アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成20年過去問その1

数学ガール/乱択アルゴリズム (数学ガールシリーズ 4)

数学ガール/乱択アルゴリズム (数学ガールシリーズ 4)

1.テトラちゃん
いつもの図書館、いつもの場所、いつもの…。
「あっ、先輩」
いつものように笑顔。
「今日も、過去問かな。」
「そうなんですよ。平成20年の問題なんですけど、これまでは基本的には1社に株主がいるという話だったのが、甲乙2社の関係で事案が入り組んでいて、困ってるんです。」
平成21年頃から、やや傾向が変わった。平成18年に試験が始まった当初は景気もあまり悪くなく、M&A等が盛んに行われた時代背景を踏まえ、複数社間の組織再編系が毎回のように問われた。組織再編の場合、複数社が登場してそれぞれの手続が問われることは多い。ところが、リーマンショックにより、景気が悪化し、華やかなM&Aファイナンス系の仕事が激減した。こういう時代背景を元に、最近では、設立、計算等の個別の企業についての問題が問われている。



『試験にはサプライズはつきもの』とでも言えばいいかな。8科目の試験問題。その中には、『あれっ?』と驚く問題が必ずある。そういうことに引っ張られて、涙を飲んだ人も少なくない。」
「サプライズというのは、他にはどのようなものがあるのですか。」
「そうだね。形式、例えば順番だったり、問い方のサプライズがある。例えば、党派的立場、つまり原告か被告どちらかの立場に立って論じることがままあったのが、最近は客観的な、あえていえば裁判官の立場で判断することが多くなっているという傾向にあるよね。加えて、内容、例えば、組織再編がらみを続けて聞いていたのが突然設立や計算といった比較的マイナー分野になるといったこともその1つだね。」
「そういう変更には、どのように対応すればいいんでしょうか。」
発想の転換、だね。多くの受験生は、変化に戸惑ってそれをマイナスに考える。だから、変化をプラスに考えればいい。」
「変化をプラス…ですか。具体的には、どのようにすればいいんでしょうか。」
「変化がある部分については、他の受験生も十分に対策ができない。だから、母集団におけるレベルが下がると考えられる。ということは、普通に対応すれば、相対的に浮き上がり、合格可能性が高まると、プラスに考えるんだ。」
「確かに、発想が逆転していますね。普通は、びっくりして、嫌だなぁって思いますから。でも、『普通』ってどういうことでしょうか。」
「それは、法律を解釈して適用するということ。どんな問題でも、司法試験で求められるのはこの基本的なことだけ。例えば、未知の分野の問題が出たら、誰もぴったりあてはまる判例とかを知らないだろうから、ひたすら条文を操作することしかできない。問題となりそうな条文を引いてきて、それを事案にあてはめようとする。ピタッとあてはまれば、それで終わり。ピタッとあてはまらなければ、そこで『解釈』をする。曖昧な文言の意味を、形式的な観点と、実質的な観点から明らかにしていく。そうして、そのような解釈のプロセスを通じて明確にした規範を事案にあてはめる。」
「そう言われると、簡単そうですけど、実際は難しいんですよ…。」
「もちろん、いつもそんなに簡単にいかないのは事実だ。でも、これはどんな問題でも最低限行うべき基本であって、このレベルで十分に合格点がつくのが、未知の問題ということだよ。」
「なんか、分かったような、分からないような感じです。」
「まあ、これは具体的な問題とは離れた抽象的な解説だから、そういう気持ちになるのも分かる。具体的な問題で考えてみよう。」


「えっと、この問題は、マザーズ上場企業である甲社と、その実質的親会社である乙社の2社が、債務を踏み倒そうとしているという事案です。」
「そうだね。今回は、甲社や乙社についてきちんと整理すること、これが最重要で、これさえ間違えなければ、問題で聞きたいこと自体はあまり難しくはないよ。」
「どうすれば、2つの会社を混乱しないで整理できるのでしょうか。」
ビジュアル化、だね。試験という極限の状態で、頭は通常よりずっと働かなくなっている。そんな時に、問題文の文字を追うだけで正確に理解するのは難しい。だから、図を書くことで、パッと1目で分かるようにするんだ。長々とした数式を1つのグラフで表すのと同じだね。」
「今回の問題では、具体的にどうするのですか。」
「例えば、1~18までの各項目について、どっちの会社の話かを色分けしてみるといいかもね。試験会場に赤と黄色のラインマーカーを持って来ていれば、例えば、赤を甲社、黄色を乙社と決め、各項目の右端か左端にその色の縦線を引く。これだけで、どちらの会社のことを言っているのかもう迷わなくなる。」
「色分けというと、全ての行を綺麗な色で分ける人もいますけど。」
「長い時間をかけていいのであれば、丁寧に『作業』をすることには意味がある。でも、試験や試験勉強は『期限』がある。作業が素晴らしいからといって点数をもらえる訳ではない。作業は最低限にとどめた方がいいんじゃないかと思うね。」
「分かりました。ちなみに、1つの項目に甲のことも乙のことも書いている場合にはどうすればいいのですか。」
「第三の色を使ったり、赤の線と黄色の線を引くとか、方法はいくらでもあるんじゃないかな。どういう方法であっても、『自分が一目で分かる』ということができれば、それで十分だよ。」
「自分にとって分かり易い方法で、かつ、作業の負担が少ない方法ということですね。勉強になります。」
「加えて、甲社と乙社の簡単な図を書いてみるといいね。」
「具体的には、どんな図を書く必要があるのでしょうか。」
「例えば、こんな感じかな。」

乙社: 非公開会社、株主はAとBのみ
【役員】A(代取)、B(代取)、C(取)
↓乙社30%持株(A10%持株、B10%持株、D5%持株)
甲社:マザーズ上場企業
【役員】A(代)、B(取)、D(取)

「こんな簡単なものでいいんですか。」
「正式な、本に載せる図なら、もっと詳細かつ正確に書かないといけないけれど、あくまでも問題を正確に理解するための自分の手控えだから、簡潔にできるならばその方がいいと思うよ。」
「なるほど、なんか、図と聞いて、詳細なものをイメージしていたのですが、安心しました。これなら私でも描けそうですね。」


「じゃあ、設問1に入ろうか。」
「設問1は、前段で、丙銀行が乙に融資の保証債務を払えと言えるかという点について、後段では、丙銀行が、株式交換で乙社の財産が流出したことについて丙銀行から相談を受けた弁護士の立場で回答することが求められています。」

〔設問1〕丙銀行から相談を受けた山野弁護士は,乙社に対する保証債務履行請求の可否及び甲社と乙社の間の株式交換の問題点についてどのように回答すべきか,あなたの考えを述べなさい。

「そうだね。弁護士の立場というのはどういうことだろうか。」
憲法では、原告の立場、被告の立場、そして裁判官の立場で答える問題があります。やはり、丙銀行に最大限有利な法律構成を答えれば良いのですか?」
「確かに、弁護士として受任した後は、『ありえる筋の幅』(平成21年参照)の中で、一番依頼者に有利な主張をすることになるだろう。ただ、受任前の見通しを聞かれているので、回答の内容は、裁判所であればどう判断するかという点に近いと思うよ。」
「そうなんですか。てっきり当事者の立場で論じるものかと思っていました。」
「受任前に、一番有利な考えを引っ張ってきて『こんな考えに立てばあなたは勝てます』なんていったら、依頼者は『勝った気』になっちゃうよね。もし、その『一番有利な考え』が、少数説であって、通説に立てば依頼者は負けるとしたら、どうなるかな。」
依頼者は喜んで弁護士に依頼するけれど、裁判では負けます。」
「そう、『こんな考えに立てば』という留保を付けて事前に説明をしているのであれば、必ずしも弁護過誤かは明らかではないけれども、依頼者にとっては、『裁判所に行けば負ける見通しなら、それを事前に伝えてほしかった』と思うよね。」
「だから、弁護士の回答を裁判所の立場で行うべきなんですね。」
「そう、弁護士という言葉に惑わされてはいけないよ。」
「分かりました。」


「まずは前段だけれども、丙銀行は、乙社に保証債務履行請求をできるのだろうか。」
「乙社と丙銀行は保証契約を結んでいますが、乙社の取締役会の決議がないまま保証契約が締結されているので、この有効性が問題となります。」
「そうだね。この点は、一番基本的な問題だね。具体的には、何条の問題かな。」
「362条4項2号、です。」

(取締役会の権限等)
第三百六十二条4項取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一  重要な財産の処分及び譲受け
二  多額の借財
(後略)

「そうだね。じゃあ、乙社が保証契約を締結することが、多額の借財にあたるのかな。」
「多額の借財かについては、金額の多寡が問題となります。平成6年の最判によれば、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様およびその会社における従前の取扱等の事情を総合的に考慮します(最判平成6年1月20日民集48巻1号1頁)。」
「テトラちゃんが頑張って勉強していることは分かるよ。でも、いろいろ改善していかないといけない。まず、この規範をそのまま持ち出すのは、明らかに号数を間違っているね。」
「えっ? どういうことでしょうか。」
「『財産』というのを問題としているけど、これは1号だ。『当該財産の保有目的』なんていうのは明らかに『重要な財産』の処分等の問題だよね。実際、最判平成6年1月20日民集48巻1号1頁の事案は、『重要な財産の処分』の問題(正確には旧商法260条2項1号)だったんだ。」
「そうだったんですか。重要だから覚えておけと言われて、しっかり覚えたんですが…。」


「法律を勉強する上で、覚えるということは、確かに一定程度は必要だ。例えば、試験会場で貸与される『会社法』の法文のどこを見ても、『経営判断の原則』という言葉はない。でも、これは非常に重要な考え方だよね。定義・要件・効果、こういうのをある程度覚えておかないと、議論の枠組みが成り立たなかったりする。その意味で、暗記の重要性は否定できない。でも、法律は神経衰弱ゲームみたいな、論証カードを何枚覚えたかという問題ではない。あくまでも、条文をどう事案に適用して、適切かつ妥当な解決を導くかというプロセスが問題だ。重要な概念の定義や要件や効果をトランプに例えれば、手札を何枚持っているかというよりも、重要な手札について、きちんと事案にあてはめられるか、つまり、『使えるか』の方が重要だよね。」
「なるほど。しっかり理解していれば、この判例が2号には適用されないことが分かった訳ですね。もっと、暗記すべき事項の内容に注意する必要がありますね。」
「そのとおり。でも、2号について全く使えない判例ではないね。2号が問題となった東京地判平成9年3月17日金融・商事判例1018号29頁はこういっている。」

商法二六〇条二項二号(会社法362条4項2号のこと)に規定する多額の借財に該当するか否かについては、当該借財の額、その会社の総資産及び経常利益等に占める割合、当該借財の目的及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断されるべきである(最高裁平成五年(オ)第五九五号同六年一月二〇日第一小法廷判決・民集四八巻一号一頁参照)。


「なるほど、『借財』を『財産』に置き換えれば平成6年最判は使えたんですね。」
「どうしてかな?」
「どうして、というのは…?」
「つまり、会社法362条4項は、どうして、多額の借財については、取締役会で決議しないといけないと定められているんだろうか? そもそも、多額の借財ではないとしたら?」
代表取締役が一人でできてしまいます。」
「そうだね、じゃあどうして会社法362条4項は、一定の事項については代表取締役等に委任しちゃいけないと定めているのだろうか。」
「えっと、重要な事項だから、ですか?」
「重要な事項はどうして代表取締役に委任しちゃいけないのかな。」
「それは、えっと、会社法362条4項柱書で『委任することができない』とあるから…あれ?」
トートロジーになっちゃっているね。取締役1人よりも、3人以上の取締役(会社法331条4項)が真摯に討議をすることで、その英知を結集し、より適切な意思決定がされることが期待される。だからこそ、会社法は、会社にとって重要な事項は1人の取締役に委ねるのではなく、取締役会で協議の上決定することを求めているんだね。」
「なうほど。そういう『重要な事項』の判断基準だから、財産であっても借財であっても、ほぼ同じ基準を使えるのですね。」
「そうだね。こういう基本的な部分をきちんと理解していれば、この問題に適切に対応できるよね。」
「本当に、基本が大事なんですね。」



「うん。ところで、あてはめはどうなる?」
「えっと、[1]額は一般に巨額ですね、えっと、[2] 総資産及び経常利益等は…。あれ?」
「この場合、[1]金額と[3]目的について、30億円でかつ、ハイリスク・ハイリターンの投資なので結論は見えている。そこで、要件を立てた上で、この2点を元に、その他の事情はどうあれ、『多額の借財』に該当するという言い方ができるね。」
「なるほど。確かに他人の金でハイリスク投資をするという目的は危ないですね。」
「でも、ここまできっちり要件を書いていると、これだけで20行を超えると思うよ。もっと問題点はあるんだから、どこまで書くかは考えものだね。逆に、その典型論点以外にも論じるべきことがある。」
「あれ?それ以外にもあるんですか。」
「まず、『借財』という言葉はあいまいだよね。金銭消費貸借契約の借主になる事案であれば、これはど真ん中だ。だから、『多額』だけを検討すればいいと思うよ。でも、本件は『保証』だ。」
「あ、確かにそうですね。この点も、問題を提起して議論を展開する訳ですか。」
「いや、この点は判例*1・学説(江頭3版383頁注3他)上異論がないところだから、大々的に展開する必要はないよ。」
「そうなんですか。」
「しっかり書くとしても、こんな感じかな。」

 乙社と丙銀行の間の保証契約(以下、「本件保証契約」)の締結につき乙社の取締役会の議決がないことから、乙社がこれを無効として保証債務の履行を拒む可能性がある。本件保証契約は「多額の借財(会社法362条4項2号)」か。
 同号は、債務の負担が額によっては会社に重大な影響を与え得ることからこれを取締役会に決定させる趣旨であり、「借財」の語は保証契約も含むと解する。また、「多額」かについても、上記の趣旨からは、会社に重大な影響を与えるかという点から検討すべきところ、30億円という金額に加え、借入額全額が甲社におけるハイリスク投資に用いられることから、乙社が求償を受けて同社に重大な影響を与える可能性が高く、「多額」に該当する。
 よって、本件保証契約は「多額の借財」である。

「この点は、『そんなの当たり前』という感じで書くならこうだよね。」

 乙社と丙銀行の間の保証契約(以下、「本件保証契約」)の締結につき乙社の取締役会の議決がない。しかし、保証契約も「借財」と同視でき、金額も30億円と「多額」なので、本件保証契約は「多額の借財(会社法362条4項2号)」であり、本来取締役会の議決が必要であった。

「これなら1行30字だと、わずか4行だよね。」
「最初の丁寧な論述と比較すると、わずか3分の1になっています! どちらが正解なんでしょうか。」
「後者が正解という趣旨の主張もされているようだけど*2『正解はない』というのが正しいと思うよ。他の論点との関係、としかいいようがないね。他に書くことが思いつかなかったら、この論点で判例を知っており、かつ、判例が1号に関するものであることも知っているということをアピールする必要がある。でも、これ以外にも様々な論点があるし、30億円がかなり高額なのは明らかだ*3から、他の論点を書けば書くほど、この論点についての記載量は減るだろうね。論証パターンの丸暗記をすると、こういう柔軟な記載量の調整ができないから、その意味でも問題があるね。」
「なるほど、答案の方向性によって、大分書き方が違うんですね。」
「そうだね。ところで、これだけ書いて『無効』でいいの?」
「そうじゃ、ないんですか?」
「平成6年最判の基準を思い出してほしい。最後に何て書いている?」
「総合的考慮、ですか?」
「そう。総合考慮してはじめて取締役会の承認が必要かが判断できる。総合的考慮って、外部の人ができると思う?」
「確かに、会社の内部的事情が分からないと難しいですね。目的なんていうのはかなり主観的ですし。」
「そうだよね。取引の安全のためには、手続に瑕疵がある保証契約の効力を全て一律に否定することは適切ではない。そもそも、今回はAが署名捺印しているけど、Aは乙社の代表取締役をつとめている」
「あっ、349条4項ですね。」

会社法349条4項  代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。

「そう。本来一切の権限があるんだから、それが内部的に制約されていても、当然に第三者にも対抗できるとは限らない。判例は、こう言っている。」

株式会社の一定業務執行に関する内部的意思決定をする権限が取締役会に属する場合には、代表取締役は、取締役会の決議に従つて、株式会社を代表して右業務執行に関する法律行為をすることを要する。しかし、代表取締役は、株式会社の業務に関し一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有する点にかんがみれば、代表取締役が、取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効であつて、ただ、相手方が右決議を経ていないことを知りまたは知り得べかりしときに限つて、無効である、と解するのが相当

「そうすると、今回も、丙銀行に過失があったかどうかを考えればいいんですね。えっと、う〜んと、『取締役会議事録も入手せずに取締役会決議があったと信じるのは安易で過失が認められる』でどうでしょう。」
「この考えはあり得なくもないけれど、実務では常に議事録が得られるとは限らない。さっきの東京地判はこう判示している。」

上場企業である一審被告(注:保証人)の財務担当の専務取締役から直接本件保証意思の確認を得た上、契約締結自体に必要な手続はすべて履践され、しかも右手続に疑問を抱かせるに足りる事情がない以上、これらの経緯を踏まえた一審原告が、一審被告では取締役会決議を含む必要な一切の手続が履践されていると信じた(このことは、前記一の前提事実から十分認められる。)としても、軽率であったとの譏りをたやすく受けるべきものとはいえない。右の諸手続が履践されているにもかかわらず、更に一審原告に、直接一審被告に対して取締役決議の有無を確認し、あるいはその議事録の提出を求めるなどの行為を要求することは、実際上些か酷な要求であるといわざるを得ない(「わざわざ確認するのは失礼」と考えることもあり得るし、そのように考えたとしても、上場企業の専務取締役に対する態度としては極く自然なものであるともいえる。また、仮に、一審原告が古屋専務に対して右のような要求をしたとしても、前記のとおり、本件保証予約の締結が同人と補助参加人との共謀によるものである以上、右要求に沿った実効性のある対応がたやすく得られるとは考えられない。)。もとより、取締役会決議の存在を確認するため議事録の提出を求めることは一つの有効な手段ではあるが、契約締結の際の状況等諸般の事情如何によっては、必ずしも右の提出を求めるまでの必要はないのである。

「あくまでも取締役会議事録の話は1つの根拠に過ぎないのであって、他の根拠も探してみる必要があるよ。例えば、この部分はどうかな。」

Fは,この確認書だけでは丙銀行内部の決裁が得られないと考え,「甲社及び乙社の役員全員に面談し,各取締役会の承認を受けていることを確認した上で,両社の代表取締役であるAから確認書を取得した。」旨を記載した稟議書を作成し,これにより,上記の融資案件をまとめるに至った

「ここは、どう考えればいいのか分からなかったのですよ。」
「まあ、分からなければ、無理をして冒険する必要はない。冒険して論理矛盾等をしてしまう事の方がこわい。ただ、1つの考え方としては、『確認書だけでは丙銀行内部の決裁が得られない』、つまり、通常の注意を払った手続としては、取締役会議事録が考えられるところ、その案件の事情において議事録をを得られないのであれば、単に確認を取るだけではなく、取締役本人からの面談等を行う必要があったのであり、それをFがしていない以上過失があるという議論はできるんじゃないかな。」
「なるほど、確かに、その方が、なぜ確認書だけではダメなのかが明確ですね。」
「うん、ロースクール生は、いくら実務の片りんを学んでいるといっても、本当の実務を知っている訳ではない。これは、司法試験に合格した修習生の二回試験の講評でこんなことが言われていることからも明らかだ。」*4

「実兄が弟に対して保証することはあまりない。」などと、独断的な経験則を平然と記載したもの

「だからこそ、『取引実務では議事録を必ず徴収しているのであり、確認書にとどめたことは一般的ではなく、過失がある』と、勝手に実務を想像することには慎重であるべきだよね。上記のような点を指摘するとか、少なくとも、『議事録には出席者全員の署名、又は記名押印があるので、全取締役の意思が確認できる(会社法369条3項)が、確認書ではこれと異なりA以外の取締役の意思が真にAの述べるとおりであるかの担保がない』といった理由付があった方がいいね。」
「あっつ。369条3項、ありましたね。」

会社法369条3項取締役会の議事については、法務省令で定めるところにより、議事録を作成し、議事録が書面をもって作成されているときは、出席した取締役及び監査役は、これに署名し、又は記名押印しなければならない。

「条文と親しくなっておくと、こういう時にとても便利だよ。」
「本当ですね。」
「他には問題となる点はあるかな。」
「これくらいしかみつかりませんでした。」


「確かに、これで十分合格点みたいだね。平成20年商法採点雑感を読んでみよう。」

設問1については,設問自体に「保証債務履行請求の可否」及び「株式交換の問題点」という受験生が検討すべき問題点に関するヒントが明示されていたため,問題点を丸ごと外したという答案はほとんどなかった。もっとも,「保証債務履行請求の可否」に関しては、複数ある法的な問題点のうちの一つだけを論じているというものが多く

「この記載のどこから合格点がわかるのですか。」
「司法試験は、択一をクリアし、論文を採点してもらえる人の4割が受かる試験だ。つまり、各科目の各設問において『多数派』の答案を書ければ間違いなく合格ラインに達する。採点実感の『多く』というのは、多数派と言う意味だ。合否に影響するのは、例えば『問題点を丸ごと外した』答案だね。だって、『ほとんどなかった』というのだから、少数派であって、これをやってしまうと(他の科目との兼ね合いもあるが)『落ちる』ということだ。これに対し、『期待される』は、合否には影響しない。」
「えっ!? 司法試験委員が法曹の卵として最低限このレベルに達することを期待しているからこそ、出題趣旨や採点実感に『期待される』と書いているのではないですか。」
出題趣旨及び採点実感は『暗号文』だ。そこに隠された試験委員の真のメッセージを解き明かしてみよう。
(平成20年商法後編に続く)


目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成21年商法過去問解説その1
平成21年商法過去問解説その2


平成20年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成20年商法過去問解説その1
平成20年商法過去問解説その2


平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:例えば保証予約の事案に関する東京高判平成11年1月27日金融・商事判例1062号12頁。なお、明示的に判断はしていないが、最判平成12年10月20日金融法務事情1602号49頁もこの点を前提としているものと推測される。

*2:東北学院大学の菊池雄介教授は、中央大学真法会『新司法試験論文式問題と解説平成20年度』125頁にて、「この点の吟味を要せず当然に多額という前提で論旨を展開できるようにしたものと推測される」とされる。

*3:上記の東京地判平成9年3月17日は、資本金約128億円、総資産1936億円の株式会社の限度額10億円の保証予約が「多額の借財」に当たるとされた事例である。

*4:www.moj.go.jp/content/000006955.pdf