杏子と死体領得罪―あんさやが有罪な訳がない!?
このエントリは、ツイッター(@ahowota)フォロワーさんとのやり取りの中で思いついたものです。どうもありがとうございます。
魔法少女まどか☆マギカ (2) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)
- 作者: ハノカゲ,Magica Quartet
- 出版社/メーカー: 芳文社
- 発売日: 2011/03/12
- メディア: コミック
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魔法少女まどか☆マギカのストーリーの中で、衝撃といえば、まず第三話、マミ先輩がマミられるシーンが挙げられるだろう。
しかし、これと同程度、いや、人によってはもっと衝撃なのが第9話。さやかの死である。
ソウルジェムを暗黒化させ、魔女化したさやか。
空から落ちてくる美少女、ではなく、堕ちてくるのは、さやかの死体。杏子は、一度は魔女と対面するが、暁美ほむらに連れ出される。
ほむら「彼女のソウルジェムは、グリーフシードに変化したあと、魔女を生んで消滅したわ」
まどか「うそ・・・・・・ だよね・・・・・・?」
ほむら「事実よ。それがソウルジェムの最後の秘密」
魔法少女まどか☆マギカ第9話より
杏子は、「わざわざ死体を持ってきた以上、扱いには気をつけて。うかつな場所に置き去りにすると、後々厄介なことになるわ」というほむほむの助言*1に従い、ホテルの一室にさやかの死体を連れ込む。ソウルジェムの魔力を使って、死体の鮮度を保つ杏子。そこに忍び寄る悪の手先QB。
杏子「こいつのソウルジェムを取り戻す方法は?」
QB「僕の知る限りでは、ないね」
杏子「そいつは、お前が知らない事もあるって意味か?」
QB「魔法少女は条理を覆す存在だ。君たちがどれほどの不条理を成し遂げたとしても、驚くには値しない」
杏子「出来るんだな?」
QB「前例は無いね。だから僕にも方法はわからない。あいにくだが助言のしようがないよ」
魔法少女まどか☆マギカ第9話より
甘言を弄するQBに触発され、杏子は死地へ赴く。
あんさやファンにとっては絶対に忘れられない一話である。
2.死体を連れ出して、いいの、かな?
ところで、この話があまりに衝撃的なので、放送後約1年間法的検討をしていなかったが、死体を連れ出して、本当にいいのか?
(死体損壊等)
第190条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。
(窃盗)
第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
本件に関係しそうなのは2つの条文だ。1つは、窃盗罪、つまり、他人の金品を盗んだ場合に成立する犯罪だ。もう1つは、死体領得罪、つまり、他人の死体を自分のものにする場合に成立する罪である。
死体等は適法な取引の対象にはならないことは事実である。しかし、麻薬でも盗めば窃盗罪が成立する。そこで、さやかの死体という「他人の財物」をとったという点は否めず、窃盗罪が成立する可能性は十分にありえる*2。
また、さやかの死体は「死体」であって、本来は第10話の冒頭のように、適切に埋葬されるべきである。これをホテルの一室という場所に隔離して、その死体を事実上支配しているのだから、「死体」の「領得」という死体領得罪の要件を満たすように思われる。
3.あたしは、どっちで、罰せられる?
そうすると、可能性としては、(1)窃盗罪のみが成立、(2)死体領得罪のみが成立、(3)窃盗罪と死体領得罪の双方が成立といういずれかの可能性がある。
ここで、注意しないといけないのは、窃盗罪と死体領得罪は守りたいモノがぜんぜん違うということである。
そもそも、刑法が刑罰でもって一定の行為を禁止しているのは、それによって守りたいもの(保護法益)があるからである。
窃盗罪は、他人の財産を守ろうとするのに対し、死体領得罪は宗教感情を守ろうとする*3。
190条の死体領得罪が「宗教感情」を守るというのはどういうことか。それは、人々が死体に対して追慕を感じ、懇ろに葬り長くこれを紀念して礼拝したいという自然な感情を有しているところ、死体が壊されたり、捨てられたり、とられたりすると、このような感情が害されるということである*4。
すると、守りたいものが違う以上、窃盗罪と死体領得罪は、「同じような犯罪のうち、より重い行為態様を重く罰した」という関係にはない*5。
そして、このことが、2つの犯罪の関係をどう考えるかという問題を非常に難しくしている。大コンメンタール刑法によれば、なんとどちらの犯罪が成立するのか、その根拠は何かについて、6つもの説が対立するそうである。完全に一人一説状態だ。
まず、判例は、死体領得罪が成立する以上は、窃盗罪等は成立しないとする*6。とはいえ、この根拠はあまり明らかではない上、後述のとおり学説上は反対説も有力である。
そして、判例は、死体等が窃盗罪等で守られる財物ではないといっているのではなく、死体等も所有権の対象となるとしている(大判大正10年7月25日民録27輯1408頁)。現在の学説の大勢も、死体であっても「他人の財物」となり得ること自体は肯定している。
このような前提で、両罪の関係について、どのように考えるのが妥当なのだろうか。
確かに定説はないが、まず、判例・学説が死体等の財物性を肯定していることに鑑みると、現世における財産的価値と切り離された宗教的感情の対象である*7等として、そもそも死体等が窃盗罪等の対象となる財物ではないといってしまうのは困難ではないだろうか*8。
そうすると、(判例を批判し)「窃盗罪と死体領得罪で守ろうとするもの、保護法益が違う以上は、各犯罪の要件にあてはまる以上両罪が成立する」という説にも魅力を感じることは事実である*9。
しかし、両罪を成立させてしまうのは、死体、遺骨、遺髪を遺体安置所等から盗むという「領得」の典型的な場面について、10年以下の懲役等という重い窃盗罪の刑罰を認めてしまっており、わざわざ死体領得罪が3年以下の懲役という軽い刑の犯罪を定めた意味がなくなるのではないだろうか。
多分、窃盗の10年というのは、財産的価値がとても高いものを盗んだ場合が想定されているのだろう。俺の大切な財産がとられた、金返せ!という気持ちが、窃盗罪の保護する対象であって、価値が高ければ高いほどその気持の侵害、つまり「法益の侵害」の度合いが高いので、通常は刑が重くなる。しかし、死体について、それが取られた場合に、常識的に俺の大切な財産がとられた、金返せ!と思うだろうか。そして、死体について市場価格は◯円なのでマックス10年のうち、この程度の刑にしようといった判断を裁判所がすることは、果たして遺族が望んでいることなのだろうか。むしろそのような判断をすることこそが遺族の死体への思慕の情を害するのではないだろうか。
このように考えると、少なくとも死体については、それが刑法理論的には窃盗罪の客体になるとしても、死体窃盗行為は、社会通念上、遺族の死体に対する所有権や占有権といった財産権を害するという側面は重視されておらず、むしろ、遺族の宗教感情を害するという側面が重視されていることに鑑みて立法者は、死体領得罪の要件を満たす限り、死体領得罪のみで罰することとしたのではないだろうか。
このような、190条が窃盗罪よりも軽い法定刑を定めている点を考慮し、死体領得罪のみの成立を肯定する見解*10は、このように理論的にも成り立ち得るし、一方で死体の財物性を肯定しながら、他方で死体を「盗む」行為について死体領得罪のみの成立を認める判例の考えをうまく説明できるのではないかと考える。
以上からは、杏子は、さやかの死体を「領得」した者として死体領得罪が成立し、窃盗罪は成立しない。
4.あたしが死体領得罪なんて、ありえない
杏子は、万引きについて「窃盗罪」で処罰されるのであれば、それは納得して刑に服するだろう*11。
しかし、さやかの「死体」をホテルに連れ込んだことを理由に死体領得罪というのは、杏子は納得できないだろう。
その理由は、杏子自身、さやかの死体の尊厳を傷つけようとした訳ではないというところにある。
QBに提示されたさやか復活の僅かな可能性。頭のいい杏子は、それが罠だと気づかなかったのか。
いや、その可能性を十分に認識した上で、1%であってもその可能性に賭けようとした。そんなさやかへの愛からの行動が、刑法上あなたは死者を冒涜したとして死体領得罪として有罪になる。そんなの、絶対おかしいよ?
5.最後に残った植松説
ここで、杏子を救う学説がある。
直接的には死体領得ではなく、同じ190条でも死体遺棄、つまり、死体を「捨てる」場面の文脈であるが、故植松正教授は、こうおっしゃる。
ひそかに墓地の一角に埋めたとしても、それは埋葬ではなく、遺棄である。しかし、葬祭を営まなくても、礼意を失わない方法で処置するならば、損壊、遺棄等の行為とは言えない
植松「刑法概論II(各論)」235頁
つまり、刑法190条の趣旨が「宗教感情の尊重」なのだから、死体への礼を逸しない行為であれば、宗教感情を害するとはいえず、例え形式的に「遺棄」「損壊」に至っても刑法190条で罰することはできないということである。
本件では、杏子がやっているのは、さやかへの愛を貫くため、さやかへの愛と礼節を尽くした対応としての復活の可能性への挑戦であって、これが「宗教感情の尊重」を害するとは言えないだろう。
以上より、さやかの死体をホテルに連れ込んだ杏子は、さやかへの愛故に無罪ということになる。
まとめ
杏子の行為自体は外形的には死体領得罪に該当するが、それが宗教感情を害しない態様で行われていることから、死体領得罪は成立しないと考えるべきであろう。
そう、あんさやは正義、あんさや無罪である!
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