アホヲタ元法学部生の日常

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三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成20年過去問その2

決定版 キャッシュフロー計算書の基本がわかる本―経営戦略にも投資判断にも役立つ!

決定版 キャッシュフロー計算書の基本がわかる本―経営戦略にも投資判断にも役立つ!

1.テトラちゃん
「試験委員が採点実感等で『期待される』『求められる』と書いたからといって、その通りの答案を書けないと受からないなんてことはない。出題趣旨・採点実感によく使われる言葉とその意味をまとめると、こうなる。」

頻出表現 真の意味
期待される、求められる*1 できれば跳ねる。できなくても合否への影響は少ない。
〜ができていて好感が持てた、ほぼ全ての答案が〜できていた できないと痛い。
(悪い記述をした答案が)少なかった、少数にとどまった、ほとんどなかった 合格者は回避できている。その悪い記述をしてしまうと痛い。
(良い記述をした答案が)少なかった、少数にとどまった、ほとんどなかった できれば跳ねる。できなくても合否に影響はほとんどない。
(悪い記述をした答案が)多かった それをしないで済んでいれば相対的に優位に立つ。この間違いをしても合否に影響はない。
(良い記述をした答案が)多かった 合格者はできている。できていないと痛い。
目立った、相当数あった 上記の中間

「『期待される』とか『求められる』というだけの記述が、できなくてもいいという意味になるのは、どうしてでしょうか。」
「それは、期待に応えた場合には『〜ができていて好感が持てた』とか『ほぼ全ての答案が〜できていた』と書かれるからだよ。そういう記載がなく、単に『期待される』というだけなら、試験委員の一方的期待に終わってしまった可能性が高い。」
「なるほど…。」
「結局、択一合格者約5700人の上位40パーセントにいかに入るかという試験だ。そうすると、多くの受験生が間違えた問題を一緒に間違えることのダメージと、多くの受験生が正解する問題を自分だけ間違えることのダメージはどっちが多いと思う?」
「自分だけ間違える、場合です。」
「そう。出題趣旨や採点実感は、こうやって、他の受験生の多数派がどのように回答したかという観点から読まないといけない。」
「そうなんですか。基本書の行間を読むってよく聞きますけど、出題趣旨や採点実感の行間も読まないといけないんですね。」
「司法試験委員の求めるレベルと、実際の合格最低ライン受験生のギャップがあるからね。『優秀』と評価される答案は、合格ラインの要件を全て満たした上で、期待されている事項の一部を満たしているようだけれども、期待された事項の全部を満たしている答案はほとんどあり得ない。試験問題のレベルが高いから、初見で二時間という条件の下では、試験委員が求めていることのうちのわずかしかできなくとも、合格最低ラインに届いているみたいだね。」
「そんなこと、誰も教えてくれませんでした。採点実感は大事と言われても、読めば読むほど司法試験はレベルが高いなというか、後実質的には2年ちょっとで本当に合格できるのかなと心配になっていました。」
「本当に問題意識に答えられる『優秀』の域に達する答案を書けるのはごくわずかな人だけだし、合格のためにはそんな必要はない。特に純粋未修だとわずか3年しか法律を勉強していない。特殊な天才でもなければ、そこまで至る答案が書けるかはおおいに疑問だね。むしろ、いっぱいいっぱいになって基本がおろそかにされてしまうのではないか、というのが本当のところだ。むしろ、限りある時間を基本をしっかり身につけることに使った方が、合格に近いし、その後の法曹生活にも役に立つんじゃないかと思うよ。」



「と、大分話が飛んでしまったけれど、結局、他に論ずべきことはないのかなっていう話に帰着するよね。比較的分かり易いのは、保証債務の附従性だ。」
「あっ、民法ですね。」
「そう。保証債務と主債務の関係は、親ガメと子ガメの関係だ。親がコケれば、子もコケる。甲社の主債務に問題はないかな。」
「えっと、取締役会決議が、ありません!」
「そう、Dにうるさく言われるのがいやだから、取締役会決議はない。この点は、乙社と同じように議論できるね。」
「甲社の場合、借入そのものなので、『多額』だけを検討すればいいですね。」
「そうなるね。結論は。」
「やっぱり、多額だと思います。金額もそうですし、借入使途も危ないです。」
「銀行の悪意や過失は。」
「そうですね。やっぱり、先程の『本来やるべき手続を踏んでいない』というのは怪しいので、過失ありとしたいです。」
「実は、1点だけ面白い点はあるね。つまり、甲社は上場企業ということ。」
「それが、どのような影響が、あるんですか?」
「先ほどの平成11年東京高判をもう一度みてみよう。」

「わざわざ確認するのは失礼」と考えることもあり得るし、そのように考えたとしても、上場企業の専務取締役に対する態度としては極く自然なものであるともいえる。

「あっ、つまり、非公開会社の乙社ならともかく、甲社は上場企業だから、議事録を出さないといわれて信じてもおかしくない、ってことですね。」
「そう。上場企業の取締役社長がAだという点をうまく使えば、無過失の議論も、なんとかできるんじゃないかな。東京高判は、銀行の過失を否定した事案だね。」
「そうなんですか。」
「ただ、乙社において当然に必要な手続を履行していないことをF自身が認識していたという立論であれば、説得的に過失を肯定できるだろう。」
「なるほど、論理関係に気を付けないといけませんね。」
「後は、利益相反取引だね。結局、今回の保証って、『甲のために乙がリスクを負ってあげている』って実態だよね。」
「あっ、会社法365条と356条!」

(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2  民法第百八条の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。
(競業及び取締役会設置会社との取引等の制限)
第三百六十五条  取締役会設置会社における第三百五十六条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
2  取締役会設置会社においては、第三百五十六条第一項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。

「思い出しました! たしか判例は、利益相反取引については、相手方、この問題でいう丙銀行の悪意の場合にのみ無効になるけど、下級審裁判例と通説は、丙銀行が重過失でも無効になるといってます。私も重過失説をとります。」
「確かに最判昭和43年12月25日民集22巻13号3511頁は、利益相反取引の『効果』が第三者に対抗できるかという点について悪意が必要と言っているのはそのとおりだ。でも、効果の前に要件を検討しよう。356条のどの号?『取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 』なのかな、『取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。』なのかな?『株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。 』なのかな?」
「あれ? 分からなくなっちゃいました。」
「昭和45年の最判最判昭和45年4月23日民集24巻4号364頁)は知っている?」
「分からないです。」

訴外日新化学工業株式会社および被上告会社の代表取締役を兼ねていたAは、昭和三四年一一月三〇日、当時訴外会社が上告人に対し負担する五四万〇四一八円の売掛残代金債務につき、被上告会社を代表して、上告人のため保証をするに至つたというのである。このような事実関係のもとにおいては、右保証は、商法二六五条にいう取締役が第三者のためにする取引に当るものと解するのを相当とする。けだし、同条にいわゆる取引には、取締役と株式会社との間に直接成立すべき利益相反の行為のみならず、取締役個人の債務につき、その取締役が会社を代表して、債権者に対し債務引受をなすがごとき、取締役個人の利益にして、会社に不利益を及ぼす行為も、取締役の自己のためにする取引としてこれに包含されることは、既に当裁判所大法廷の判示するところであり(最高裁昭和四二年(オ)第一三二七号同四三年一二月二五日大法廷判決民集二二巻一三号三五一一頁)、この趣旨に鑑みれば、甲乙両会社の代表取締役が、甲会社の債務につき、乙会社を代表して保証をなすが如き場合も、甲会社の利益にして、乙会社に不利益を及ぼす行為であつて、同条にいう取締役が第三者のためにする取引に当るものというべきであるからである。

「ちょっと長いね。要するに、原告(上告人)丙社と被告(被上告人)乙社、主債務者(訴外社)甲社は、どういう関係になるの。」
「甲と乙の代表取締役を兼ねていたAが、甲が丙に対し負担する約50万円の売掛残代金債務につき、乙を代表して保証をした場合に、『取締役が第三者のためにする取引』、つまり現行法の356条1項2号とされました。」
「じゃあ、本件は。」
「Aは、甲と乙の代表取締役なので、乙社の代表として保証をしている本件は、最判の射程内になります。」
「結論を焦らない。本当にそうかな。今回、本当にAが乙を代表したの?」
「えっ? あっつ!! 乙を代表したのはBでした。」
「そうだね。事案をよく読むとこういう重要なことが書いている。某教授ですら、解説でこれを見落としている*2から、極限状態で書いている人にとってはなおさら見落としやすいけど、問題文の事案を図にまとめる意味はこういうところにあるんだ。そうすると、Bについて、昭和45年の判例を検討することになる。」
「Bは甲社の代表取締役ではありません。そっか、じゃあ、利益相反取引は無関係なんですね。」
「無関係かはまだわからないよ。そもそも、利益相反取引はなぜ取締役会の決議が必要なんだっけ?」
「取締役が、会社のためではなく、自分や第三者のために取引をすると、本来受任者(会社法330条)として善管注意義務民法644条)や忠実義務(355*3条)を尽くさないといけないのに、自己や第三者の利益を重視して、会社の利益を犠牲にする可能性があるからです。」
「よく分かっているね。そうすると、この問題はどうかな?」
「Bは、乙と甲の取締役を兼ねています。そこで、両社に善管注意義務や忠実義務を尽くさないといけません。ここで、Bが乙社を代表して、乙社にとって損で、甲社にとって利益になる債務の保証をしようとしています。Bは、本来乙社のためになるか吟味して保証すべきなのに、もしかすると、甲社の取締役という立場のために、甲社の利益のため乙社を犠牲にするかもしれない、そこで、やはり、利益相反取引だと思います。」
「この立論は、あり得る。ただ、実務上、親子会社で取締役を兼任している例は多いね。そういう状況で、利益相反取引を広く解するのは適用範囲が不明確になり、いたずらに法的安定性を損ねるということで、昭和45年最判を限定解釈するため、[1]両社代表取締役を兼ねる、[2]その兼ねている人自身が行為をする場合に限定しようという見解も有力だ。」
「なるほど、じゃあ、そっちにします。」
「浮気はダメだよ。間接取引規制にかかるというなら、それでもいい。その場合には、きちんと形式的な理由付け、つまり条文の理由付けを立論してあげると、より説得的になる。例えば、条文上2号について誰が会社を代表したかについて限定していないだとかそういう点を実質論に加えて指摘するのは1つの方法だね。」
「分かりました。」


「本件で、重過失はあったと思う?」
「う〜ん、難しいですね。」
「重過失ってどういうことだっけ?」
「注意義務違反の程度が重い、ちょっと注意すれば分かることなのに、それすらしなかったということです。」
「本件はどう?」
「う〜ん、取締役会議事録の方が正式であって、確認書で済ませたのは落ち度があるという観点を重視すると過失はありそうですが、『重過失』は難しいかもしれませんね。」
「確かにそうだね。ただ、『全員の確認をとらないと稟議が通らないことをFは重々承知だった』という立論からはどうだろうか。そもそも、なんで裁判例や通説は、重過失を要求するのかな。」
「それは、故意と同視でき、保護に値しないからです。」
「そうすると、『およそ利益相反取引の承認は、軽々に承認してしまうと、承認した取締役自身の責任を問われかねないことから、反対取締役が存在する可能性も高い。すると、一部取締役の意向を聞くだけでは、その取締役が事実を歪曲して説明する可能性もあることから、取締役会議事録において、間違いなく決議されたことを確認すべきであった。もし、それができないのであれば、取締役全員に面談してその意向を確認することが必要であった。F自身も、このように、個別の意向確認をしないと稟議が通らないと考えていたのであって、そうだからこそ、書類に虚偽の記載を行ったのである。ここで、本来、乙社と甲社の取締役あわせてもわずか4名に過ぎないのであり、全取締役の意向を確認することは、極めて容易だったと考えられる。そのような極めて容易な手続について、虚偽記載まで行なって怠ってしているのだから、悪意とまでは言えないにせよ、それと同視できる重大な落ち度があり、重過失が認められる。』というのはどうかな。」
「なるほど、重過失を認めるためには結構いろいろ述べないといけないんですね。」
「重過失は結構要件が厳しいから、難しい。いずれにせよ、利益相反取引の論点は、極めて複雑で、落とし穴に嵌りそうだ。最低限の合格答案ということであれば、あえて利益相反取引に触れないこともあり得るね。」
「それでいいんですか?」
「司法試験委員が利益相反取引の点数として予定していた点はほとんど入らなくなるんだけど、戦略的に触れない場合には、もっともらしい理由付けとして『その他利益相反取引会社法356条)等も問題となり得るものの、本件保証が丙銀行との関係でも無効である以上、これ以上の検討を要しない』とか言ってしまうと、最低限気づいていることのアピールはできるかもね。」
「なんか、法律の勉強以外にも、こういう『どの論点を落とすか』といったことも考えないといけないなんて、大変です..。」
「大丈夫、まずは、そういうテクニカルなことに走らず、実直に考え得るすべての問題点について検討するというスタンスで勉強していけばいいよ。ただ、必ず時間を測って解く練習をしてね。そうすると、自分が2時間でどこまでいけるのか分かる。これがその時点のいわば自分の限界だ。今説明した、時間配分を考えながらの論点落としは、いわば受験直前期の自分のレベルを前提に行うものであって、今のうちから無限の可能性を縛ることは逆に害があるよ。」
「分かりました。」

「さて、後段だけど、株式交換については何か言えるかな。」
「債権者への催告がないとあります。」
「よく問題文を読んでいるね。何条?」
「799条2項です。」

第七百九十九条  次の各号に掲げる場合には、当該各号に定める債権者は、存続株式会社等に対し、吸収合併等について異議を述べることができる。
一  吸収合併をする場合 吸収合併存続株式会社の債権者
二  吸収分割をする場合 吸収分割承継株式会社の債権者
三  株式交換をする場合において、株式交換完全子会社の株主に対して交付する金銭等が株式交換完全親株式会社の株式その他これに準ずるものとして法務省令で定めるもののみである場合以外の場合又は第七百六十八条第一項第四号ハに規定する場合 株式交換完全親株式会社の債権者
2  前項の規定により存続株式会社等の債権者が異議を述べることができる場合には、存続株式会社等は、次に掲げる事項を官報に公告し、かつ、知れている債権者には、各別にこれを催告しなければならない。ただし、第四号の期間は、一箇月を下ることができない。
一  吸収合併等をする旨
二  消滅会社等の商号及び住所
三  存続株式会社等及び消滅会社等(株式会社に限る。)の計算書類に関する事項として法務省令で定めるもの
四  債権者が一定の期間内に異議を述べることができる旨
3  前項の規定にかかわらず、存続株式会社等が同項の規定による公告を、官報のほか、第九百三十九条第一項の規定による定款の定めに従い、同項第二号又は第三号に掲げる公告方法によりするときは、前項の規定による各別の催告は、することを要しない。
4  債権者が第二項第四号の期間内に異議を述べなかったときは、当該債権者は、当該吸収合併等について承認をしたものとみなす。
5  債権者が第二項第四号の期間内に異議を述べたときは、存続株式会社等は、当該債権者に対し、弁済し、若しくは相当の担保を提供し、又は当該債権者に弁済を受けさせることを目的として信託会社等に相当の財産を信託しなければならない。ただし、当該吸収合併等をしても当該債権者を害するおそれがないときは、この限りでない。

「そうだね。今回は丙は知れている債権者だから、催告しないのは、一応違法だといえるだろう。ただ、催告って何の目的だったっけ?」
「異議を述べるためです。」
「そうだよね。1項で異議を述べられる、そして、その機会を与えるために2項で通知せよといっている。で、今回丙銀行は?」
「あっ、異議を述べてます。」
「そうすると、意義を述べる機会は実質的には確保されていたから、瑕疵とはいえないという立論もあり得るね。」
「なるほど。そうなんですね。」
「じゃあ、異議を述べるとどうなるの?」
「799条5項により、弁済し、若しくは相当の担保を提供し、又は当該債権者に弁済を受けさせることを目的として信託会社等に相当の財産を信託しないといけません。」
「今回は、してる?」
「してません。」
「そうだね。それに加えて、異議を述べるとできることは?」
「えっと、もっとありましすか?」
「条文は、株式交換なら、その周りだけではなく、もっと広範囲に見るんだよ。例えば、平成21年であれば、309条のように。」
「あっつ、ありました!828条1項11号です。」

(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
第八百二十八条  次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。
(中略)
十一  株式会社の株式交換 株式交換の効力が生じた日から六箇月以内
(中略)
2  次の各号に掲げる行為の無効の訴えは、当該各号に定める者に限り、提起することができる。
一  前項第一号に掲げる行為 設立する株式会社の株主等(株主、取締役又は清算人(監査役設置会社にあっては株主、取締役、監査役又は清算人、委員会設置会社にあっては株主、取締役、執行役又は清算人)をいう。以下この節において同じ。)又は設立する持分会社の社員等(社員又は清算人をいう。以下この項において同じ。)
(中略)
十一  前項第十一号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式交換契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は株式交換契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは株式交換について承認をしなかった債権者
(後略)

「そうだね。株式交換無効の訴えを提起できるのは、株式交換について承認をしなかった債権者だね。」
「なるほど、後段は、結構簡単にかけますね。」
「ちょっと待って、前段ではどういう結論に達したっけ?」
「えっと、多額の借財について取締役会の承認がなく、丙銀行に過失があるから、無効…ですか?」
「異議を述べて弁済等を受けられるのは?」
「債権者、です…。」
「無効の訴えを提起できるのは?」
「承認しなかった債権者です。あっ!? そもそも丙銀行は債権者じゃないんですね。」
「そう。前段との論理関係というのは、こういうところに気をつける必要があるんだよ。」
「前に言っていることと後に言っていることが矛盾しないようにするのは難しいです。どうすればいいんですか。」
「やはり見直しだね。答案構成を作った段階、書いた後の段階、繰り返し見直しだね。」
「分かりました。」


「じゃあ、設問2だね。」

丁社から相談を受けた川野弁護士は、債権の回収に役立つ法律論についてどのように回答すべきか、あなたの考えを述べなさい(詐害行為取消権や債権侵害の不法行為の成否については、検討することを要しない)。

「結構重要なのはカッコ書き、『詐害行為取消権や債権侵害の不法行為の成否については、検討することを要しない』だ。これはどういう意味?」
「えっと、検討しなくていいということですよね…?」
「そういうことじゃなくて、裏の意味は、普通の受験生であれば、この問題と設問を見て、詐害行為取消権や債権侵害の不法行為を考えることが期待される。そこで、これが民法の問題なら論述が求められる。しかし、会社法の問題なので論述を要しないということだよ。」
「そっか、この2点が出てこないと、民法の考えが身についていないってことなんですね…。」
「まあ、実務的には重要だけど、講義等ではあまりフォーカスされていないかもね。さて、会社法的にはどういう回収をする。」


「えっと、違法行為をした取締役を訴えるってのはどうですか?」
「実はあんまり回収の実はあがらないんだけど、特に中小企業では、企業が倒産した際に、債権者が回収のために取締役を訴えるという訴訟はたくさんあったね。何条?」
「429条です。」

(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第四百二十九条  役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
(後略)

「そうだね。どの行為について『職務を行うについて悪意又は重大な過失があった』と見るの?」
「不自然な取引です。」
「そうだね。これは、法的に言うと?」
「う〜ん、利益相反取引、ですか?」
「そうだね。この点がまた問題になる。設問1の前段で利益相反取引の要件、特に兼任取締役の要件を検討しておくと、『前述のとおり』でいける。」
「だから、先に答案構成をしておくんですね。」
「そう、これをしないで設問毎に書き始めると、後で『あそこでああしておけば』になりがちだね。」
「分かりました。えっと、私の場合、間接取引規制の趣旨を考えます。そうすると、Aは、甲乙の(代表)取締役で、両社に忠実義務、善管注意義務を負っています。今回の取引は、甲社から見ると、利益がなくなる取引です。そこで、Aは、本来甲社のために取引をするかとか、その条件を決めないといけないのに、乙のための忠実義務、善管注意義務という観点から、甲社のためにならないような取引をする恐れがあります。そこで、256条1項2号が限定なく、『第三者のために取引した場合』としていることから、第三者である乙のために取引した場合として、甲社における取締役会が必要でした。それを行なっていないので、違法です。」
「この筋は分かりやすいね。違法行為をやっており、少なくとも重過失があったといえばいいね。」
「分かりました。結構簡単でしたね。」
「そうはいかないよ。そもそも、株式交換は終わった前提だよね。甲社の株主は?」
「乙だけです。」
利益相反取引規制は、会社の利益を害し得る危険のある行為について取締役会の決議を必要とすることで、どうしたいの?」
「会社の利益を守る?」
「うん。甲社は乙のものなんだよね。」
「あっ! 一人会社!
「そうだね。そうすると、乙との取引は株主全員の承諾があり、もはや取締役会の承認は不要という筋があり得る。」
「なるほど。じゃあ、ダメなんですね。」
「もちろん、利益相反取引規制が守ろうとする『会社』は、単に株主だけではなく、債権者も含むと考えれば、取締役会の議論で叡智を結集すべきということもできるかもね。」
「なるほど、そういう考えもありますね。」



「ところで、取締役以外は?」
「えっと…。」
「財務状況はたしかに悪化しているけど、乙の方が取締役個人よりも金があるかもしれないよ。ちょっと極端な話をすれば、某巨大金融機関の倒産の事案では、債務額が莫大なので1%弁済とか2%弁済だけど、財産は1000億円あるとか、そういう話も聞く。こういう場合、倒産前にうまく債務名義を取れば、回収できるかもしれないっていうパターンだって全くないとは限らない。」
「そうですね。取締役はいくらお金があるといっても個人資産には限界がありますからね。」
「で、乙の責任の根拠は?」
「あっ、詐害行為とか、債権侵害とか、まさにここで使えそうですね。」
「うん。『詐害行為取消権や債権侵害の不法行為の成否については、検討することを要しない』というヒントから、『乙について考える』というところに気付けるとポイントが高かったかもね。」
「なるほど、いろいろヒントが散りばめられているんですね。」
「そうだよ。少なくとも、近年になればなるほど誘導をしようとしている傾向が見られるね。さて、乙の会社法上の責任の根拠は?」
「う〜ん…。」
「実は、これは結構難しい。例えば、もっとわかり易い例は、甲社の財産を、戊社という会社をつくってそこに移転しているとしようか。目的は、分かるね?」
「戊社は丁社の債務者じゃないから。」
「そう、丁社は、甲社への債務名義を得ても、そのまま戊社にある甲社の財産に執行するのは難しい。」
「でも、それはひどいです。」
「そういう場合の法理があったんじゃないかな。会社法で。」
「あっ、法人格否認!」
「そうだね。役員が兼任され経理が混同されているような形骸化事案と、もう1つあったね。」
濫用事案です。戊社のような債権者詐害を目的とした新会社を設立し、資産の大部分を移転した場合がまさにこれにあたります。」
「そうだね。戊社の事例よりも、甲と乙の事例の方が微妙といっちゃ微妙だ。でも、『取引を装って甲社の財産を乙社に移転させ、甲社を倒産させることを画策し』とあるところから、資産を移して執行を免れようという意図があることは認定できるんじゃないかな。」
「なるほど、確かにそうですね。」
「まあ、これくらいで、十分に良好から優秀の領域の答案になる。事実上の取締役だとか、利益供与だとか、隠れた剰余金の配当とか、いろいろアイディアはありそうだけど、この全部について論じていたら到底時間はないね。」
「分かりました。」
「でも、少しづつ力がついてきているよ。この調子で、授業で覚えた知識をブラッシュアップして、また、今後勉強すべきことを確認すれば、どんどん力は伸びていくはずだよ」
「ありがとうございます。今の自分では到底司法試験レベルには達していないけど、頑張ればなんとかなるんじゃないかという希望が持てます。今日もありがとうございました。」
ミルカちゃんが、ペコっとお礼をして帰っていく。僕は、もう少し調べ物をしてから帰ろう…。と、振り向いた瞬間だった。黒い影が口を開く。



2.ミルカさん
「証券会社が6000円の株式交換を認めた理由?」
ミルカさん、またすごいタイミングで。
M&Aアドバイザーに騙されたから、ということかなぁ。」
口ごもりながらつぶやく。
「でも、専門家の証券会社は、明らかにおかしかったらやらない。」
まあ、そのとおりだ。
「推測になるけど」
ミルカさんの表情からは、推測と口でいいながら、かなりの確度で述べていることは明らかだ。
「例の光学機械メーカーと同じだね。」
「あの、『飛ばし』による粉飾のために、全く価値のない企業を高く買った?」
「そう。あれも、公認会計士が一応適正意見を出していた、つまり、明らかな怪しさはなかった。元社長の告発後も、某有名ブロガーの方が、『単に会社の先見の明が極めてなかっただけか、それとも、故意の粉飾なのかは軽々には判断できない』メールマガジンに書いていた程。」
いったい、無価値の企業を価値があるかのように見せるどういう方法なんだろうか? 心のなかでつぶやいたはずが、ミルカさんには読まれていた。
「答えはDCFよ。」
「でぃー、しー、えふ!?」
見慣れぬアルファベット、3文字が踊る。
「ディスカウント・キャッシュ・フロー法科大学院の必修科目で教えてもらえる可能性は低いけど、M&A関係をやるローヤーには必須ね。専門・展開科目として教えているロースクールもあるみたい。ちょっと考えてみて。」
ミルカさんは、上機嫌だ。
「ある会社を仮定して。今はスタートの年の1月1日。この会社は、5年間毎年年末に1万円づつの現金*4を生む。さて、この会社は、5年間で合計でいくらのキャッシュを生む?」
こんなのは簡単な質問だ。
「5万円」
「そうすると、君はこの会社を5万円で買いたい?」
う〜ん、なんか躊躇するなぁ…。
「ところで、今1万円もらうのと、1年後に1万円もらうの、どっちがいい?」
「今です。」
「じゃあ、今100円もらうのと、1年後に1万円は?」
「1年後に1万円、かな?」
「そうすると、」
と、ミルカさんは、数式を書く。

1年後の100円<1年後の1万円<今の1万円

「つまり、1年後の1万円の価値は0にはならないけど、今の1万円の価値よりも低い。これを一般化すると」

N円の現在価値>N円の将来価値

確かに。


「これは、あくまでも仮定だけど、1年後の1万円が10%オフになる、つまり、1年後の1万円が今の9000円になるとしよう。その前提で、今をスタートの年の1月1日と仮定して、5年間毎年年末に1万円づつの現金を生み出す会社は、『今いくら?』」
えっと…。これはメモしないと分からない。

1年後の1万円=今の9000円
2年後の1万円=今の8100円
3年後の1万円=今の7290円
4年後の1万円=今の6561円
5年後の1万円=今の5905円
合  計  =今の36856円

「36856円」
「よろしい。これが、この会社を買った場合に君が得られる現金の総計を『今の価値』に引き直したものだ。つまり…。」
「この会社を今買う場合には、36856円以上なら割高、以下なら割安ということ。」
「そう。これが会社の現在価値。ここで、会社の資産については考えてる?」
「全く考えてないです。」
「もちろん、会社の資産は企業価値に影響を全く与えない訳ではない。その点の調整が一定程度必要なことは否定できない。この会社が1億円の価値の土地をもっていたら、もしかすると、1億円で買う場合でも『割安』かもしれない。とはいえ、会社資産よりも稼げる現金の影響の方がずっと大きく、会社資産の影響が軽微だったら、どうなる?」
「えっと、会社資産の多少に関わらず、基本的に割安か割高かは、得られる現金の現在価値に依存する。」
「そのとおり。そして、これが今回のカラクリね。」

資産100億円/負債110億円

「欠損を出すってことは、甲社はこういう会社な訳。つまり、資産<負債。10億円くらい追加で現金を注ぎ込まないとどうしようもない会社ってこと。でも、甲社が将来稼ぐ現金の現在価値が、例えば6000億円なら?」
「10億円なんて誤差の範囲、ですね。」
「そう。もし、甲社が1億株を発行していたら?」
あっ、確かに!?
「分かるでしょ。1株の株価は、欠損にもかかわらず、6000円よ。」
すごい、こんなカラクリがあるとは。
「DCFを使う場合、今後の現金を稼ぐ見通し、まあ普通は『事業計画』という形になるんだけど、これをいじることで、かなり『適正』株価を操作できる。某光学機械メーカーが買った3社なんて、休眠会社に適当な事業計画をでっちあげて、何百億という購入価格を正当化したと報じられているわ。」
「でっちあげの事業計画なのかは分からない、ものですか?」
「難しい質問ね。多分、公認会計士とかプロは、『怪しい』とは思うかもしれない。でも、例えば、社長等の会社側の人間はその事業や業界について熟知している。『本当に成長するのか?』と聞いても、会社側の人間にその事業や業界についての専門知識で論破されたら、どう?」
『不適切』とまで言い切るのは、躊躇しますね。」
「うん。もし、企業法務をやるなら、M&Aのアドバイザーになることもある。確かに、法律専門家は、企業価値について詳しい知識をもっていなくても『仕事』はできるかもしれない。でも、自分の関与案件が、もし、『飛ばし』のためのスキームだったら?」
「ゾッと、しますね。普通はどうしているんですか。」
「正解はないわ。でも、資産を考える純資産価額法や、同業他社と比べる類似会社比準法のような複数の手法を併用することで、少しはリスクを減らせる。まあ、『粉飾アレンジャー』と言われるプロは、なんかかんかもっともらしい理由を付けて、DCF法単独でやるのが良いといった主張をすることも多い。」
「それじゃあ..。」
「実際に、自分を守れるかは分からない。でも、DCF法の限界を理解していれば、『怪しい』ということは感じられるかもしれない。100%は防げないけど、知り合いの公認会計士に相談するとか、対処法が全く無いわけではない。でも、何も知らなかったら。」
粉飾事例に出会ったら最後、もうアウトですね。」
「弁護士のレピュテーションリスクは、今後とも高まるわ。変な案件に『結果的』に関わってしまうと、法的には責任はなくても、社会的に非難される。しかも、上場会社なら、多くの株主が、弁護士をはじめとする関与する専門家に期待しているわ。その期待がどこまで法的に保護されるものかはともかく、そのことは十分に理解しておくべきね。」
ミルカさんは間違いなく、司法試験の先を見ている。でも、法科大学院にいる僕は、どうしても司法試験を意識せざるを得ない。これは、全国1万人の法科大学院生共通の、いつもの悩みだ。


目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成21年商法過去問解説その1
平成21年商法過去問解説その2


平成20年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成20年商法過去問解説その1
平成20年商法過去問解説その2


平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:期待に応えた答案の具体的な量の言及がない場合

*2:「別冊法学セミナー2008」62頁参照

*3:フォロワーさんに誤記をご指摘いただきました。ありがとうございます。

*4:キャッシュフローについての詳細は、東証Project「東方粉飾劇」で学ぶ粉飾決算 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常を御覧ください