項2号参照)けれども、普通はお金を渡すことになるよね。」
「はい! 分かりました!」
 テトラちゃんは右手を大きく上げる。目の前にいるからそんなことしなくても分かるのに。面白い子だ。
「そうすると、会社財産が、減ります!」
「そう。これが、自己株式を取得すると債権者が困るという話だね。次が、投資家が困るという話。」
「これはどういうことですか。」
「これは、会社がその豊富な資金力を生かして株価を上げたい時に買い、下げたい時に売るといった、株価操作やインサイダー取引に使われるおそれがあるということ。その結果市場の信頼を失うという意味だね。」
「なるほど、確かにそうですね。これが困る2人なんですね。」
「そう。そして、喜ぶのは、一部の株主。イメージとしては、一部の株主だけから株式を買い取って、他の株主から買わないという場合を考えてみるといいんじゃないかな。」
「今回の問題のような事案ですね。創業家のBだけがおいしい思いをしています。」
「なるほど、最後はなんでしょうか。」
取締役が喜ぶ。発行会社が株式を買い取れるなら、取締役ら経営陣の会社支配に悪用されるんじゃないかという懸念があった。」
「授業で先生方が、(1)資本維持、(2)株式取引の公正、(3)株主平等、 (4)会社支配の公正と言っていたのはこういうことだったんですね。」
「そのとおり。だからこそ、解禁後も、そういう弊害が出ないよう、*12いろいろな手続を定めているんだ。ロースクールの授業、特に未修の授業が駆け足になるのはある意味やむを得ないから、十分に復習をして、その意味をきちんと理解することが大事だね。」
 単語をただ単に暗記していても意味がない。制度趣旨を理解して自分の言葉で説明できること。これが、分かったということだ。


「さて、設問1の自己株式取得の効力の問題なんだけれども、実は、その前提の問題があるんだよね。」
「前提、ですか?」
「取得の過程において、手続面の問題があるかという点は、答案に書くか書かないかはさておき、実は検討しておかないといけない。まず、踏むべき手続きを踏んでいるのかな?」
会社法156条1項で、株主総会の決議が必要なところ、総会決議はきちんと経ています*13。」

(株式の取得に関する事項の決定)
第百五十六条  株式会社が株主との合意により当該株式会社の株式を有償で取得するには、あらかじめ、株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。ただし、第三号の期間は、一年を超えることができない。
一  取得する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)
二  株式を取得するのと引換えに交付する金銭等(当該株式会社の株式等を除く。以下この款において同じ。)の内容及びその総額
三  株式を取得することができる期間
(略)

「そうだね。でも、それ以外に必要な手続きはないかな?」
「えっと...。」
テトラちゃんは困ったような顔をする。
「さっき、株主が困るって言ったよね。今回はB一人だけから買うけど、他の株主は困らないかな。」
「あっ、追加の売り渡し請求!」
「そう、自分のも買ってくれ、と言える訳だよね。何条?」
「えっと…。あっ、160条2項と3項です。」

(特定の株主からの取得)
第百六十条  株式会社は、第百五十六条第一項各号に掲げる事項の決定に併せて、同項の株主総会の決議によって、第百五十八条第一項の規定による通知を特定の株主に対して行う旨を定めることができる。
2  株式会社は、前項の規定による決定をしようとするときは、法務省令で定める時までに、株主(略)に対し、次項の規定による請求をすることができる旨を通知しなければならない。
3  前項の株主は、第一項の特定の株主に自己をも加えたものを同項の株主総会の議案とすることを法務省令で定める時までに、請求することができる

「そうだね。どうしてこういう規定があるの。」
「えっと…。一人だけはずるい、だから…。」
「うん、内容は理解してるみたいだね。さっきの、金庫株解禁の趣旨のうちの(一部の)株主が喜ぶという部分だよね。一人だけ有利に買われるのは不適切だから、みんなに機会を与えて平等にしようということだ。今回はこの160条2項3項の通知をしている?」
「して、いません。」
「うん、何か例外はありそうかな。甲社は公開会社だけど、公開会社に当てはまりそうな例外は?」
「161条とかはどうですか。」

(市場価格のある株式の取得の特則)
第百六十一条  前条第二項及び第三項の規定は、取得する株式が市場価格のある株式である場合において、当該株式一株を取得するのと引換えに交付する金銭等の額が当該株式一株の市場価格として法務省令で定める方法により算定されるものを超えないときは、適用しない

「いい視点だね。161条は、市場価格以下で買えば160条2項と3項が適用されない、要するに通知をしなくていいという。その趣旨は。」
「えっと、えっと…。」
「通知を義務付けた趣旨が、株主間の平等なんだよね。」
「そっかぁ。市場価格以下で買えば、他の株主との不平等はないってことですね。」
「そうだね。よくできました。でも、今回は市場価格である800円以上である1000円で買ってるので、161条の適用はないね。」
 そう、甲社は上場企業でありながら、会社法160条の手続きを取らずに自己株式を取得してしまったんだ。


「さて、総会の前はこういう通知の問題があると思うんだけど、総会の段階はどうかな。」
「えっと、どういう問題でしょうか。」
「問題文で変な記載がない?」

採決の結果、多くの株主が反対したものの、Bが賛成したため、議長であるCは、出席した株主の議決権の3分の2をかろうじて上回る賛成が得られたと判断して、第1号議案が可決されたと宣言した。

「ここは、何か思い当たる?」
「Bがいないと、可決されない…。」
「そして、そのBさんって、自己株式を高く売れる立場だったよね。」
「あっ、特別利害関係人。」
「発想はいいね。特別利害関係人の一般規定は?」
 一般にアクセントを置く。
会社法831条1項3号で、特別利害関係人が投票しちゃって著しく不当な決議がされたら、これは取り消せることになっています。」

株主総会等の決議の取消しの訴え)
第八百三十一条  次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより取締役、監査役又は清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
(略)
三  株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。

「うん、そうだね。でも、今回はこの問題かな?」
「え、違うんですか?」
「一般法と特別法、優越するのは?」
「特別法です。」
 いろいろなことに通用するのが一般法。個別のスペシフィックな事柄についてしか適用されない特別法。当該事案が特別法の領域であれば、特別法は一般法に優越する
「そうだね。そうすると?」
 テトラちゃんは、まだよく分からなそうな顔をしている。」
「分からなければ、まずやることは?」
「あっ、条文を引く。ですね。」
 テトラちゃんは、六法を引いていく。高速で薄い紙が捲られていく音が耳に心地いい。
「分かりました。 160条4項です!」

(特定の株主からの取得)
第百六十条  株式会社は、第百五十六条第一項各号に掲げる事項の決定に併せて、同項の株主総会の決議によって、第百五十八条第一項の規定による通知を特定の株主に対して行う旨を定めることができる。
(略)
4  第一項の特定の株主は、第百五十六条第一項の株主総会において議決権を行使することができない。ただし、第一項の特定の株主以外の株主の全部が当該株主総会において議決権を行使することができない場合は、この限りでない。

「うん、そうだね。今回はBという『特定の株主』から購入しようとしている場合だから、本来Bは議決権を行使できない。でも、Bが議決権を行使してしまっているよね。」
「なるほど、みんな条文に書いているんですね。」
 テトラちゃんの顔には、感嘆の二字がかいてあった。全てが条文に書いている訳ではない。でも、重要な事項の多くは、条文を見れば分かる。


「最後に、自己株式取得の内容面はどうかな。」
「…。」
「さっき、債権者が害されるっていう話をしたよね。」
「あ、分配可能額ですね。」
 テトラちゃんは、ヒントを与えると、パッと気づける。講義で学んだことをよく復習して覚えているのだろう。それなのに問題が解けないのは、その知識が分散していて、問題となっている事案と関連付けられていないってことだ。
「分配可能額って、何だっけ?」
「えっと…。」
「昔は、債権者を害するかどうかを考えるために、資本金という概念を使って、最低資本金を株式会社なら1000万円必要とした。債権者はこの資本金をあてにできるという訳だ。でも、資本金が現金で金庫に眠っている訳ではなく、例えば不動産になったり、場合によっては知的財産権、他社の株式、ついには『のれん』*14みたいな無形のものになったりしている。そこで、会社法では資本金を基準にするのではなく、『分配可能額』という新しい考えを導入して、配当や自己株式取得と言う形の株主への財産流出を規制しようとしたんだ。」
「そういうことだったんですね。」
「さて、分配可能額は計算できる?」
「えっと、えっと…。」
「条文を引こうか。」
「461条です。」

(配当等の制限)
第四百六十一条  次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等(当該株式会社の株式を除く。以下この節において同じ。)の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない
(略)
三  第百五十七条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得
(略)
八  剰余金の配当
2  前項に規定する「分配可能額」とは、第一号及び第二号に掲げる額の合計額から第三号から第六号までに掲げる額の合計額を減じて得た額をいう(以下この節において同じ。)。
一  剰余金の額
二  臨時計算書類につき第四百四十一条第四項の承認(同項ただし書に規定する場合にあっては、同条第三項の承認)を受けた場合における次に掲げる額
イ 第四百四十一条第一項第二号の期間の利益の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
ロ 第四百四十一条第一項第二号の期間内に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
三  自己株式の帳簿価額
四  最終事業年度の末日後に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
五  第二号に規定する場合における第四百四十一条第一項第二号の期間の損失の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
六  前三号に掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額

「そうだね。まず、461条1項で配当(8号)や自己株式取得(3号*15)等をする場合には『分配可能額を超えてはならない』とした上で、2項で分配可能額の計算方法を示している。」
「ふわわわわ…。461条2項はいっぱい規定がありすぎて何がなんだか。」
 会社の計算という分野は会計知識等が少し必要だから、嫌厭する人も多い。もちろん、会社計算規則の内容等は普通のロースクール生には難しいものが多いが、基本的な考え方はそう難しくない。
「いろいろあるけど、重要なのは、剰余金の額。それ以外は、特殊な勘定科目をどう反映するかいった話が多い*16んだけど、今回はあまり関係ない。そうすると、結局剰余金額が重要になってくるね。剰余金の条文は?」
「446条です。」

(剰余金の額)
第四百四十六条  株式会社の剰余金の額は、第一号から第四号までに掲げる額の合計額から第五号から第七号までに掲げる額の合計額を減じて得た額とする。
一  最終事業年度の末日におけるイ及びロに掲げる額の合計額からハからホまでに掲げる額の合計額を減じて得た額
イ 資産の額
ロ 自己株式の帳簿価額の合計額
ハ 負債の額
ニ 資本金及び準備金の額の合計額
ホ ハ及びニに掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
二  最終事業年度の末日後に自己株式の処分をした場合における当該自己株式の対価の額から当該自己株式の帳簿価額を控除して得た額
三  最終事業年度の末日後に資本金の額の減少をした場合における当該減少額(次条第一項第二号の額を除く。)
四  最終事業年度の末日後に準備金の額の減少をした場合における当該減少額(第四百四十八条第一項第二号の額を除く。)
五  最終事業年度の末日後に第百七十八条第一項の規定により自己株式の消却をした場合における当該自己株式の帳簿価額
六  最終事業年度の末日後に剰余金の配当をした場合における次に掲げる額の合計額
イ 第四百五十四条第一項第一号の配当財産の帳簿価額の総額(同条第四項第一号に規定する金銭分配請求権を行使した株主に割り当てた当該配当財産の帳簿価額を除く。)
ロ 第四百五十四条第四項第一号に規定する金銭分配請求権を行使した株主に交付した金銭の額の合計額
ハ 第四百五十六条に規定する基準未満株式の株主に支払った金銭の額の合計額
七  前二号に掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額

「条文を見ただけでくらくらします」
 テトラちゃんの顔面が蒼白になってきた。
「要するに、1号〜4号の合計から、5号〜7号の合計を引くんだよね。」
「難しいです…。」
「ほぼ必ず問題となるのは、1号。実は、2号以下は、あまり問題にならないから、略してしまおう。」

(剰余金の額)
第四百四十六条  株式会社の剰余金の額は、第一号から第四号までに掲げる額の合計額から第五号から第七号までに掲げる額の合計額を減じて得た額とする。
一  最終事業年度の末日におけるイ及びロに掲げる額の合計額からハからホまでに掲げる額の合計額を減じて得た額
イ 資産の額
ロ 自己株式の帳簿価額の合計額
ハ 負債の額
ニ 資本金及び準備金の額の合計額
ホ ハ及びニに掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
(略)

「これで少しは分かりやすくなったかな。1号は、イからホまである。これらをどうするって?」
「イとロを足したものから、ハ〜ホを引くってことですか。」
「そうだね。」
「ホは何て書いてる?」
「『法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額』です。」
「そう。この金額をマイナスする訳だけど、『法務省令』は?」
「えっと、会社計算規則149条です。」
 判例六法の参照条文を見ながら答えるテトラちゃん。
「今は参照条文を見てもいいけど、本番は参照条文はないよ。会社法『施行規則』をずっと探し続けて時間がなくなっちゃった先輩もいたみたいだね。その意味では、来年くらいからは、自力で探す練習も必要だよ。」
「はい、わかりました*17。」

(最終事業年度の末日における控除額)
第百四十九条  法第四百四十六条第一号 ホに規定する法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額は、第一号に掲げる額から第二号から第四号までに掲げる額の合計額を減じて得た額とする。
一  法第四百四十六条第一号 イ及びロに掲げる額の合計額
二  法第四百四十六条第一号 ハ及びニに掲げる額の合計額
三  その他資本剰余金の額
四  その他利益剰余金の額

「この意味は分かる?」
「えっと、うんと…あわあわ。」
「最初から正確な理解まで到達できる訳がないし、それができる条文ではないよ。一歩一歩進んでいこう。1〜4号まであるけど、これをどう計算するって書いているのかな?」
「えっと、1号から、2〜4号を引きます。」
「うん、そうだね。これは、数学だよ。会社計算規則149条1号、2号には、会社法446条1号のイ〜ニが使われている。そこで、会社計算規則に、会社法代入してみよう。」
代入ですか。なんか、法律じゃなくて、本当に数学をやってるみたいですね。えっと...」

会社法461条1項1号の数額=イ+ロ―ハ−ニ−ホ(会社法461条)
ホ=イ+ロ―ハ−ニ−その他資本剰余金の額−その他利益剰余金の額(会社計算規則149条)

「こんな感じでしょうか。でも、なんか、数学っぽいだけで、本当の数学とはやはり雰囲気が違います。」
「多分それは、条文の記号を使ってるからだと思う。まず、会社法461条1項1号の数額をX、その他資本剰余金の額をY、その他利益剰余金をZにしようか。上と同じように会社法を第一式、規則を第二式にしてみよう。」
「はい。」

X=A+B−C−D−E
E=A+B−C−D−Y−Z

「あ、これは普通の『数学』ですね。」
「XをEを使わずに表すとどうなるのかな?」
「第一式のEに第二式を代入すると…。あっつ!」
 テトラちゃんの顔に驚きの表情が浮かんだ。ノート上で計算する前に、暗算で分かってしまったのだろう。

X=A+B−C−D−(A+B−C−D−Y−Z)
 =Y+Z

「きれいに数字が消えていって、残るのはY+Zだけです!」
「ここで、YとZはそれぞれ何だっけ?」
「計算規則149条でいうと、その他資本剰余金の額その他利益剰余金の額です。」
「そう、だからいろいろな数字が相互に打ち消しあって、プラスマイナスゼロになる。結局その他資本剰余金の額とその他利益剰余金の額の2つが重要になってくるんだ。」
「条文を見ると複雑に入り組んでいたのに、2つの複雑な条文をあわせると、複雑なものが綺麗に消えて、まるで落ち物パズルゲームのようなんですけど、これは何か理由があるんですか?」
「いいところに気づいたね。それはね…。」
(その2に続く!?)



目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成21年商法過去問解説その1
平成21年商法過去問解説その2


平成20年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成20年商法過去問解説その1
平成20年商法過去問解説その2


平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:なお、新司の問題解説は、主な議論の筋道について分かりやすく解説するというポリシーでやっておりますので、細かい点について書くかどうか等の応用については、今回の企画の趣旨ではないこと、ご了承ください

*2:プレハブとは限りませんよ?

*3:正確にはもう旧試験は終わったので、単なる「司法試験」なのですが、この10年近く「新司」と呼んでいたのを突然「司法試験」には変えられません…。

*4:既修というのは、ロースクールの2年コース、未修というのはロースクールの3年コース。違いは、基礎的な法律を法学部等で学んでいる場合には既修で速習できるというものであった。とはいえ、実際は未修コースに大量の法学部卒業生が入っており、テトラちゃんのような他学部からの「純粋未修」はかなり減少傾向だ。

*5:平成23年は未修者に限ると16.2%といわれる。

*6:一応テトラちゃん1年生設定なので、1年のうちに会社法を勉強する設定にしないと、整合しません。来月から多くのロースクールでテスト期間ですね。特に3年生の皆さん、頑張ってください!

*7:1年の12月設定です。

*8:注:設定

*9:プレテストやサンプル問題は、ちょっと傾向が違ったりしますね。

*10:会社法だけでなくても1条に目的2条に定義規定というのが一般的である。ただ、会社法は条文の中で定義をしたり、定義の中に法務省令等が入ってくるから...。

*11:ごめんなさい、未修者コースのことは又聞きでしか知らないです…。

*12:会社法だけではなく金商法等も使いますが

*13:160条1項の「特定の株主」からの買取りなので、特別決議(309条2項2号)が必要であるところ、今回は、特別決議を経ている

*14:超過収益力。これがあるから儲けられる力みたいなもの。

*15:実はいろいろな場合があるが、本件は3号だ。

*16:とりあえず、ネットで概要を見られるのが会社法であそぼ。:分配可能額の計算方法(基本編)

*17:注:この点は、紫苑(@sihonygr)様からコメントをいただき修正した。適切なご指摘であり、感謝している。