ビブリア古書堂の刑法学的考察〜本読み向けのライトノベル
注:本エントリはビブリア古書堂の事件手帖のネタバレを含みます。未読の方はご注意下さい!
ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)
- 作者: 三上延,越島はぐ
- 出版社/メーカー: アスキーメディアワークス
- 発売日: 2011/03/25
- メディア: 文庫
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本読み向けのライトノベルといえば、まず最初に浮かぶのが野村美月先生の「文学少女」シリーズだろう。
- 作者: 野村美月,竹岡美穂
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2006/04/28
- メディア: 文庫
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しかし、最近、有力な新しいシリーズが登場した。
三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズである。
鎌倉にあるビブリア古書堂。病気療養中の店長篠川栞子は、古書査定のためにやってきた主人公、五浦大輔と病室で話をする中で事件を解決する。
「安楽椅子探偵」ならぬ「病院用ベッド探偵」と本が読めない体質の主人公が古都で織り成すストーリー、これがビブリア古書堂の事件手帖である。
2.小山清「落ち穂拾い、聖アンデルセン」事件
第二話は、新潮文庫の、小山清「落ち穂拾い、聖アンデルセン」が盗まれた事案だ。
- 作者: 小山清
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1955/11
- メディア: 文庫
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本をとった少女は何罪になるのだろうか?
3.占有はあるのか?
刑法は、他人の物を「とって」しまった場合の罪として、窃盗罪(刑法235条)と占有離脱物横領罪(刑法254条)の二つを用意している。
刑法235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(略)
刑法254条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
ここで、二つとも、他人様のお金やモノを、その他人の意思によらず*2自分のものにしてしまうという点では共通する。
ここで、窃盗罪が占有離脱物横領罪よりも法定刑がかなり重いのは、窃盗罪が、他人が占有するもの、つまり、事実上支配しているものをトルことによる。落ちていた財布をネコババするのと、財布をポケットからスリ取るのでは、やはり同じ悪いことでも、他人の支配から金品を離脱させるという点において、スリ取る方がより悪いだろう。だから、窃盗の場合には、最高10年の懲役という重い刑を科すことが出来る。
では、本件で志田に占有はあるのか。小山清の文庫本は志田が肌身離さず持っていたのではなく、トイレに行くため自転車に置いておいたものだ。
ここは判例がある。被害者がベンチにポシェットを置き忘れたまま27メートル離れたところまで歩いた時点でポシェットが取られた事案につき、最高裁*3は、占有つまり被害者が事実上支配しているとした。人が直接手元等に持っていなくても短時間で現実に支配を及ぼしうる範囲内であれば、なお占有を認めるのが判例なのだ*4。
本件でも、志田はすぐに自転車に駆け戻って現実に支配を及ぼすことはできた。それをしなかったのはトイレに行きたかったからに過ぎない。そこで、未だに占有があるといえる。そう、少女は志田の占有する本を「とった」のである。
4.不法領得の意思
ところで、少女は何も小山清が読みたくて盗んだのではない。あくまでも、新潮文庫のスピン、つまりひも状の栞を使ってプレゼントのリボンを補強しようとしたに過ぎない。これは、窃盗罪の成立に影響を与えるか?
ここで、器物損壊罪という犯罪がある。
刑法261条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
これは、窃盗罪よりも大分軽い刑であるが、他人の物を壊したりした場合に成立する。
具体的に考えよう。
Aが本を盗んで本を読んだ。
Bが本を盗んでビリビリに引き裂いた。
なんか、Bの方が悪い奴で、Aは善良なインテリのように見えなくもないが、刑法はAを重い窃盗罪とし、Bは軽い器物損壊罪とする。なぜだろうか?
そもそも窃盗罪が重いのは、その盗んだもののを「本来の用途(経済的用法)に使う」ことを意図するというところに原因がある。
そのような意思は犯行の強力な動機となることから窃盗罪の重い刑を予告することが必要である。また、このような意図で犯罪を犯した者には強い非難が加わる。だからこそ、そのような意思があるAは重く罰し、そのような意図がないBは器物損壊罪として軽く罰するのだ*5。専門用語で「不法領得の意思」といわれる問題である。
本件では、少女は、スピンを引きちぎってリボンを補強したいという思いで本を盗んだ。別に本を読んだり換金するという本来の用法に従った利用をしようとしたのではない。そこで、「犯行の強力な動機となることから窃盗罪の重い刑を予告することが必要」といった趣旨は本件にはあてはまらない。
よって、少女には、窃盗罪は成立せず、軽い器物損壊罪が成立するに留まる。
5.その後の不法領得の意思の発現
ところが、本件では、その後不法領得の意思が発現している。
つまり、途中から少女は本を読み始めている*6。ここで本来の経済的用法で用いる意思が生じているのだ。これをどう考えるべきか。
窃盗罪が成立するためには、窃盗、つまり、モノを盗んだタイミングで経済的用法に従って用いる意思が必要である。そういう意図で占有を奪ったことに窃盗罪の強い非難が妥当するからだ。
しかし、この事案では、要するに「占有離脱が窃盗罪として評価されないまま、ある時期から経済的用法で用いる意思を発現させている」といえる。
この場合には、時系列で考えるのが良いだろう。まず、占有を現実に奪った段階においては、窃盗罪の成否が問題となる。ところが、上述のように窃盗罪は成立しない。つまり、占有を奪うこと自体は何の犯罪としても評価できないのだ。
ところが、その後で経済的用法で用いる意思を発現させているので、この段階の少女の行為は器物損壊罪では評価しきれない。
このような、経済的用法で用いる意思を発現させている場合に成立する犯罪のうち、窃盗罪はもはや成立しない。そうすると残ったのは占有離脱物横領罪だ。
確かに、今回は落し物のネコババのような典型的な占有離脱物横領罪ではない。しかし、占有離脱物横領罪は、(窃盗にならない形で)モノが他人の支配から離れたところで「とる」犯罪である。「本人が落とす」のが典型だが、それ以外でも、モノが他人の支配から離れたところでとれば、占有離脱物横領罪の成立を妨げない。
本件では、他人の支配から離れる方法は「器物損壊のつもりでとる」という方法であり、これでもなお、窃盗罪にならない形なのだから、そのような他人の支配から離れたものについて、「本を読もう」と考えて経済的用法に従って利用した少女には、占有離脱物横領罪を成立させて差し支えないのである。
よって、少女には占有離脱物横領罪が成立する。
まとめ
自転車が倒れた際に文庫本を奪った少女には、器物損壊罪と占有離脱物横領罪が成立する。
ビブリア古書堂の事件簿は、刑法学的にも興味深い事例を提供する。
なお、同書の掲載する本はほとんど青空文庫で提供されている*7。青空文庫片手に、ビブリア古書堂の事件簿で名作の世界へ旅をしてはどうだろうか。